<なつきたっ・サマードリームノベル>
『浜辺の魔物退治』
○オープニング
夏といえば海!
白い砂浜と青い海、そして心地よい波の音が、夏の到来を実感させてくれる。 海の家で食事をしたり、浜辺でビーチバレーをしたり。この楽しい季節、皆、それぞれに海を楽しんでいると、突然悲鳴が起きた。
「怪物が出たぞーーー!!」
夏の海を騒がす怪物が、海で砂浜で大暴れしている。しかも、どういうわけか変なのばっかりだ!これはさっさと怪物を退治して、早く平和な海を取り返さなければならない。
夏の海は、自分達の手で守るのだ!
その日は風もほとんどなかった為、海水浴にはもってこいの1日であった。幼い子供でも安心して海に入れるほど、波も穏やかであった。
だから、海の監視員に勤めていたジェイドック・ハーヴェイ(じぇいどっく・はーう゛ぇい)も、海の見張りをする監視台の上で、たまにはのんびりと海を眺めながら仕事を続けることが出来たのである。
この時期ともなれば、海水浴の客が増えるために、海水浴場では臨時のアルバイトを募集する。大勢の海水浴をする人々を、普段の人員だけで監視をすることは出来ないからだ。
そのアルバイトでこの海水浴場へやってきたジェイドックの任務は、海の家が密集している地域にある監視台から、周辺の海水浴場を監視することであった。
一見、皆、海を楽しんでいる様に見えるが、中には溺れてしまったり、波で流されてしまう人もいる。浅い浜辺だからちょっと深くまで行っても大丈夫だ、などという考えの客もおり、そういう輩に限って危険なことをしでかしたりするものだ。
「暑い中、よくもこう人出があるもんだ。海を泳いでいるのか、人の海を泳いでいるのか」
そう呟き、ジェイドックは双眼鏡で海を眺めた。いや、双眼鏡を使わなくても、この混雑振りは誰しも感じるだろう。
浜辺にはぎっしりとビーチパラソルが並べられ、後から来た人々がどこに場所を取ろうかと困惑しているほどである。高台にいるジェイドックの目から、そのビーチパラソルの群れは、まるで色とりどりの花が浜辺に咲いている様にも見えた。
海の家もほぼ満室になっており、特に女性更衣室やトイレ、シャワールームには長い列が出来ていた。
ジェイドックのすぐそばで、カキ氷ややきそば、ジュースといった屋台が出ているが、どれも繁盛している様であり、店のスタッフは汗を流しながら買い物客に愛想を振りまいている。
そんな状況だから、海はさらに混雑しており、人々がぎっちりと海の中におり、動き回るのも大変なんじゃないかとジェイドックは思ったほどだ。
まさに、人の海の中を人が泳いでいる、そんな状況であったから、これでは行楽どころか返って疲れてしまうのではないかと、ジェイドックは思っていたのである。
「それも平和な証拠というか。悪いことじゃないが」
浜辺で海で、動き回る人々を見つめ、ジェイドックはそう思った。おかげさまで、賞金稼ぎという本業の仕事がないが、たまにはこういうのもいいかもしれない。
海水浴場が開かれた朝の時間帯からずっと監視をしているが、今のところ何も事故もなく、たまに客から場所を聞かれたりするといった程度で、おかげで休憩時間以外はずっとこの監視台から離れる事もなかった。ジェイドックの仕事はないが、それが一番理想である。
すでに時間は正午をまわっており、海から上がってランチをとっている人々も多く見られた。
「何をするにも混雑か。まったく、感心すらするが」
もう少ししたら自分も昼休憩にしよう、そう思っていると、突然若い女性の悲鳴が、海水浴を楽しむ人々の雑踏に混じり響き渡った。
最初は、何かちょっとしたトラブルかと思った。しかし、若い女性の次に、今度は幼い少年の、泣き声の混じった声が聞こえてくると、何か近くで大変なことが起こっている事を確信した。
「悠長な事、ぼやいている場合ではないみたいだな」
