<なつきたっ・サマードリームノベル>


夢語りの風鈴






 チリーン。チリーン―――…
 木の屋台に吊り下げられた沢山の風鈴。
「いらっしゃい。夢語りの風鈴はいかがかね?」
 首にかけた白いタオルと麦藁帽子。

 考えたことは有るだろうか。
 もしあの人と恋人同士だったら。
 もしあの人と兄弟姉妹だったら。
 もしあの人と親戚親子だったら。

「1ついかがかね? 夢が見たい時に窓辺につるすといいよ」
 夏風の音色が見せる夢。
 それはあなたにどんな夢を見せるのだろう。







 アレスディアは風鈴売りから買った、爽やかな色付けがされた風鈴を部屋の窓につるす。
 そして、風鈴売りが言っていた言葉を思い出し「ふむ……」と顎に手を当てて、飾られた風鈴を見た。
「私は所謂、一人っ子だったな」
 それが寂しかったということも、兄弟を生んでくれなかった両親を責めるような気持ちはまったくない。
 だが、兄弟とはどういうものだろうと、思ったことはあった。
「夢が見たい時に、か…。断りもなく勝手な夢で申し訳ない気もするが……このあおぞら荘の方々と兄弟であったあら、どうなのだろう」
 夢ならば、断りも何も必要ないが、アレスディアはそう小さく呟くと、ゆっくりと床に就いた。




























 アレスディアは彼方から飛び来る白い小さな鳥を眼に留め、進めていた足を止めた。
『ねえ、アレス』
 白い鳥はアレスディアの肩に泊まるなり、青年の声音で話しかける。
「これは兄上。風見鳥とは珍しい」
 遠く離れた者に声を届ける魔術は、いつでも話すことが出来るため大変便利だ。
 だが、そのせいか相手との距離感がつかめず、時々会話がかみ合わないこともあるのだが。
『僕もついさっき帰ってきたばっかりなんだけど』
 そこで兄は一拍置いて、
『どうも、数日前からルミナスが帰ってないみたいなんだ』
 何か知らないかな? と、神妙に告げる。
「……お言葉を返すようですが兄上。私はここ一ヶ月家に戻ってはおりません」
 どうもアレスディアら兄弟は家に居つくということが苦手だった。
 アレスディアの兄であるコールは、小説家として――自身が持つ魔術師としての力を隠しながら――ネタを探して色々なところへ出かけてしまうし、兄弟と違い魔力値が低かったアレスディアは騎士見習いとして各地を巡業している。
 そして、ルミナスはそんな2人を何時も家で待っていた。
 が、如何せん、ルミナスは極度の方向音痴。迷子癖があった。
『ああ、やっぱり? じゃあ正確にいつからルミナスが居ないのか分からないね』
 アレスディアはコールの声を聞きながら、荷物袋にしまってある地図を取り出す。
「ふむ…早馬を使えば、明日には帰れそうですが」
『ほんと!? じゃあ、先に探し始めてるよ』
「いや、兄上お待ちを」
 正直、自称行き当たりばったり、自由気ままな旅人だから気が付いていないが、コール自身も極度の方向音痴。
 必ずミイラ取りがミイラになる。
「もしかしたらひょっこり帰ってくるかも知れませぬゆえ、兄上は家でお待ちください」
 迷子になった兄と弟を同時に探すことなんて出来るはずも無い。出来るなら――どちらでも良いから――どちらかはその場を動いて欲しくなかった。
『……あ、うん。そうだよね。今日は待つよ』
「では、そのように」
 アレスディアの返事と共に、言の葉を伝えた風見鳥は光の帯となって空に上るように消える。
 これで確実にアレスディアは早馬を捕まえなくてはいけなくなった。






