<なつきたっ・サマードリームノベル>
『魔性の森〜想い、巡り〜』
夏の終りの夕立。
雷雲が通り過ぎた後、太陽が顔を見せる。
さっきまでの雨が嘘のように。
明るい太陽の光が射し込んでくる。
森の、中にも。
安らぎを与えてくれる森の中で。
自然の香りをいっぱい吸い込みながら……。
目を閉じていた。
雨上がりの森には、土の香りも混じっている。
それから、遠く遠くの方から。
活動を始めた獣達の、狩りの匂い。
血の匂いも、少女――千獣の鼻に届いていた。
呪符が織り込まれた包帯で身を包み、彼女は人の姿をとっている。
自分は人だった。
人間から生まれた人間だ。
でも長い時間、それを理解することなく生きていた。
獣として、獣の中で。
目を閉じて、遠くなる意識のなか。
あの地が千獣の脳裏に浮かんでいく。
化け物が住まう森。
千獣が生きてきた森。
――魔性の森――
それから、見つけた大切なもの。
嬉しかった時。
貰った大切な、もの……。
* * * *
ある日。
いつものように獲物を求めて彷徨っていた時。
千獣は森の中で「それ」を見つけた。
それは、獣として生きてきた千獣が、初めて出会った人間だった。
「それ」を見つけたことで、千獣は変わっていく……。
その日から千獣の生活は一変した。
獲物の獲り方も、食べ方も。
その人と自分では違った。
眠る場所も、眠り方も。
纏っているものも、纏い方も。
そして何より、その声。
声が違う。出し方が違う。
獣も声を使い分ける。
高く、低く。
弱く、強く。
でも、人間は違う。
その人は千獣にその真似をさせようとした。
何故か、嫌じゃなかったから。
その人がいないところでも、こっそり繰り返し真似していた。
口を開けて、音を出しただけでは出せなくて。
口の形を変えて、音の色を変えていく。
形を変えただけでもだめで、声を出す前に一旦口を閉じなければならなかったり。
見て、覚えて。
口に出してみて、音を変えていく。
それはとっても難しくて、直ぐには出せるようにならなかったけれど。
何度も何度も、1人の時にも繰り返しやってみた。
そして、千獣はその人の前で初めて『ことば』を発してみた。
その人は、とても喜んでくれた。
嬉しい時の仕草。
嬉しい時の顔。
嬉しい時にしてくれることは、千獣にもその時には理解できていて。
いつものような、喜びをその人は表してくれていたけれど。
その時は特別だった。
とても嬉しそうに笑って。
とても嬉しそうに千獣を撫でて。
それから、千獣に耳飾りをくれた。
赤い、石のついた耳飾りを、ひとつ。
千獣の胸に、暖かな感情が湧きあがり。喜びで満たされた。
嬉しかった。
この人と同じになれたこと。
その証のように、思えて――。
本当に、嬉しかった。
自分を見つけてくれて。
自分の存在を喜んでくれて。
自分を人間にしようとしてくれて。
自分に暖かな感情をくれた人。
あの人と耳飾り。
嬉しいあの人の笑顔を千獣は忘れてはいない。
あの人がしてくれたことを。
あの人の仕草を、覚えている。
耳飾りも。ずっと大切にしてきた。
だけど今は。
思い出すことは出来ても、今は両方千獣の傍になかった。
それからまた長い時間を経て。
耳飾りだけを傍に、千獣はいつか人間の中で暮すことも覚えていた。
人の、心というものも、すこし理解して。
人が、人を大切にしていること。
人が、人を必要としていること。
獣にはない感情を沢山持っているということを理解していき。
自分自身の中にもかつてはなかった感情が沢山出来た。
人間の知り合いもたくさんたくさんできた。
人の中で、人の姿で千獣は生きることが出来ていた。
だけど……。
また、自分は人を食らってしまった。
食べるためでも生きるためでもなくて。
感情が赴くままに。
憎しみの牙を突き立てて。
自分の中に取り込み、殺してしまった。
生きるためにその人が必要な人もいることが分かっていたのに。
今、この瞬間にも苦しんでいる人達が、少しでも楽になる可能性もあったのに。
どんな「人間」であっても、大切に想っている人がいることも、分かっているのに。
嬉しかったあの時。
耳飾りを受け取って、同じ生物なんだと認めてもらったと思ったあの時。
思い浮かぶあの時を。
否定するかのように、千獣は小さく首を左右に振った。
目を閉じたまま、大きく呼吸を繰り返し。
自分が生きていることを知る。
今は、あの人もいなくて。
耳飾りもない。
持っている資格はない。
身につける資格はないから。
約束を交わした人に、渡してある。
「……ごめん、なさい……」
口から出るのは謝罪の言葉。
意識は遠のいているのに、同じことばかりが頭の中を巡っていく。
大切、と初めて感じた人間である、あの人。
それから出会った沢山の人間達。
自分は、やっぱり――同じじゃない。
同じじゃないんだと、思う。
「ごめん……なさい……」
謝っても答える声はない。
脳裏に浮かぶ人々も、千獣に答えはくれなかった。
許してはくれなかった。
夢の世界で許されようとも、千獣はしなかった――。
――私はやっぱり、化け物なんだ――
夢の中に落ちた少女の目から、すうっと一筋涙が零れた。
雨上がり。
空に虹が浮かび、小鳥達の可愛らしい鳴き声が響こうとも。
彼女の心は晴れない。
深い森の中へ。
魔性の森の中に、心は迷い込んでゆく。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、ライターの川岸満里亜です。
千獣さんの過去話を書かせていただけるとは思ってもみませんでした。ありがとうございます。
今回は過去にあったことの描写と、千獣さんの気持ちを中心に描かせていただきました。
発注ありがとうございました。
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