<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


【人形師が夢を語る頃】ブルー

□Opening
 人形師の遺言と、それに従って現われる人形達。
 それは、噂では無くなった。
 現実として人形は現われ、人々は死んで行った。
 そして人形達が破壊され、最後にアレが現われた。

『ふぉ、ふぉ、ふぉ』
 空遠くから降ってくる。アレが発するのは、どのような声なのか。
『ふぉ、ふぉ、ふぉ』
 大きな、大きな、人形が聖都に降ってくる。
 身体はストンとそっくりで、けれど、もっともっと大きい。
 腕にはシザーとそっくりの刃が備わっており、背にはペパーのマントがひらりと舞っている。
 ああ、だから、アレは人形師の人形で、きっと山ほど人間を――。

 人間を――。

「あれだけの巨体を維持する力が必要じゃ。けれど、吸い上げた魔力は、おおかた別のことに使うのじゃろ」
 再び白山羊亭を訪れた老人ネメシアが嫌そうに顔をゆがめる。
「というと?」
「あの身体の内部に、ヤツの頭脳情報をコピーした記録媒体があるはずじゃ。その情報維持に電力がかかる。そして、実際に頭脳の情報を使う電子演算装置も積んでいるはず。常に稼動しているソレにも、電力が必要じゃ。ヤツは吸い上げた魔力を電力に変え、動き続けるのじゃろう」
 ルディアは聞きなれない言葉に首を傾げながらも、既に非常事態であることは十分に承知していた。何といっても、あの大きな人形はゆっくりと聖都に降下し続けているのだ。もし、今までに破壊した人形達と同じ機能が備わっているのなら、アレは、人間から山ほど魔力を奪い取ってしまう。
「逆に言えば、電力の供給を止めてしまえば、ヤツは考える事ができなくなる。そこで、これを使って欲しい」
 ネメシアは、そう言って、いくつもの装置を取り出した。
 どれも同じような外装で、手のひらに乗るほどの小さな物だ。
「これは?」
「魔力を電力に変換する機能を妨害する装置じゃ。古びた知識から作ってみたが、じゅうぶん通用するはずじゃ。これをヤツの身体に貼り付ければ良い。周辺の人間から力を奪う機能を停止させないと、まずいことになるじゃろ? それに、中央演算装置が機能しなくなると、手足も動かせない木偶人形に変わり果てるはずじゃ」
 あとは、斬るなり壊すなりご自由に。ネメシアは、そのために、いくつも装置を作ってきたのだ。

 頑丈なストンは瞳を原動力にするだろう。
 鋭いシザーは髪を原動力にするだろう。
 身軽なペパーは血液を原動力にするだろう。

 人形師の遺言を思い出し、ルディアは表情を硬くした。
 とにかく、あの人形を何とかしなければ……。

□01
「なんと巨大な……などと言っている場合ではないな」
 白山羊亭から一歩外に出て空を見上げ、アレスディア・ヴォルフリートは表情を引き締めた。
 それはまだ遥か上空にあったけれど、大きさを確認するには十分だった。
 ゆっくりと降下してくる姿は、アレスディアも見知っているストンに良く似ている。
 しかし、それにしても大きすぎると思った。
 落下地点は、押しつぶされて何もかもなくなってしまうだろう。それは、不安ではなく間違いようのない事実だと、認識せざるを得ない。
 とは言えまだ相手が空中にいるのなら、アレスディアには手出しできない。
 目の前で少女がよろめく。
 あわてて、手を差し伸べた。
「大丈夫か? さぁ、こちらへ……」
「は、はい」
 少女はアレスディアの手を取り立ち上がろうとする。しかし、思うように力が入らず、立ち上がれない。少女の手は冷たく、カタカタと震えていた。
「すみません。すみません……」
 消え去りそうなか細い声が痛々しい。
 少女の腰に手を回し何とか身体を起こしてやる。
「な、なんですか。あれ、なんですか。なんですか」
 ぶつぶつと、少女が呟いた。
 少女の視線の先には、今も空から降ってきているアレがある。まだ遠いが、確実にこちらに近づいて来ている。確かに昨日まで明るい人々の笑い声が聞こえていたアルマ通りだったのに、今は逃げ惑う人々の足音だけが響いている。
 アレスディアは空いている手で優しく少女の頭を撫でた。
「彼奴を撃退し、必ず護る故、そのためにもしばし避難してほしい」
 まだ、アレが降りてくるまで時間がある。付近の住民を避難させなければならない。
 パニックを起こしかけていた少女は、アレスディアの言葉に頷いた。少女の足に力がこもる。
 周囲の人を追うように走り去った少女の背中を眺め、決意を新たにする。
 これ以上誰一人として犠牲は出さない。
 アレスディアは近辺住人の避難を誘導するため喧騒の中心へと走った。

