<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>
【人形師が夢を語る頃】ペパー
□Opening
※
聖獣界の片隅で、一人の人形師が亡くなりました。
彼が残した物は、三体の人形と遺言書。
遺言書には、こうあります。
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私は世界の滅びを見てみたい。人々が恐れおののく瞬間を感じたい。
私はこの黒い欲望を抑える事に疲れてしまった。
だから魂を込めて人形を作った。
頑丈なストンは私の瞳を原動力にするだろう。
鋭いシザーは私の髪を原動力にするだろう。
身軽なペパーは私の血液を原動力にするだろう。
ああ、私の人形達よ舞い踊れ。最早ここに枷は無い。
ああ、私の人形達よ世界を滅びに導くが良い。
その時私は蘇る。
そして私は世界の滅びを見るのだ。
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人形師の遺体には瞳がありません。髪は無造作に切り取られていました。奇妙な事に外傷はあれど血痕は一切見つかりません。
※
人形師の遺言は広く知られる事となった。村が一つ滅び、人も沢山死んだという。そして、また一つ、聖都の人々を震え上がらせる事件が起こった。
言葉にするのも恐ろしい。けれど、これを伝えなければ、更に犠牲が増えるだけ。
その光景を前に、ルディアはごくりと唾を飲み込んだ。
「……間違い無い。これは……、例の人形の仕業だよ」
ルディアの手には、輝くガラスのストラップ。それが、きらきらと光っている。カラクリの里の生き残りネメシアがルディアに預けたストラップだ。これは人形師のカラクリに反応する。人形自体がいるような輝きではないが、カラクリの残り香に反応しているのだろう。
ルディアはもう一度、その光景をしっかりと見た。
積み上げられた、干からびた死体。
生の匂いのしない、悲惨な室内。
場に似合わない、真っ白な壁。
ここは病院の一室。ある日、病院がたった一体の人形に襲われた。人形は、成人男性と同じような大きさで、一人でふらりと病院に忍び込んできた。それは、病院の映像記録に残っていたのだ。そして、入院中の動けない患者が次々とターゲットになり……。
人形はマントのような物を身にまとい、ひらりひらりと飛ぶように患者の間を練り歩いた。
そして、人形が去った部屋の患者は全て死んでいた。
「病院が、狙われているんですね」
この病院で、三つ目だ。看護婦は、青ざめた表情でぼんやりと呟いた。
「……。うん。確か、大きな病院が、次の角にもあったよね。三階建ての広い病院。患者を移動させたほうが良いかも」
「ええ。避難は随時行っています……。けれど、どうしても動かせない、患者さんもいるんです……。集中治療室に入っている方や無菌室に隔離されている方は……」
看護婦は力なく項垂れる。
犯人はご丁寧に南から北へ道沿いに建つ病院を襲撃していた。だから、多分、次に襲われる病院の目星もつく。どうしても、人形を取り押さえなければ……。
ルディアはさっそく、冒険者へ助けを求めた。
※
くれぐれもご注意を。
卑劣なペパーの原動力は血液です。彼はただ身軽なだけではありません。血液ならば、何から摂取しようと変わりないでしょう。
どうか血液、そして、動かせない患者さんに十分お気をつけ下さい。
※
□01
「ぬぅ……動けぬものを狙い襲うとは……何という卑劣な……」
アレスディア・ヴォルフリートは、話を聞いて不愉快そうに顔をゆがめた。
これまでも人形と対峙して来たが、ペパーの所業はまさに卑劣漢という言葉が似合う。動けぬもの、弱いものを襲うなど、とても許されない。
「ルディアもね、流石に、あの光景は応えたよ」
アレスディアの怒りを沈めることも忘れ、ルディアは顔を伏せた。
よほど、酷い光景だったのだろう。
アレスディアはそれでも一呼吸で落ち着き、冷静な表情を浮かべ前を向いた。今ここで怒鳴っても仕方がない。
