<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


賢者のレシピ〜海鮮物語〜

「お使い?」
「うん、時間があったら頼まれてくれないか」
 レフトがそこ、ニュアーゼル領事館の土産物処を訪れたのはたまたまだった。夏の初めの、暑さの始まったような日。
 急ぎじゃないんだけど、とギリアンと言う店番の金髪女性が言う。
「手が離せないの?」
「いや、そうじゃないんだけど」
 レフトが理由を問うと、困ったようにギリアンはわずかに首を傾げて……どうやって説明しようか、考えているようだった。
「ただ、少し問題があって」
「問題?」
「山の上に隠棲している賢者殿に、商品を配達するんだけれどね。普通に配達したんじゃ、代金を払ってくれないんだ」
「それは悪いやつだなあ」
「悪いってほど、悪いわけではないんだけどね」
「どういうことー?」
「代金を払うのに、条件をつけているんだ」
「条件て?」
「食事を作ること。作れば、材料費も含めてちゃんと払ってくれるんだけど」
「なんだ、簡単じゃん」
「それが、そうでもないんだな」
 また、どういうこと? とレフトも首を傾げる。
「作る食事は、同じものでは駄目なんだ。毎回毎回、違う料理を用意しなくちゃいけない。本人はグルメを自称しているけれど、実際には味オンチ気味だから、料理の腕は問題にはならないんだけど……毎回違うものっていうのは、ちょっと」
 この店で、普段配達に行くのは二人。ギリアンと、もう一人。どちらも出身地が同じで、しかも二人とも特別に料理が趣味なわけでも得意なわけでもないので、郷土料理を作るにも限界があった。
 レパートリーは、あっという間に尽きてしまったらしい。
「ははあ、それで助っ人募集なわけだ!」
「そうなんだよ。先を急ぐなら無理には頼めないけれど」
 レフトはにっと笑って。
「いいよ、行ってくる。料理もソコソコ習ってるし、任せといてよ」
 そう言って、胸を叩いた。

「見えてきた。あそこだ」
 険しいと言う一歩手前くらいの山の上に、不思議な形をした建物が建っていた。それが今回の目的地で、賢者スピネルの棲家である。
 ギリアンが道案内兼荷物持ちでついてきて、その建物を視線で示した……手で示せなかったのは、荷物で両手が塞がっていたからだ。配達の商品と、レフトの用意した料理の材料の一部を抱えているのである。
 もちろんレフト自身も厳選してきた素材をいろいろと抱えて、この山を登ってきた。
「すっごい変な形の建物ー!」
 てっぺんの曲がって尖がった巻貝をひっくり返し、いろいろなところにぐねぐね曲がった煙突やらパイプやらを突き刺したような、前衛的な形の建物である。窓はあるようなないような……きらきらと光を反射しているところは、もしかしたら窓なのかもしれなかった。
「あれって、自分で作ったのか?」
「らしい」
「すっごいセンスだな」
「自称発明家だしね」
「……自称なんだ」
「……まっとうな発明品は見たことないから」
 へえー、とレフトは背伸びして、まだ少し高い位置に見える建物を窺う。
「もう少しだし、急ごう。夏の暑さにちょうど良いかと思ったけど、さすがに手が冷たくなってきた」
「あ、ごめん! 大丈夫? でも海産物は鮮度が命だからさ」
 海産物は鮮度が命。
 なので今回用意された素材はフリーズの魔法で凍えている。凍っているわけではないが、生。生きていることがポイントなのであろう。
「なんかこう、手触りがぐにゃぐにゃなのも……ちょっと」
「イカとか、初めてなのか?」
「私の故国には海はないんだ」
「じゃあ、ちょうどいいや。美味しいから、是非今回食べてみて」
 そうして、奇妙な賢者の住居の前までたどり着く。
「配達でーす!」
「おお、待っとったよ」
 レフトが声を張り上げると、ぎぃとやっぱり奇妙な形の扉が開いて、背の低い老人が顔を出す。
「おや、今日は新顔じゃな?」
 レフトを見て、玄関口に現れた賢者スピネルは皺くちゃの顔でニマァと笑った。不気味というか、悪役っぽい笑い方である。
「もう、代金をいただき損ねるわけにはいかないので」
 ギリアンがそれに苦笑を浮かべ答えると、レフトもにやりと笑って。
「任せといてよ! 準備もばっちりしてきたから!」
「そいつは楽しみじゃの。しかし、ワシが今まで食べたことのない料理でなくてはならんのじゃぞ?」
「その点も、ばっちり対策済みさ。絶対食べたことないって」
「自信たっぷりじゃのう、これは本当に楽しみじゃ」
 さあ、中に入るがいい、と二人は賢者スピネルに招き入れられた。

