<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
キミが居てくれる慶び
――6月中旬。
今日も賑わう白山羊亭。トンボに似た羽を持つ妖精こと少年ルルフェは、その白山羊亭の玄関口である扉の足元から、そーっと中を覗いてみた。戦争のような昼食時がようやく終わりを迎える頃合で人の流れが激しかったが、そこは体の小ささが幸いし、流れを阻害することもなく店内の様子を伺える。
しかし人の顔を確認するには不都合な位置とわかる。後ろに連れていた子猫へじっとしているように言い含めると、ルルフェは羽を震わせ天井近くへ飛び上がった。すると今度は頭のてっぺんばかりがよく見えるようになってしまったのだが、ルルフェが頬を膨らませる直前、金髪の三つ編みが揺れているのが視界に飛び込んできた。
金髪の三つ編み――その持ち主である白山羊亭の看板娘ルディアは、各テーブルの後片付けに追われているようだ。いっそ尊敬の念すら覚える彼女の身のこなしに感嘆の声を漏らすルルフェ。その時、テーブルを拭き終わったルディアが上体を起こした。出て行く客へ一声かけようとしたのだろう、扉に視線を向ける途中で、ルルフェと目が合った。ルディアの瞳の開き具合が少し大きくなった。素早く周囲の状況を確認すると、トレイとその上のものをひとまず厨房に片付けてから、ルルフェのところへやってきた。
「ルルフェさん、中に入ってきては‥‥あら? 子猫ですか?」
「うん。路地裏のすみっこにいたんだけど、例の依頼、この子かなあ?」
ルディアの驚きなどものともせず、あくまでもマイペースで子猫を撫でながら、ルルフェは彼女に尋ねた。マイペースは彼の常なのでそれについてはルディアも特に気にすることなく、ポケットから一枚の羊皮紙を取り出した。
羊皮紙には幼い子供の手によると思われる、猫らしき絵が描かれていた。ふたりはその絵と子猫を見比べようとしたものの、路地裏にいたというだけあって、子猫はすっかり汚れてしまっている。模様すら判別が難しい。
そこでルディアが手を伸ばしたのは、子猫のつけている首輪だった。指先で汚れを拭えば、しっかりと子猫の名前が刻まれているのがわかった。首輪そのものの特徴も絵と一致する。
「お手柄ですね。この子で間違いないと思いますよ」
「やったー! 依頼達成ーっ!!」
ルルフェは両手を大きく空へ伸ばした。子猫が反応して、なーう、と鳴く。
けれどルディアは「しー」と自分の唇に人差し指を添えて、そんな彼らをいさめた。
「声が大きいですよ。イクスさんも店内にいるんですから」
「あっ、そ、そっか」
慌てて自分の口を手で押さえる様子はまるで子供のよう。マネをしているのか子猫も顔を洗い出した。可愛いのだが、やはり子猫は真っ黒けである。
「‥‥さすがにこの子をこのまま店に入れるわけにはいかないですね」
そんな子猫の状態が、ルディアはどうしても気になるようだ。依頼主へ受け渡すまでの間は預かっている必要があるのだが、白山羊亭が飲食物を扱う店であることを考えると、致し方ない感想だろう。
「そうだ、洗ってあげましょう!」
「え、いいの?」
「そのほうが依頼人も喜ぶと思いますし。もう少ししたら手があきますから、外から裏口に回って、そこで待っててくださいね」
「はーいっ」
両手を挙げて元気に答えるルルフェ。ぴくっと鼻先を反応させた子猫を促し、移動を開始する。その後姿は子猫の毛並みと同様に、真っ黒。
一体どんな探し方をしたらあんなふうに妙な汚れ方をするのやら。ルディアはくすっと笑みをこぼしながら、急いで残りの仕事を済ませてしまうことにしたのだった。
この一連の様子を伺っている者がいた。ルルフェの相棒、イクスだ。ルディアに準じるウェイトレス姿で、要するに白山羊亭のバイトをしているのだが、本業はあくまでも冒険者。鋭い観察眼でもって相棒と友人が何らかのやり取りをしていることに気づいていた。
気づいてはいたのだけれども。
(‥‥今度は何を考え付いたんだか)
普段のルルフェの行い――ご飯が食べられなくなるほどの量のお菓子を買い食いしたり、高価なアクセサリーを見繕ってプレゼントしてきたり。ただしすべてイクスの稼いだ金で――のせいで、彼女の思考には見通しの悪くなる薄い布がかけられているようだった。
ルルフェが自分に声もかけないのは、自分に知られたら怒られるようなことをしているからに違いないと、思い込んでしまっていた。
(ま、ルディアと俺の財布に迷惑かけてなきゃ別にいっか)
そこだけ後で確認しておこうとだけ結論付けて、彼女もまた、テーブルの片付けに戻った。昼間から酔っ払ったご隠居さんの明るいセクハラにお仕置きをした際に、その結論も綺麗さっぱりと忘れてしまったけれど。
――6月下旬。
「どうしたんですか、難しい顔をしてますよ?」
白山羊亭のテーブルで突っ伏すルルフェは大好きなお菓子も食べかけというとんでもない事態。さすがにルディアも心配になったようだ。