「……いや、人形に言ってみても仕方ない。ともかく。動けぬ患者を守らねばならぬ」
「じゃあ……!」
勿論、手を貸そう。ルディアのすがるような瞳に、力強く頷きを返した。
BeAl2O4は黙ってルディアの話を聞いていた。
「と、いうわけなんだ」
「あまり……、楽しくなさそう、だね」
聞くだけで嫌になるような内容なのか。
戦いが楽しくないのか。
その表情からは何も伝わってこない。
ルディアはBeAl2O4の返事をじっと待った。
「でも、……病院は大切だ」
「そうなんだよぅ」
「機械とかいっぱいあるし。……俺、電気変えて、患者には、迷惑かけないようにする……よ」
自分の身体から伸びたコードからは常に放電がある。それが、病院の機器に影響を与えてはいけない。だから、電流の波長を変えて対処しよう。
BeAl2O4がそんな風に考えをめぐらしていると、ルディアがはっと顔を上げた。
「あ、あ、手伝ってくれるんだね?」
え、そうだけど。BeAl2O4は当たり前のようにこくりと頷いた。
「今回もよろしく頼むね」
祈るようなルディアの呼び掛けに、千獣は真顔で頷く。
それから、じっと病院の映像記録を見た。
「……変な、動き……捕まえ、難そう……」
「うーん。そうだねぇ。ふらふら、揺れているみたいだよ」
「どうやって、病、院、入ったか、わかる……?」
「いくつか襲われた病院があるんだよ。夜間の受付ドアがある所は、普通に扉から入ってきたんだよ。受付の看護士さんも、見周りの人も、全部やられてる。ドアに鍵がかかっていたところは、鍵を壊して入ってきたんだね。けれど、極めて普通の手段だよ。ドアから入ってくるんだから、最初は、それが人形だと誰も気付かなかったんだって」
珍しく、ルディアが不快感をあらわにしている。感情も何もない人形のハズなのに、人間のように振舞っているのが、何だか嫌なのだという。
千獣はちらりとルディアの様子を盗み見て、映像記録に視線を戻した。
「ふぅん……なかなかやりがいがありそうな仕事じゃない……いいわ、引き受けましょう」
「よかった。ありがとう、よろしくね」
エヴァーリーンはルディアの依頼を快諾した。
その様子を隣でジュドー・リュヴァインがぶつぶつと呟く。
「……珍しくエヴァが乗り気だと思えば……なんだ、相手は意思を持たない人形か……人形だろうが何だろうが強ければいいけど、こう、闘う意志とかそういうのが感じられない相手って何となく……」
「……何? 何か文句でも?」
「ああ、いえ、何でもないですよ?」
「……ないならよろしい」
「まぁ、人の命が懸かってる話だ……真面目にやりますか」
あはは、仲良いなぁとルディアがこっそり笑った。
「まず、院内にいる患者の位置、保存している血液の場所を教えて……?」
「うん。見取り図をね、用意してる。あと、看護士さんも来てくれているから、相談しよう」
集まった冒険者には、病院の見取り図が配られた。
看護士により、動かせない患者の位置の説明がある。
「無菌室は絶対に移動不可能です。三階のこの場所しか、設備が有りません。それに、集中治療室の設備も移動させるとなるとちょっと……」
「できるなら、院内だけでも一箇所に集まっていただきたいが……」
看護士の指差す図面の位置を眺めながら、アレスディアはそう切り出した。
無菌室は三階の奥、階段から一番遠い場所にある。集中治療室は、二階階段横の一つ奥ばったスペースに設置されていた。
「……。患者は動かせないのよね……?」
エヴァーリーンの言葉に、看護士は顔を曇らせ、力なく頷く。患者を動かす以前に、設備を動かせないのだ。
「……無理なら仕方ない。それと、念のためだが輸血用の血や、検査のために採った血などはどこにあるだろうか?」
「そうね。保存している血液の場所は?」
アレスディアとエヴァーリーンに問われ、看護士は見取り図を指差す。それは、一階受付の隣だった。
その後、守備の範囲や治療室のバリケード、看護士の配置などが話し合われた。
