<東京怪談ノベル(シングル)>
朝露が煌めくその時まで
遊びにもいろいろある。
ごく軽く遊びたいときは、「ゴールドスノー」やその隣の「シルバーベル」。しかし、もう少しディープに遊びたいと思ったときには、もうひとつ路地の奥へと足を進める。
ぬかるんだ路地を、店から漏れる明かりを頼りに歩く。白神空の足取りは迷いがない。
青白いたいまつの明かりに照らされた看板が見えてきた。
『白薔薇の憧憬』
ガードマンたちに軽い一瞥をくれてから中へと足を踏み入れる。にぎやかさは「ゴールドスノー」と変わらない。ルーレット、ポーカー、ブラックジャック。テーブルはどれもにぎやかに、人々の欲望をもてあそんでいる。しかし、ここにはもうひとつ、何かを伺うような妙な空気があった。
「あ、グラスもらえる?」
通りかかったバニーガールに声をかける。そのついでに、彼女の頭についたウサギ耳の飾りを盗み見た。自然と口角が持ち上がる。通常のそれと違い、そのバニーガールの左耳は、何かにかじられたかのようにぎざぎざとしていた。それは、彼女をほかと区別する印だ。
グラスを渡そうとしたその手をとって、空は妖艶な微笑を浮かべた。
「ねぇ、このあと暇かしら?」
バニーガールは一瞬目をまん丸にさせた。女性に誘いの言葉をかけられるとは思わなかったのだろう。すぐに営業用の隙のない笑みを作ると、
「……えぇ。あなたに勝負の女神が微笑んだ暁には、ぜひ」
つまり、ギャンブルで勝てば付き合う、ということか。
「あなたが祈っててくれたら、私に微笑んでくれる気がするな」
空はテーブルに視線を戻した。現在の勝敗は、トータルでは少しだけ勝っている程度だ。そろそろ本気を出さなくては。
ほかにも、バニーガールたちに意味ありげな視線を送ったり、そっと声をかけている人がいる。彼らはこのカジノの正しい遊び方を知っているのだ。空と同じく。
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わが人生に一部の狂いなし。思わず高笑いしたい衝動に駆られる。目の前にはチップの山。今回も勝ったためさらにチップがこちらの手元に届く。
目で数量を把握し、おおよその金額を計算する。なるほど、悪くない。
「今日はこの辺にしとくかしらね。勝利の女神様に見放される前に」
そっとテーブルから離れる。黒服の男に話しかけた。
「今日はおしまいにするわ。――カジノのほうは」
含みを持った台詞に、男は心得たとばかりにうなずき、
「では、今夜は換金ではなく……」
「えぇ。部屋は空いてる?」
「空いてございますよ。では、すぐに手配いたしましょう」
心得顔で、男は奥へと消えていく。しばらくして、部屋のキーとともに現れた。
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カジノより上の階はいわゆるVIPルームになっている。カジノよりも数ランクは上の調度品が部屋を静かに飾る。
空が通された『朝露の間』は、東向きに大きな窓のとられた部屋だ。入り口付近にワインサーバーとプライベートバーがある。部屋の奥へ進むと、天蓋付き、キングサイズのベッド。サイドテーブルに置かれたグラスの中のロウソクが、優しくも怪しく揺らめいていた。その光に照らされて、3人の影があった。
「空様、ご指名ありがとうございます」
「今宵は存分に楽しんでくださいませ」
「私たちも、及ばずながらお手伝い差し上げます」
バニーガール姿からきわどい露出を誇るドレスへと着替えた『兎』たちが、ベッドから立ち上がる。薄青の膝上丈のドレスの『兎』と、深いスリットの入ったロングワンピースの『兎』が、両側から空をエスコートする。もう一人の、胸元が大胆に開いたレモンイエローのドレスの『兎』は飲み物を作ってくれるらしい。
「ふふっ、ありがとう」
手をとられてベッドへと腰掛ける。『兎』たちのまとう薄い布越しに、その体の柔らかさが伝わってくる。柔らかなベッドに身をゆだねると、すぐに二人が空にしなだれかかる。体も洗ってきたのだろう、ふわりと香水の香りが鼻をくすぐった。
レモンイエローの『兎』が、綺麗なルビー色の液体をカクテルグラスに入れて運んでくる。グラスを手渡そうとするのを首を振って断り、
「ねぇ、飲ませてくれない?」
ちょっとしたわがままだ。彼女は恥らうようにうなずくと、液体を口に含んだ。ぎし、とベッドがきしむ。『兎』は膝でゆっくりと歩いて近づいてくる。とろんとした瞳が空を見つめる。空の銀の瞳に引き寄せられるように近づいていき、やがて唇同士がそっと触れ合う。
「ん。ぅ……」
空の舌が優しく少女の唇をなでる。誘われるように、『兎』が唇を開いた。舌を使って液体を空の口腔へと流し込もうとする。甘く痺れるような味が、喉へと流れていった。後ろへ下がろうとする彼女の頭にそっと手を回し、離れないようにする。
「あっ……ぅん……」
柔らな舌を、歯列を存分に味わう。彼女が漏らす吐息が劣情をそそる。耳に触れると、体を大きく振るわせた。ここが弱いらしいとわかる。重点的に耳朶を責めると、『兎』の呼吸は瞬く間に浅くなっていく。
「かわいいんだから」
唇を開放してやり、火照りだした体を引き寄せた。そのやわらかさを確かめるように抱きしめる。うれしそうに身をよじらせる『兎』だ。
「空様、私にも……」
体を摺り寄せて、もっと遊んでとせがんでくる両脇の『兎』たち。
夜はまだ、始まったばかりだ。
満月が、恥ずかしそうに雲間に隠れた。
End.
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