<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


ドラゴンフルーツ狩り〜その果実は甘すぎる〜

 仕事場を抜け出して街を散策するのにも慣れてきて、ヒースクリフ・ムーアは気安い気分で、いつもの土産物屋に立ち寄ってから戻ろうかなどと思っていた。
 ギリアンがいたら渋い顔を見せそうだとは思うが、それでもヒースクリフがそこに足を向けるのは、逆にギリアンのそんな顔が見たいのもあるのかもしれぬ。忙しくなってからは以前ほど話す機会も減って、ヒースクリフが自分の立場に優等生でいればいるほど疎遠になるばかりで。
 さて目的の建物のある通りに出たところで、その前に二人立っているのが見えた。
 それが土産物屋でよく店番をしている二人であることは遠くからでもわかる。しかし何か揉めているように見えて、ヒースクリフは足を速めた。
「どうしたんだ?」
「ヒース」
 声をかけた途端にびっくりしたようにギリアンが振り返ったのは意外ではなかったけれど、その直後に少し嫌そうな顔を見せたのが……引っかかって、ヒースクリフも眉根を寄せる。
 今まで、ここに来てもこんな顔は見せたことがない。
 逆にイリヤは笑顔を向けてきた。
「ちょうどいいところにいらっしゃった」
「イリヤ!」
 ちょうどよくない、とギリアンが慌ててイリヤの口を塞ごうとする。
 改めてよく見ると、ギリアンが今日は剣を佩いていた。
 女の体には重いのか、土産物屋にいる時には剣は置いていたように記憶しているので……さてこの幾つかの情報を組み合わせると、どうやらギリアンにとってはヒースクリフを巻き込みたくない荒事の前であったらしい。
「これから何か?」
 イリヤの方にそう聞くと、黙らせようとするギリアンの手をひょいと避けてイリヤは笑顔で答えた。
「ええ、ちょっとドラゴンフルーツ狩りに」
 そこでイリヤがそこに至る経緯を手短に説明する。
 厄介なお得意様の我侭で、竜の姿をした魔法の果実を採りに行くところだったと。
 ギリアンが行くと言うけれど、一人では心許ないというのがイリヤの主張のようだった。
 だが二人で店を閉めて行くのはどうか、と言うのがギリアンの主張だったようだ。
「よろしければ」
「駄目だ!」
 イリヤにそれは最後まで言わせないという勢いで、ギリアンが割り込む。
「絶対駄目だから!」
「ギリアン」
 睨むように見上げてくるギリアンの顔を、ヒースクリフは覗き込んだ。
「俺は役に立たないと思ってるのか?」
「そっ、そうじゃないけど……!」
 こう言えば怯むのはわかっていた。案の定、ギリアンは困ったように一歩退く。
「なら」
「でも駄目だ絶対」
 けれど踏みとどまったらしい。
「危ないから」
「その危ないことをしに、君は行くんだろう?」
 そう問いながら、ちらりとイリヤの方を見れば苦笑しながら頷いている。
「君一人では駄目だと思っているわけじゃないが、万が一ってこともある。イリヤも心配しているし、俺も少し心配だ」
 微笑んで告げると、ギリアンはやっぱり困った顔で黙り込んだ。
 経験的に、あと一押しだ。
「今は昔と違って座っての仕事ばかりだ……たまには実戦で剣を振るわないと勘が鈍る。付き合わせてくれないか? 大丈夫だ、君がいれば」
「……怪我しないように、気をつけてくれるなら……」
「もちろん」
 渋々という様子でつけてきた条件には、迷わずに頷く。
 そうでなければ、君が怪我をしないように気をつけていることもできなくなるのだから……とは、けして口にはしなかったが。




