<東京怪談ノベル(シングル)>


The person who gives the judgment.後編

「大丈夫ダヨ。 アイスローズが君の願いを叶えてあげるカラ。待ってテネ」
 エリイは目の前で涙を零す少女に、ニコッと笑いかけ依頼を承諾した。何も心配なく待っていて。そう言うように。
「お、お願いします…」
 少女はエリイに対し、ただ深々と頭を下げるばかりだった。


 その晩。
 少女の父親を殺したと言う冒険者の特徴を聞いたエリイは、まだその人間が一角獣の窟に滞在しているという事を聞きつけ、人間たちの活動が静まる頃に行動を開始した。
 空には白々と照る下弦の月。星々はチカチカと瞬き、森や草原を走り抜ける風はやけに生暖かく不快感を与える。
 一角獣の窟から数メートル離れた場所の森の影から、エリイは相手の様子を窺った。少女の言う冒険者は、一角獣の窟の傍で火を焚き、一人寂しくも酒を飲みながら独り言を呟いてはくっくと身体を揺らして笑っている。
「まったく、ユニコーンなぞ居るわけあるまい。もし本当にいたら、俺が真っ先にとっ捕まえて金にしてやる」
 ガハハハ、と下卑た笑いが辺りにこだまする。
 エリイは顔の上半分を隠している仮面をキュッと直すと、まるで怖気づいた様子もなく男の前に躍り出た。
「今晩ハ。罪人サン♪」
 この場には少々相応しくないほどほわっとしたエリイのその言葉に、男はエリイをみやり眉間に皺を寄せた。
「あん? 何だこのガキ」
 月明かりに浮かび上がるエリイのエプロンドレスがやたらと目を引く。そしてその手に持っている青い日傘はトンと地面に着けられ、ただおしゃまな少女が近づいてきた風にしか見て取れない。
「ガキはとっとと家にでも帰ってママとねんねした方がいいぜ」
 男は目の前のエリイに小馬鹿にしたかのような言葉を投げかけ、手にしていたぐい飲みに口を付けて一気に酒を煽る。
「うフフ。アイスローズじゃなくて、罪人さんがそうした方が良いと思ウヨ」
 エリイはニマァっと笑みを浮かべながら、手にしていた日傘を地面から離す。その瞬間シュウウ、と小さく音を立てながらエリイの日傘が白い靄に包まれ、次の瞬間には細身剣に切り替わった。
 その様子に男は目を見張り、傍に置いてあった自分の剣に手をかける。その表情から酔いは多少冷めたようだ。
「お前…何者だ」
 エリイは手にしていた剣をスゥッと持ち上げ、剣の切っ先を男に突きつけながらニマァっと口元を歪ませ微笑みかける。
「アイスローズはアイスローズだヨ。そうだナァ…、敢えて言うナラ、裁くものカナ?」
「…何!?」
「もうお話は終わりで良いヨネ?」
 そう言うと、エリイは地を蹴り素早い動きで男の傍まで接近し、手にした細身剣を大きく振り翳した。
 男は一瞬の出来事に意識が追いつけず、手にした剣でエリイの剣を弾き返す事が精一杯だった。
 ガキン! と刃と刃のぶつかる鈍い音。男の持つ太く大きな剣に弾かれた細身剣をエリイは素早く握り直すとすぐさま横真一文字に切りつける。
 スパッと小気味良く男の腹部を切り、動揺を誘う。
「ちゃんと罪は償わなきゃ駄目なんダヨ」
「っく!」
 話す声音のテンポは実にゆっくりで、この戦いにはまるでそぐわない。
 エリイの言葉のテンポと行動の素早さはまるで違い、切りつけるように振り上げる手には躊躇いなど一切見えず、冷酷さを極める。仮面の下から覗く目は冷徹に光り、男を捉え続けていた。
 男もただやられるばかりではなく、剣を振るってエリイに切りかかるが、エリイはそれを易々と交わし続ける。身体が小さく身動きが取り易いと言う事もあるのだろうが、それ以上にエリイの素早さは目を見張る物があった。それは人と言うよりも、やはり狼と言うべきだろうか。
 あまりのその身のこなしの軽さ、素早さに、男はただ翻弄され続け攻撃を避ける事に精一杯の状態であり、気付けば身体には無数の傷を負っていた。
 間合いを取っていた男にササササッと草を掻き分けるように走りながら、エリイは素早く男の懐に飛び込む。
「…っ!」
「………」
 ぐっと地を踏みこみ、男の顔の傍まで自分の顔を近づけるとニマッと笑いかける。
「えイッ!」
 そう言うと、エリイは剣を下から上に切り上げる。
 男は寸での所でその攻撃をかわすが間に合わず、その胸元に切り傷を作り僅かな鮮血が舞った。そしてかわす勢いにバランスが崩れ、そのまま後向きによろめいて頭と背中を強かに地面に打ちつけ倒れこんだ。
「………」
 エリイはその男の傍らに立ち、冷たい眼差しのまま見下ろしている。男はそんなエリイにすっかり気圧され、怯えの色を見せていた。
 エリイはふいにその冷徹な目を細め、先程までとはまるで違う少女らしいほんわかとした華やかな笑みを浮かべる。その表情に男は一瞬ホッとしたような顔を浮かべるが、エリイの言葉に顔が強張った。
 スゥッと男の顔に切っ先を突きつけ、エリイは口を開く。
「罪を犯した者には同等の罰ヲ…。依頼人の命により、執行しマス」
 エリイは突きつけた剣を振るい上げ、男の命を断ち切った…。

