<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『光と影の協奏曲』


●迷宮のプリズナー
「ちぃっ!」
 薄暗い迷宮の闇に、幾筋かの閃光が走る。
 カイ・ザーシェンの放った『氷戦輪』が、僅かな光を反射しながら追っ手の魔物達を切り裂いていく。
 自在に宙を舞うはずのそれが、彼の元に戻ると共にかすかな音と共に壊れて消えた。
「……あと何回使える?」
 周囲の闇を吸収するかのような漆黒の鎧に身を包むのはレグ・ニィ。
 問いかけはアミュートの特殊能力のリミットについてであろう。
「竜王の鱗のおかげで凌いではきたが……あと2〜3回が限度ってとこだな」
 周囲に対する警戒は怠らないまま、二人は暗がりを走り続けていく。
「……やはり解せないな」
「何が?」
「モンスターとの遭遇が普通じゃない。何者かの意図が絡んでいるのは確かだ。だが、何故こうも小出しにしながら俺達を追い続ける必要がある?」
 レグの呟くような話し方は、この状況でも変わらない。
 それに対し、カイもいつもと変わらぬ仕草で肩をすくめて見せた。 
「泳がされているんだろうさ……本命が来るまでな」
「本命?」
 問い質すようなレグの視線を避けるように、カイは真っ直ぐ前を見据えた。
 漆黒の闇が広がる前方に、何かを求めるかのように。


●隠せぬ焦り
「それじゃ、行って来ます」
 見送りに来てくれたジェイクにそう告げ、グリム・クローネは混沌の迷宮へと足を踏み入れた。
「ああ。気をつけてな」
 ジェイクに軽く手を振り、レドリック・イーグレットとレベッカ・エクストワも又、彼女の後を追う。
 あらかじめ話していた通り、浅い階層は一気に走りぬけることにした。出会うモンスターとて彼らの敵ではないし、関わる時間すら惜しい。
「お願いファラ……あたしに力を貸して」
 取り出したのは、形見となったあの眼鏡。
 当時は単に読めない古代文字などが読めるようになるアイテムだと思っていたのだが、実際には『想い』を読み取る能力を秘めていたらしい。
 グリムがすっとそれをかけると、迷宮の暗がりに薄く青い線が浮かび上がった。
 もちろん、グリムが想っているのはカイの事だけだ。そのイメージが青という色になって浮かんだらしい。
「……行くよ」 
 その言葉に後ろの二人も頷き、風のように走り出す。 
(まったく迷いがないな)
 グリムの背中を追うレッドが抱いた感想である。
 初めての造りにも関わらず、十字路でもまったく逡巡する事無く駆け抜けていく。ここの造りは入るたびに変わるので、カイが同じ道を通ったという事はないはずなのだが。


