<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


手がかりを求めて
●最終確認
 街に夕闇が迫ろうとしていた頃――ベルファ通りに向けてすたすたと歩みを進める2人組の姿があった。一見、女性と少女が連れ立って歩いているとも思える組み合わせであるが、実はさにあらず。この2人組、どちらもれっきとした男性である。
 1人は銀髪で、小麦色の肌である小柄な少年だ。そしてもう1人、その少年より1歩引いた場所で歩調を合わせているのは、青い髪をした細身で背丈の高い青年である。
「確認……するけどな」
 少年――松浪心語は近くの横道に入り込むと、足を止めてつぶやいた。後についていた青年――松浪静四郎が無言でこくんと頷く。
「探すのは……売買を行う店だよな……?」
「ええ。非合法な物品の、とつきますけれどね」
 心語の言葉を聞いて、静四郎は静かに付け加えた。非合法な物品の売買とは言うまでもない……盗品であろうがいわくつきであろうが、買い取ったり売り付けたりするということである。まあ俗にそういう輩は、故買屋などとも呼ばれていたりする訳だが。
 しかしながら少々不思議な話である。この2人、心語と静四郎の会話を聞く限りでは、どうやら故買屋をこれから探しに行くつもりであるらしい。
 なるほど、ベルファ通りであるならばちょっと脇に入った所を丹念に当たってゆけば見付かるやもしれない。だが故買屋を見付けてどうしようというのか。まさか、盗品を買ってもらおうなどと考えているのか……?
 いやいや、さにあらず。むしろその逆と言ってもいいだろう。心語と静四郎は探しているのだ……ある品物を。
 その品物とはずばり、精霊を封じた品である。もっとも検討がついているのは精霊を封じたであろうことだけであって、どのような物品がそうであるかは今の所皆目分からないのだけれども。
 そんなよく分からない品物を探すきっかけとなったのはやはり、人間に誘拐された仲間を探す水の精霊に協力することを2人が決めたからであるだろう。その水の精霊曰く、犯人4人は仲間の精霊たちを売るつもりであるらしく。
 それを聞いた心語は、売るのであれば何かに封じて売るのではないかと推理した。精霊をそのまま売り付けるのであるならば、相手にもそれなりのスキルなり何なりを求めることとなり、少々売りにくい。だが品物に封じたとなれば話は別だ。精霊を扱いやすくなり、それだけ売りやすくもなる。
 心語がその推理を口にして、静四郎とも相談した結果、ベルファ通りで情報を集めることに決まったのであった。この時間に出向くのは、もちろんベルファ通りではこれからが賑わう時間帯であるからだ……色々な意味で。
「……よし。じゃあ……足を踏み込むか……」
 とつぶやき、ベルファ通りへ再び歩き出そうとした心語であったが、それを静四郎が呼び止めた。
「ちょっと待ってください」
 その声に心語が振り返ると、静四郎は両手の上にちょこんと乗せた1羽の雀を差し出して見せた。
「これを……」
 言うが早いか、その雀はぱっと羽ばたくと静四郎の両手の上から、心語の肩の上へと移っていった。この雀――実は静四郎の分身の能力によって作り出されたものである。こちらから向こうへ何かを伝えることは出来ないが、向こうの声はこちらへ伝わってくる。ゆえに、心語によもやの事態が起ころうものなら、たちまちに静四郎にも分かるという訳だ。
「……行ってくるな」
 心語は静四郎に向かってこくんと頷いてみせると、たたっと駆け出していった。
「……さて……」
 静四郎は心語の姿が雑踏に消えるのを見届けると、違った方角へと歩き出した。その方角を行くとあるのは――アルマ通りである。

●別の筋からも
 アルマ通りにある店で有名なのは、改めて言うまでもなく白山羊亭であるだろう。日夜客がやってきて、楽しく酒を飲み交わしている。中には看板娘であるルディア・カナーズ目当てでやってくる客も少なくないが、こういう店ではよくある話ではある。
 さて、心語と別れた静四郎の姿は今、その白山羊亭の前にあった。『蝙蝠の城』にて給仕として働いている静四郎ではあるが、白山羊亭のウェイターとしての顔もあるため、別段ここに居ることはおかしくも何ともないのだが……。
「いらっしゃいませー!」
 白山羊亭の中に静四郎が足を踏み入れると、いつものごとくルディアの元気な声が聞こえてきた。今日も店はよく賑わっている。
 だがすぐに、意外そうなルディアの声が飛んできた。
「あれっ? 今日って確かお休みの日じゃあ……?」
 そうなのだ、だから静四郎の姿を見てルディアが意外そうな声を上げたのである。しかし静四郎はそれに構わず、ルディアの腕を取って店の奥へと連れていったのであった。
「すみません、ちょっと……」
「え? え、えっ? え、何っ?」
 よく分からぬまま店の奥へと引っ張ってゆかれるルディア。そんな2人の姿を見て、すでにだいぶ酔っ払っている客から冷やかすような声が飛んできた。
「お、内緒のあれかい? 若いのはいいねー、ひゃひゃひゃひゃっ!!」
 そんな酔っ払いの戯れ言はさておき、静四郎はルディアを人気のない所まで連れてくると、声を潜めて言った。
「これからするお話は、どうか内密にお願いしますよ。……いいですね?」
 静四郎が念を押すと、ただごとならぬものを感じたらしいルディアがこくこくと無言で頷いた。そして静四郎は簡単に事情を説明し、犯人捕獲のための情報収集の協力をルディアに頼んだのである。快諾するルディア。
「それと……」
 静四郎は、それに加えてもう1つルディアにお願いしてみた。
「……え?」
 静四郎がルディアの耳元でそのお願いを話すと、ルディアは思わず目を丸くしていた。
「その水の精霊さんが用があるって言われても……」
 明らかにルディアは戸惑っているようだ。
「……確実に訪れてくださるか分からないわよ?」
 そこでルディアはしばし思案したが、やがて静四郎にこう答えた。
「つても当たってみますけどー……それでもよければ、で」
「お願いします」
 静四郎はにこっとルディアに微笑んだ。