□02
「……それ、いっぱい……いっぱい、ちょうだい……」
 ネメシアの抱えていた装置を千獣は指差した。
「いっぱい?」
 千獣の後ろからルディアが声を掛ける。彼女は、頼まれて千獣の長い髪を一つにまとめていた。
「……いっぱい」
 そう。
 できる限り、いっぱい。
 千獣はネメシアの装置を鞄に詰め込めるだけ詰め込んで飛びたった。
 空から降って来たアレは、まだ上空にある。
 ゆっくりと、だが、確実に聖都へむけて降下していた。
 とにかく、アレが降りきる前に打てるだけ先手を打つ。
 周りを確認したが、空中で対応する仲間は他にいない。翼を広げ、更に上空を目指す。
 ストンの身体を駆け上がった時は、それでも、リズム良く頭まで到達できたし攻撃もたやすかった。
 だが、空をゆっくりと下降するソレは、とても一つ二つ殴ったくらいでどうにかなるものではないと思う。
 それでも、千獣は一気にソレとの距離を縮める。
 手には一つ目の装置。
 ちらりと視界の端に映ったのは、避難を始めた聖都の人々だった。

□03
 ソレは近づいてくる人間を確認すると、ああ羽虫が舞っているなぁと感じた。
 人間だと認識したのに、羽虫だと感じる。
 自己の思考に、矛盾は感じなかった。
 だって、飛んできたモノがあまりにも小さい。いやいや、自分が大きすぎるんだっけ。け、け、け。
 巣穴をつつかれた蟻のように、自分の姿を見た人間が慌てて飛び出してきたのだ。
 でも、どちらかというと残念だ。
 巣穴をつついた蟻ならば、もっと大挙して押し寄せてくるはずなのに。見たところ、自分に向かってくるのは一匹だけ!
 なんなの?
 ただ、ボクの姿を見にきただけなの?
 それとも、まさか一人でボクに立ち向かってくる?
 あ、あはっ。あはは。
 何それ、面白い。
 はは。あははははは。
 何それ、馬鹿なの? 死ぬよ? あははは。
 ソレはマントの形状に束ねていたセンサを解放した。
 マントを構成していた繊維一本一本が独立した制御で動く、触手のような武器だ。
 しかも、ただ相手を殴るだけではない。一つ一つの繊維に、血を吸い取る機能が備え付けられている。叩いて落とすも良し、血を吸い自らの原動力にするも良し。
 当然ながら、自分が小さい羽虫に倒されるなんて微塵も考えない。
 ただ一つ、気になったのは、小さな人間が近づいてきたほんの一瞬……、端末がしびれた感じがした。
 人間の感覚で言うと、ピクリと小指が一度痙攣した。そんな感覚。
 言いかえれば、痛みですらない、気にするまでもない瑣末な感覚だ。
 ゆっくり降下しているとはいえ、大気圧の変動で機材が軋んだのかもしれない。もしくは、大気中の湿気を吸ったか。どちらにしても、当然予測された事態だ。何も気にする必要はない。
 ソレは、自分の周りを飛ぶ人間が少し煩くなってきた。
 だから、いそいそと背中の発光器の準備に入った。

□04
「ラストボス登場、か」
 ジェイドック・ハーヴェイはゆっくりと降りて来るソレを視界に捕らえていた。
「まぁ、そんなのんきなこと言っている場合じゃないが……」
 物言いこそのんびりとしているが、ジェイドックの眼光は鋭い。
 アレがもうすぐ銃の射程距離に入る。
 背中には聞いていた通りペパーのマントがあり、それは既に蠢いていた。
 ジェイドックは直接戦ったわけではないのだが……。マント状だった筈のものは、今や一つ一つが自由に動く触手のようだ。なるほど、やっかいだ。
 翼を器用に操り、千獣はペパーのマントの隙間を潜り抜けている。見ると、少しずつだがネメシアの装置を付けているようだ。
 だが、アレの動きはまだ全く衰えない。
 相当量のエネルギーをあらかじめ溜め込んでいたのだろう。
 さて、そろそろ射程距離内に降りてくる。
 ジェイドックは人形の膝裏を狙える位置まで素早く移動し、銃を構えた。
 狙うは足。足を潰す。降りた時の機動力を潰すのだ。
 引き鉄に力を込める。
 が、一転、ジェイドックは物影に姿を滑りこませた。
 アレの背に光の亀裂が幾重も走った。そして、亀裂が割れていく。ジェイドックは、それが何であるか、身をもって体験していた。だから、気がついた。
 思った通り、割れた背からパイプが数本現われ、集結した。
 その瞬間を、見てはいけない。
 束ねられたパイプから、光が放たれる。
 あの光は、瞳の力を奪う光。人形師の人形、ストンが持っていた力だ。
 おそらくアレの周りを飛ぶ千獣を狙ったのだろうけれど、光は難なく地表まで届いた。
 瞳を取られてはいけない。
 けれど、その光を発するにはインターバルが必要だということも知っている。
 今度こそ、ジェイドックは狙いを定めて引き鉄を引いた。