 翌日、通常の倍のお金を払って、早馬で自宅へと駆けつけた。
 少々お財布は寂しくなったが、迷子を2人捜す労力を思えば、多少の出費の方が幾分かましというもの。
 アレスディアは玄関の扉を開ける。
 本当に家に居なかったのだろう。閑散とした雰囲気が漂ってきた。
 アレスディアは家の中に向かって大声で呼びかけた。
「ただいま帰りました兄上!」
「アレス! 待ってたよ!」
「兄上……」
 コールの眼の下には、明らかに見て取れるほどくまができている。のほほんとしているが、よほどルミナスの行方を心配していたのだろう。
 アレスディアはその心痛を同じように感じ取り、微かに眉根をよせ唇を噛む。が、
「つい、昔の記録見つけちゃって、徹夜しちゃったよ!」
「…………」
 そんな感傷など吹き飛ばすようなコールの言葉に、ぴくっと口元が引きつった。
「あ、うん、分かってるよ。ルミナスのね、置手紙とか無いか、探してたんだ」
 その表情に、やばいと感じたのだろう、コールは早口で取り繕う。
「うん、まぁ、無かったんだけどね」
 多分、出かけるには出かけたのだろう。それは、ルミナスの部屋から薄手の外套がなくなっていたことで直ぐに分かった。だが、これで、ルミナスは遠出や長く家を開けるつもりは無かったということも分かってしまい、尚更行方が分からないという状況にもなってしまった。
「町の方へ聞き込みに行ってきます」
「じゃあ、僕は―――」
「兄上は、風見鳥をルミナスに。私も定期的に風見鳥を飛ばしますゆえ、ここで情報のまとめ役を」
「……分かった」
 情報をまとめるような仕事は、一応小説家たるコールにとっては得意とするところ。
 風見鳥くらいだったらそう魔力も必要なく自分でも飛ばせる。
 アレスディアはコップに水を一杯飲むと、そのまま町へと繰り出した。






 町で、ルミナスが行きそうな場所といえば、市場と道具屋。
 新作掃除道具に目がないルミナスは、よく道具屋に行っていると聞いた記憶がある。
 アレスディアは太陽の位置を確かめた。
 道具屋は遅くなっても開いているが、市場は朝で終わってしまう。それに、故郷の町だ。顔なじみに挨拶もしたい。
 アレスディアは、昔と全く変わらない市場の景色にほっと息をつく。
「おはよう。久しぶりだな」
「ああ! アレスじゃないか! どうだ景気は?」
「まぁ、ぼちぼちだ。所でルミナスを見かけなかっただろうか?」
 お決まりの返事を返し、店主に目的を告げる。
「ルミ坊か? そいや、最近見ていないなぁ。おーい! 誰かルミ坊見た奴いるか〜!!」
 顔なじみの店主は市場の奥にまで届きそうな声で、ルミナスの行方を聞く。
「何言ってんだよ! ルミ坊だったら王都からきた料理人に突撃弟子入りしてったじゃねぇか」
 突撃弟子入りって……。
 とりあえず誘拐だの、家出だの、そういった類ではなかっただけ良しとするべきか。
「……………」
 アレスディアは溜め息をつきつつ風見鳥を呼び出す。白い鳥は、コールの元へ一直線に飛んでいった。






 数日後、ルミナスから風見鳥が来る。
 そう長く家を開けるつもりはない。と。
 だが、その間、家を無人にするわけにもいかないという理由で、アレスディアは家に残ることにした。
 それからまた数日後。
「姉さん、お留守番ありがとうございました!」
 晴れ晴れとして笑顔でルミナスが家に帰ってきた。
「なぜまた唐突に弟子入りなどと」
 アレスディアは苦笑して、弟を出迎える。
「兄さんと姉さんが帰ってきたら、美味しい料理でお出迎えできたらと思ったものですから」
 確かにルミナスの料理の腕はお世辞にもいいとは言えない。それを克服するために、自然と体が動いてしまったというところか。
「では、今日は鍛えたその腕を、存分に披露してもらえるのだな?」
「喜んで!」
 クスクスと笑いながら告げたアレスディアに、ルミナスは満面の笑顔で頷いた。






























 朝。まだ遠くの空は暗い。
「…………」
 アレスディアは無言のまま上腿を起こす。
「……血の繋がりに割ってはいることは出来ぬ。だが―――」
 夢の中で、コールとルミナスの兄弟になることができた。しかもど真ん中。
 兄と弟。彼らのもともとの性格のせいか、実のとこそんなに差は感じなかったが。
 アレスディアはベッドから起き上がり、風鈴を窓から外す。
「私にとってコール殿達のみならず、この家の方々はもう、家族同然。血の繋がりがなくとも、大切な存在」
 それでも、一時の血の繋がりが見せる絆に加わることが出来たことは、少しだけ嬉しくて。
 それを見せてくれた風鈴を抱きしめて、再度、認識する。
「彼らの平穏、幸せを誰にも壊させぬ。それが私にとっても、幸せなことだから」
 アレスディアの手の中で、夢語りの風鈴は光となって消えていった。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 夢語りの風鈴にご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
 ノミネートの返事お待たせして申し訳ありませんでした。
 愛でられる妹案も浮かんだんですが、苦労性の妹と心配性の姉(どっちもあまり大差ないかもしれませんが)を両方まかなえる中間ならば、2度美味しくない?と勝手に妄想してこうなりました。
 楽しんでいただければ幸いです。
 それではまた、アレスディア様に出会えることを祈って……