<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
+ ララ香辛料店隊商護衛―森にて― +
エルザードを東に旅立って数日。
途中頼まれ物の荷を山岳地帯の村々に届けながらも旅程は順調に進んでいる。幸いにも天候が良く道がぬかるんでいたり風雨によって木々が倒れている事も無い。
基本的に隊の前方をルド、後方をザドと分かれて警戒に当たる。だが大きな問題が無いためかザドは時々後方の隊員達と世間話に花を咲かせていた。少しなら見逃すも、タイミングを見計らってルドは注意を促す。
その度にてへっと舌を出しつつも謝罪の言葉を口にするザドの姿にマーディー達も和やかに微笑んだ。
そしてまた幾度目かの夜。
野外泊の為に森の中にテントを張り、火を起こし、キャンプの準備をする。マーディーを中心に女性達は主に食事、男性陣は諸々の設営を行う。当然それらの準備をルドとザドも手伝った。
初めに言い含められていた通り、隊員達は二人を扱き使いはしない。手伝うと彼らが言っても運ばせる荷は軽いものを渡したりなどさり気なく負担を軽減させていた。ルドは其れにすぐ気付いたが口にはしない。その代わり荷を運ぶ回数を僅かに増やし恩を返すことにした。
本日の夕食は香辛料を使った煮込み料理。
辛味のあるスパイスの効いた料理は舌に程よい刺激を与えてくれる。日中の疲れを癒す様に身に染み渡っていく内側の温かな温度。ザドはそれが気に入ったらしく元気良く「おかわり!」と叫び皿を差し出していた程だ。
更に食後にはお茶も出てくる。
ザドは両手でカップを包み込み、ゆっくりと傾けていく。ルドは片脚を立てその上にカップを持った手を乗せ雑談にふける。
皆で交わす談笑――それはとても穏やかな時間だった。
―― オオオオォォォォンン……。
何かの鳴き声。
皆、言葉を止め顔を伏せていた者は瞬きと共に首を上げる。途切れ方等から遠方から聞こえてくる音だと分かっていても一瞬緊張が走った。
「あれは狼の声だよ。……不吉な感じだ」
「おおかみって?」
「狼を知らないの? でもまあ確かに町にいれば見ないかな。……あれはね、肉食動物だよ。姿かたちは犬に似てるが犬より獰猛な生き物さ」
「……どうもーって?」
「簡単に言うと攻撃的だったり気性が荒いってことだね。一匹ならともなく数で攻められちゃ堪ったもんじゃないよ。火を焚いときゃ大丈夫だと思うけど、用心に越した事はない」
最初に口を開いたのはマーディーだった。
彼女は冷めかけてしまったお茶を口の中に注ぐように飲み干すとポットを持っている女に声を掛けお代わりを頼んだ。
マーディーの言葉に少し眉を寄せ不安そうな表情を浮べたザド。そんな相手に気付きルドは片手を伸ばしその細い肩を叩いた。
「大丈夫、あれは仲間同士呼び合う声だ。安心していい。今夜はこの森に異変は無さそうだ」
「……わかるの?」
「なんとなく」
その言葉がやけに真実味あるものだったため、ザドは身体の力を抜きそのまま息を吐き出す。
二人の遣り取りを茶のお代わりを受け取りながらマーディーは見守る。再び温かなお茶の温度で埋められたカップをザドの真似をする様に両手で包み込むと柔らかな唇を縁に付けた。
「仲間を思う声――そう思うと安心ね」
彼女は一口分のお茶を喉へと流し込みふぅっと息を零すと目を細め、やがて静かに頷いた。
■■■■
ほー。
ほー。
ほー。
野鳥の鳴き声が響く。
時は深夜、ルドと見張りを交代する時間だ。
見張りの場所は全員が見渡す事が出来る木の下。その場所でルドは幹に背を預けて座っている。
眠りの淵より目覚めたザドは一度欠伸を漏らす。まだルドはザドが目覚めた事には気付いていない事を良いことに今は身動きはせず、薄目でルドの姿を観察してみる事にした。
普段見ることの無い「仕事中」の彼の顔……それは厳しく辺りを睨み付ける様な鋭さを持つ。他者を受け入れない拒絶すら感じられたのは何故だろう。
ザドが知っているルドの姿はいつだって温か。出逢った頃の様な冷たさは今はない。
だからこそ寂しくなった。
胸がちくり、と痛むような気すらした。
自分が知っている「彼」は一部分でしかないのだと知らされたような気がして。
もっと、知りたい。
ルドのことを、沢山知りたい。
