<WS・クリスマスドリームノベル>


脱走トナカイ奪還作戦


「トナカイを連れ戻してくれ」
 重低音に振り返れば、筋骨逞しい男が立っていた。むきだしの上腕にはヒイラギとベルとリボンを組合わせた刺青があり、革のベスト、山刀をぶち込んだベルト、ぴったりした革のズボン、ごついブーツにも同様の焼印が入っている。
「あぁ? 薮から棒になんだい、どっから湧きやがった、このチョイ悪どころじゃなさそうなマッチョおやじは」
 負けじと睨みつけ、問い返す強面が売りのPMHC院長・随豪寺徳(ずいごうじ・とく)も柄の悪さでは似たようなものだ。
「俺の相棒が戻って来ねえんだ。いつもクリスマス直前にプレッシャーに負けて脱走する阿呆だが、今回はちっと洒落になんねえ。たぶん、あんたの縄張りのどっかで捕まってんだ。探してくれ。このままだと今年の仕事がパアだ」
「……その風体からすると、お前さんブラックサンタってやつだね。屁理屈ばっかこねたくる躾のなってねえガキどもを袋に詰めてお似合いな場所に連れ去るってアレだろ? 結構だ、大いにやっとくれ。私ぁこれからホラーDVD72時間マラソン鑑賞会でね、忙しいんだ」
 ハイお帰りはあちら、と背を向ける院長を闖入者・ブラックサンタが慌てて呼び戻す。
「待て待て、いいのか? 俺がブラックのままだと年に一度のプレゼントを心待ちにしている世界中のよい子が泣くぞ!?」
「大丈夫、一回くらいサンタさんの来ない年があったって、よい子なら恨みゃしないさ。差し引きで考えりゃ悪い子が減る方がよっぽど世のため人のため地球のため──って、なんだよ、そのご面相でへこみなさんなよ鬱陶しい!……わかったよ、その逃げ癖のあるトナカイの特徴を言いな。座標を特定してバイトの招集かけてやっから」
 額の眼鏡を更にずり上げ、霊道の魔女こと怪人白衣ババアは面倒くさそうに唸った。

 ──そんなわけで、以下の募集となる。

■動物好きな方、機転のきく方大募集!■
 やんちゃなトナカイをトロルから連れ戻していただくお仕事です☆
 勤務地;『けもののきもち』第十三診療室。どこぞの山岳地帯にリンク。
 トロル;身長3メートル、体重1トン、雑食、♀。剛力、知能低め。洞穴在住。可愛いもの好き。
 トナカイ;お調子者、人語を操る。♂。


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 『けもののきもち』の無駄に広い待合室では、ブラックサンタと千獣(せんじゅ)、随豪寺院長とジェイドック・ハーヴェイがそれぞれ話をしていた。
「可愛いもの好き……というのは、具体的にどんな感じなんだ?」
「どうと言われてもねえ、可愛いものは可愛いものだろ。女の子が好きそうな。何か気になることでも?」
 そう返されると答えにくいジェイドックである。何となく嫌な予感がする、というだけなのだ。とはいえ彼の予感は結構、当たる。
「どうする? キャンセルするなら今のうちだよ」
 現場に入っちゃったら簡単には戻れないからね、と言い添える院長に、ジェイドックは首を横に振った。
「……このままトナカイが帰らないでブラックサンタになられても困る。引き受けよう」


「さて、準備はいいかい?」
 薄暗い廊下を延々進んだ後、十三と記されたドアの前で院長が声を張った。一同が頷く。
「トロルの住処はこの先だ。口で説明するより、行けばいやでもわかるさ」
 そう言って開けた向こうは、本当に山岳地帯であった。
 切り立った崖と眼下はるかまで緑に覆われた斜面の間を、細く険しい上り坂がうねうねと伸びている。空は晴れ渡っていたが、風は切るように冷たい。
「それじゃあ、行って、きます……」
 千獣が一歩踏み出す。続いて、ジェイドック。
「おや、あんたも行くのかいブラックサンタ?」
「ああ。時が惜しいんでな」
 頑張んな、との院長の励ましの背に、三人の背後で扉が閉まった。


