<東京怪談ノベル(シングル)>
習得せよ、気孔鍛錬法
賑やかな街中の、果物屋。
「これと、これ、それからこっちのリンゴもくれ!」
「はい、まいど! やあ、お兄さん随分と沢山買ってくれますね。そっちに担いでるのも食料品でしょ? パーティーか何かですか」
「いや? 俺が全部食べるんだが」
店主の問いに、普通に考えれば数人前はあるであろう食料品と酒を担いで、男は言った。
裸足に腰巻き、半裸でクマのように大きな体躯は2メートルもあろうか。その鍛え上げられた彼の姿に驚いて、振り返る者もいるほどである。
彼の名前はガイ。賞金稼ぎをしながら世界各地を渡り歩いているオーラバトラーだ。
「山に籠って修行をしようと思っててな! 修行は腹が減るし、俺は大食いだから」
「修行ですか、すごいですねえ……! 頑張って下さい!」
「おう、ありがとう! じゃあこれ、お代な」
代金を手渡し店を出ると、ガイは買い込んだものを背負い直そうとして、きょとんとした。
自分の荷物の中に、1冊の古びた本が入っている。
「そうだ、こいつのことを忘れてた」
彼は本を手にして、ぱらぱらとめくった。
ちょこちょこと虫食いがあるものの、なかなか立派な装丁の本である。
「魔導書、ってやつなんだよなあ。旅の途中で手に入れたが……まあ、俺には必要ないしな」
中に書かれているのは、様々な魔法陣や術の説明。
実のところかなりのレア物なのだが、思いっきり戦士系で格闘バカのガイには確かに必要ない品だ。
本人も、まったく興味がなかった。
「売って、その金でまた食料や酒を買うか。マジックショップは、と……」
誰かに聞かれたら、これ以上まだ食料を買うつもりか、と言われるところだろう。
きょろきょろとガイが街を見渡すと、少し離れたところに魔術ショップらしき看板が見える。
よし、とガイが店に入ろうとしたその時だ。
「もし、そこのお方」
「ん?」
どうやら自分を呼び止めたらしい声に振り返ると、深い色のローブを来た男が立っていた。
老人のようにも見えるが、もしかしたら若いかもしれない。だがその出で立ちは、魔法使いに間違いなさそうだった。
「貴方が持っているその本は……もしや、古の魔導書では?」
「いにしえの? 詳しいことはわからんが、旅先で手に入れたんだよ」
「少し見せてはいただけませぬか」
「ああ、構わないぜ」
ガイがそれを渡すと、魔法使いは魔導書を読んで感嘆の声をあげた。
「素晴らしい……! とても珍しい逸品ですぞ!」
「そうなのか? いやあ、でも俺には必要ないからな。今から売ろうと思ってたんだが」
「なんと?! ならばぜひ、私に譲っては下さらんか……! いやいや、もちろんタダでとは言いませぬ」
魔法使いは自分の懐を探ると、何やら1本の巻物を取り出した。
「こちらは気孔術の巻物でしてな。ですが、私はこの通り魔法使いですので、必要ないのですよ」
「気孔術!」
「ええ。いかがかな、これと交換ということでは」
魔導書よりも気孔術の巻物の方が、ガイにはよっぽど意味がある。
喜んでガイは頷いた。
「ありがてえ! ちょうど今から修行をしようとしていたところなんだ。交換してくれ!」
「こちらこそ、ありがたい! では、商談成立ですな。巻物をどうぞ」
2人はお互いに必要ないものを、必要なものと交換し、笑顔で別れた。
「なになに……気孔鍛錬法?」
街から離れ、少し行ったところにある険しい山の中。
岩の上に座り込んで、ガイは先ほど魔法使いと交換した気孔術の巻物を広げていた。
古い紙独特のにおいがするそれには、術の使い方が書かれている。
「ふむ、なるほど。術は、こうやって、こう……」
意識を集中し、巻物に書いてある通りに試す。
ふわりと光が体に流れるような感覚がして、突然、ガイは自分の身体に重りがついたように感じた。
思わず片膝をつく。
「うおっ?! な、なんだ? 身体が重くなって、ひどく動き辛い……?!」
鍛錬法、というくらいだから元々こういう術なのか。
ガイは慌てて巻物を見るが、なんと技の解除の仕方が書かれていない。
「なんてこった! まいったな」
枷がついたような手を上げて、がしがしと頭を掻く。
あの魔法使いを探して訊くわけにもいかないし、そもそも魔法使いはおそらく解除の仕方など知らないだろう。
「……このまま修行をするしかないか……」
前向きというか、あまり考えすぎないというか、まあ、そこがガイのいいところだ。
やむを得ず、ガイはそのまま走りこみや筋トレをすることにした。
山には山道もなく、厳しい自然に囲まれている。どうやら魔物も住みついているらしい。
しかしガイは修行にはうってつけだと判断した。
「はっ、はっ、でりゃああ!!」
ただでさえ地形のせいで修行は大変だというのに、術のかかったガイの身体は両手両足に重りがついているようなものだ。
食い扶持を稼ぐ為、時々肉体労働のバイトもしていたりするガイだが、そんなガイでさえこの術がかかっていると全身の動きが鈍い。
普段ならば軽々と飛び越えられる岩も、重い身体には障害になる。
大木を相手に蹴りの鍛錬をしようとすれば、足がいつものように上がらない。
「くっ、うおおお!!」
辛い格闘の修行をするガイの全身は傷つき、それでもガイは修行を続ける。
腹筋、背筋、腕立て伏せにスクワット。拳を突き出し、蹴りを繰り出し、気弾を放つ。
汗が流れ、泥土にまみれる。
思うように動けないことに苦しみながらも、ガイの身体は確かに鍛えられていった。
「ぶはあ……!!」
いったいどれくらい熱中していただろう。ようやく修行が一段落し、疲労困憊でガイは大の字に倒れた。
身体のあちこちが傷だらけ、泥だらけだ。
しかし、不思議なくらい気の充実を感じる。これが「気孔鍛錬法」の効果だろうか。
どうやらこの術は、身体が重くなり動きが鈍る代わりに、気の力の回復と僅かな成長を促すようだ。
それに修行をするうちに、いつの間にか術も制御出来るようになっていた。
習うより慣れろというが、巻物に術の解除の仕方が書かれていなかったのはそのせいかもしれない。
「やっぱり修行は良いな」
広がる青い空を見上げながら、ガイは疲れながらも満足そうに言った。
達成感と、清々しい気持ち、それに修行の後の食事はものすごくおいしい。
「この術のおかげか。……まてよ?」
ガイはふと思いつく。
「普段でも、術にかかった状態で自由に動けるようになれば、いい修行になるな」
歩いているときや、食事をしているときなど、きっと身体を鍛えるのに良いだろう。
良いアイディアだ、とガイは頷いた。
「そしたら、修行の種類も色々……ふあーぁ……」
語尾があくびに変わる。
空には鳥がさえずり、ぽかぽかと暖かな日の光、爽やかな風。
疲れた体には休息を。
「飯の前に……昼寝、するか……」
呟いたかと思うと、すとんと眠りの中へ。
木漏れ日の中、ガイは笑顔で、気持ち良さそうにいびきをかいた。
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