<PCクエストノベル(1人)>


++   発条とひと   ++

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【冒険者一覧】

 【1091/鬼灯/女性/6歳/護鬼】

【助力探求者】

 なし

【その他登場人物】

 【NPC/ルシアン・ファルディナス】

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鬼灯「……遠見の、塔」

 延々と続く白亜の塔の螺旋階段――ひとはこの場所を『遠見の塔』と呼ぶ。件のその塔を、腰元まで伸ばした長い髪をわずかに揺らし、濡れたような大きな瞳を時折瞬かせながら、日本人形のような出で立ちの少女が黙々と上り続けている。
 ここに賢者と噂されるファルディナス兄弟が住んでいるはず――鬼灯は手にした贈答用紅白饅頭を握りなおした。
 興味を惹く事が出来ればファルディナス兄弟の元に辿り着く事ができるとはきいたが、どういったものが「興味深い」のかがわからない以上、嘘偽りなく礼節を尽くして訪ねるのみ。
 その決意を胸に、彼女は迷うことなく歩みを進めていた。延々と続く螺旋と静寂の中、階段を踏みしめる少女の足音だけが響き渡る。
 そのペースは衰えることなく、その背に据えられた不釣合いな程に大きな発条が、彼女が人ならざる者――自動人形なのだということを知らしめている。
 この自動人形の少女が何故このような場所を訪れる気になったのか――それは、この塔に住まうというファルディナス兄弟の弟、ルシアン・ファルディナスに会い、とある知識を得るためだった。
 それが彼女の悲願を達成するための一つのステップなのだろう。

鬼灯「わたくしは……お会いすることが、できるでしょうか」

 誰に、と問う声すらもない。
 しんと静まり返る塔内に、少女の声だけが木霊する。
 兄弟の興味を惹けぬ者は、目通りすらも叶うことはない。
 鬼灯は黙々と階段を上り続ける。だが、彼女がこの螺旋階段をのぼり始めてから、既に丸三日以上は経過してしまっていた。
 だが、彼女に疲れの色は見えず、諦める様子すらも見えなかった。
 それほどに、彼女は必死なのだろうか――人間であれば三日三晩、何の飲食もなしに階段をのぼり続けることなど叶うはずもない。余程周到な準備を行い気力でのぼり続けたとしても、恐らく、今頃はのぼり続けることも、戻ることも出来ずに螺旋の果てに斃れている可能性が高かった。その点においては自動人形の身であることに感謝すべきかもしれない。
 “諦めない”その強さを自動人形である彼女が持っているのかどうかはわからない。
 ただ、元は彼女も人間。魂は彼女固有のものなのだ。感情は人形としての身体に抑えられている状態とはいえ、その強かさは生来のものなのかも知れなかった。

???「ねぇ、その背中のおっきなゼンマイはなぁに?」

 唐突に背後から響いた聞き覚えの無い誰かの声に、鬼灯は振り向いた。
 瞬いた静寂を湛えた黒い瞳の奥に、鮮やかな金が映り込む。青色の瞳が幾度も瞬いて、少女の姿をその瞳に捉えていた。

鬼灯「……わたくしは自動人形なのです」
???「あぁ、それでゼンマイ。それは自分で巻くの? 一度巻くと、どのくらいの間動いていられるの?」
鬼灯「あの……貴方は?」

 ぶしつけな質問を投げかけてくる目の前の少年に、鬼灯は首を傾げて問い返した。だが、その彼女の問いかけに彼が答える様子はない。

???「君がこの塔の螺旋階段を上り始めてから、もう三日半。いい加減、諦めればいいのに……何の知識が欲しくてこの塔に入ったの? マスターにでも、頼まれごとをしたのかな? どちらにしても、兄さんは君に会う必要はないって言ったよ」

 鬼灯は口を閉ざし、その明るい金髪の少年をじっと見つめた。それから、おもむろに口を開き、確信した事柄を確認するように口にする。

鬼灯「……ルシアン・ファルディナス様、なのですね」

 少年は彼女の言葉に、瞳を細めて笑った。それが答えだった。
 鬼灯は自らの名を名乗り、礼節を尽くし少年に挨拶の言葉を述べて手土産に持ってきた贈答用紅白饅頭を差し出した。だがルシアンは、黙って部屋を出てきたのでそれ持ち帰って兄に見つかるわけにはいかないのだと言い、気持ちだけで充分だという気遣いの言葉を付け足して、それを受け取ることを丁重に断った。

ルシアン「……自動人形だから“諦める”ということを知らなかったの? それとも、命令を放棄することはできなかった? ……まぁ、そのせいで僕は逆に興味が湧いたんだけど。兄さんは会わないというから、わざわざ僕が出向いてきたんだ」
鬼灯「わたくしがこの塔を登るのは、主人の命令ではありません。この身は所詮土くれ……わたくしは、自動人形であるこの身を人間にする方法を探しているのです」
ルシアン「ふぅん……? 自動人形の君が人間に憧れるのはどうして? 君は人間になって何をするの?」
鬼灯「人と交わり、子を成したいのです……」

 その言葉に、ルシアンは青の双眸を幾度か瞬いた。

鬼灯「わたくしは、自動人形であるこの身を人間にする方法を探している際に、魂を人形から人間へと移す方法を知り得ました。……ですが、その方法では現在の主の下で「護鬼」として居続ける事ができなくなってしまいます」