 3階層ほど降りた所で、初めて前方に敵らしい影が見えた。
 ここより上では、そもそも敵の方が彼らの強さを察知して近づいてこなかったのだが。
 隣のレベッカがエクセラに手をかけたのが見えた。
 遠い間合いからのソニックブレードで牽制するつもりなのだろう。倒すのが目的ではない、傍らを駆け抜けるだけの時間が稼げればいいのだ。
 だが。
「……邪魔、しないで!」
 前を行くグリムがエクセラを一閃した。迷宮の闇を金色の刃が走る。
 小型のモンスター達は剣閃に散らされるように消滅していった。
「速い……!」
 レベッカが舌を巻いた。
 それは精霊剣技の中でも最速と言われるソニックブレードに匹敵する一撃であった。
 クレッセント・ムーンブレードと呼ばれるその一撃は、かつてのグリムであれば放つまでにかなり長いタイムラグが生じていたはずだ。だが、今のそれは威力も速度も比べ物にならないものであった。
「グリム……!」
 スピードを緩める事無く走り続ける彼女の肩に手を伸ばし、レッドはようやく引き止める事に成功した。
「落ち着け。あの程度の連中なら精霊剣技まで使わなくても倒せたはずだ。逸る気持ちは解るが、焦りは禁物……」
 最後までは話せなかった。
 グリムの、その細い肩が小さく震えている事に気がついてしまったから。
 言葉を失ったレッドに代わり、レベッカが静かに語りかけた。
「グリムが焦る気持ちは解るよ? でもね、無理はいけない。こんなところで無理をして怪我でもしたら、カイはもっともっと自分を責めると思うよ?」
 あえて、カイの名前を使って説得したのはそれが真実だからだろう。
 自分を助けに来るだろう事を理解しており、それが愛する者を危険な目に会わせる事を悔いている。
 彼女らの知るカイとは、そういう男だった。
「ごめん……」
 振り向いたグリムの目には、うっすらと涙が浮かんでいた。
 救助に行くと決めてから、一度も見せる事のなかった涙であった。
「でもね。『見える』の……カイがどれだけあたしの事を愛してくれていたのか。どれだけ生まれてくる子供を待ち望んでいるのかが……」
 気丈に振舞ってはいても、不安は隠せなかった。
 そして、迷宮に残るカイの『想い』を探すうちに気がついたのだ。
 ところどころで、青い線が固まりとなっている。それは広間のようになっているから、カイ達が休憩を取った場所なのだろう。
 それに触れると、『見える』のは決まって自分の姿だった。
 笑っている顔、怒っている顔、おどけている顔……。
 新年際の時に舞っている自分、街角で踊っている自分、そして……カニンガ砦のあの場所で緩やかに舞う自分……。
 それらはカイの大切な思い出であり、グリムの思い出でもあった。
 さらに、まだ見ぬ我が子を抱きかかえる自分と傍らに寄り添うカイの姿も『見えた』。
 幸せそうに微笑んでいた。
 それがグリムの胸を締め付けた。その未来を失う事が、とてつもなく怖かった。
 だから、足を止めることが出来なかったのだ。
「……大丈夫。僕らはあの戦だって生き残ったんじゃない。こんなところで死にはしないよ」
 レベッカの口調が、僅かにソードだった頃のそれに戻った。
「ああ。焦らず、されど速やかに、だ」 
 レッドも笑みを浮かべた。
 歴戦を潜り抜けた男だけが持つ言葉の重みに、グリムの表情にも少しだけ笑みが戻った。
「うん……ごめん。少しだけ弱気になってた。でも、もう大丈夫。行こう!」
 そして3人はまた、迷宮の深部へと走り始めた。


●揃えられたピース
ギィンッ!
 横殴りに振るわれたサーベルの一撃は、しかしアルマジロのような硬い鱗に弾かれた。
「くっそ、硬ぇ」 
 精霊力も限界に近くなり、エクセラのみでの戦闘を余儀なくされてから3度目の襲撃。
 今度の敵は防御力に特化したタイプだった。
「どけ、カイ!」
 入れ替わりに叩きつけられたレグの渾身の一撃も、オーラを纏ってない斬撃とあって、浅手に止まる。
 逆にゾウのような鼻が叩きつけられ、レグがその場に膝をついた。
 大型の魔物たちに囲まれ、脱出もままならない状況で、ついにレグが捕まる。
 締め付けられる圧力が鎧の防御力を上回る、その一歩前だった。
「ソニックブレード!」
 風の刃が触手のような鼻を両断し、レグが自由になる。
「!」 
 二人が声の方向を見ると、頼もしい仲間たちが駆け寄ってくるところだった。
「……!」
 無言のまま、グリムの周囲に魔法の矢が浮かぶ。
 十数本のそれが、カイの周囲にいた魔物たちを次々と串刺しにしていく。エクセラも弾く鱗さえ、物ともせずに。
「ドラゴンアーツ……『龍爪牙』!」
 レッドの構えたエクセラが、ひときわ大きな炎を纏う。
 もはや斬馬刀に匹敵する大きさとなった炎の剣が、一閃するたびに魔物たちを討ち倒していく。
 抉じ開けられた一角から、レッドとレベッカの二人によって、敵は徐々に押し返されつつあった。
「『ライニングジャベリン』!!」 
 レベッカの投じた槍が複数の魔物を貫通していく。
 その威力もさることながら、電撃の効果で動きの止まった魔物たちを、空中から縦一文字にレッドが斬り裂いていった。
 その姿を感心したように見ていたカイは、視線をグリムへと戻そうとした。
 だが、それよりも早く。
ぎゅっ
 グリムの細い体が、彼の胸の中に飛び込んできた。
 涙は無い。
 顔を伏せたまま、しかし、その肩は小さく震えていた。
 カイは安心させるようにその体を抱いてやった。
 アミュート越しという色気の無さにも関わらず、その暖かさはグリムを安心させるのに充分だった。 
「おまえ……体は大丈夫なのか……?」
「先生に頼んで、お腹の子だけ『時間凍結』してもらった。一応、直接ダメージを受けない限りは大丈夫だって」
 微かに安堵の溜息が漏れる。
 そしてカイはそれ以上は何も言わなかった。
 怒られたら、何も言い返すつもりは無かった。
 でも、カイは黙って頭を撫でてくれただけだった。その手の優しさに、初めてグリムの瞳から一筋、涙がこぼれて落ちた。