千獣とエヴァーリーンは、映像記録や残された遺体などから、人形の攻撃方法などを考察する。また、人形がどのように病院へ入ってくるのか、入念に確認をした。
そして、日がくれる頃には、それぞれが配置についた。
□02
アレスディアは全ての力を護りに注ぐ鎧装を装備し、集中治療室の前に控えていた。呼子を持ち、襲撃に備える。患者を護るためには、どうしても戦力を分散させる必要があった。すぐに駆けつける事はできないかもしれないが、呼子を鳴らすことにより警戒を促せるだろう。
これ以上、一滴たりとて誰の血もやらない。
強い決意が瞳に浮かんでいた。
BeAl2O4は電流の調整を終え、受付横に留まっていた。目の端に血液の保管されている倉庫が見える。
ここは一階だ。扉から入ってくる人形との遭遇の確率は一番高い。あらゆる機械にコンタクトを取り、人形の情報を入手できるはずだ。
きいきいと、車輪の軋む音が響く。
千獣は車椅子に乗ってゆっくりと病院の中を回っていた。腕には頑丈なギプスをはめている。病院に来てから処置してもらった。患者の振りをして人形を待ち受ける。
部屋の中で戦う事は良くないと思う。
だからこそ、患者が眠る部屋にはバリケードを提案した。そして、人形が部屋にたどり着く前に捕らえなければ。
無菌室の内と外には鋼糸が張り巡らされていた。
エヴァーリーンは静かに佇んでいる。
この糸からは、何人たりとて逃げる事はできない。踏み込んできた時が最後だ。
三階のエヴァーリーンの様子を確認しジュドーは階段を下りた。
あの様子なら、万に一つも進入を許すなんてこと、あるわけないだろう。
二階の様子を見る。
そこには、鬼気迫る表情のアレスディアが、ただ静かに立っていた。集中治療室の前だ。
こちらも、任せて大丈夫だと思う。
窓から空を見上げると、いつの間にか月の光が差し込んでいる。
そろそろ、か。
……闘う意志のない者と闘うのはあまり良い気分じゃない……が、何の意志もなく、人の命を殺める輩を見過ごすことは、もっと気分が悪い。
ジュドーは慎重に階段を下って行った。
□03
人形が、人間と同じようにドアを開けて入ってくる。それが分かったので、病院のメイン入口はあえて閉鎖しなかった。裏口や通用口は逆に鍵を掛けた。
思った通り、人形は、ドアを開けて進入して来た。
普通に。
まるで、受診を希望する患者のように。
その姿を最初に見たのはBeAl2O4だった。
ふらふらと歩く姿は人間そのもの。ただ、それには顔がなかった。腕や足なども随分ぞんざいな作りだと思う。記録映像には鮮明に写っていなかったが、身体の作りは人間と同じだけの関節もない。
しかし、それが何だというのか。
一目その姿を確認した瞬間に、BeAl2O4の脳裏に様々な情報が羅列された。
関節に使われている油圧プログラムは繊細で深い。あらゆるエラーに対処できる程の遊びが備わっており、なおかつそれは本体の動作に全く負荷をかけない。
踏み出す歩行も、バランス、重圧などに全く危うさが感じられない。
特筆すべきは、やはりマントの部分だろう。
そこに全ての技術が集約されている。エネルギーの補給、全身への供給、端末まで一つ一つに搭載された高性能のセンサ。言うまでもなく、ペパーのエネルギー源である血液を正確に捉えている。
また、今はマントの形状を保っているけれど、それが細い機械の集合体だと言うこともBeAl2O4は承知していた。
その他、人形に関するあらゆる情報をBeAl2O4は拾い集める。
人形は真っ直ぐ受付隣の保存血液を目指していた。
BeAl2O4はすぐに必要な情報とそうでないモノを取捨選択し人形の次の動作に備える。
人形の顔の部分(目鼻はないけれど、大きめのセンサが内蔵されている)がゆっくりとBeAl2O4を見据えた。あそこにも、血液がある。あれはエネルギーである。人形がそう認識したことも、BeAl2O4に伝わってきた。
「俺の血は、……電気だから。ないと……こまるなあ」
さて。
人形が自分を狙っているのも、その後ろの血液を狙っているのも分かった。
