<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の旋律―希望<日常戻りて>―』

 エルザード城に立ち寄って、事件についての資料に一通り目を通した後、ザリス・ディルダの顔を見ることもなく、リルド・ラーケンは城を発った。
 ザリスは精神を完全に消されており、彼女が意思を取り戻すことはないようだ。
 島では順調に復興作業が進んでおり、戦争前と同じくらいの生活が出来るようになっているという。

 エルザードの街はいつも通り賑やかで、走り回る子供達や立ち話を楽しむ夫人の姿が多く見られる。
 それから、冒険者の姿も。
 彼等に混じって、酒場で上手い飯と依頼でも物色したいところだが、そろそろあの場所に向かわなければならない。
 ――ファムル・ディートの診療所に。

「リルドー!」
 彼女はリルドの顔を見た途端、明るい笑顔を浮かべた。
「薬の注文に来たんだ。ガキのお守しに来たんじゃねぇぞ」
 リルドも軽く笑いながらそう言って、笑顔の少女――キャトルに招かれて、診療所の中に入った。
「ファムル、リルドが来たよ、あたしの食事が来たんだよ!」
 研究室に向かって言うキャトルの言葉に苦笑する。
「……なんだそりゃ」
 互いに、冗談だと分かっているし、彼女が自分に深く感謝をしていることも理解しているから不快ではなかった。
「いらっしゃい」
 研究室のドアが開き、眠そうな顔の男ファムルが現れる。
 少し疲れが見えた。
「ちゃんと食って寝てるか? 城から変な仕事押し付けられてんじゃねぇぞ。……あんたの薬がもらえなくなったら困るからな。薬師としての腕だけは一応認めてるんだ」
「それはどうも……。ちょっと徹夜明けなんで……」
 と、ファムルは大きな欠伸をして、椅子に腰掛けると机につっぷす。
「あと、5分……」
「もー、家に帰ってきたかと思ったら、寝てばっかなんだもん」
 キャトルはちょっと不満気だった。
「5分で5時間分睡眠がとれる薬とか自分で作ったらどうだ?」
「お、それ良案だね! 残りの時間はあたし達とめいっぱい遊べるしね! ……というわけにもいかず、時間があっても仕事仕事なんだろうけど」
 ふうとキャトルは溜息をついた。
「仕事、溜まってるのか? 儲かる仕事があるんなら、やるぜ」
「儲かる仕事なら、あたしの方が欲しいよ。そういえば、賞金首の仕事、一緒にやる約束だったね!」
 突如キャトルが目を輝かせる。
「そんな約束した覚えねぇよ」
「えーっ! 約束したもん。一緒に仕事をやって、リルドが倒して、賞金は山分けして、且つリルドがあたしに奢ってくれるって!」
「してねぇ……絶対」
 軽く笑い合った後、キャトルはグラスの中に液体を注いでいく。
「はい、どうぞ。水だけどね。なんと、冷やしてあるんだよ!」
 リルドは受け取って、一口飲んだ。
 ……冷たくて美味しい水だった。
 ファムルが城の依頼で働くことになったため、少し生活が改善されたらしい。
「ファムル、ファムル〜。そろそろ薬切れるんだし、作ってよー」
「……ん……もう5分経ったのか……」
 キャトルが必死にゆすってファムルを起こすと、ファムルは眠たそうな目で注射器を取り出して、リルドの採血を始めた。
「……薬だけど、マジ役に立った。サンキューな」
「勝ちたい相手に勝てたのか?」
「ああ、薬のお陰だ」
 言って、リルドは長く追い求めていた男の姿を思い浮かべる――。
 月の騎士団の隊長だったあの男、グラン・ザテッドとようやく決着をつけることができた。
 ようやく、自分の勝利という形で……。
「ま、そういうことにしておくといいかもな。キミの場合。自分の力を過信しないためにも」
 ファムルは微笑して、採血を終える。
「とりあえず、おめでとう」
「おめでと、リルド!」
「……ああ」
 ファムルとキャトルの言葉に、複雑な思いを抱きながらもその言葉を素直に受け取り、リルドはソファーに身を投げた。
 実力だけで勝てたとは言えない相手だった。
 彼との戦いで、得たものは非常に多い。
 この数ヶ月、数年間で、自分は急激に成長した。
 敵ではあったが、憎しみを抱いてもいた、越えるべき壁だったが……。
「どうしたの、リルド?」
 キャトルの心配気な声に、はっとして顔を上げる。軽く物思いに耽ってしまった。
「じゃ、研究室に戻らせてもらう。薬は次に来る時までに作っておくよ。ふあ〜っ」
 ファムルはリルドの血を持って、再び大きな欠伸をしながら研究室へと向かっていった。
「リルド、いつもありがとね。また……無事に会えて、嬉しいよ。ここで、ファムルも一緒で。夢みたいだ」
 キャトルはリルドの隣に座って、微笑みかけた。
「えへへへっ」
「…………」
 異様に擦り寄ってくるので、リルドとしてはなんとなく体をずらして避ける。
「さぁて、何して遊ぼっか! これから街にでて賞金首探す? でも血を採ったばかりのふらふらリルドと一緒じゃ頼りなくてなぁ〜」
「そんなに採られてねぇよ」
 ぽん。
 と、リルドがキャトルの頭を叩いた。
 ……その時。
「はーい」
 ドアをノックする音が響き、キャトルが駆けて行く。
 数秒後に、キャトルが部屋に連れてきた相手は――クロック・ランベリーだった。
「あー、じゃ俺帰るな」
 リルドは、吐息をついて腰を上げた。
 顔を上げて、クロックと鋭い目を合わせ……軽く会釈だけし合う。
 意見の相違で剣を交えはしたが、争うつもりは両者共になかった。
「うん、またね! 明日も来てくれていいからねーねーねー」
 キャトルの言葉に、イエスでもノーでもない頷きを見せたあと、リルドは診療室から出て行いくのだった。

 ――数少ない友は元気そうだった。
 リルドは小さく吐息をついて、街に向かい歩き出す。
 自分が、彼女の元気と笑顔を作ったのだと、ほんの少しだけ感じながら。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3544 / リルド・ラーケン / 男性 / 19歳 / 冒険者】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】

【NPC】
キャトル
ファムル・ディート

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
月の旋律の後日談にご参加いただきありがとうございました。
同時に参加されたクロックさんと、僅かですが、一緒に描写をさせていただきました。

ほのぼのとした日常を書かせていただけて、楽しかったです。
またお会いできて、未来へ歩き始めたことを嬉しく思います!