「役者は揃ったというところですか」 
 奥から聞こえてきた声に、一瞬で仲間達の警戒レベルが上がる。グリムの顔も既に魔法戦士の精悍さを取り戻していた。
 この混沌の迷宮で、言葉を話す魔物の存在は未だ確認されていない。
 その情報はカイやレグのみならず、レッドたちも周知の事であった。
「……貴様は」 
 レッドが一歩前に出る。
 魔物を後ろに従えた青年が纏っていたもの。それは東方で彼らが見た『神霊鎧』と呼ばれるものであった。
「天王ラドロックの手の者か?」
「今は部下という訳ではありませんが。摩利支天ラトラと申します」
 長身でやや細身、体格はカイに近い。
「俺達を追ってきたのか」
「言ったでしょう。天王の命ではありません……別の依頼です」  
パチン
 ラトラが指を鳴らすと、残っていた魔物たちが融合を始めた。
 巨大な、亀と蛇のキメラのような魔物が誕生する。
「さて、始めましょうか……!」
 明確な敵意を剥き出しにした彼に、レッドが一瞬で間合いを詰める。
 しかし、振るわれたエクセラは神霊鎧を捉えたかに見えて、空振りした。
「陽炎!?」
 ラトラの姿が魔物の上へと跳ぶ。
 その巨体からは想像も出来ないような速度で滑るように動き出した魔物がグリム達に迫り、一同は散開した。
 散り際に振るったレグとカイの一撃は、厚い甲羅の前に弾かれる。
「生半可な攻撃では、こいつには傷一つつける事は出来ませんよ」
 挑発するような言葉に答えるように、グリムのムーンアローが放たれた。
 それらは弾かれこそしなかったものの、表面を貫通する事も出来なかった。ダメージらしいダメージには至らないであろう。
(硬さで言えば、今まで見た中でも最強クラスだな……。精霊剣技でなければ致命傷にはならないか)
 ラトラを追って転移しようとしたレッドが、足を止める。
 攻撃力でいえばレッドを超える者はここにはいない。先に魔物を倒すのが先決かと考えた時だった。
「!」
 蛇の口から放たれた光線をかろうじてドラゴンバニッシュで転移する事でかわす。
 迷宮の床が高熱で焼け焦げるのを見ると、当たればただでは済まないようだ。
「このっ!」
 『龍爪牙』の炎を利用して、フェニックスブレイカーを発動させる。
 高速で舞い上がったレッドの一撃は、真っ直ぐに魔物へと向かうが。
「させませんよ」
 直前でラトラが掲げた鏡のような盾にくい止められた。しかも、纏っていた炎は見る見る間に吸収されていく。
「レッド!」
 威力を殺されて着地した彼を助けようと、グリムのムーンアローが飛ぶ。
 十数本の光の矢を受け、ラトラの掲げていた盾が軽い音を立てて割れた。同時に、吸収されていた炎が周囲に逆流していく。
「なるほど……」
 その光景を見ていたカイが唸る。
「どうしたの?」
 一歩引いて戦況を見ていたレベッカの問いかけに、カイは呟くように答えた。
「敵さんはレッドの事を知っていて奴を送り込んで来たな。少なくとも奴は炎系の攻撃をかなり無効化出来るようだ。一方でムーンアローには耐性が無いところを見ると、陽か月の属性ならいけるんだろう」
「当然です」
 戦場では小さすぎたその声に、ラトラは的確に反応した。
「その為に私が選ばれたのですから。陽炎は実体がないので捉えられず、焼けず、濡らせず、傷付かない」
 そして満足に頷く。
「さて、カオスの力によって強化されたこの魔物を倒す手段がありますかね?」
「あるよ」
 一歩前に踏み出たグリムに、挑発的な視線を送るラトラ。
「ほぅ。どのような?」
 グリムの腰が僅かに落ちる。
 その姿を見て、レッドとレベッカがフォロー出来る位置に動いた。それは、精霊剣技の大技を放つ時の予備動作だったからだ。
 時間をかせぐため、フレイムショットとライトニングダーツを二人が放つ。
 しかし、炎はラトラの盾によって吸収され、雷は弾かれた。
「グリム……」
 カイが見守る中、グリムのエクセラが消えた。
 不可視のその一撃は、カイが良く知る女性の技に酷似していた。その女性は魂だけを斬る技だと言っていた。
 グリムの場合は?
 魔物がぴたりと動きを止め、次の瞬間、断末魔の悲鳴を上げた。
 巨体の中心部に位置する『核』だけを正確に斬り裂かれ、カオスの魔物は雲散霧消していった。


