<パンパレ・ハロウィンドリームノベル>
「HAPPY HALLOWEEN?」
■オープニング
ハッピー、ハロウィン?
トリック、オア、トリート?
あちこちに明かりが灯された街の夜。挨拶と共に練り歩く仮装した子供たちの姿。
微笑ましげにそれを見守る大人たちの姿もある。
そんな中。
黙って立っている道化師のマスク。
服装は普通。恐らく男性。…マスク以上の仮装はしていない。
ただ、片手にリボルバーらしきものを提げているのが気になった。
何となくその姿を見ていると、不意に別の――その道化師が居るのとは反対側からも視線を感じる事に気が付いた。
振り返って見てみる。
…サングラスを掛けた魔女が小首を傾げていた。
かと思ったら。
その魔女は――黒マントの下からいきなりマシンガンを取り出した。
威勢の良い掛け声と同時に、魔女はそのマシンガンを腰溜めに構える。
で。
「はーい。れでぃーすあんどじぇんとるめーん! はっぴー、はろうぃーんっ!」
高らかに言ってのけるなり。
引き金が絞られる。
同時に、断続的な軽い異音が響き渡る。
一拍置いてから、今度は混乱した人々の叫び声が響き渡った。…マシンガンで撃たれた先に、人は居なかった。と言うか魔女の撃ったマシンガンの銃弾は狙いを逸れて全てあさっての方向に飛んで行っていたらしい。けれどそれでも――いやそれだからこそ、人々はたった今魔女に銃撃されたのだと気付き、叫ぶ余裕が出来ていたのかもしれない。
…どうやら、本物の銃のようである。
そう思ったところで、今度は振り返る前に見ていた方向から異様な殺気が湧いた。いや今見ている方を――魔女の所業を見る限りそんな事を気にしている場合では無いのだがどうにも無視出来ないその気配。
無視し切れなくて、もう一度振り返る。
と。
佇む道化師のマスクがこちらに近付いて来ていた。
当然のようにリボルバーの撃鉄を起こしつつ。
腕を上げ、銃口をこちらに向けている。
そのまま、足を止めない。
「HAPPY HALLOWEEN, SHIZUKU?」
近付いてくる途中、道化師がさらりとそんな科白を吐いた。
反応に迷った。
…それでいったいどうしろと。
■パレード、スタート
…悪魔の仮装をした、年の頃は十八程度の無表情な少女が黙々と赤いワインを傾け、手許のお菓子を食べている。…パティシエが嘆くくらい何の感動も見出せない表情で。
ハロウィンで騒ぐ人の中。
彼女――コティ・トゥルワーズはそんな中で、ささやかな晩餐を楽しんでいた。
…現在の状況や場所に若干の疑問はあるが、あまり気にしていない。
気にするどころか今ここではワインに菓子と至れり尽くせりでは無いか、とも思う訳で。…きっと自分の態度からして誰からもそうは見えないだろうが美味しいものはちゃんと美味しい。
コティは素直にそのハロウィンらしい晩餐を受けている。
…男だか女だか微妙な外見の年若い人物が材質不明の閉じた扇子を片手に歩いている。
時折辺りの様子を見渡し、もっともらしく頷いたり扇子で何やら指し示したりと色々やりつつ…小さなオバケたちをお待ちかねな大人の皆さんのところへ行ってはトリックオアトリートと当然のように菓子を巻き上げに掛かっていたりと何だか忙しい。
ただ、本人のサイズが既に大人扱いになっても良いくらいの姿――しかも仮装無し――ではあるので若干の違和感がありもするが。
それでもその人物――ラン・ファーは全く気にしない。
気にしないまま、悪魔の仮装をした――恐らくは同年代になる優雅な佇まいの少女の側を通りすがろうとする。
…くすんだ青い髪をした、ただひたすらにやる気の無さそうな剣士らしい仮装――本人的には仮装でも何でもないのだがこの世界に於いては仮装で通る――の青年が、ただぼーっと立ち止まっている。
なかなか歩き出さない。
青年――ケヴィン・フォレストにしてみれば、ハロウィンやら何やらイベントの際に何処ぞへ飛ばされるのは最早普通になりつつあるので、今もまた別に驚いた訳では無いのだが…それでも、動くのは一応の状況を把握してからにしたい。
元居た場所とは別ではあるが、何となく来た事のある印象の場所ではある。
勿論、全く同じ場所とは限らないが。
…って、そもそもそこまで深く考えるのが面倒臭い。
ただ、取り敢えず今の時点では危険は無さそうではあるので、歩き出す。
と。
ケヴィンの目の前にちょうどランが歩いて来ていた。
