<WS・クリスマスドリームノベル>


空白の絵本 −雪花−








 四季というものがある国ならば、決して避けて通れないものがある。空気がもっとも冷え、透き通り、綺麗になる季節。
 それを、人は冬と名付けた。
 千獣自身はたとえ冬だろうと夏だろうと、さしたる差はあまり感じないのだが、傍らで千獣にひっついている子供はそうではなかった。
 そもそもこの子供も蓮華から生まれるなどという特異な生まれで、人とは違い宝貝人間という存在だ。場合によっては全く感じない可能性もある。
 けれど、この子供――名を、蓮――は、寒さにぶるっと身を縮こませていた。
 瞬・嵩晃や蓮を蘇らせる交換条件として姜・楊朱に頼み作らせた痛み転嫁の宝貝は、千獣の中にある。だから、蓮が何かしらの痛みを感じるということは無いのだが、寒さは痛みとは違うため例外なくその小さな身に降りかかってきていた。
 しかし、瞬も姜も痛みが転嫁される。ということだけで、どこまでのどういった痛み――もしくは苦しみ――が転嫁されるのか、というレベルまでは教えてくれなかった。
 ズキズキと直らない傷口の疼きのような痛みは、絶えず千獣の身を蝕んでいる。
 それは、形骸と核の不一致がもたらす痛み。その痛みは元々から聞いていたし、覚悟もちゃんとできて今がある。
 痛みというものも、覚悟や準備が出来ていれば、気力でどうにかなるもので、不意打ちのように訪れる痛みが怖い。
 その痛みによって、蓮が不思議がり、その理由を探し、答えに行き着いてしまうかもしれない。その時、この子がどんな反応を見せるのか、それが、怖い。
 ポツ……と、頬に当たった冷たい雫。
「……?」
 千獣はゆっくりと視線を上げて手のひらを空に向けて差し出す。
「……雪……」
 どうりで寒いはずである。
 手のひらにゆっくりと舞うように降りてきた結晶は、千獣の熱に触れて一瞬にして水に変わった。
「ユキって、なぁに?」
 呟いた千獣の言葉尻を拾って、蓮が尋ねる。
「空、から、降る、白い……氷」
 見上げるようにして説明した千獣の視線を追って、蓮も顔を上げる。
 千獣はそんな蓮を視線の隅で捕らえ、薄く微笑んだ。
「…わっ!」
「今……あなた、の、鼻に、降った、もの……それが、雪」
 しとしとと振り出してきた雪は、冷えた地面にその形を残して落ちる。
 きっと、このまま行けば、明日の朝には辺り一面雪景色が出来ていることだろう。
 村まではまだ遠い。千獣は今日の寝床となりそうな場所を探して森の中を行く。
 程なくして、その場所は見つかった。















 早朝、寒さに身を一瞬震わせ、一夜の宿として借りた、朽ちて大きく空洞ができた木の幹から這い出す。
「…………」
 千獣の目が見開かれる。
 確かに、このままならば明日には雪が積もり、辺り一面雪で埋もれると予想していた。
 だが、目の前に広がる雪景色は、人も獣の侵入さえも無く、朝日によってキラキラと光り、眩しいほどにまっさらで、昨日と同じ場所とは思えないほどの変貌を遂げていた。
「……セン?」
 千獣の獣の翼で守られた蓮が、目をこすりながら上腿を起こす。
 そして、その視界に入った景色に、千獣と同じように言葉を失った。
「いどう、した?」
 自分が寝ている間に。
「違う…よ。これ、が、雪の、力。全て、を、白く、変える……」
「ユキ、すごい!」
 鼻に小さく落ちただけの雪が、ここまで景色を変えられるなんて。
 素直に感動している蓮に、思わず笑みが零れる。
 蓮は幹から雪の中へと駆け出していった。
「あ、待って……!」
 無防備なまま駆け出した蓮に、手を伸ばすが今一歩遅い。
「はぅうううう!」
 何のためらいも無く思いっきりすくった雪の冷たさに、蓮が驚きの悲鳴を上げて、真っ赤になった自分の両手を涙目で見つめる。
「雪…冷たい、から」
 千獣も追いかけるように幹から出ると、手袋はないため、そっと蓮の手を取り、息を吹きかけて暖め、布を巻いて手袋の代わりとした。
「雪遊び、しよう」
 これまで体の大きさだけは、問題なくすくすくと成長してきたが、体力だとか、運動神経というものがどれだけ成長したのかを測る機会が無かった。
 これを期にちょっと知ってみたいと思ったのだ。
「ユキで遊ぶ?」
「……そう」
 千獣は地面の雪を両手ですくい上げ、おにぎりを作るように丸く固める。
 そして、その固めた雪を軽く蓮に向けて投げた。
「はわっ」
 蓮は投げられた雪球を受け止めようと両手を差し出すが、当たった瞬間に雪球は弾け、すっかり雪まみれになってしまう。
 しばらく時が止まったかのように動きを止めて、雪まみれの自分を見下ろしている。
「……雪、がっせん」
 蓮はむっと唇を引き絞ると、千獣をまねするように近くの雪を両手ですくって、雪球を作り投げる。
 直ぐに避けるのは、簡単だ。
 だが、千獣はわざとギリギリまでひきつけてから避けた。
 蓮は尚更むっとして次の雪球を投げる。
 だんだん楽しくなってきたらしい蓮は、次第に千獣の雪球も簡単に避けられるようになり、雪球を投げる速度も速くなっていった。


