 ルシアンは青の双眸を幾度か瞬きながら彼女の言葉に耳を傾けている。

鬼灯「……戦闘能力があり、人と交わり人の子を宿せる「ホムンクルス」なら、それが可能なのではないかと思ったのです。魔法の知識に詳しいルシアン・ファルディナス様ならば、その知識を持っているのではないかと思い……貴方様にお会いしに参りました」
ルシアン「魔法人形、ねぇ……君の言う”人間”って、何?」
鬼灯「それは……」
ルシアン「君がそうなろうとしていることを、君の主人は知っているの?」
鬼灯「いいえ……」
ルシアン「ふぅん……君は、主の下に居続けたいんだよね? それで、いいの?」

 ルシアンの言葉に、鬼灯は何を問われているのかを理解しかねて首を傾げてみせる。
 きしりと関節の球体が歪な音を掻き鳴らした。目の前の少年は、屈託のない笑みを浮かべて彼女と同じように首を傾げて見せた。


ルシアン「魔法人形は禁忌だよ。何故だかわかる?」
鬼灯「……いいえ。わたくしには解りません」
ルシアン「材料に問題があるからさ」

 彼の言葉を復唱するように、鬼灯の唇が薄く開かれた。彼の言う材料とは、一体何だというのか――鬼灯は少年をじっと見詰めたまま、ゆるく首を振るった。

鬼灯「材料を集めるのが、難しいのですか?」
ルシアン「この聖獣界ソーンなら、探して見つからないということはないんじゃないかな?」

 彼女の言葉に、ルシアンは笑いながら首を横に振るう。
 ならば、一体何だというのだろうか。鬼灯は受け取って貰えなかった贈答用紅白饅頭を再び握り締める。

鬼灯「ルシアン様、その魔法人形の元となる材料は、一体何なのですか?」

 熱のこもった彼女の双眸に圧されたように、ルシアンは首を傾けて小さな溜息を零した。

ルシアン「生きたエルフだよ」
鬼灯「生きたエルフ……? それでは……」
ルシアン「鬼灯さん。……人間に戻るために、君は誰かを犠牲に出来る?」

 鬼灯は僅かに瞳を細め、首を振るった。
 そうして彼女は幾度か瞳を瞬いて沈思した後に、再びルシアンの顔を見遣る。

鬼灯「なら……人形が人間に成る方法をご存知ありませんか……?」
ルシアン「……君にも魂を繋ぐ核があるだろう? ……身体を手に入れて、その魂を核ごと新しい身体に移し替える。それが一番手っ取り早いのは、確かだけどね。……肉体を持った生き物から魂を引き剥がして核に繋ぎ、君の魂の核と交換するとか……?」
鬼灯「……」

 再び黙り込んだ鬼灯に、ルシアンはもう一度、同じ言葉を口にした。

ルシアン「ねぇ、君は、主の下に居続けたいんだよね? それで、いいの?」
鬼灯「わたくしは……あの御方と同じ時を過ごしたいのです。触れ合って、その温もりを感じて、愛し合い、子供を授かって、そして……ルシアン様は、それが罪だと仰られたいのですか……?」
ルシアン「ううん。そんなこと、ないよ」
鬼灯「でしたら、一体何を……?」
ルシアン「無から生み出せるものは何もない。世界の……輪廻の理を捻じ曲げるというのなら、犠牲無しに事を為すのは難しい。世界で起こる事柄は何であろうとも、必ず理由がある。……そうして、それを辿った先に結果が生じるものなんだよ」

 少年とは思えぬ言葉をその口から発したルシアンは、少女と瞳が合うと、一変して青い瞳を瞬かせて無邪気で屈託のない笑みを浮かべた。

ルシアン「僕はそろそろ部屋に戻らせて貰うよ。そろそろ兄さんが心配するから」

 手をひらりと振って、ルシアンが鬼灯に背を向ける。
 鬼灯は彼の背を悲しげな瞳で見遣った。

鬼灯「ルシアン様……!」

 彼女の声に、ルシアンは足を止めた。
 微かな溜息が鬼灯の耳に届き、それから彼は振り返ることなく言った。

ルシアン「鬼灯さん、レプリスって知ってる……? ホムンクルスを参考にして作られた、科学技術から成る人間的な思考能力をもった人工生命体なんだって」
鬼灯「……レプリス」
ルシアン「神秘の種から成る実は、ひとの形をしているんだっていう話も聞いたことがあったような……?」

 ルシアンは背を向けたまま首を捻り、こっちは兄さんの領分かな、と小さく呟いた。
 そうして、彼は再び階段をのぼり始めた。
 鬼灯は彼の背を見送りながら、深く頭を垂れた。

鬼灯「ルシアン様……ありがとうございました」
ルシアン「……本当にそれを望んで、これからもずっと探し続けるっていうんなら、きっと他にも沢山方法はあるから。……諦めなくても、いいと思うんだ……僕は、ね」

 それがどんな結果を招くか、僕の知るところではないけれど――彼が囁くように告げた言葉が塔内に響いた。
 螺旋階段を歩く足音が、静かに、静かに遠退いて行く。
 響き渡る言葉の余韻だけを残して、いつの間にか、先ほどまで響いていたはずの彼の足音も、螺旋の闇に消えていた。



――――FIN.