それは同時に、ランがコティの側を通りすがろうとした時でもある。
ランはいきなり足を止め、おお、と素っ頓狂な感嘆の声。
で、何事かと思ったら。
…ランがびしりとケヴィンに扇子の先端を突き付けている。
「お前は確か青頭の落武者ではなかったか? またも遭遇するとはこれも何かの縁。ならば共にこの現代日本によく似た世界でお菓子の確保を狙おうではないか!」
「…」
ケヴィンにしてみると、何だか似たような態度に科白を捲し立てる怪力ちび般若に数年前のハロウィン辺りで遭遇した記憶が無いでもない。
何となく相手が誰だか気付く。
かと思うと、今度はランはびしりとコティを扇子の先端で指している。
コティは思わず目を瞬かせた。
「なにか?」
「美味そうだな」
それ。
「…ああ」
ランの視線が向いていたのはコティの手許。
コティの方でもつられて何となく自分の手許に視線を落とし、持っていたワインのグラスを揺らしてみる。
それは、人工生命体であるレプリスの身では酔えないけれど…確かにこれは美味しい。
と、思ったところで。
不意にコティは無表情なまま小首を傾げた。
…何だろう、と思って。
気になったのはランの事でもケヴィンの事でもない。
殆ど同時。
魔女の仮装をした女性の威勢の良い掛け声と、直後にその彼女の手によるマシンガンの乱射が起きる。…とは言え肝心のマシンガンの銃身が跳ね躍り、全て狙いとはあさっての方向に飛んで行ってしまったが。
ともあれその銃撃に当たった人が誰も居なかった事で、ほんの僅か間が出来る。
…そしてその僅かな間の後は、それぞれ事態に対処したり混乱して叫んだりする余裕が出来る訳で。
ケヴィンは事態に気付いた時点で、急変した周辺の様子を伺っている。取り敢えず記憶にある態度を取っている人物であるランはまず無関係――と言うよりどちらかと言うと守るべき対象と認識して良いだろう訳でさて置き、それ以外の状況を確かめる。次に近くに居る悪魔の仮装をした少女。…この期に及んで優雅にワインを傾け菓子を食べている。…平然としている。…それはケヴィンも人の事は言えないが。自分も表情自体は変えるのが面倒臭いので平然としているように見えるだろう自覚はある。内心はそうでもないが。…そろそろ臨戦態勢に入っていないと危ないと自覚はある。
ハッピーハロウィン、シズク? 阿鼻叫喚の混乱の中、不意に無表情な低音が届く。確認すれば道化師の面を被った男が拳銃片手にこちらにずんずんと歩いて来ている。…先程の魔女の乱射よりこちらの方が少なくとも攻撃の命中率は高そうな気がした。ヤバい気配がひしひしとする。感じたところで背の剣を抜いている。その事だけでも近場を通りすがった誰かに叫ばれた気がしたが気にしていられない。
同刻。
銃口から光が放たれた――見切れたかよくわからないが、ケヴィンは殆ど本能に任せて抜き打ちで剣を振るっている。見えたその光を遮る形。道化師の銃から発射された弾道を剣身で弾いて逸らしている――瞬間的にギィンと凄い音がした。
…かと思ったら。
今度はガチャリと重々しい金属の音がすぐ側でした。
いつの間に何処からそんな物が出て来たのか、ケヴィンに向けられていたのは、魔女が持っていたマシンガンよりも余程無骨で長大なガトリングガン。
それを軽々と片手で構えていたのは、最前までワイングラスを優雅に揺らしていた筈の悪魔少女。
「…今宵のダンスのお相手は貴方かしら?」
お誘い有難う。
「…」
ふと見れば悪魔少女の手にあったワイングラスが割れて下方に落ちている。…恐らくはケヴィンが弾いた道化師の銃弾が直撃した…と言う事らしい。
「…邪魔をするな」
そして打ち返すように再び無表情な低音。
悪魔少女の語尾に重ねるようにして道化師の声が響く。
…道化師の銃口もまた、己の銃弾を弾いたケヴィンに向いていた。
■
上等な黒いスーツの上、数多の装飾を身に付けた華やかな黒衣の男が一連のその様子を窺っている。
初めは彼――デリク・オーロフも、彼ら同様ハロウィンで騒ぐ人の中に居た。
…けれども。
道化と魔女の動きに逸早く気付き、デリクは騒ぎの全体を見渡せる位置へとこっそり移動する事を選んでいる。
…デリクが今居る場所には人気は無い。
ちょうど、喧騒からは外れたところ。
そこで、事態を観察しながら思考する。
…悪趣味なジョークとトモに愉快なパレードを始メようとイウ意図はごく自然デスガ、この場所に注意を引き付けておきたい理由デモ?