勿論、ここを放棄するわけには行かない。
そして、仲間がこちらに向かっている様子も、院内の電流が教えてくれる。
どこまで守りきれるだろうか。
BeAl2O4は近づいてきた人形にバチンと雷を打ちつけた。
『…………』
人形は何も言葉を発しない。その機能がはじめからないのだ。
けれど、足を止めた人形が、一呼吸置いたように感じられた。人間の動作を模倣したかのようだ。
静かだった病院に、機械音が響きはじめる。
マントの形状を保っていた機械が一つ一つロープのようにほぐれて行きうねった。そして、各々違う方向からBeAl2O4に襲いかかる。
痺れによる拘束は不可能。
BeAl2O4はすぐに判断しコードを人形の動きに合わせて伸ばした。
今や複数のロープになった部分は、それぞれの先端がエネルギーの吸収場所になっている。つまり、あれが身体に触れたら、そこから血液を搾取されてしまう。
慎重に、コードでロープを払いながら廊下へ移動する。
人形も、BeAl2O4を追いかけ廊下へ走りこんだ。
その時、チン、と何かが鳴った。
「うん……。タイミングばっちりだなあ」
エレベーターが下りてきたのだ。いや、エレベーターがここに下りて来る事が分かっていたので、BeAl2O4はここまで走ってきたのだ。
BeAl2O4の呟きが終わるか終わらないか。走りこんできた人形の真横でエレベーターの扉が開く。
そこに乗っていたのは、車椅子の少女。
人形は、ひらひらとロープをかわすBeAl2O4から少女に狙いを変える。何より、狭いエレベーターに車椅子の少女だ。人形は勢い良くロープを少女へと突き立てた。
けれど、それは、空を切る。
ぐらりと、少女の身体が前に倒れたのだ。
人形はエレベーターに刺さったロープを引き抜き、しゃがみこむ少女へもう一度狙いを定める。
どちらにしろ、この狭いエレベーターでは動けない。
「……、じゃ、あ、行く、よ……」
少女……、つまりは、患者に偽装した千獣が、自分の後ろにあった車椅子を思いきり人形に叩き付けた。
車椅子を受けて人形の体が少し傾いだ。
しゃがみこんでいたのでも、倒れこんでいたのでもない。
ただ、踏み出す勢いをうかがっていただけ。
千獣はぐっと足に力を込め、このタイミングで人形に体当たりする。
再び、広い廊下に人形の身体が押し戻された。
だが、人形はバランスを崩した姿勢のままで再びロープで千獣を襲った。
今度は、避けない。
ロープが千獣の腕……、いや、腕に施されたギプスに食い込んだ。
人形のロープは伸縮しない。
必然的に、人形の動きが止まった。
「ひらひら、舞う、蝶、捕まえる、難しい……でも、止まった、蝶は、捕まえ、られる……」
千獣の思惑通り、人形が止まった。
けれど……。
人形のロープは更に細分化した。
千獣が捕らえていたロープはそのまま。残ったロープが再び、千獣を襲う。
「……そ、……」
動かない胴体と、揺れるロープは対照的だった。
残った腕でなぎ払える数ではない。
スライジングエアを飛ばすが、まるで柳のように攻撃を受け流された。
そう。
まるで、風に揺れる柳のようだ。
「だが、斬る手段はある」
どこかで、そんな声がした。
つまりは、
「相手が避けるその速度よりも速く、斬れば良いんだろ」
ということ。
声の主は、風よりも早く飛び込んできて、人形のロープを斬った。
ジュドーは止まらない。
返す刀で、千獣のギプスに食い込んでいたロープも斬る。動きの取れなくなっていた千獣は、すぐにギプスを壁に撃ちつけ自ら砕いた。
一旦、人形から距離を取る。
その間も、人形とジュドーとの交戦は続いた。
相変わらず、人形のロープはゆらゆらと揺れている。
ジュドーは、風に揺れるロープを風ごと斬る勢いで人形と対峙した。
しかし、終わりが見えない。先端を斬り落とした瞬間、先端になった部分が代役を務めるのだ。
つまり、根元から根こそぎ斬らなければならないのかも。
一進一退の攻防。
その背後から、千獣はスライジングエアを飛ばす機会をうかがっていた。
もう一度、慎重に。