「グリム!」
 膝をついた彼女をカイが支えた。
 息が荒い。
 『天空の門』事件以降、初めて放たれたその一撃は、彼女の体から精霊力と体力を大きく奪っていた。
パチパチパチ
 静寂が訪れた広間に、ラトラが手を叩く乾いた音が響き渡った。
 手下の魔物を奪われたにもかかわらず、その顔には満足げな笑みが浮かんでいた。
「お見事。大した技ですね……あの方々が危険視する気持ちも解る」
 そして瞳を閉じ、軽く俯いた。
「申し訳ありませんが……ここで消えてもらうっ!!」
 彼が顔を上げた時、レグが息を呑んだ。
 その瞳が、かつての自分と同じく妖しい金色に輝いていたからだ。
「いかん!」
 レグが警告を発するよりも早く、ラトラの前に先程とは異なる闇の鏡が生み出された。
 抜き打ちで放たれたレベッカのソニックブレードがそれを捉えるも、二つに裂かれて左右に散った。
「おい、あれは!?」
 油断無くエクセラを構えたままレッドが問いかける。
「『カオスの種』だ。俺が昔埋められていた『欠片』と同質のものだが、カオスの力を引き出せば引き出すほど成長し、力を貸す。そして仕舞いには、被験者自身がカオスの魔物と化す……!」
「なんだってそんなものを?」 
 カイの言葉に少し考え、レグが言葉を選ぶように呟いた。
「結界に護られたこの聖獣界には、強大な力を持つカオスの魔物が直接進入する事は出来ない。だから、かつてのヒルダと同じ様に『力の源』を持ち込んで、中で進化させようとしているんだろう」
 異形の姿へと変わりつつあるラトラを見据える。
 神霊鎧の荘厳さは既に無く、禍々しいまでの瘴気を身に纏っているかのようだ。
 ふと、その姿が分裂する。
 2体、4体、8体……。
 周りを取り囲む闇の壁が形成されつつあった。
「しまった!」
 相手の攻撃に備えていたレッドが、一気に間合いを詰める。
 ラトラの目的は攻撃では無かったのだ。
「残念。少し遅かったな」
 振りかざしたエクセラが届く直前、一同を取り囲む闇の牢獄は完成したのであった。