「いやでもわかる、か。引っ掛かる言い回しだな」
 倒木を踏み越え、ジェイドックが眉間にしわを刻む。
「すぐわかる、って、こと、だよね……?」
 滑りやすい泥を避け、千獣が首をかしげた。
「ふん。勿体ぶりやがって」
 寒風に胸を張り、ブラックサンタが鼻を鳴らす。三人ともに健脚ゆえ、悪路をものともしない。ほどなく登りきった先には、樅の木立が鬱蒼と広がっていた。山頂から吹き降ろす風が梢を揺らすのか、森全体がざわめいているようだ。
「ん?」
 ジェイドックのまるい耳がぴくりと動いた。
「今、悲鳴がしなかったか?」
 差し迫った印象はないものの、確かに悲鳴だ。言われて千獣も耳をすます。
「……歌?」
 彼女が聞き分けたのは、また異なる声らしい。顔を見合わせる二人に、ブラックサンタがせかせかと言い募った。
「ここで考えてたって仕方ねえ。ともあれ方角はわかった。行くぞ!」
 密生した木々をすり抜け進むと、やがて開けた場所に出た。木の陰から窺うと、二十メートルほど先、ぽかりと開いた洞穴の前に、地べたに座った巨大な後姿があった。広い背と更に広い臀部を覆うもじゃもじゃの髪は緑色で、とんでもなく太い両腕と投げ出された足は黄緑色、おまけに毛深い。
「あの人が、とろる……」
 千獣の呟きに答えるように、調子っぱずれな歌声が響く。