「あそこで曲がってるだろう。あの奥だ」
 その樹が生えているという洞窟の奥まで来て。
 目的地手前というところで、ギリアンがそう言った。
「奥の方が明るいな」
 歩いてきた洞窟は暗く、いかにもな風情であったけれど、奥からは逆に光が漏れている。
「天井が抜けてるんだ。陽も入る。あそこまで行ったら、昼間なら灯りは要らない」
 だから洞窟に樹という奇妙な取り合わせが成立しているのだと言われて、なるほどとヒースクリフも頷いた。
「本当に行くのか?」
 そこでギリアンはヒースクリフをじっと見つめて、そう問いかけてきた。
 なんだか泣きそうにも見えるのは、そんなに自分のことが心配なのかとヒースクリフは少し複雑な気分になる。
 ギリアンが心配性なのはわかっているけれど、本当に弱いと思われているんじゃなかろうかと。
「一緒に行くとも。本当は君をここで待たせておきたいくらいだ」
「ヒース」
「君が俺を心配するのと同じだけ、俺も君が心配だ。俺一人で行くとは言わないから、二人で行こう」
 ギリアンはやっぱりまだ渋々という風情で頷いて、溜息交じりに言った。
「じゃあ、ちょっと後ろを向いててくれ」
 言われる通りに後ろを向くと、しばらくごそごそと気配があって。
 何をしているかは見当がついただけに、ヒースクリフは微妙に居心地の悪さを感じる。
 気配が止んだところで、居心地の悪さに耐えかねた。
「もういいか?」
「いいけど、笑わないでくれよ」
 笑うってどういうことだとギリアンの言葉を訝しみながら、振り返る。
「……どこを笑うんだ」
 振り返れば、そこには着替えたギリアンが立っていた。
 ただ、シャツにパンツスタイルの簡単な格好で。
 着ていたドレスで戦えないのは明白だから、着替えるのは当然としても……上着がないと、女らしい体つきが目立つ。ニュアーゼル産の雲絹のシャツは生地が薄くて、体の線が出るからだろう。
 でも、笑いどころはわからなかった。
「どこって……貧弱だから」
「…………」
 どこが貧弱だと言うのかは問い返さないことにした。
 本当に貧弱なら、目のやり場に困ることはないのだが。
「上着はどうしたんだ」
「嵩張るから置いてきた」
 他の者の前でもこんな格好をするのかと思うと、少しもやっとする。
 溜息を噛み殺して、ギリアンには忠告のふりをして囁いた。
「……次は上着も持ってきた方がいい。鎧を着ける習慣があまりないにしても、それは薄着すぎる」
 鎧を貸してやれると良いが、それもできないし……と、ヒースクリフは最近出番のめっきり減った魔装剣のコマンドを唱えた。それで剣の女王の身を飾っていた装飾は、主人の鎧に変わる。
「さて、行くか」
 そして早く終わらせようと、ギリアンを促した。

 ドラゴンフルーツの樹は洞窟の奥のホールの、更に奥にあった。
 ホールは天井を支えるような巨大な柱が何本も立ち、柱が崩れたような巨岩がごろごろと転がっていて、奇景を見せていた。
 樹は然程の巨木というわけではなく、繊細な枝に緑の葉は茂り、その脇にはさらさらと清水が湧いて。
 手前に派手な色の鱗の竜がいなかったなら、それは美しい風景だと思っただろう。
「薄紫……か?」
 薄紅とどちらであろうかと迷うような、微妙な色合いだった。
「この色、見たことあるか?」
「ないな。聞いたのにもないかな」
 柱の影に身を隠しつつ間合いを詰めながら囁くようにギリアンに訊ねると、声を潜めて答が返ってきた。
 ここの偽竜……竜の形をした果実は、色によって吐くブレスが違うという話は聞いている。だが、この色の竜がどんなブレスを吐くのかは飛び込んでみなければわからぬらしい。
「行くしかないな」
 竜の近くの柱にまで走り寄り身を潜めたが、さてここから先は正面切って行くしかない。
「ああ」
 ここまで来ては迷うこともなく、二人とも柱の影から走り出す。
 どちらかが確実に竜に刃を突き立てられるように、二人別の方向へ。
 左右両側がから迫る敵に気付き、竜は咆哮を上げた。
 ギリアンは跳んで首を狙い、ヒースクリフは爪の下を潜るように腹を切り裂く。
 竜は上に来たギリアンを叩き付けるように爪で弾き飛ばし、更に噛み付くように大口を開ける。
 既に剣で竜の腹を割いたヒースクリフはそのまま横に跳んで、受身を取って転がったギリアンを更に突き飛ばした。ヒースクリフは間近に竜の首を見て、ギリアンの代わりに牙に弾き飛ばされるように紫がかった霧のようなブレスをその身に受ける。
 ヒースクリフもかわそうと飛び退いたが、避けることはできなかった。
 突き飛ばされたギリアンは起き上がるなり慌てたようにヒースクリフに走り寄り、もつれるように手近な巨岩の影に転がり込む。
「大丈夫か?」
 覗き込むその心配そうな顔に――ヒースクリフはくらりと眩暈がして、どこか力が抜ける。
 ブレスは焼けるでもなく、冷たくもなかったが……蕩けるような甘い匂いがした。
「――美人を護って傷付くなら本望というものだよ」
「ヒ、ヒース?」
 ギリアンの細い腰を抱き寄せて、金の髪を手に取って口付ける。
「君こそ……こんな怪我を」
「いや、ちょっとかすっただけで」
 ギリアンのシャツは肩のところで破けて、血が滲んでいた。上手く爪の直撃は避けたのだろう、確かに傷は深くはない。
 ないが。
 ヒースクリフは傷口の血を、そっと舐め取った。
「ひゃっ! ちょ、ちょっと待って」
「もうこの白い肌を傷つけられるなど耐えられない」
「ヒース、なんか目が据わって」
「君の肌に触れていいのは俺だけだろう?」
「え、やっ、あ、いや俺、やじゃないけどでもどこ触っ……わーっ!」
 動転したギリアンのアッパーが顎に入った直後、ヒースクリフは正気に返った。
 直前までのそれが、あの甘い匂いのせいだというのは正気に戻ってすぐ察する。
 多分これの最大の問題は、おかしくなっている間の記憶もしっかり後に残っていることだ。
「ご、ごめ……俺……あの……平気か……?」
 ヒースクリフの腕から逃れてもまだ動転しているギリアンに、なんと言っていいやらヒースクリフも言葉に詰まる。
「……すまない、ギリアン。もう大丈夫だ。ええと……犯人は奴だ」
 とりあえず、隠れてる二人が出てくるのを待っているであろう竜に罪のすべてをなすりつけることにして、ヒースクリフは取り繕った顔をギリアンに向けた。