…。
最近、魔女は何かヲ意図して動き回ってイタでしょウか。
…あまりそんナ気ガしませン。
ここノところハ、退屈ナくらイに静かなモノで。
ナラ、これは私の知らない『何か』とイウ事でショウか?
…素晴らシイ。
ならバ放っテおく手ハありマセン。
…ここハ、未だ姿を見せテいナイ関係者ノ皆サンのとこロにデモ行ってみまショウか?
■
ケヴィンは悪魔少女にガトリングガンを、道化師にリボルバーを突き付けられている。その行動を取りながらも道化師の意識は悪魔少女の方にも油断無く向いている。…己の物より明らかに威力の優る回転式多砲身機関銃。ここで銃を突き付けている当のケヴィンを排除したとしても、次にこの悪魔少女が己の前に出てくる可能性は高い。今の出方は明らかに難癖。銃弾の元を辿れば自分。ならばどう動いてくるかわかったものではない。
二人に銃口を突き付けられたケヴィンは動かない。…今の状況は非常にまずい。道化師だけならまだ反応のしようもあったが、悪魔少女の方までこちらに来るとは思いもしなかった為に完全に無防備な状態になっている。勿論このまま撃たれるつもりは全く無いが――現状では次の行動を選ぶ余地が無い。
悪魔少女――コティは瞬時に召喚したガトリングガン――自らの聖獣装具である高水圧機関砲・ウォーターガトリングをケヴィンに突き付けた状態からぴくりとも動こうとしない。
それから、どのくらい時間が経ったのかわからない。
ほんの一瞬だったのか、あるいはそれなりの間があったのか。
とにかく、一触即発。
その筈だった。
が。
三人の誰かが何か次の動きを取る事を選ぶより、待てえええいっ、と頓狂な大音声が上げられたのが先だった。
途端。
…べし、とケヴィンの頭に何か叩き付けられた。
ついでに視覚が暗くなる。…と言っても別に衝撃でではなく、単純に隠されたような感じで。
どうやら何か布のような物を、乱暴に頭から被せられたらしい。
思った時には、偉そうな声が何やら捲し立てていた。
「先走るのは良くない! 幾ら気が急いてもな。…うむ。天才の私だから考えるまでもない事だが、勝利すればお菓子が貰えると言う事なのだろう。私とて気持ちはよくわかる。…だがな、ここは皆一斉のスタートラインに立つべきだろうが! 正々堂々とな!!」
「…」
「…」
ランである。
道化師と悪魔少女は相変わらず動かない。
が、その場にあった筈な一触即発の緊張は何故かあっさり消滅。
それに気付いて、ケヴィンは被せられた布を――自分で取るのも面倒に思いちょっとだけ捲る程度で止め、隙間から外の様子を見てみた。…光が入ってわかった事実。被せられていたのは誰かの上着。色と模様に見覚えがあった。…先程までランが着ていた物。
と。
悪魔少女が小さく溜息を吐いていた。
「じゃあ改めて。今から始めましょう」
さらりと言うと、悪魔少女――コティはそのまま微塵も躊躇わずウォーターガトリングの引き金を絞る。当然の如く銃口の向く先はランの上着を被ったケヴィン――当然焦るが、何故か着弾しても、衝撃しか来なかった。
痛い事は痛い。が、それだけ。…負傷した気がしない。
疑問に思っていると、得意げなランの高笑いが響き渡っている。
「はははははは! その上着は丈夫に出来ていてな! 恐らくは銃弾をも通さん! 不意打ちなどと言うズルを見過ごす訳には行かんのでな! 貸しておくぞ青頭!」
「…」
それは、素直に有難いが。
…それでも何だか調子が狂う。
道化師がケヴィンから銃口を外しランを見る。見たところでランの方でも道化師にびしりと扇子を向けた。
「悪魔少女の宣言は承った! ならば私も受けて立とう! さぁ次はお前だ道化師よさぁさぁどうする!? さあ!」
「…。…俺は邪魔をしないで欲しいだけなんだがな」
何処かうんざりと言いながらも、道化師は改めてランを見る。
具体的には言わないが、了承の意にも取れる態度。