□05
――……世界の滅びをみたいなんて、やっぱりよくわからない。
 右から左から、自分に向かって伸びてくる触手を足場にして器用に方向を変える。千獣は放たれた光をさらりと避け、勢いでソレの背にしがみついた。
 あの光は、瞳を奪う光。
 そして、人形の原動力となる。
 けれど、それは腹を膨らませることとは違うと思う。
――お腹を満たせるわけでもない。自分や仲間の命を守るためでもない。
 ついでに、ネメシアの装置を背中にいくつも張りつけた。
 けれど、装置を触手に張り付ける事は困難だった。一本一本が細いし捕まえる事が難しい。
 それは、地上にいる仲間が何とかしてくれると信じて……。
 おまけにもう一つ、手を伸ばし肩にも装置を張りつけた。
――なのにわざわざ、牙を剥く。
 アレは元々人間だったという。
 だとしたら……。人間は……理解しがたい。
――けど、まぁ、いいや。
 触手が背後に迫ってくる。
 千獣はすぐさま身体を反転させ、触手の合間を縫うように飛んだ。
 ちらりとソレに目を向ける。
 触手の動きに鋭さがなくなってきた。
 装置がゆっくりと作用しはじめたのだろう。
――相手にどんな理由があろうと関係ない。守りたいものはここにあり、それに牙を剥くなら容赦しない。
 他に何を感じることがあろうか。
 千獣の瞳に映る思いは、それだけだった。

□06
 ここに来て、触手の動きが鈍り始めた。おかげで的が絞りやすい。
 ジェイドックは、降って来る光を避けながら一点集中で膝裏を狙い続けていた。
 最初は弾を弾かれていたが、今は着弾した弾が爆発している。確実に攻撃が届くようになっている。
 ネメシアの装置が少なからず効いているのだろう。
 あともう少し撃ち続ければ、必ずアレは崩れる。
 確信に似た感触を、ジェイドックは掴んでいた。
 その感触を集め、興奮する事無く冷静に銃を構える。
 装填。
 発射。発射。間を空けず、同じ所を狙い撃つ。落下速度を計算にいれ、寸分違わぬ場所を射抜く。
 装填。
 発射。発射。
 もうひとつ、発射。
 すると、リズミカルに爆発していた箇所が、今までと全く違う音を立てた。
 みしりと軋む音。
 バラバラと欠片が落下する音。
 がらりと千切れる音。
 ついに、ジェイドックの弾が、アレの足を撃ち抜いたのだ。
 だが、まだ気を緩めない。
 次に狙うは、あの触手。
 動きが鈍くなり、きちんと狙い通り撃つ事ができる。
 これで、千獣に当たる事もあるまい。
 ジェイドックは弾を装填しながらソレが地表に落ちてくるのを見ていた。

□07
 辺りを見回して、アレスディアはふぅと息を吐き出した。
 思っていたより、避難の時間は沢山あった。
 途中、何度かストンの放った光と同じものが降って来たが、誰一人犠牲を出す事無く避ける事ができた。
 ストンと戦った事のあるアレスディアは、光の放たれるタイミングも良く分かっていたから。
 アレが落ちてくるであろう場所に、もう誰もいない。
 ただ、あの巨体だ。
 ここで止めなければ、避難など何の意味もないだろうし、時間稼ぎにもなるまい。
 避難する住民に不安を与えないようアレスディアは優雅に歩き、穏やかな表情を保っていた。
 だが、それも最早必要ない。
 表情を引き締め、黒装に身をつつむ。
 槍を手にしたアレスディアは、風が変わったと感じた。
 ソレが、降りてくる。
 ようやく、地表に降りてくる。