 賢者スピネルに注文の品を渡したら、レフトは早速「クッキングターイム!」である。
「ではゆっくり待たせてもらうとするかのう」
 賢者スピネルはワクワク、代金回収のかかったギリアンはドキドキの待ち時間だ。
 やがて、厨房からは独特の食欲をそそる良い匂いが漂ってきた。
「ふぅむ」
 くんくんと賢者スピネルは鼻を器用に動かして、その香りを嗅ぐ。
「これは……」
「カレーじゃな」
「カレー?」
 ギリアンが聞き返すと、うむと賢者スピネルは頷いた。
「地球ではポピュラーな料理の一つと言えるじゃろう。数十種類のスパイスの組み合わせにより、なかなかに味は多彩とも言える。調合済みのカレー粉は万能の調味料とも呼ばれるのう」
 賢者スピネルは、賢者らしく薀蓄を述べる。
「それだけ味が多彩なら、さすがに食べたことのない味も」
 期待を込めてギリアンが訊ねると、ちっちっち、と賢者スピネルは人差し指を振った。
「甘い。甘いのじゃ。多彩と言うても、所詮はカレーよ!」
 どどぉーん! と背後に何かを背負って、賢者スピネルは力説する。
「ワシに認められるカレーを、果たして、あの小僧っ子が作れるかな……?」
 ふふふふふふ……と腹黒い何かがにじみ出ている笑顔で、賢者スピネルは厨房を見やる。
 そしてぐりんとギリアンを振り返って訊ねる。
「ちなみに具はなんじゃった?」
「……私が持ってきたのは、『イカ』というものでしたが」
「イカ! イカと! この食道楽、賢者スピネルをそんじょそこらのシーフードカレーごときで攻略しようとは、片腹痛いわぁー!」
 ……もうこの人との取引はやめようかな、とギリアンがちょっと遠くを見つめている間に。
「お待たせ!」
 と、レフトは元気いっぱいに鍋を抱えて食堂へとやってきた。
「今、ご飯とトッピングも持ってくるから、ちょっと待ってて」
 レフトがそう言って食堂に戻っている間に、賢者スピネルはひょいと鍋を覗いて。
「ふむ、カレーソースとトッピングを分けて供するタイプじゃな」
 そして指で鍋のふちのカレーソースを取り、ぺろりと舐める。
「む! これは!」
「あ、行儀悪い!」
 そこで戻ってきたレフトが、賢者のつまみ食いを咎める。
「ちゃんと完成した状態で食べてくれなきゃ、ずるいよ」
「ふふん。早く勝敗は決まった方が良いじゃろう。ワシの舌をなめるでないのじゃ」
「なめないよ、そんなディープキッスは可愛い女の子とがいいなあ」
「比喩表現をつかまえて、セクハラをするでないわ」
「え、俺がセクハラなの?」
 レフトがそれは違わないかと同意を求めてギリアンを見ると、ギリアンはもうすっかり遠くを見つめている。
「ともあれじゃ。このカレーソースの隠し味を当ててやろう! このコクはイカ墨じゃな?」
「黒いんだから、そんなのすぐわかるに決まってるじゃん」
「ぬお!」
 賢者スピネル、切り返されて怯む。
「はいはい、そっちのお姉さん、イカ食べたことなかったんだよね。身を余らせるのもったいなかったから、お姉さん用にイカトッピングも作ったから、どうぞ。おいしいよ」
 軽く火を通すくらいにやわらかく煮たイカの身とゲソをご飯に乗せ、レフトはそこに黒いカレーソースをかけて、ギリアンの前に置く。
 呼ばれて意識を取り戻したギリアンは、その皿を見下ろして。
「白と黒で、なんだか食べ物じゃないみたいだな」
「見た目はこうだけど、おいしいって。ソースと具とご飯を混ぜて食べてくれよ」
 スプーンで混ぜて、ギリアンはおそるおそるカレーを口に運ぶ。
「あ、おいしい」
「だろー? 得意なんだ、カレー」
 そう言いながら、レフトは次に賢者スピネル用のトッピングを乗せた皿にカレーソースをかける。
「じーさんはこっち」
「ふ、甘いの。このワシをイカごときで」
「じーさんのは、イカじゃないよ」
「なぬ」
 賢者スピネルもカレーソースと具とご飯を混ぜて、一口運ぶ。
「む! このコリコリと噛み切れない食感、痺れる旨みは……!」
「これさ! 食べたことないだろ?」
 レフトが手に乗せた、うにょうにょと極彩色の生き物は。
「それは……! ウミウシ!」
「……なんかすごい色だけど、ウミウシってなんなんです?」
「ウミウシは巻貝の仲間なんだって。貝がらの部分は退化しちゃって、なくなっちゃったらしいけど」
 ギリアンの素朴な疑問に、レフトが答え。
 更に賢者スピネルが薀蓄を続ける。
「うむ。ウミウシというのは様々な種があるが、派手な色合いをしておるのは体内に毒を蓄えておる種も多いために警戒色ではないかと言われており……」
 そこまで言って、沈黙の帳が下りた。
「……毒?」
「こ、この痺れる旨みは」


               ――エチケットタイム――
           ――そのまま、しばらくお待ちください――


「死ぬかと思ったではないか!」
「こいつに毒があるのは知らなかったんだよ。あんまり食用にしないのは知ってたけど、海洋生物学者では食べた人がいるって話だったし。その人よりは、胃腸が弱いんだな」
「胃腸が弱いとか言う問題ではないわい。このワシをそんじょそこらの超人共と一緒にするでない。ワシは普通の人間なんじゃ」
「でも、食べたことなかったでしょ?」
「食えてないので、ノーカウントじゃわい」
「しょうがないなあ。じゃあ次の具材は、予備のこれ」
 レフトが差し出した生の海産物に、ギリアンは目を逸らすようにして訊ねる。
「……それは?」
「ナマコ」

 ギリアンに海産物はうにょうにょしたものだという偏見を植え付けつつ、レフトのナマコカレーは賢者スピネルから代金をもぎ取ったのだった。


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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2561 / レフト / 男性 / 13歳? / レイン・マジシャン】

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■         ライター通信          ■
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 ご参加ありがとうございました。
 ちなみにウミウシの情報はネットにもありますので、検索してみると写真も出てきて面白いかもしれません。多くは食用に適しませんが、食べられるものもあって、食べた人がいるのも事実です。かなり不味いらしいですが。
 もし次がありましたら、よろしくお願いします〜。