 冷たさにも慣れたのか、逆に冷たくても柔らかく受け止めてくる雪に寝そべって、蓮は動かない。
 不思議に思って千獣がその側へと駆け寄ると、蓮の視線は雪の隙間から覗く緑に新芽に注がれていた。
「世界、には……命、が、いっぱい、生きている…」
 雪が降ろうとも、冷たさに負けず、こうして春の芽吹きを待つ花。
「私も、蓮も、この世界に生きる、命」
「セン?」
 なぜ突然そんな事を言い出したのか分からず、蓮は雪の上に座り込み首をかしげて千獣を見上げる。
 千獣は蓮が見つめていた新芽にそっと手を添えて、
「命って、いうのは……難しい。私達、と、同じ、ように、動いて、いても、命、を、持たない、ものも、いる……動いて、いない、もの、でも、命を、持つ、ものも、いる……とても………難しい」
 と、まるで呟くような静かさで、蓮を諭すかのように告げる。そして、慈しむように新芽から手を離し、蓮に向き直った。
「だから……今すぐ、わから、なくても、いいから……一つ、だけ約束……して?」
「ヤクソク?」
 また首を傾げて、繰り返すように問う蓮に、千獣は頷く。
 そして、布を巻いてさえも冷たく冷えてしまった両手をそっと包み込み、暖めるように自分の頬に触れさせた。
「もしも……何か、を、壊して、しまい、そう、に、なったら……その、ときは……その力、を、私に、向けなさい……他の、誰でも……何でも、なく……全て、私に」
「レンそんなこと、しない」
 千獣の言葉を遮るように、蓮は小さな抗議の声を上げる。そう言ってくれたことが素直に嬉しい。
 それを、信じたい。いや、信じている。でも―――
「うん……分かって、る……」
 だから、もしもなのだと付け加え、
「どんな、状況、で、あっても……どんな、力で、あっても……必ず……全て、受け止める、から………だから、約束」
 ね? と、伺うように蓮の瞳を真正面から覗き込む。
 蓮はしばらく考えるように千獣の瞳を受け止め、にっこりと花が咲くように微笑み、大きく頷いた。
「わかった。レン、約束、する」
 蓮の微笑みに返すように千獣も微笑む。
「……うん」
 言葉の意味全てを理解はしていなくても、その言葉が心のどこかに残っていてくれれば、それでいい。
 千獣は素直に頷いてくれたことに、素直な子に育ってくれていることに、ただただ心の中で感謝をして。この子を与えたくれたことに、感謝をして。
 神なんて信じていなくても、エルザードで行われているであろう聖誕祭を思い返して、神の変わりに瞬と姜に祈りを捧げる。
「セン?」
 蓮の両手を持ったまま瞳を閉じた千獣の姿に、心配そうに眉を寄せ、蓮は名を呼ぶ。
「ん……大丈夫、だよ」
 寒いとか、辛いから瞳を閉じたわけじゃない。
 千獣は立ち上がり、蓮の手を握る。
「……行こう、次、は、春が待つ、場所へ」
 そこに、あなたの幸せがあると、信じているから―――




























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【3087】
千獣――センジュ(17歳・女性)
異界職【獣使い】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 空白の絵本にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 蓮との雪の日の出来事ですが、雪遊びは何をしようかと考え、結局道具もないので雪合戦に自然と落ち着きました。スキーとかスノボーがこの国にあるのかどうかは…些か謎ですが。
 それではまた、千獣様に出会えることを祈って……