□08
 地表に落下したソレは、がくりと膝をついたように見えた。
 だが違う。
 ジェイドックが膝を撃ち抜いたため、着地のバランスが取れなかったのだ。
 ソレがたまらず手をつく。
 ガラガラと崩れる音は、足元の瓦礫の音か。
 いや、いや……。
 崩れている。
 ばらばらと、ソレから欠片が剥がれ落ちている。
 地に手をついたので、シザーの刃が使えない。
 人形は、背を割りあのパイプを露出させた。
 パイプが集まり光が放たれる。
 光は一旦上空へ舞い上がり、シャワーのようになって周囲に降り注ぐ。
 けれど……。
 ストンのような光ではなかった。数も少ない。これならば、避ける事もたやすい。
 アレスディアは光を避けながらソレに近づいた。ネメシアから受け取っておいた装置をしっかりと張りつける。
 見ても動いているのかどうかも分からないものだが、人形の様子を見ると確かに効いているようだ。
 人形を追って飛び降りてきた千獣も装置の張りつけを続ける。
 やがて、動きはじめた触手は、ジェイドックが一つ一つ撃ち破る。
 人形は咆哮を上げる事無く、崩れ落ちていった。

□Ending...
『なンだ、グリーンか』
「そうじゃ」
『里を離れた臆病者』
「そうじゃ。ワシは……里が滅びる様を見たくなかった」
『僕はみたよ』
 崩壊の音が消えた広場で、ネメシアは人形の中枢をなしていた演算装置を拾い上げた。ご丁寧に、音声出力装置が付属している。
 動かなくなった人形の残骸は残ったままだ。
『一つ、わかったことがある』
「言ってみろ」
『あはは。里の終わりも見た。人間の終わりも見た。でも、自分の終わりは認識できない。自分の身体が機能停止した、その瞬間を記録できなかった。今だって、同じさ。きっと、ボクの機能が停止するとき、僕は意識を保てない。どうやったって、自分の最後を認識できない。世界は終わらなかった。僕の意識があるうちに、世界は終わらなかった。あの日里が終わっても、世界は終わっていなかった。この世の終わりが来たと思ったのに、世界は普通に存在していた! ボクは僕の終わりを見る事ができない。どうやったって、認識できない!!』
 ヒステリックな叫びが続いていた。
 けれど、ネメシアは手にした装置を地面に放り投げる。
「それが、演算装置か?」
 どこから聞いていたのだろう。いつの間にかジェイドックがネメシアの背後に立っていた。
 ネメシアはジェイドックの問いに頷く。
 それが演算装置なら、完膚なきまでに壊した方が良いのではないか?
 銃を構えるジェイドックに反対する者はいない。
「世界は破滅させない。代わりに、お前の世界を、終わりにしてやるよ」
『大歓迎さ。けど、どうやってそれを記録しよう? ねぇ、教えてよ! 教えてよ!』
 それは、あまりに多くの人間を殺して、数え切れないものを壊した。大それた計画の主の末路にしては、酷くあっけないものだ。まったく、不釣合いだった。
 ぱん、と。
 乾いた音が辺りに響いた。
<End or ...?>

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女 / 18 / ルーンアームナイト】
【3087 / 千獣 / 女 / 17 / 異界職】
【2948 / ジェイドック・ハーヴェイ / 男 / 25 / 賞金稼ぎ】

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■         ライター通信          
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 この度は、依頼へのご参加有難うございました。長い人形師との戦いお疲れ様でした。ようやく、終わりまで辿りつけました。ひとえに、今までシリーズに参加していただいた皆様のおかげです。シーン毎に登場するPCさんがいたりいなかったりするのですが、流れ上全シーンを皆様にお届けします。後日、後日談や聖都の復興シナリオを出そうと思っていますので、機会がありましたらそちらもどうぞよろしくお願いします。

□参加パーティーの皆様へ
 こんにちは。いつもご参加有難うございます。
 落下地点の住民の避難誘導。空中での弱体化。着地までに足を破壊。偶然でしょうか、非常にバランスの良いパーティーになったと思います。もし、避難誘導がなければ……。もし空中で弱体かできなければ……。もし、足が崩れていなければ……。大惨事になったと思います。巨大なラスボスはもう一回くらい戦わなければ駄目かなと思っていたのですが、なんのその。本当にありがとうございました。
 それでは、また機会があリましたらよろしくお願いします。