 さて、嫌なブレスを吐くので諦めましたと言うのも難しい。
 ドラゴンフルーツ狩りは続くことになった。
 甘いブレスを浴びないように二人は別の岩陰を拠点にして交互に一撃離脱を繰り返していたが、竜も弱り動きも鈍くなって、もう追い詰めたかという頃、とうとう……
 ギリアンが脇を裂かれて転がった所に、首が追って。
 ヒースクリフは迷ったものの攻撃には行かずに、どうにか岩陰に戻って蹲ったギリアンのところに走った。近づいたら先程の逆の形で二の舞になるかもしれぬとはわかってはいたけれど、蹲って動かなくなったギリアンを放って置くことができなくて。
「ギリアン、傷は」
「大丈夫」
 もしかしたらヒースクリフが殴られて正気に戻ったように、傷の痛みでブレスは効いていないのではないかとも思ったが。
 ギリアンの前に膝を突くと、蹲っていたギリアンが顔を上げる。
 潤んだ瞳で見上げてきたギリアンに、ヒースクリフは動悸を感じた。
 これは多分、効いている。
「来ちゃ、だめじゃないか……ヒース。がまんしようって思ったのに」
 迷いながらも離れようかと前屈みだった体を後ろに下げると、追うように腕が伸びてきて。
 ギリアンはするりと抱きついて、ヒースクリフの胸に顔を埋めてきた。
「ごめん、ヒース。困らせるようなことしないって……思ってたのに」
 逃げようとしたのが裏目に出て、押し倒される形になる。
「ギ――ギリアン?」
 ヒースクリフに跨る形で体を起こし、ギリアンはシャツのボタンを外し始めた。
「ま、待った!」
「……やっぱり、だめか?」
 しゅんとして、寂しそうに、わずかに首を傾げ訊いてくる様子は、これは正気じゃないとは思っても腹の底に堪える。
「……こんな形でそうなるのはちょっと」
「ん、おまえの望む通りにするよ」
 頷いて、ギリアンはヒースクリフの上から降りた。
「あんな形じゃなければいい?」
「いやそういう意味じゃないっ!」
 上に乗っからないなら良いというわけではないと、下も脱ごうとするギリアンの手を押さえかけたが、それでは解決にならないという警告がヒースクリフの焦る頭にも過ぎる。
 殴って正気に戻すことはできるかもしれないが、ギリアンに手を上げるのは嫌だった。
 それなら、その前に元凶を。
 ブレスで何かおかしくなっても竜を倒せば元に戻ると、それは聞いていたので……
 剣を握って、ヒースクリフは岩陰から走り出した。
 これで仕留められずにヒースクリフもブレスを喰らったら、色々引き返せなくなる気がしたが。
 気合一閃、いっそと甘い香りを避けることなく、ヒースクリフは力任せに竜の首を斬り落とした。
「ヒース!」
 あちこち破れたシャツ一枚の姿で、ギリアンが走り寄ってくる。
「終わったよ――君にこの首を捧げよう」
 甘い余韻の中で、その体を抱き寄せて……その耳元に囁いたところで。
「……あ」
「あ……」
 二人とも、困ったことに正気に返った。




