<PCシチュエーションノベル(グループ3)>
+ ララ香辛料店隊商護衛―盗賊団襲撃― +
空を見れば蒼い。
雲が僅かに白い月に掛かる。
季節渡りの鳥達の鳴き声が時々聞こえ、耳を擽った。
一行は無事取引を終えアルフォランス村を出立した。
当然荷の積み込まれた馬車は行きよりも重たく、だが下りの道を歩く馬の足は軽い。取引が順調に終了した事で皆の表情も明るいものへと変化していた。一部、うっかり酒を呑み過ぎたものも居たけれど。
ザドは先日渡された魔石を手の中に握り込みながら先頭を行く商人達へと近付く。彼らはザドが近付くと僅かに首を振り向かせた。
「あのね、皆は『カレン』って言う人って知ってる?」
「ああ、知ってるよ。エルザードじゃ有名な吟遊詩人だからね。その人がどうかしたのかい?」
「実はね、カレンって言う人にとどけ物して欲しいってたのまれたの」
瞬間、商人達の――主にマーディーの瞳が仄かに柔らかくなった。そして彼女は一度ゆっくりと頷くと唇を持ち上げる。
「ああ、私も前に使いを頼まれたことがあるよ」
「マーディーも!?」
「ふふ、まあね。たまにエルザードに居る誰か宛に手紙を届けたりなんかもするしねぇ」
「ザド、マーディー。一体何の話だ?」
「あのね、ルド、あのね!」
カレンの存在をマーディーから教えてもらったザドは、空から降りて来たルドへ嬉しそうに先日の一件を口にする。
だが魔石のことはまだ話さない。其れを今口にするのは躊躇いがあったからだ。
ザドは一部は隠されているものの老婆と出逢った事、老婆からカレン宛に届け物を頼まれた事を告げる。
其れを聞いたルドは僅かに眉を顰め、それから口元に手を置いた。
―― なぜザドが頼まれたのか。理由がすっきりしない……。
届け物ならば無知な子供ではなくマーディーの様なきちんとした大人に手渡した方が確実だ。
ただその場にいたから?
村人以外だったから?
いや、何か引っ掛かる。――ルドはそう考えた。
唇からそれらの考えは一言も零れはしないけれど、表情は僅かに曇ったものへと変化していく。其れが隠された魔石を通じたものであることは存在を知らない彼には分かるはずもなく。
「あのね、ルド。そのお婆さんおれいにって占いをしてくれたんだけど……」
「占い?」
「ん、あのね――そのお婆さんぼくにこう言ったんだ。『帰り道にはお気をつけ』って」
「帰り道には、?」
「……だから、ぼくちょっと、今、怖い」
服を僅かに引っ張り零された言葉は本心。
占いという単語と老婆が告げた帰路危険はザドの心に確かな不安を湧かせていた。何も無ければ良い。だけど告げなかった事で後悔するような事態に陥る事にザドは恐怖にも似た焦りを感じていた。
だからマーディー達には何も伝えず、ルドにだけ老婆の言葉を告げたのだ。
言い終わりと同時にすっと目を伏せてしまったルド。
その相手の手を下から掬い上げるように取ったのはザドだった。
「俺は、俺にできることをする」
「……ルド」
繋ぐ手に込められた力は強く。
返って来た手の力もまた強く。
離れるなと言うかのようにルドはザドを引き寄せた。
―― 空はまだ澄み渡った蒼。
■■■■
『其れ』は山岳地帯を抜けた頃に襲ってきた。
急な斜面も大きな岩も無い平地へと隊商が移動して間もなくの事、崖から飛び出してきたのは盗賊団だった。
屈強な男達が大声を張り上げて後方の商人達を薙ぎ倒し前方へと駆けていく。彼等が手に持っているものは剣や斧だが一目しただけでも其れが盗品である事が分かった。何せ男達の持つ武器に付く紋章には一貫性がなく、扱う人間も構えが拙い事から個人専用の品で無い事も推測出来る。
遠くの方から矢も飛んでくる事からサポートに回っている人間も幾人か居るようだ。
ルドはチッと舌打ちをする。