「‥‥ボク、ルディアにお仕事を回してもらってたじゃない?」
「おかげさまでずいぶんと助かりました」
白山羊亭に日々持ち込まれる依頼。その一部を、ルルフェはここしばらく融通してもらっていた。体の小さな彼にも遂行可能なものは、どちらかと言うとちゃんとした依頼にはなりにくいもの。ゆえに報酬も一人前の冒険者では見向きもしない小額ではあったけれど、そのぶん数をこなしたおかげで、ルルフェの財布はそれなりに重くなった。
ルルフェが悩んでいたのは、そうして貯まったお金の使い道だった。
いや、使い道自体はルディアに依頼の斡旋を頼んだ時から決まっている。イクスへの誕生日プレゼントを買うためだ。
「だけどね、いざ何を買おうって考えたら、どれがいいのかわからなくて。特別な日だから特別なものを贈りたいのに日用品じゃしょうがないし、アクセサリーだって普段からプレゼントしてるし‥‥それでなんでか怒られてるし」
毎日たくさんの店をのぞいているのに、これというものが見つからない。しかし誕生日は近づいてくる。焦りばかりがつのるのも無理はなかった。
「あ、ルルフェさんにお渡しするものがあるんです」
「ふぇ?」
突然、ルディアがぽんと手を叩いた。ルルフェが間の抜けた声を出す間にも裏に引っ込み、小さな包みを持って戻ってきた。
「数日前に、狭い場所に落ちた指輪を拾ってきてもらいましたよね。その時の依頼主だった女性と、迷子の子猫捜索依頼を出した男の子。ふたりは母子だったんです。二度も助けてもらったお礼、とのことですよ」
包みを開くと、程よく香ばしい香りがふわりと立ち上ってきた。詰まっていたのはクッキーだった。
この時ルルフェの金色の瞳が輝きを増したのは、包みの中身が大好きなお菓子だったからというだけではない。一生懸命に頑張ったことに対し、お礼をもらえたことが嬉しかったのだ。
「しかもお母さんが手作りされたものだとか」
「わざわざ作ってくれたんだー!」
眉間に寄っていたシワが綺麗になくなるほど、ルルフェは自然と顔をほころばせていた。そして次の瞬間、そんな自分に気づいてはっとする。おいしそうなクッキーを見つめるその表情は、いつになく真剣だ。
「ありがとうルディア! ボク、ちょっと行ってくる!」
「はい、気をつけてくださいね」
包みを抱えて飛び去るルルフェ。きっと何かをつかんでくれたのだろうと、笑顔で友を見送るルディアだった。
――7月9日。
夏の暑さもまだ活動前な早朝。ようやく日の光が差し込み始める頃に、ルルフェは布団の中のイクスを揺さぶった。
「イクスー。ねえイクスー、起きてー!」
「んん‥‥なんだよ‥‥今日はやけに早いな。個数限定ケーキの販売でもあるのか‥‥?」
「違うもーんっ。はい、これ♪」
瞼を閉じたまま布団に潜っていくイクスのおでこに、びたんっと押し付けられる何か。この野郎、と頬を引きつらせながらもイクスはそれを手に取り、重い瞼をこじ開けて、何なのかを確認した。
数本の細い皮紐を編んで一本にしたものに、赤と黄の石がひとつずつぶら下げられている。皮紐の出来ばえはあまりよろしくないものの、石は向こう側が透けて見えるほどに透き通っていて、小粒であっても質のよいものであることは明白だった。
「‥‥お守りか?」
「ボクが作ったんだよー♪」
「おまえが!?」
よほど驚いたのだろう、イクスは勢いよく飛び起きた。あおりを受けた布団が寝台から落ちる。だが彼女はそんなことは全く意に介さず、手の中のお守りとルルフェの顔を交互に見比べている。
「そーだよ。お誕生日おめでとう、イクス」
「たん‥‥じょうび‥‥」
その様子が嬉しいのか楽しいのか、ルルフェのご機嫌は見るからに良好。寝台にぺたりと座り込んで、にこにこしながらお守りの解説をしていく。
パーツを買ってきて、ルディアの意見を聞きながら自分ひとりで作ったこと。赤の石がイクスを、黄の石が自分を示していること。並ぶ石のように自分達も一緒にいられるよう、そして冒険に出て戦闘でもあれば前線に立つイクスが無事でいられるよう、願いを込めてあること。
作成時の苦労も交えて語られるなか、イクスは息をするのも忘れたかのように、お守りに見入っていた。早く依頼を受けたい、その一心で路銀を稼ぐことに集中していたから、自分の誕生日など頭の隅にもなかったのだ。仮に覚えていたとしても、自分ひとりだったなら祝いたいとすら思わなかっただろう。
「‥‥ありがとな、ルルフェ」
「どういたしましてー♪」
にっと笑ってみせれば、にこーっと返ってくる。それが今はなんだかくすぐったい。
「けど、俺はおまえなんかに心配されるほど弱くはないからな」
「わかってるよ、でもイクスは女の子だからね」
女の子の体に傷がついたら大変! そう騒ぐルルフェを、着替えるからあっち行けと邪険に追い払ったイクス。
けれど彼女の耳が熱を帯びていることに彼女自身も気づいていたかどうかは、本人にしかわからない。
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