「それで、どうしたんですか」
「……体部分の実を賢者の所に届けて、首の部分だけ持って帰ってきたよ」
 縮んだドラゴンフルーツの実は、かつてないほどの甘い香りだと賢者は言った。熟れ過ぎらしい。
 中庭にテーブルを出して、夏の終わりの花を愛でながら、ヒースクリフは留守番をしていたイリヤと話をしていた。ギリアンは台所で何か作っている。
「本当に何かあったら、貴方にこんな話はしてない」
 ヒースクリフが憮然と言うと、イリヤは声なく笑ってお茶のグラスに口をつけ。
「僕と行かなくて良かったですね」
「貴方とギルが?」
「それもありますが……僕と、あなたという組み合わせもあったわけだし。どうなんでしょう、まったくその気のない相手にもそうなったのかな」
「…………」
 さらりと痛いところを突かれて、ヒースクリフも黙って水出しのお茶を啜る。
 そもそもまったくその気のない相手には、ああはならなかったんじゃないか――とは、ちらりと考えた。
 考えたけれど、そうだとすると……
「相手を選ばないんなら、組み合わせが違うと大変なことになりましたが」
「……誰が相手だって、大変なことだと思うよ。でも男女の別くらいは判断できるんじゃなかろうか」
「男女を区別できるなら、その気のない相手にはそうならないってことだと思いますよ」
「……そういうことに、なるのか?」
 その気のない相手にはああならなかったかと思うと、嬉しい様な、困る様な。
 誰が相手でもああなったと思っておいた方が、良い様な、嫌な様な。
 そこで思考停止する。
「また、何の話をしてるんだ」
 そこで、盆に焼きたてのケーキを載せたギリアンが来た。
 どこから話を聞いていたのか、真っ赤になっている。
「今回の竜の話を聞いていたんだよ」
 イリヤが答えると、赤を通り越したのか青くなる。
「ぜ、全部話したのか? ヒース!」
 こうやってギリアンが動転するのはわかっていたから、先に保護者に事情を説明したというのはある。この状態で突っ込んだところまで聞かれたら、ぽろっとあることないこと言ってしまいそうだ、と。
 それで事実が伝わればまだ良いが、結局ヒースクリフが濡れ衣を着ることになりそうな予感がして……それでも、イリヤは責めはしないのかもしれないが。
 ただし、話したのは事情だけだった。
「全部じゃないよ。どんなブレスだったかは教えてくれたけど、どう聞いても、それで具体的に何をしたかまでは教えてくれないんだ」
 イリヤが代わりに答えると、ギリアンはほっと息をついた。
 ヒースクリフの方は何もかもを言えるわけがないだろうと目だけでギリアンに訴えていたが、落ち着いたところで、ギリアンもそんな視線にやっと気付いたようだ。
 まだ少し恥ずかしそうに、盆を下ろして。
「焼きたてだから、クリームを直接乗せると溶けるんで……食べる時につけてくれ」
 上に今回の戦利品のスライスを乗せて焼いたホールケーキを切り分けて、淡い紅色のクリームを添えた皿をヒースクリフの前に出す。
「変わった色のクリームだな」
「ドラゴンフルーツの実を混ぜたんだ。ジャムだと甘すぎて……他に甘味は入れてないんだけど」
「いつもそんなに甘いのか?」
「いや、いつもはもっとさっぱりした味だよ」
 ケーキにクリームをつけて、一口運び。
「甘い」
「まだちょっと甘すぎるかな」
「そうだな、まだ少し……」
 甘すぎるだろうか、と思いながらも。
「……でも、美味いよ」
 甘いのも悪くはないかと、ヒースクリフは隣に立つギリアンを見上げた。
 ――どこかでも香った甘い香りが、それでもいいじゃないかと誘惑したようだった。


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■  登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3345 / ヒースクリフ・ムーア / 男性 / 28歳 / ルーンアームナイト兼庭師】

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■ ライター通信 ■
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 今回もありがとうございました! 本当にいつも楽しく書かせていただいてます。
 ど、どこまで書いていいのかしらっ、とか思いつつ書いていたのですが……もっと脱がしても良か(げふん
 今回は昔の設定をちょっとひっくり返してきました。特産品クラウシルク(雲絹)とか……当時も設定貰っただけで書いたかどうかわからないものも多く。コミックでは繊細な描写は無理なので、こういう細かい設定は眠っちゃいますね。

 それでは、またお会いできたらいいなと思います。機会がありましたら、よろしくお願いします。