以前アルフォランスへの道程にて別の馬車が盗賊に襲われたという話は聞いていたが実際目の前にすると厄介な事この上ない。
「……感心しないな。場所も相手も悪すぎるぞ」
「ルド、ぼくはどうすればいい!?」
「お前はマーディー達と荷を護れ。此処は俺が前に出る!」
「わかった!」
前方へと逃げてくる商人達とは対称にルドは後方へと翼を広げ飛んでいく。
空から現れた男に気を張り、盗賊団の動きが一瞬止まった。だが次の瞬間には手前の男が小汚い顔を愉快に歪め、上唇を汚らしく舐めあげる。後ろに控えていた男達も皆愉しげに顔を歪ませていた。
「お前達のリーダーは誰だ」
「言うと思うか? はっはっは! 普通は言わねぇだろうよ。さあその馬車を寄越しな。なぁに安心しな、荷だけじゃなく馬も高く売っ払ってやるよ!」
「嫌だと言ったら?」
「そんなこと決まってらぁ。アンタも用心棒ならそれくらいわかんだろ」
「確かにな。だがこっちも仕事なんでな。商人達にも荷にも近付けさせない」
「じゃあ、皆仲良く死ねや」
先頭の男がいたって軽く命令する。
その瞬間足を止めていた盗賊団達が地面を蹴った。予想していた事とはいえ僅かに頭に痛みが走る。懐から素早く取り出したのは愛器、『狂狗銃・マッドドッグチェイサー』。リボルバー拳銃型の聖獣装具だ。黒い地金に意匠化された炎のデザインが描かれており見る者の目を引き付ける。
彼は足を開き構える。ザッと地面を擦る音、仄かに立ち上がる土煙、一瞬の間に目標を狙い定めると彼は引き金に置いていた指を引いた。
―― ガンッ!!
―― ダンダンッ!
後方のザド達へと進ませぬように、そして決して隙を与えぬよう連続で撃ち出す。
衝撃に手が跳ね上がりそうになるが今は耐える。熱を持った弾が男達の武器を破壊していく。壊された鉄の欠片が男達へと降り注ぎ肌を傷付けるも命を狙うよりかはマシだと彼は考えてのことだ。
こちらは隊商の警備が仕事であり、返り討ちが狙いではない。よって盗賊団を負傷させる事は避けた。
だがそれでも替えの武器を持ち出してきた場合、情けは無用。
マーディーにも了解は得てある。いざという時は、と。
一方ザドとマーディー達の居る後方では隊員を一箇所に集められていた。
本来身を寄せ合い固まる事は一点集中の攻撃をされた場合逃げることが困難になるため戦闘には不向きだ。だが非戦闘員である彼らを護るためには一箇所に固まった方が好都合。
一部の戦闘に心得がある人間は馬車から護身用の剣や弓など持ち出し馬車を中心にして戦闘員の壁を作る。
「……商人を甘く見るんじゃない! この荷の価値は途方もなく重いんだ」
「「「おおー!」」」
ルドが食い止めてくれるとは言えそれはあくまで一方の話し。
別方向から襲ってきた盗賊団に対しては自分達で身を護るしかない。マーディーもまたダガーを掴み構えた。
マーディーの声に隊員の声が上がる。商人としての誇り、そして荷を護るという意志は皆同じ。
「お前達、商人の意地を見せなっ!」
「当然だ!」
「盗賊なんかに私らの荷を奪わせんじゃないよ!」
威勢のいい声を張り上げれば其れが可笑しいというかのように盗賊達が哂う。
その態度にマーディーは彼らが今までに多くの隊を襲ったことを悟った。余裕、なのだ。自分達が抗っても、暴れても、其れを覆すほどの自身が彼らにはあるのだ。
―― 冒険者崩れ、か。
マーディーの目が細く狭められる。
だがマーディーの不安を焼き尽くすかのようにすぅっと彼らの前に立ったのは――ザドだった。
その瞳には紅い焔が揺らめき、胸元の高さに持ち上げ開いた掌からはゆらりと炎が立ち上る。
突然自分達の前に現れたのがただの子供である事に更に盗賊団達は笑い声を高くする。だがそんな事にザドは構わない。
目的は一つ。