その様子を認めつつ、今の間にとケヴィンは有難くランの上着を借りて羽織っておく。…幾ら羽織るのが面倒でも、ここは一応ちゃんと上着らしく羽織っていた方が後々面倒にならなさそうな気がするので。
と。
「あたしを無視するなあっ!!!」
…さりげに事態から置いて行かれていた魔女が再びマシンガンを乱射した。
■
一方、華やかに着飾った黒い猟犬は。
道化と魔女の動きを知る為に、関係者の元を回ってみようと歩き出す。
理由、が知りたい。
…まだ私ノ知らナイ『何か』。
『それ』が何ナノか質問がてラ、パレードへの『参加』ヲ焚き付ケル事も考えテ。
――加われるモノは全てパレードに繰り出すとイイ。
思いながら、歩き出す。
■
…魔女が再び乱射したマシンガンのその銃撃で。
一気にその場は鉄火場へと雪崩れ込む。それは確かに魔女の銃撃はへっぴり腰でまともに狙った的に当たらない。当たらないがその分逆に銃弾が何処に飛んで行くかわからない訳でもあり――結果として、余計に場を混乱させている。実際、魔女が喚いたその時点で道化師もコティも魔女を敵と定め己の銃をそちらに向けていた。ケヴィンも一歩退き剣を構え直している――が、それでも飛んでくると思った方から銃弾が来なくて道化師やコティ、ケヴィンの方が先に動いてしまう事になる訳で。特に得物が飛び道具では無いケヴィンの動きの方が、元々の心構えの違い故か一足早い。
ケヴィンが魔女に肉迫する――魔女のサングラスにその表情だけはやる気のない顔が映る。再びマシンガンを構える事も出来ていないサングラスの下には怯えの顔――それでもケヴィンは剣を振り下ろす事を考える。簡単に当たらないと言えども絶対に当たらない訳じゃない。これだけ簡単に弾をばらまくような相手は危険。先に何とかするべきと思う。思い行動に移そうとするが――そこに背後から一発の銃弾が飛んでくる。
ケヴィンは咄嗟に避けている――それでも避け切れず頬を掠っている。銃弾を発射した相手。撃って一発だけ飛んでくるような銃。…道化師。考えるまでもなく即座に理解、理解した時点でケヴィンは身体を翻し、間髪入れずそちらに狙いを定め直して動く。…かと思ったら一気に大量の銃弾――否、氷の飛礫が飛んでくる。今度はコティ。見れば今度は彼女の穿いているスカートの裾に穴が開いている。どうやら魔女の乱射した銃弾が運悪くそこに当たっていたらしい。地を蹴ったケヴィンの位置関係、まだ魔女の側。だからこそそちらにも氷の飛礫が飛んで来ている訳で――それがわかった時点で、瞠目。
途端、いてー! と緊張感無く喚くランの声が響き渡る。確かめてみればどうやらランの方も自分と同じく?流れ弾で巻き添えを食っていたらしい。…ただ、怒り狂って扇子を振り回しているその姿は本気は本気なのだろうが、どうもいまいち切羽詰まった印象は無い。
と。
不意に、カーン、とやけに澄んだ高音が響く。かと思うと今度は道化師が弾かれたように顎を仰け反らせ引っ繰り返っていた。…位置関係や行動からしてランの扇子が氷の飛礫を華麗に打ち返していたらしい――そしてコティではなく道化師の方に飛んでいき命中した模様。但しラン本人もどうなったのかよくわかっていない。飛び交う弾幕の中、いてーいてーと元気に騒ぎつつ、だがまだ負けてはおらんぞっ、とばかりに扇子を振り回して暴れている。…殆どの場合でその行動は無意味だがごく稀に華麗に打ち返されて何処ぞに命中。…ある意味魔女の乱射並みに性質が悪い。これもまた、何処に飛んで行くかわからないので。
…事実、防具に匹敵する上着をラン当人から貸されているケヴィンの方にまで平気で飛んできた。
■
草間興信所。
関係者の居そうなところ、と思い、訪れては見たのだが――どうやら今日は零すら不在。
黒い猟犬は思案する。
…ヒョットすると、私が焚キ付けるマデもなク、もうパレードに参加なさっテルんでショウか?