                           *****

 依頼を受けた地下室にエリイは立っていた。
 少女が座っていた椅子に視線を落し、ただ静かに佇んでいる。
 そこへキィ…と扉の開く音とコツ…と床を踏む靴音が聞こえ、エリイは振り返った。顔には柔らかな笑みを浮かべて、部屋に入ってきた人物に微笑みかける。
「お父さんの仇、取っタヨ」
 いつものほわっとした言い方で、そう告げると少女は目を見開きハラハラと涙を零しながら首を縦に振った。
「あ、ありがとうございます…」
「でモ…」
 エリイはふと、言葉を飲み込むように一度切ると、一呼吸置いてから話を続けた。
「いいのカナ? 君はこれから先罪を背負う事になるんダヨ」
「………」
 首だけを少女に向けていたエリイは身体ごと少女を振り返る。そして話を続けた。
「アイスローズは裁くものだカラ、依頼を受けた人の代わりにその対象を“裁く”ダケ。あくまで代わりだカラ、本当の意味でお父さんの仇を討ったのは君って事になるんダヨ。でも、いくら仇だからって人を殺めると言う事はやっぱりそれは罪なンダ」
 エリイのその言葉に、少女は一瞬考えるような素振りを見せた。が、頬を伝う涙をグイッと拭い去ると迷いのない真っ直ぐな瞳でエリイを見つめ返してくる。
「私なら大丈夫です。私にはもうお父さんしか家族がいなかったから…。だからお父さんの仇をとれた事は私にとっては誇りなんです」
 少女のその言葉に、エリイはニコッと笑うと小さく一度頷いた。
「そッカ。それなら大丈夫ダネ」
「あ、そうだ。お礼にこれを…」
 少女はそう言うとポケットから古い懐中時計を差し出した。エリイは古くても金色の輝きを失っていないその懐中時計を手に取ると、首を傾げて少女を見る。
「ずっと大事にしていた時計なんですけど…。でも、お礼をどうしてもしたくて。貰ってください」
「……ウン。ありがトウ」
 エリイはニッコリと微笑み、その懐中時計を握り締めた。

 その後、エリイは再び部屋に戻り書きかけの絵本の続きを書き始める。
 鼻歌交じりにペンを走らせ、その傍らには少女から貰った懐中時計が光っていた…。