●月
「くそっ、俺とした事が」
 珍しくレッドの語気が荒い。
 後手に回ったのも仕方ないとはいえ、あの瞬間、『集団転移』するべきかで迷ったのがいけなかった。
 広間を二回りほど小さくしたような空間に一同は閉じ込められていた。
 闇の鏡で埋め尽くされた四方は、炎や風、雷を反射し、物理的な攻撃でも傷一つつかなかった。 
「……駄目か」
 ドラゴンバニッシュでの『転移』を試みたレッドも、この空間から出ることは不可能だった。
 しかも。
「この空間……少しずつ縮まってきてる……よね?」
 きょろきょろと周囲を見渡すレベッカ。
 確かに、僅かずつではあるが壁が迫って来ているようだ。
「このペースだと半刻ともたんな」
 レグの言葉を聞いたグリムがよろけながら立ち上がろうとする。
「おい、まだ無理だ」
「でも……カイにも分かってるんでしょ。この鏡は、陽か月の力じゃないと壊せないって」
 それは間違いないだろう。
 その言葉をカイは飲み込んだ。そうでなければ、こんな周到な罠を用意する必要は無いのだ。グリムにあの技をわざと使わせ、極度に消耗させる。その為にわざわざあんな化け物まで用意したのだろう。 
 ご丁寧に対レッド用の切り札までつぎ込んで、だ。
「でも、もう精霊力が……」
 レベッカの指摘通り、慣れない大技は成長したグリムでさえ多大な精霊力を消費した。もう、アミュンテーコンを維持するだけで精一杯といったところだろう。
 それでも。
「残った精霊力を『圧縮』して威力を底上げしてみる。足りなかったら……ごめん」
 巧妙な罠を前にして、疲れきったカイやレグはもとより、レッドらにも策は無かった。
 グリムに頼るしかない状況で、彼女はゆっくりとエクセラを掲げた。
 深く息をして、呼吸を整える。
 ザ・ルビーに残された精霊力を『圧縮』し、エクセラの先端に集中させる。投射系の剣技はもはや不可能だ。一転突破あるのみ。
「はぁっ!!」
 最後の力を振り絞って、突進する。
 月光を思わせる輝きは、むしろ流星のように尾を引いて見えた。
 闇の鏡、その隙間に喰い込ませる様に、残された力を振り絞る。
 だが。
「無理なのか……?」
 歯ぎしりから漏れたようなカイの呟きは、その場に居る誰もが聞き取れた。
 エクセラの先端は闇の鏡に食い込む事無く、急速に光量が落ちようとしていた。
(駄目! もっと……もっと力を!)
 それはグリム自身が一番解っていた。
 それでも、もはや彼女自身には微かな力も残されてはいなかった。
 悔しさに、涙が一滴頬を伝った。
 こんなところで死ぬのか。
 あの子に会えないまま。
 滴がザ・ルビーに弾けて消える。
(まだ……諦めるわけには!)
 その時だった。
『大丈夫よ』
『貴女に……力を』
 もはや欠片も精霊力の残していないはずのアミュートから、力が漲ってきた。
「ジュディス……」 
 レベッカの口からその名前が漏れる。
「アイ……シャ?」
 カイが驚いたように呟く。
 さらに。
『負けないで……母さま!』
 一際強く、声が響く。グリムの心に。
 アミュートからではなく、体の奥底から湧き上がる力。
 まるで太陽のように暖かく、優しい。
 それは、向日葵のイメージと共にグリムにその名を告げた。
(アンリ……!?)
 まだ見ぬ我が子につけるはずの名。
 それを心中で呟いた時、枯れ果てたはずの力が、もう一度湧き上ってくるのを感じた。
 エクセラが、爆発的な光を放つ。
「うん……見ていて、アンリ」
 本来は光属性でないはずの月の精霊力。
 それが今、眩しいほどに周囲を圧倒していた。
(光が強ければ強いほど、月もより強く輝く……か) 
 カイが眩しそうに目を細めた。
「これがあたしの全力全開……!」
 エクセラの先端が、ついに壁に喰い込む。
 そして、光が迸った。
「ムーンライト……ブレイカーーーーーーーーー!!!」
 闇の鏡に亀裂が走る。
 壁全体に瞬く間に広がった亀裂が、地鳴りのような音を立てて振動する。
 そして。
 牢獄は音と共に粉々に砕け散った。