先程ハ、私は姿ヲ見まセンでシタけれド。何処カ、別の場所デ。
ナラ、こんなトコロに居る事ハなイ。
思いつつ、黒い猟犬は踵を返す。
返したところで、サテ、と次に向かう――向かいたい場所へと思いを馳せる。
――パレードには音楽が無くてハね。
■
コティは場の様子を見つつ、攻撃が飛んできた時には的確に反撃を続けている。…やり過ぎかどうかはさて置き。…そうしては無表情なままで心密かに考え込んでいる。初めに受けた晩餐に、誘われたダンスに至るまで。ハロウィンは楽しいのか。地上の花火の如き乱戦は楽しいのか。…そもそも自分の楽しみの為に引き金を引いた事なぞない。…なのに今、それをしている。…戦闘用レプリスの気まぐれか。私は今何を思って動いているのだろう。わからない。
ただ、誘われるままに踊るだけ。最強の攻撃を放つ者には賞賛を。氷の飛礫の拍手でもって応えよう。思ったところでコティの側面に刃が飛んでくる。刃の柄を握るのは青い髪の剣士。その得物で、ウォーターガトリングに向かうその意気や良し。敬意を表しその姿に反撃を試みる――近過ぎる。いつの間にか飛び込まれていた。懐に入られてはガトリングの砲身が長過ぎて撃てない。油断はしていないつもりだったが他の者に視線が向き過ぎたか。思いながらコティはガトリングの長い砲身自体を振るい、剣士に殴り掛かる。
が。
躱された。
低く沈んでいる剣士の身体。その片腕の中に黒い鉄の塊が抱えられている事に気付く――マシンガン。魔女が持っていた筈の。いつの間に奪っている。思ったところで、その銃はコティに向かって火を噴いていた。
ケヴィンが魔女の銃を奪えたのは殆ど偶然。位置関係が近いまままともに移動できなかった事と、闇雲な乱射の反動で銃が魔女の手から離れかけ、そこを試しに衝いてみたら上手い事手の内に銃本体が転がり込んできただけの事になる。とは言え転がり込んできた時点で銃身が焼けて熱くて当惑。…さっきまで撃ちまくられていた訳でそりゃそうかとすぐに腑に落ちるが、同時に持ち方に大きな疑問が生まれてしまう。
これと似た機構の得物を使っている道化師に悪魔少女の様子を観察した結果として、恐らくは銃本体の下にある爪のような物を引くと弾が出るのだろうとはわかるが――間合いの取り方からして使いどころがよくわからない。悪魔少女が銃撃しているのを見る。相手は道化師だったりランだったりで――自分から意識が離れたと思ったところでケヴィンはその懐に一気に飛び込んでみる。殆ど反射の領域で銃より先に剣を振るっている自分――カウンターで悪魔少女からの反撃。銃身で直接殴り掛かってきた。…そういう手もあるのかと思う。思うが今は。身体を低く沈め反撃を躱してから、取り敢えず魔女の銃をそのまま悪魔少女に撃って更に反撃してみた。
同刻。
…突然だった。
何処からか、聴いた事もない凄まじい「音」が鼓膜を震わせ脳を侵蝕した。
…「声」だった。
何処か狂気染みたものさえ思わせる、それでも――「人」の「唄」う「声」が。
――聴こえた。
■
興信所の前、黒い猟犬が次に向かいたい場所に思いを馳せたところで。
目の前の空間が歪んだかと思うと、滲み出るようにして赤い服の女性が現れる。揺らぐ長い黒髪に、手首を貫く壊れかけた鎖。有刺鉄線。目隠し。携えられている異形の矛。何処か、異様なその風体。
が、その姿を見るなり黒い猟犬はふわりと笑う。
「応エテ下さいマシタか」
私を呼んだのはあなた。
「エエ。パレードの事ヲ伺いタイと思イましてネ」
パレード?