●探し人、姿を現す
 それから数日が経った。これといった情報が手に入らぬ中、静四郎はいつものように『城』にて勤務をしていた。
 そんな時である――静四郎の耳に、雀を通じて心語の声が届いたのは。
「分かったぞ……!」
 その声にはっとした静四郎は、作業中の手を止めて心語の言葉に神経を集中した。
「聞いてた例の犯人4人の中の……それらしい人相の男が1人……現れた!」
 それを聞いた静四郎の姿は、一呼吸の後に『城』から消え失せてベルファ通りへと現れていた。空間跳躍の能力で瞬時に移動したのであった。
 ベルファ通りのよく見知った場所へと降り立った静四郎を待っていたのは、とある店の陰から手招きしている心語の姿であった。
 すぐにそちらへ行き、静四郎は心語とともに身を潜めた。
「今……中に居る……」
 心語は小声で静四郎にそう伝えると、続けてこう言った。
「俺が……あの男を尾行してみる……。そうすれば、居場所が突き止められる……はずだ」
 そして静四郎に、男の来店目的と、何か売りに来たのであらば品物を確認してほしいと心語は頼んだのである。
 やがて店の中から1人の男が出てくると、男は軽く辺りを窺い、足早に店の前から立ち去っていった。
「じゃあ頼んだからな……!」
 とだけ言い残し、心語はその男の後を追いかけてゆく。雀を連れて。
 残された静四郎は軽く溜息を吐くと、男が出てきた店の中へと入っていった。
「いらっしゃい」
 愛想のない店主の声が静四郎を出迎える。静四郎は一計を案じ、その店主へ自分は魔術師であるとまずは伝えた。その上で――。
「……風変わりな品を探しているのですが、何か珍しい物をこちらでは扱っていたりしませんか?」
 などと店主へ振ってみた。すると店主は、一瞬しまったといった表情を浮かべた。静四郎はそれを見逃さなかった。
「おや、どうかしましたか?」
「ああ……いや、その何だ。あんた……少々値が張ってもいいタイプかい?」
 店主が妙な質問を投げかけてきた。ここはその気がなくとも、頷くべきであるだろう。無論、静四郎はそうした。
「今し方のことさ、珍しい物を売りに来た奴が居たんだよ」
「そうでしたか。それで……どのように珍しい品なのですか?」
「精霊を封じた指輪だって、奴さんは言うんだがね。ま、確かにそれらしき指輪なんだが……」
「買われたんですか?」
「その逆だよ。ふっかけてきやがったから、丁重に断ってやったさ」
 店主はそう言うと、はあ……と溜息を吐いた。
「すぐ後であんたみたいな客が来ると分かってりゃ、買っときゃよかったかなあ」
 後悔先に立たずとはこのことであろうか。もっとも今の静四郎に買う気はないのだから、この場合は捕らぬ狸の皮算用と言った方が正しそうだ。
「そうでしたか。……ところでその方の名前や居場所などはご存知ありませんか?」
「はあ?」
 店主が訝し気な目で静四郎を見た。
「あー……いえ、それは大変興味深い品ですから、出来るのなら直接交渉をしてみたいなと思いまして。もちろん、仲介のお礼はさせていただきますが」
 慌てて取り繕う静四郎。だがその説明に納得したらしい店主は、意外な言葉を口にしたのであった。
「残念ながら知らないんだよ。ただ……」
「ただ?」
「今になって思い返してみると、最近この辺の店に時々現れてるらしい男と風貌が似てるんだよな……うん」
 恐らく店主は同業者から聞いていたのだろう。そんな話が回ってくるくらいだから、その男にどこか訝しむべき所があったのかもしれない。
 これ以上の情報は得られないだろうと悟った静四郎は、店主に礼を言って店の外へ出た。
(大丈夫でしょうかね……)
 無言で空を見上げる静四郎。こうなってくると気掛かりなのは、男を追いかけていった心語のことである――。

【了】