●伝えたい気持ち
「ごめんね、カイ」
「何がだ?」
 結局、あの闇の牢獄から抜け出た先で、ラトラは衰弱しきった姿で息絶えていた。
 レグの話では、短時間に力を引き出しすぎた結果だという。そして、恐らくは本人も承知の上だったのだろうとも。
 ようやく街に辿り着いても、なかなか宿には帰れなかった。
 ジェイクへの報告や、今後の対策など、仕事が山積みだったからだ。
 疲れ果てて宿に戻り、カイがまさにベッドに倒れこもうとした時に、それはグリムから切り出された。
「迷宮に入っちゃって。どれだけカイが心配するのか、あたし解っていて……」
 カイは口を開きかけ、止めた。
 ゆっくりとグリムに近づき、とても死線を越えてきたとは思えないほど細く、小さい体を抱き締めた。
「でもね」
 その胸に身を委ねながら、グリムは気持ちを伝えた。
「カイがあたしを守ってくれるように、あたしもカイを守りたい。カイが側にいてくれるなら全部守れるように強くなるから……」
 その胸から顔を上げると、カイの目が自分を見ていた。
 包み込むような、優しい瞳で。 
「だから一人で待ってろなんて言わないで。一人で無理したりしないで……」
「ああ……ごめんな。ありがとう」
 いつもより長い口づけが、グリムの心と体を癒してくれた。


 翌日、カイはグリムをある場所へと連れて行った。
 それは呉先生が管理するギルドの倉庫の別館らしい。その一角にある厳重に鍵をかけられた部屋に、それはあった。
「これって……」 
 見る角度によって色合いの変わる、不思議な生地のドレスだった。
 クリームイエローに近い色合いにも見えたり、純白に見えたり。
 デザインも、グリムが以前にカニンガ砦の宴で着ていたようなシンプルなものではなく、フォーマルなものであった。
「えっと……これって……これって??」
 同じ言葉を繰り返す事しか出来なくなるグリム。
 頭では正確に理解しているのだが、言葉にならない。
「ウェディングドレスだ」
 珍しく、照れくさそうな笑みを浮かべるカイ。
「出来ちゃった婚になっちまったからな。子供が生まれたからにしようと思ったんだが、先生がいい仕事してくれたみたいだから、この機会にどうかなと思ってさ」
 もちろん、寸法はぴったりのようだった。
 この男がそういうところで間違えるはずが無い。
 周到に根回しをしていたに違いない。
「こっちを優先してたんで、エンゲージリングとかはまだなんだけどな」
 そう言ったカイに、グリムは頭を振った。
「ううん。これでいい」
 その左手には、昔カイが贈った銀細工の指輪が光っている。
「ええ? でも、それ大して高いもんじゃないぜ」
「これがいいの!」
 そう言ってグリムは笑った。
「だって……カイがくれた初めての指輪なんだから!」
 それは、向日葵のような微笑みだった。





                            了




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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

3098/レドリック・イーグレット/男/29歳/精霊騎士
3127/グリム・クローネ/女/17歳/旅芸人(踊り子)

【NPC】
 
カイ・ザーシェン/男/27歳/義賊
レベッカ・エクストワ/女/23歳/冒険者
レグ・ニィ/男/34歳/ギルドナイト

※年齢は外見的なものであり、実年齢とは異なる場合があります。

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■         ライター通信          ■
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 どうも、神城です。
 まいど遅れて申し訳ありません。気に入っていただければ幸いです。 
 
 またしばらく間が空きますが、機会があればよろしくお願いします。
 それでは


>グリム
 という訳で落ち着くところに落ち着いた感じです。
 ここに至るまで書けるとは思いませんでしたが、まぁ良かった。 

>レッド
 すいません。なんか今回は引き立て役っぽくて(笑)。
 あと、プレイングの最終奥義はカットです。ドラゴンモードは竜語魔法ではないので。