「オヤ、御承知の上ト思っていタのデスが。雫サンが動いテらっしゃイましたカラね」
…ああ。
感嘆符を吐くと、何処か異様な赤い女性――ホロビは薄らと笑む。
それは、今の状況を全て承知でいるような、笑み。
黒い猟犬――デリクはそれを認めると、恭しく己の胸元へ手を当てホロビへと礼を取る。
「コレは、大変失礼致しマシタ。不躾ナ質問を。…私はパレードを見てイタらホロビさんの唄声を聴きたいト思っテしまっタまでノ事デ」
…私の歌を?
「エエ。ホロビさんの唄声ハ実に心地良くテ好きですヨ」
…。
「折角ですカラ聴かせて下サイませんカ?」
死者の門が開く夜。今宵は人も集っテ寂しくないデしょウ?
私も一緒に居ますカラ、どうぞ、パレードに花を添えテハ下さいまセンか。
デリクがそう続けたところで。
逡巡するようにホロビの姿が揺れる。
それから。
黒いルージュに彩られたその唇が、おずおずと開かれる。
そのまま、頭を仰のけるようにして、高らかに。
唄を。
歌い出す。
■
…何処からか聴こえてきたその凄まじい「唄」う「声」が。
パレードに参加した者たちに降り注ぐ。
それだけで。
スイッチがかちりと切り換わる。
…万聖節の前の夜。現世に訪れるのが悪霊と言うのならそのように。
その場も。
換わる。
個々の理性は消え、ただ、行われていた狂乱の仕業だけが残り――続く。
血の饗宴が始まった。
■
暫しして。
…その「唄」が終わる。
コティは何故かひたすらに撃ち続けていたと思えるウォーターガトリングを片手に小首を傾げている。
倒れている何者かに対して何故か馬乗りになっていたランは――己の持つ扇子が真っ赤に濡れている事に気が付いた。…そして、よくよく見れば自分の下に居るのが血塗れで動かない魔女である事にも。
真っ赤に染まっていたのは、ケヴィンの握る剣の刃もまた同じ。まだ持ったままでいたマシンガンも、気が付けば先程以上に酷く熱されている――自分の手の方が火傷している事に今になって気が付き、マシンガンを慌てて放り出した。
…異様な「唄」が消えたところで。
周辺の状況が判明する。
ただ、赤。
…滑稽なオバケたちが数多、血の海の中で動かなくなっている。
道化師も、穴だらけになってその中に居た。
今度は逆に、異様な静けさが場を支配する。
動いている者皆、理解が追い付かない。
追い付かないながらも、これは何があったんだ私はただ勝ってお菓子が食べたかっただけだぞ! と逸早くランが喚き出す。
と。
オヤオヤ、と声がした。
その主は――肩を竦めつつ歩いてくる、鼻眼鏡を掛けた黒衣の紳士。
この状況を見ていながら、全く動じる事無く近付いてくる。
余裕さえ感じられる微笑みすら浮かべて。
すぐ近くまで来て、立ち止まる。
「随分ト、散ラかっテしマイましたネ」
呟きながら、前方の皆を迎えるようにゆらりと両手を左右に広げる。
その両掌には、魔法陣のような紋様。
それが、見えたところで。
一気に視界が踊る。
凄惨な赤一色に染まった景色がうねり、揺らいで――濁流に呑まれるようにして。
…黒衣の紳士の両掌に跡形もなく吸い込まれてしまった。
己の掌に狂乱の痕跡を全て吸い込んでしまうと、黒衣の紳士は改めて皆に対して礼を取る。
後に残されたのはただ一言。
――皆サン、おつかれサマでした。
と、だけ。
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・
登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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■出身ゲーム世界
整理番号/PC名
性別/年齢/職業
■聖獣界ソーン
3752/コティ・トゥルワーズ
女/18歳(実年齢10歳)/水操師
■東京怪談 Second Revolution
6224/ラン・ファー
女/18歳/斡旋業
■聖獣界ソーン
3425/ケヴィン・フォレスト
男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ
■東京怪談 The Another Edge
0029/デリク・オーロフ
男/35歳/魔術師
※記載は発注順になっております。
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