<東京怪談ノベル(シングル)>


The person who gives the judgment.前編

 麗らかな日差し。窓から差し込むポカポカとした柔らかな陽気に、エリイは思わずあくびを一つした。
「おっとっト…」
 大きく伸びをしながらのあくびに、うっかり手に持っていたペンを床に取り落とし、慌ててそれを拾い上げる。
 日の光を受けて、ふわふわと柔らかな銀色の髪を揺らし、その頭の上に載っている小さなティアラがキラリと光った。
 ここはハルフ村。温泉が名物ののんびりとした豊かな村だ。他の街や村からも観光客が足繁く通うほどに温泉の有名なこの村の一角に、小ぢんまりとだが賑やかなカフェがある。その一室で、エリイは絵本を書き進めていた。
「今日も絵本日和ダネ」
 誰に言うでもなくニンマリと嬉しそうに笑いそう呟きながら、エリイはペンを改めて持ち直し、首から提げている画板の上の紙に、鼻歌を歌いながら再びペンを走らせた。
 音楽に乗るように身体と首をを左右に振りながら、ふさふさの尻尾も同じように左右に振る。一見、人間のようにも見えるのだが、その尻尾とピンと伸びているふわふわの狼の耳から、彼女が氷狼族である事は明瞭だった。
 彼女は普段からこうして自前の画板を首から提げ絵本を描いている事が多く、この日もまたいつもと同じように絵本を描いている。
 サラサラとペンの動きは止まる事無く動き、真っ白な紙の上に見事なイラストと文面が描かれる。
 様々な色のペンが刺さっているペン立てに何度も手を伸ばし、色とりどりの鮮やかなイラストはほんわりと優しく、温かみがある。
「よぉっシ。でキタ! 今回の出来も完璧ダネ!」
 嬉しそうに完成した絵本を両手で持つと、それを高々と上に持ち上げた。
 ニッコリと微笑むその様子は、あどけない少女そのもの。
 エリイは仕上がった絵本を自分の傍らに置くと、また別の絵本を描き始める。彼女にとって絵本とは、生きる為に必要な仕事。それに、描きたい事は山ほどある。一つ仕上がってもまたすぐに次の絵本を描けるだけ、エリイの頭の中は様々なアイデアで一杯だった。
 彼女が絵本作家として有名になり、それだけ出版数を期待されていると言う事もある

「う〜んとォ…。ここはどうしようカナ?」
 ふとペンの手が休まり、ペンの頭でコリコリと頭を掻いた時だった。部屋のドアをノックされガチャリと開かれる。エリイがそちらを振り返ると、そこにはこのカフェのマスターである男が立っていた。
「ふエ? どうしタノ?」
「エリイ。依頼だ」
「エ? またナノ? 何だか最近多イネ」
 気分は絵本を描くことに乗りに乗っていただけに、突然の仕事の依頼にピンと立っていた耳がペタリと垂れ下がる。が、その耳とは裏腹に、エリイは小さくクスリと笑った。
「分かッタ。今下に行クネ」
 エリイは画板を外し、その上にペンを置き、傍に置いてあった青色の日傘を手に立ち上がる。
 エリイのいるこの“カフェ”は表向きの顔であり、本来の姿は“裁くもの”の本部だった。カフェのマスターはその“裁くもの”のボスである。それを知る人々の中で、深い悩みや事件を抱えた者達が時折こうして仕事の依頼をしにやってくるのだ。
(仕事が終わっタラ、さっきの続きを書こうット)
 絵本の事を考えながらトントントンと軽快な足取りで階段を下り、一階部分のカフェの賑やかさを耳にしながら更に下へと続く階段を下りていく。
 地下は日が当たらないだけに少々肌寒く、薄暗い。明り取り窓から差し込む光も頼りない。
 部屋は全部で三つ。短い廊下の突き当たりに一つと、その手前に二つ左右にある。来客がある場合は、その扉に“Visitor”の文字が書かれたプレートが下げられる。
 エリイは部屋のドアを見回しプレートの下げられている部屋のドアをノックし、ガチャッと開いた。すると中には一人の少女が俯いた状態で椅子に腰掛けていた。その表情は固く、何かに思い悩んでいるかのように膝の上できつく握り締めている手を見つめている。
 少女の座る椅子と小さな丸テーブルが一つ、そして小さな明り取り窓がある以外この部屋には何もない。丸テーブルの上には、おそらくマスターが用意したのであろうジュースのコップが手付かずの状態で置かれている。
 天井から下げられた剥き出しの電球が時折チカチカと瞬いた。
 エリイはその少女の様子に特別不思議な顔をする事もなく、やんわりと可愛らしく微笑みかけながら、後ろ手にドアを閉めた。
「こんにチワ。アイスローズでス。あなたのご依頼は何でしょウカ?」
 その言葉に弾かれたようにパッと顔を上げた少女は、悲痛な表情だった。今にも涙が零れ落ちそうなほどに、その瞳は潤んでいる。
「あの、あの! お父さんの仇をとって欲しいんです! お願いです! お金ならいくらでも出しますから!」
 まくし立てるかのように早口にそう言う少女は、勢いあまって席から立ち上がり、ガターンと派手な音を立てて椅子を蹴倒した。
 エリイはその顔の笑みを崩す事無く少女の近くに歩み寄ると、椅子を立たせる。
「ウン。とりあえずもう一回座ッテ? ちゃんとお話聞くカラ」
 そう促すと、少女は躊躇いがちにももう一度椅子に座り直した。そして顔を上げ、エリイを真っ直ぐに見つめてくる。
「私のお父さん…数日前にある冒険者に殺されたの…。この村から西にあるルクエンドの地下水脈の洞窟よりもう少し行った、一角獣の窟の近くで…。お父さん、ユニコーンに会いたいってずっと言ってて…。やめたほうが良いって行ったのに、どこで見つけて来たのか分からないような冒険者を連れて…」
「ふゥン。なるほドネ。正規のルートで雇った訳じゃない冒険者を連れて行っちゃったンダ。で、その冒険者がお金だけせしめて君のお父さんを殺しちゃったんダネ?」
 エリイは口元に笑みを浮かべてはいるも真剣な表情でそう呟くと、少女は再び立ち上がり両手を組んで懇願するようにエリイを見つめた。
「お願い! お父さんの仇をとって来て下さい!」
 少女の目にはボロボロと大粒の涙が溢れ、その頬を伝い落ちた。