「みんなにも、荷にも、ゆびいっぽんふれさせない!」
声を消す程の力強さ。
そしてザドの手が右から左へと薙ぐ――それはまさしく焔の竜。
広範囲に飛んでいく高温の其れは盗賊の足を止めるには非常に有効だった。決して隊商に触れさせないという気持ちに比例してその焔は強さを増す。
ルドはザドのその動きを見て、自分も負けていられないとばかりに盗賊達に撃ち込む。だが幾ら撃っても彼らは止まらない。
先導している『誰か』を見つけなければ……ルドは小さく唇を噛み目を走らせた。
「みんな、さがってっ! ルドっ、あそこ!!」
ザドが何かを見つけ空へと焔の塊を幾つか飛ばす。
飛んできた矢を容赦なく焼き尽くした焔の先、其処には次なる砲撃の準備をする男達の姿が見えた。今までのサポート的攻撃ではなく今度は固まった隊員達を一気に潰す気なのだろう。
このままでは状況がまずい――皆の身体に緊張が一気に走る。
ルドは翼を大きく広げ空へと飛び上がった。彼を墜落させようと盗賊の弓部隊が一斉に矢を打ち込む。
だがそれを許すザドではない。ザドの掌から飛ぶ焔は赤くより太くルドの背に迫る矢を燃やし灰へと変えた。
ルドは一度も後ろを振り返る事は無い。
それだけザドの存在を認めているからこそ、だ。
彼は銃を構える。そして砲撃しようとしていた男達が慌てふためき、ある一人の男に命令を求め始めるのを見逃さない。
一瞬、視線が合った気がした。
リーダーだと思われる男が自分を見て、そして哂った気が――――。
「だが、これで終わりだ」
戸惑いなく撃ち込む弾は男の頭を貫く。
岩壁に散った赤と僅かに濁った白色が戦闘の終了を知らせた気がした。
■■■■
「やっぱり彼らは只者じゃないね」
司令塔を失った盗賊団はルドとザドの力が予想以上の物である事を知り、悔しくも身を引くことになる。
負け犬の遠吠えのような訳の分からない言葉を吐きながら彼らは撤退し、マーディー達はほうっと息を吐く。
マーディーは構えていたダガーをぽいっと空中に投げる。そしてそれが一回転して自分の手の中に戻って来るのを確認すると改めて懐へと仕舞い込んだ。
ザドが空から戻って来たルドへと駆け寄る姿を目視しながら彼女は唇に親指を触れさせる。
ちろっと舌先を出して舐める親指は僅かに汗とダガーから移った鉄の味がした。
「特にザド――子供にしてはあの力……ふふ、不思議な子だ」
彼女は薄々気付き始めていた。
ザドの存在が異端であること――『訳有り』である事に。
だが其れを口にするほど彼女はまだ彼らを知らない。
だからこそ興味を抱く。心を躍らせる。
焔を自由自在に操る子供によって焼かれた地面は黒い。マーディーはその場を踏むと隊員達に荷崩れはないか調べるように命令を下す。
―― 空を見上げれば蒼から橙色へと変色を始めていた。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3364 / ルド・ヴァーシュ / 男性 / 26歳(実年齢82歳) / 賞金稼ぎ / 異界人】
【3742 / ザド・ローエングリン / 中性 / 16歳(実年齢6歳) / 焔法師 / レプリス】
【3755 / マーディー・ララ / 女性 / 25歳(実年齢25歳) / 冒険商人 / 人間】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは!
今回は盗賊団との戦闘を中心に書かせて頂きました。ルド様は迎撃、ザド様とマーディー様は主に守護、そして士気上げという感じとなりました。
エルザードへの帰路はまだ安心出来ないということで、気が抜けません。
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