ザドはそう想う。思いではなく想いの強さで、だ。
だがそれを今は口にせず腕を地につけもぞりと起き上がる。
「ルドー、交代だよー」
「おはよう。頭は痛くないか?」
「んん、大丈夫! ルドこそ早くねないとすいみん不足になっちゃう!」
ルドはザドが起床した事に気付くとすぐに微笑を浮べた。
ザドが差し出してきた手を取り身体を起こし、今までザドが眠っていた場所に身体を横たえる。
ルドが浮べた笑顔がザドにとって「いつものもの」であることに安堵するも、今は素直に喜べなかった。むずり。胸の中で湧く感情がとても難しい。
だからこそ、しっかりと自身を奮い立たせるように眠気を取る意味も含んで自分の顔を一叩きし、ルド同様木の下で腰を下ろし前を見据え物音に耳を澄ます。
「これからもっともっとルドのことたくさん知っていくんだ。そのために僕が出来る事、たくさんしていくんだから」
ザドは決意する。
皆を危険から護る事、それが自分に出来る今一番の仕事だという事を確実に自覚しながら――。
■■■■
闇夜だった空に太陽の姿が見え始めた頃。
ルドは朝焼けの中、毛布に包まったままザドの横顔を見つめていた。
幼い容姿とは裏腹、その凛とした面立ちは護衛として立派な姿に思えた。物音にはきちんと反応を示し、何か変った様子が起これば立ち上がり確認をしに行く。安全である事を知るとまた見張り場に戻ってきて警戒を張り巡らせる。それは目を開かなくても分かる程はっきりした行動で、ぴりっとした空気を纏うその姿は出逢った頃を無意識に思い出させた。
ザドはこれから何を得るだろう。
そして何処へ向かうのだろう。
相手の全てを知っているわけじゃない。
冤罪を被せられたまま、その身を隠して過ごす事が良い事とは思えない。だからこそ追われる事の無い様に――幸せになれるように、俺が……。
そう思えば痛みに似た疼きが胸を襲う。
それはまだ想いに満たない思い。子供の頃にはその正体が分かっていた様な気がするのに今はそれが何という願いなのか分からない。
正体不明の感覚を振り払うようにぱっと起き上がればザドがぱちくりと大きな目を瞬かせルドを見遣る。
突然起きたルドに僅かながら驚いてしまったようだ。
「おはよう、ルド。良く眠れた?」
「ああ。お前の方は大丈夫か。眠いなら馬車の中で寝かせてもらえるように伝えておくが」
「ううん、へいき!」
座っていた身体を立ち上がらせザドは安心したかのようにルドの元へと寄ってくる。
緊張が解けた事を確認するとルドはザドの頭を優しく撫で、大きな手に触れられザドはふにゃりと表情を綻ばせた。
そろそろ時は皆が起き出す時刻。
二人想うことは口に出さず、ただ触れ合って思いを重ねる。
「ほら、皆しゃきっと起きるよ! 今日も元気良く進むからね!」
やがて完全に覚醒し両手を叩き合せて仲間に呼び掛けるマーディーの声にザドは慌てて片手をあげておー! と叫ぶ。
一番元気な声が返ってくるや否や「おや、あんたら朝から仲良しだね」なんてからかいながら彼女は未だ惰眠を貪り続ける仲間の腰を足先で軽く突いた。その思わぬ刺激に動揺し跳ね起きた男の姿が中々可笑しく、皆で笑った。
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
□■■■■■■□■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
【3364 / ルド・ヴァーシュ / 男性 / 26歳(実年齢82歳) / 賞金稼ぎ / 異界人】
【3742 / ザド・ローエングリン / 中性 / 16歳(実年齢6歳) / 焔法師 / レプリス】
【3755 / マーディー・ララ / 女性 / 25歳(実年齢25歳) / 冒険商人 / 人間】
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
■ ライター通信 ■
□■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■□
こんにちは、発注有難う御座います。
今回は旅の途中を執筆させて頂きました。まだ知らない「心」――互いに互いを思いやる大切な部分、どうか表現出来ていますように。
|
|