一つ二つ、ロープの端が斬り落とされる。
幸い、人形はジュドーへ集中していた。
なんとか、あの胴体を捕獲できれば。
めまぐるしい攻防の一瞬のスキ。
千獣はスライジングエアの鎖で人形を絡めとろうと試みた。
真っ直ぐに投げたはずなのに、スライジングエアの軌道はカーブを描く。鎖が幾重にも人形の胴体に絡みついた。
ぎしり、と、歯車が軋む音が聞こえる。
「捕まえたのか?」
ジュドーはすぐに後退り、動きを止めた人形を凝視した。
「……違う、それは、本体じゃないんだ」
戦いから血液を守っていたBeAl2O4が、声を上げる。
人形の胴体は、がっちりと捕らえられ動く事ができない。
けれど、ロープはそんなことなど意に介さずに、更に動きを増した。
人形のロープが天井に張りつく。今まで攻撃に使っていたロープも、全て天井に突き刺さった。
「は? 何だって?」
「だから……。あっちが、本体」
首を傾げたジュドーに、BeAl2O4が答える。
指した先には、人形のマントであり今はロープ状のナニかがある。
BeAl2O4が全て説明する前に、人形の胴体がロープで吊り上げられるように天井に張りつき……、そのまま天井を突き破った。
ごりごりと、大きな音を聞いた気がした。
ジュドーと千獣は、大きく穴の開いた天井を見上げ、すぐに人形を追いかけた。
□05
人形は、与えられた役割を全うしたかった。
いや、機械に感情はないのだから、全うしようとしているように見えた、という方が自然だ。
突然、二階にいるアレスディアの目の前の廊下が割れ、何かが伸びてきた。
それが人形の物だと瞬時に理解し、次を見据える。
気配を探るまでもない。
階下で、戦闘の音がしていた。駆けつけるという選択肢もあったのだが、自分の背後には動けない患者と看護士がいるのだ。
だから、アレスディアは、持ち場を護っていた。
やがて、派手な音と共に、廊下が砕け散り人形が現われた。
マントだと思っていた部分は、細いロープの束に変化している。すぐに、それがエネルギーを吸収するのだと理解した。
人形のロープは長さがまばらになっており、それは仲間が切り裂いたのだと思った。胴体には鎖が巻きつけられており、動けない様子だ。けれど、人形のロープが不気味に蠢いている。
アレスディアは、慌てず長剣を構えた。
言葉は必要ない。
束になっていたロープが、四方に分散した。
アレスディアは、襲いかかって来るロープをなぎ払い、人形を寄せ付けない。
けれど、人形のロープは、柳のように揺れ動き簡単には斬れなかった。
まとわりつくロープを更に払う。
ついに、払いきれないロープがアレスディアの身体に突き刺さる。
けれど、アレスディアは動かない。
ここを動けば、患者が危ない。看護士が危ない。
それは、許されないことだ。
それに……。
「これ以上、一滴たりとて誰の血もやらぬ」
誰の血も、だ。
灰銀の巨鎧は、人形のロープなどに後れを取るわけがない。
どれも、これも、アレスディアの鎧を貫くはずがない。
人形のロープは、灰銀の巨鎧に傷一つ付ける事ができていないのだ。
アレスディアは力を込めて人形の胴体をなぎ払った。
ぎしり、と、人形の身体が軋む。
これ以上この階に留まっても無駄だと理解したのか、人形は先ほどもそうしたように天井を突き破り三階へとその身を投げ出した。
□06
さて。
三階、無菌室の前では今や遅しとエヴァーリーンが人形を待っていた。
だから、人形がエネルギーを求めて三階に飛び込んできたとき、それで終わったのだ。
「……私の糸からは、何人たりとて逃れられない……踏み込んだが最後よ」
ニコリともせず、エヴァーリーンはそう宣言した。
事実、三階へ飛び込んできた人形は、エヴァーリーンの鋼糸にそのまま絡め取られた。
胴体だけでなく、マントをロープに細分化したモノも全て糸に絡んだ。
人形は、糸から逃れようとロープをくねらせる。
けれど、それは、ますます糸に絡んで行くだけだった。
最早、どこにも人形の動く隙がない。
エヴァーリーンは、腕を組んで人形の挙動を見つめた。