海辺から、人々が一斉に岸にあがってくる場面を目撃した。だが、どうもその一部に、様子のおかしいものがいる。皆が逃げているにも関わらず、海から出てこないのだ。彼らは困惑した表情で、まわりをおろおろと見つめている。
とすれば、鮫などの危険な生き物ではないのだろう。そんな危険な生き物が出没したのなら、すぐに海から出るはずだ。
となると、一体何が出没したのだろうか。
「どうかしたのか、一体何が」
「まじムカツク!水着切りやがった!」
真っ黒に日焼けしたギャル風の女性が、ジェイドックにそう履き捨てた。
「てめー監視員だろー、ちゃんと見張りしろよなー!」
「落ち着いてくれ、これ以上被害を広げないためには」
ギャル風の女性の水着にふと目をやると、虎柄のパンツの部分が切り裂かれ破れていた。水着が着られなくなるほど破れているわけではないが、何かはさみのような物で切られた様に思えた。
「誰がそんな、くだらないイタズラを」
「カニにやられたー!」
波打ち際で、若い男の声がした。振り向くと、若い男がこちらに背中を向けて座り込んでいる。
何があったのかとジェイドックが声をかけようとし、一瞬ためらった。なぜなら、その男は裸で、大事な部分を見られまいと必死で隠していたからだ。
幸い、その男の恋人と思われる女性がすぐに男にタオルを渡したことで、大事な部分も目撃されず、その浜辺から2人は脱出する事が出来たようだ。
「カニ?まさかカニが水着を?」
そんなアホみたいな話があるのかと思ったが、アホみたいな出来事はジェイドックの目の前で起こった。
女性が泣きながら、体長10センチ程の赤いカニを手で振り払っていた。そのカニは女性の肩に乗り、女性の水着を鋭いはさみで切ってしまった。きゃー、っという悲鳴が響き渡り、女性が切れた水着で必死に胸を隠して去っていく。
また、その隣では、中年の男性が同じくまとわりつくカニを振り払っていたが、背中にまわりこまれ水着を裂かれてしまい、尻を押さえているのであった。
「何だこの光景は」
同時に何人か攻撃されているところからして、カニは一匹だけではないのだろう。カニは水着だけを切り裂くようで、海の中にずっといる人は、おそらくは水着を切られてしまった為、海から上がれなくなってしまったのだと考えられる。
カニは狙った獲物の水着を切ると、海中を移動しまだ海にいる別の人を狙い襲い掛かった。その度に悲鳴が上がるのだが、けが人が出ていないところを見ると、そのカニの狙いはやはり水着だけなのだろう。
「何と言うか、呆れた生き物だ。とにかく、あのカニを退治しないとな」
カニ出現のおかげで、近辺の海の中にはほとんど人がいなくなった。残っているのは、水着を切られて立ち往生してしまっている者だけだ。すぐにその者達にも友人や家族の助けが入り、投げられたタオルや着替えを羽織、ジェイドックの前の海からは人がすっかりいなくなり、皆浜辺に上がってしまっていた。
「さてと、さっさと片付けるか」
海から獲物がいなくなったからなのだろう、カニは水着を求めて、次々に浜辺へ上がってきた。
ジェイドックはサンダーブリットを構えると、浜から上がってきたカニを次々に打ち抜いた。その動きはまるで西部劇のガンマンの様にも見えたのだろう、浜辺に避難した人々から歓声の声が上がった。弾で撃ち抜かれると、カニはあっけないほど簡単に倒れた。
「何だ、拍子抜けするな。大したことないじゃないか」
さらに浜辺に上がってきたカニを撃つため、ジェイドックは構えた。仕事はすぐに片付くと思っていた。ところが、そううまくはいかないようであった。
「まさか」
海から、赤い海草が一気に溢れてきたのかと思った。浜辺に、カニが大集団で押し寄せてきたのだ。あまりに数に、一般客からは悲鳴が上がった。カニは次々に浜辺に上陸し、浜辺は赤いカニの絨毯が出来上がった。
再び悲鳴が響き渡った。カニは浜辺にいる人々に一斉に襲い掛かり、水着を片っ端から切っていく。客は一斉に逃げ出したが、逃げ遅れた者は水着を切られて物陰に隠れてしまった。自分の荷物を引っつかみ、蜘蛛の子を散らすように皆逃げ惑っていた。