「か〜わ〜いい〜トナちゃん〜とろるの〜トナちゃん〜」

 きゃあ、とか、ひい、とか情けない合いの手の主は、トナカイらしい。
「あの野郎、こんなところで油を売ってやがったのか」
 ブラックサンタがぶつくさこぼした。
 どんな経緯で一緒にいるのかはわからないが、どうやら食うだの殺すだのといった危険はなさそうだ。もっとも、状況次第でどう転ぶかわかったものではない。
「ふむ、とりあえず無事なようだな。ここは下手に刺激しないように……千獣、おい!?」
 すたすたとトロルに歩み寄る千獣に、ジェイドックは泡を食った。彼女に声をかけられ、座ったままぐるりと向きを変えたトロルは巨体に似ず素早い動きだ。今のところ友好的な雰囲気ではあるが、ジェイドックはいつでも抜けるよう銃に意識を置いて、なりゆきを見守った。
 何かの皮でこしらえた貫頭衣をまとったトロルは、平べったい大きな顔、殆ど白目のない真っ黒な丸い瞳、案外ちんまりとした鼻に耳まで裂けた大きな口をしていた。両手両足で押さえていたものを、上機嫌で千獣に示す。
「ぶっ……!」
 隣でブラックサンタが吹き出した。静かに、と目顔で促しながらもジェイドック自身、ともすれば頬が緩みそうになる。
 堂々たる体躯の牡鹿でも、トロルにとっては少し大きめな人形サイズだ。要はままごと感覚なのだろう。二対の枝角にどんぐりや松ぼっくりを通した蔓草を巻かれ、枯葉と苔と木の皮で体を包まれ、“トナちゃん”ことトナカイはこれでもかというくらいに飾りたてられていた。実に不満そうにもごもごしている様が、また笑いを誘う。
 ふ、とジェイドックは難しい顔になった。
 千獣は事情を説明しているようだ。トロルもおとなしく耳を傾けてはいる。いるが──
「ああまで気に入られちまうと、厄介かもな」
 彼の意を汲んだか、ブラックサンタが囁いた。それへ頷き、
「こちらから何か交換条件でも出せればいいが、わざわざ手元に置いているものを何も支払うものがない相手に素直に返すとは思えない……」
 できれば、銃撃戦なんてことにはしたくないんだが、と付け加えたそのとき、トロルが警戒するふうにトナカイをしっかりと抱え込んだ。獣じみた黒い双眸が、物騒な光を帯びる。
「ち、交渉決裂みてえだな」
「行こう」
 二人はわざと足音をたてて、大股に近づいていった。
「三対一だぜ緑の嬢ちゃん、諦めてうちの枝角野郎を返したほうが身のためだ」
「手荒な真似はしたくない。俺達の頼みを聞いてくれないか?」
 素で悪役口調のブラックサンタをフォローしつつ、ジェイドックは出発前の嫌な予感が背筋をじわじわと這い上ってくるのを感じていた。
 なぜだ。
 なぜトロルは、俺を凝視している……?
 答えは次の瞬間、明後日の方角から与えられた。
「か〜わ〜い〜い〜!!」
 トロルにかかっては、黄色い声も耳をつんざく怪音波になる。内容を理解するのに数秒かかった。
 かわいい……可愛い? 可愛いって何が──誰が!?
 ほんのり恐い考えになったジェイドックの鼻先を、トナカイが吹っ飛んでいった。
「トナちゃん、あげる。トラちゃんと取っ替えっこ!」
 吠えるやトロル、膝立ちで身を乗り出し、ジェイドックに猿臂を伸ばしたではないか。
「トラちゃん、ちょぉかわいい! まじやばい!」
「落ち着け、俺は非売品だ! いや、その前に誰がトラちゃんだ!」
 黄緑色の腕を右に左にかいくぐり、ちょっと自分でも何を言っているのかわからないジェイドックである。
 トナカイと違ってそう簡単には捕まらないと悟ったトロルは鼻息も荒く千獣に向き直り、力こぶを見せつけた。
「しょうぶ、しょうぶ! とろる勝ったら、トラちゃんちょうだい!」
「うん、いいよ……」
 あっさり承諾され、慌てたのはジェイドックだ。
「勘弁してくれ、千獣。俺は蔓で巻かれるのは御免だ」
 視界の端にはブラックサンタにどやされているトナカイがいた。既に依頼は果たされている。三十六計でいいのではないか?
 しかし、直接交渉していた千獣には何か思うところがあるようだ。腕相撲で勝負するという。
「大丈夫、負けない、から……」
 千獣の姿がゆらめき、獣化する。
「勝負……!」
 がつっと鈍い音をたて、掌が組合う。
 体格ではトロルが有利だった。けれども千獣の気迫に飲まれたか、あるいは“トラちゃん”が気になって集中を欠いたか、攻防の後に土が付いたのは、トロルの丸太の如き腕であった。
「とろる、まけちゃった……」
 ほっと胸を撫で下ろすジェイドックを未練がましく眺め、トロルはうなだれた。
「トナちゃん帰る。トラちゃんも帰る。とろる、ひとり」
「悪いな、俺にも仕事が待ってるんだ」
「とろる、ひとり。かわいいの、ない……」
 鈴の音と朗らかな笑い声に見上げれば、空飛ぶトナカイの引く橇が遠ざかっていくところだ。サンタクロースは無事出動、これで子供達も泣かずにすむことだろう。
「メリークリスマス、だな」
 戻した視線の先には、やたら大きく重そうな箱を担いだ千獣がいた。
「はい、これ。あの人……サンタさん、から、プレゼント……とろる、が、トナちゃん、返してくれた、から、ブラックじゃ、なくなって、お仕事、できるから……」
「プレゼント? とろるに? くれるの? ありがと!」
 しょげていたトロルの顔がわずかに明るくなったので、ジェイドックのいわれなき良心の呵責も多少薄らいだ。
「よかったじゃないか。何が入っているんだ?」
 リボンをむしり包装紙を破き、壊さんばかりに箱を開け、トロルが本日二度目の黄色い悲鳴を上げた。
「トラちゃんだあぁ!!」
 等身大のジェイドック人形を抱きしめるトロルの横で、本物のジェイドックは頭を抱えた。
「そうくるか……」
 人形は、やや目がぱっちりしすぎている点を除けば気味が悪いくらいそっくりだった。服だって今着ている物と同じだし、ご丁寧にサンダーブリットまで装備している。いずれトロル好みに“かわいく”されるであろう我が分身を思うと、心穏やかではいられない。
 何てことしてくれるんだサンタ!……そして、どうなってるんだ、トロルの感性……!
「ジェイドック?」
 複雑な表情の彼を、千獣が不思議そうに見やった。
「む、いや、まあ、一件落着したんだから、よしとしよう……」
 俺が木の皮をかぶせられなかっただけ、ましというものだ。
 苦笑まじりに己に言い聞かせ、ジェイドックは大喜びのトロルに別れを告げ、千獣とともに帰途につく。

「か〜わいいよう〜とろるのトラちゃん〜かわいい〜よう〜!」
 
 あいかわらず調子っぱずれな歌声は、森を出てからもしばらく聞こえていた。



 
━ORDERMADECOM・EVENT・DATA━━━━━━━━━━━━━━━━━…・・

登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男/25歳/賞金稼ぎ】
【3087/千獣(せんじゅ)/女/17歳(実年齢999歳)/獣使い】

NPC
随豪寺徳(ずいごうじ・とく)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ジェイドック・ハーヴェイ様
ご発注ありがとう存じます。
この度は大変お待たせ致しまして申し訳ございませんでした。
ジェイドック様、トロルのツボにジャストミートなあまりフィギュア化です。
それでは、またご縁がありましたらよろしくお願い致します。