そこへ、階下で人形と戦っていた一同も追いついてきた。
「あ、終わったんだ」
一目その様子を見て、ジュドーが刀を下げる。
アレに捕まっては、もうどうする事もできないだろう。元々、胴体は千獣の鎖で固定してある。これ以上、人形が攻撃を仕掛けるとは考えにくかった。
「……ところで……今までの報告を見ると、人形全て壊してきたみたいだけど……生け捕りってのは無理なのかしら……?」
エヴァーリーンの言葉に、しかし、アレスディアがはっと顔を上げる。
「待て、また光が昇るかもしれんッ」
「……光?」
「あ、うん……。最後の光だよ」
最後に三階へ昇って来たBeAl2O4が両手を広げた。機械から情報を読み取れるBeAl2O4だけが、正確にその光が放たれることを認識している。
BeAl2O4の言葉通り、人形の内部から青い光が空へと放たれた。
それは一瞬で、真っ直ぐ天井へと昇り、おそらく天井をすり抜け天へとむかった。
「……、また、あ、の、光……」
「ああ」
千獣とアレスディアがその光を見るのは三度目となる。
人形がどうしても動けなくなると放たれるその光。
アレスディアと千獣は互いに顔を見合わせ、窓から空を見上げた。
人形は動けなくなったのに、患者は護れたのに、何となく、ぬぐえない不快感。
(あれは、起動キーだなぁ)
それをこの場で知っているただ一人の人物BeAl2O4は、しかし人形や人形師の目的には興味がなく、その一言を口にするかどうかぼんやりと考えていた。
「で、結局、生け捕りにできたんでしょうかね?」
「……、もぬけの殻って、こういうモノのことを言うんじゃないかしら」
「あ、そう」
ジュドーとエヴァーリーンは、何の力も残されていない残骸を見て肩をすくめた。
□Intermission
『ふぉ、ふぉ、ふぉ』
それは、楽しそうな笑い声のはずだった。
ただ、あまりに大きくあまりに高いところから声を出したので、辺りに響く不気味な音と変わりがなかった。
やっぱり、人形達だけでは、駄目だったね。
いっぱい邪魔が入って、いっぱい壊されたね。
『ふぉ、ふぉ、ふぉ』
それでも、それは笑い続けた。
高い、高い所から、それが降ってくる。
ああ、ようやく起ち上がる。
ようやく僕が起ち上がるときだね。
『ふぉ、ふぉ、ふぉ』
その音が聖都へ届くのと同時に、それは降ってきた。
巨大な人形が、ゆっくりと、聖都へと降下して来た。
<To be continued>
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女 / 18 / ルーンアームナイト】
【2575 / BeAl2O4 / 男 / 21 / エレキ・マジシャン】
【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【2087 / エヴァーリーン / 女 / 19 / 鏖(ジェノサイド)】
【1149 / ジュドー・リュヴァイン / 女 / 19 / 武士(もののふ)】
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■ ライター通信
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この度は、依頼へのご参加有難うございました。人形の討伐お疲れ様でした。シーン毎に登場するPCさんがいたりいなかったりするのですが、流れ上全シーンを皆様にお届けします。シリーズシナリオですので、そのうち次のシナリオも公開予定です。そちらもどうぞよろしくお願いします。
■エヴァーリーン様
はじめまして。はじめてのご参加ありがとうございます。
一番最後の人形捕獲、ありがとうございました。今回の人形の形態を考えても、エヴァーリーン様の糸は相性が良かったのかなと思いました。
それでは、また機会があリましたらよろしくお願いします。
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