「まさかこんなにいるとは」
ジェイドックとて、カニの脅威にさらわれているのだ。カニはジェイドックの服を切り裂こうと、ジェイドックの足元に絡み付いてきた。足で蹴散らし、こちらを狙っているものへはサンダーブリットで先に狙い撃ちをした。
「どこでこんなに増えたんだ!」
さすがに1人でこの数は応戦出来ない為、同じアルバイトの者に援護を頼もうと、携帯電話を取り出そうとしたその時、近くにあった海の家の屋根から、カニが数匹降ってきた。いつの間にか、屋根の上に上がりこんでいたのだ。
振り払おうとしたがすでに遅く、ジェイドックの水着は無残に切り裂かれてしまった。
「やめろー!」
カニを振り払おうとしたが、背中にひっついているカニはなかなか振り払うことが出来ない。
ジェイドックの水着は地面に落ちたが、ジェイドックにはまだ毛皮がある。だが、カニたちはジェイドックの毛皮までを切ろうと、はさみでジェイドックの方の毛を切ってしまった。刈られた毛が飛んでいき、その部分が禿げてしまう。
「いい加減にしないかー!」
これ以上毛を切られてはたまるかと、ジェイドックはカニを振りほどこうと必死に体を動かした。
それでもカニはいなくならず、背中でぱちんぱちんと毛を切る音が何度も聞こえてきた。
カニをようやく振りほどき、早く援護を願おうと思い再度携帯電話を取った瞬間、今度は怒鳴った声がジェイドックの耳を貫いた。
「そこの虎!静かにしろ!」
「何!?」
ジェイドックは駆けつけた警備員数人に取り押さえられた。まるで、容疑者にでもされた気分であった。
「虎が大暴れしていると通報があったぞ!何をしているんだ!」
「待ってくれ、誤解だ。カニが、水着を切るカニが全て悪いんだ」
「カニだって?」
ジェイドックは警備員に今起こっている事を説明した。今ようやくジェイドックを解放した警備員は、浜辺で虎が暴れているとの通報を聞き、ここまでやってきたとの事であった。おそらくは、事情を知らない他の一般客が通報をしたのだろう。
ジェイドックが、いつもの落ち着いた態度で警備員に説明すると、彼らもすぐに事情を理解してくれたようで、ジェイドックは警備員や他の監視員スタッフと協力し、数が多すぎると一度この海水浴場を封鎖し、頑丈な網を使ってカニたちを捕らえた。
捕らえられたカニは抵抗していたが、やがて大人しくなり、海が封鎖された事によりもう獲物が来ないと判断した他のカニたちは海の中へと帰っていった。
「やれやれ、ようやく片付いたか」
すっかり静かになった浜辺を見渡し、ジェイドックは溜息をついた。事件は解決出来たが、ある意味恐ろしいカニに出会ってしまい、しかもせっかくの水着を切られ、毛まで一部刈り取られてしまった。
「平和になったから、よしとするしかないか」
いつも厄介ごとがジェイドックが望まずともやってくる。自分のツキに苦笑しつつ、すっかり遅くなったランチを食べる為、ジェイドックはカニ騒ぎの起きた浜辺をあとにした。(終)
◆登場人物◇
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25/賞金稼ぎ】
◆ライター通信◇
ジェイドック様
こんにちわ、WRの朝霧です。なつきたっ・サマードリームノベルに参加頂き、有難うございました。
今回はいつもと違い、かなりネタに走ってみました。シリアスなジェイドックはすっかりおなじみになりましたが、こういうコミカルな部分のジェイドックさんが描けて、またいつも真面目なキャラクターである分いじり甲斐があり、書いていて楽しかったです。
アホなモンスターですが、楽しい雰囲気が出ていれば何よりです。
それでは、今後もどうぞよろしくお願いします。
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