<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
+ やさしいひと・たのしいひと +
ザドが居るから今の俺がいる。
ルドが居るから今のぼくがいる。
『わすれないで、――――ひと』
俺が。
ぼくが。
貴方の相棒である事を。
■■■■
エルザード城下。
それはルドとザドが暮らし始めて今日で数日。家具や生活必需品はすっかり買い揃えられ外食も少なくなってきた頃の話。
炊事場で包丁を握り本日のメイン料理である肉と野菜の煮込み料理を作っているのは黒髪の青年ルド。
料理をすると、言っても「材料を切って皆一緒に煮込んでしまえば立派な料理だ」と豪語する男の料理なのでやっている事は酷く大雑把である。本当に買ってきた生野菜をざく切りにし鍋の中に入れ調味料で味付けをするだけだ。ただ意外にルドは味を付けるのが上手いものだからザドも文句を吐く事無く今の今まで過ごしてきている。
ザドは開いた窓から外を見遣る。
今世間では夏祭りのシーズン。観光に訪れた人も多く常より賑わいを見せる城下町の様子にザドは心を動かされる。本来ならば賞金首になってしまっているザドを人の目に付く窓に近寄らせる事はしない。しかし「夕食の準備の間カーテンの隙間から覗くだけ」と約束し、ダイニングテーブルとお揃いの椅子を窓際まで持って行き其処に座って外を眺めていた。
包丁の鳴り響く音が消えないことを祈りつつ、けれどお腹が空いたから早く料理が済めば良いと願う。
「ザド、そろそろ中に戻って来い」
「りょうり、おわり?」
「後は少し煮込んで終わりだ。こっちにおいで」
ルドは腰巻エプロンを外し自分の椅子の背に掛ける。
ザドは名残惜しく思いながらも自分の座っていた椅子を元の場所へと戻した。手招くルドは二段ベッドの方へと歩んでいく。それは上段がザド、下段がルドが使っているもの。ルドはソファの代わりに下段ベッドに腰掛け左横を叩く。示されるがままにザドは彼の隣に腰を下ろした。
暫し沈黙が続く。
それは一分にも満たない短時間であったけれど二人にとっては重く感じられた。やがて唇を開いたのはルド。
彼は組んだ手、肘を膝の上に乗せ正面を見る。その瞳は真剣そのものだった。
「ザド、この間の依頼の件の話をしよう。でもその前にお前に話しておかなければいけない事が幾つかある」
「ん、ちゃんときくよ」
「俺はザド、お前と出会うまで忘れていたことが、たくさんある。……俺は何も話していないけれど」
「ぼくも、ルドにはなしてないこと、たくさんある」
「そうだな。俺達はまだろくに互いの事を知り合えていない。でも確かに知っている事もまた幾つかあるだろう」
「知っていること?」
「そう、知ってしまった事、だ」
言葉を区切りルドは溜息を吐く。
ザドは自分の中が僅かにざわめき落ち着かなくなっていくのを感じた。きゅっと両の手の指を折り込んで拳にし膝の上に乗せる。唇を引き結んで足元を見遣ればそれは何かを伏せているようにも見えた。
「お前を追ったあの夜に、弾丸と視線と僅かな言葉を交わした時に――俺もまた沢山の人を傷つけていることを知ったはずだ。……それでも、お前は俺の手をとったんだな」
それは時間にして数日前の話。
まだ二人が出逢ってから一ヶ月も経っていない話だった。
賞金稼ぎのルド。
賞金首として手配されていたザド。
その関係はまさに狩猟のようなものだった。ルドはザドを捕まえるか殺せれば良かった。だけどザドはそんな彼に対して必死に自分の無実を訴えてきたのだ。
ルドはザドの方へ顔を向ける。ザドは緊張していて顔の筋肉が少し強張っていた。
「お前の純粋な戦闘能力は確かに高いし、足手まといになることもないだろう。でもお前は力を使うことを望んでない。力を使うことを怖いと思っているなら、無理に仕事を手伝わなくてもいいんだよ」
それはとても穏やかな口調。
諭す彼の言葉にザドは身を震わせ、そして顔を上げた。ルドの表情は笑っていたけれど、それでも何処か不安げに見える。互いに互いを思う結果がそうさせていることは明らかだった。
ザドは視線を逸らさぬよう赤い瞳でルドを見つめ、そして身体を開くように左に傾け言った。
「ぼくは、じぶんで、選ぶんだ。いっしょにおしごとすること。むりはしないから、おねがい」
――つれていって。
そう言葉は続くはずだった。でも喉でつっかえたかのように言葉は出てこなかった。それでも決して目は逸らさない。
前向きに、真剣に頼んでくるザドの心は酷く純粋だ。
追っ手が聖獣王のお膝元でどう動くのか不安もあるが、このままじっとしているわけにいかない。依頼を受け仕事をするとなれば、ザドは相棒――そうルドは考える。ふっと口端が持ち上がるのを感じながら彼は唇を動かした。
「一緒に面接に行ってみるか」
「ほんとう!?」
「ああ……大丈夫、俺がついてる。面接で落ちるのは仕方ないが、もし何かあった場合は俺がお前を守ろう」
「うん! やっぱりルドはやさしい人だね!」
ルドの声にザドは安心ししっかりと頷いた。
その瞬間、きゅるるるるる、とどちらからともなく腹の音が鳴り、二人同時に笑い出す。
夕食の時間だな、とルドが腰をあげるとザドも手伝おうと食卓へと向かった。
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くるくると表情が変わるザド。
彼を見ているだけで自分の中の世界が色付くのを感じていた。
ルドは二段ベッドの上段ですやすや眠るザドの寝顔を眺める。不安を感じている様子もなく穏やかに寝るその姿に彼は安堵した。梯子を降りて下段、自分の睡眠スペースに腰を下ろしそのまま寝そべる。睡魔が襲ってくるまでの時間、彼は今までのザドとの遣り取りを思い出していた。
ザドがいてくれるだけで俺は毎日が楽しい。
朝、笑顔で起こしてくれること。
目を輝かせるおまえと一緒にいろんな発見をすること。
……こんな気持ちは忘れていたし、思い出しもしなかったよ。
俺が優しいって?
……どうだかなぁ。
優しくなれるんだとしたら、それはザドがいるからなんだよ。
一人では決して感じられないその温かさ。
誰かが傍に居て自分の存在を認めてくれてやっと伝達される優しさ。全部全部、自分が彼に与えているのではなく、彼が自分に与えてくれているのだと伝えてもきっと彼は不思議そうな顔をするのだろう。
瞼の上に腕を置き闇を作る。
世界はいつだって孤独だ。
だけど俺は今孤独ゆえに寂しさを感じてなどいない。
それが嬉しくて。
嬉しくて。
―― ああ、それは小さな喜びだった。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3364 / ルド・ヴァーシュ / 男性 / 26歳(実年齢82歳) / 賞金稼ぎ / 異界人】
【3742 / ザド・ローエングリン / 中性 / 16歳(実年齢6歳) / 焔法師 / レプリス】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、発注有難う御座いました。
前回からの流れということでこのような形に仕上げさせていただきました。穏やかに過ぎる日々の中互いに互いを思い合いながら進む道、それもまた成長なのだと思います。
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