<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
今年もメリークリスマス
ベルファどおりから少し外れた場所に、スラム街はある。薄汚れた古い建物が建ち並び、小さな工房や商店がひしめき合うように存在している。だが、そこに暗い様子は無い。そこに暮らす人々は、ささやかな幸せを抱き、日々生きているのだ。
そんな中に、シノン・ルースティーンのいる孤児院はある。スラム街の雰囲気を明るくするのに、一役買ってもいる。
「今年も、やってきたんだ」
シノンは、キャンドルに思い思いの絵を描いたり、もみの木を飾りつけたりする子ども達を見回しながら、小さく微笑んだ。
今日はクリスマス。この小さな孤児院も、ささやかながらもクリスマスパーティを主催するのだ。
「あ、シノン。これ、ここでいいのー?」
もみの木を飾り付けている子どもが、シノンを呼ぶ。シノンは「どれ?」と尋ねながら近づいていく。
「シノンー! 色、足りないのー!」
「見て見て、シノン! すっごく上手くできたんだよー!」
シノンの姿を見つけ、子ども達が立て続けにシノンを呼ぶ。シノンはそれらに「色は他のを使ってみたら?」だとか「おお、凄い凄い」だとか、返事しながら対応していく。
「そうだ、クリスマスなんだから、挑戦しないと」
誰にも聞こえないような小さな声でシノンは呟き、悪戯っぽく笑う。
子ども達によって絵が描かれたキャンドルは、パーティ会場をぐるりと回るように飾られ、日が落ちれば火を灯される。また、飾られたもみの木は、会場の真ん中にずっしりと置かれ、訪れる人々を出迎える。
シノンは楽しそうに準備を続ける子ども達を見、手伝い、小さく笑った。
「兄貴も来てくれるかな」
先日送ったクリスマスカードの事を思い、シノンはそっと呟く。そして、子ども達に「何かあったら呼んでね」と会場の事を頼んでおき、一人台所へと向かう。
「クリスマスなんだから、挑戦しないと」
今度は、いささか真面目な口調で呟くのだった。
手元のクリスマスカードを、スラッシュは見つめていた。
差出人は、シノン。手作りのカードに添えられたメッセージは、孤児院で主催するクリスマスパーティへの誘いだった。
「昨日は、イブだったからな」
ぽつり、と呟く。クリスマスイブは、大切な人と過ごした。そして今日、クリスマス当日には予定を入れていない。
「孤児院主催の、クリスマスパーティか」
今頃は、孤児院内が楽しく飾り付けをしているのだろう、とスラッシュは想像する。子ども達がわいわい言いながら会場を飾りつける様子が、自然と頭に浮かんできた。同時に、そんな子ども達に振り回されつつも一緒に楽しんでいる、シノンの姿も。
「折角だから、何か差し入れでも持っていくか」
もうすぐ、クリスマスパーティの開始時間となる。スラッシュは立ち上がり、コートを羽織って出る。
日は少し落ちかけていた。表通りの外灯には火が灯され、立ち並ぶ店はどこも明るい音楽を流し、クリスマスを連呼していた。明るく、騒々しい、いつもの風景だ。
スラッシュは立ち並ぶ店の中でも、お菓子屋へと足を運んだ。ショウウインドウには、白と赤が美しいショートケーキや、とろりと溶けそうなチョコレートケーキが並んでいる。そのどれもにサンタクロースやトナカイといった、クリスマス特有の砂糖菓子が乗っかっている。
他にも、長靴の入れ物にお菓子を入れたものや、リースやもみの木の形をしたクッキーなど、クリスマスらしい商品が沢山並べられている。
「クリスマス用ですか?」
店員が、声をかけてきた。スラッシュは首を振り、店内にあった砂糖菓子の詰め合わせを指差す。
「これを」
スラッシュが選んだのは、クリスマス商品のコーナーから外れたところにあった、小さな砂糖菓子が沢山入ったものだった。特にクリスマスらしいものは何処にも無い。
店員は、一瞬不思議そうな顔をしつつも、すぐに笑顔で対応をしてくれた。クリスマスなのに、クリスマすらしからぬ商品を選んだ事に違和感があったのだろう。
有難うございました、と店を出るスラッシュの背に声がかけられる。袋には大きく「メリークリスマス」と描かれているが、中は普通の砂糖菓子だ。
「量が大事だからな」
スラッシュは呟き、孤児院へと向かった。表通りの明るさは端々までいきわたっていたが、通りから外れて行くと、少しずつそれらは収まってきた。
そうして、いつものスラム街に辿り着く。表通りとは正反対の、どこか薄暗い印象の通りだ。
だが、通りの薄暗さとは対照的に、スラム街を歩く人々の顔は明るい。皆、一様に孤児院へと向かっていた。笑顔を携えて。
「なるほど」
孤児院に辿り着くと、スラッシュは人々の明るい顔に納得をする。パーティ会場をぐるりと囲む、キャンドルの優しい光。キャンドルの一つ一つには、子ども達が頑張って描いたであろう、花や星等の絵が描かれている。
会場内に一歩足を踏み入れると、綺麗に飾り付けられたもみの木が出迎えてくれた。手作り感たっぷりのオーナメントが、もみの木にたくさん引っ掛けられている。これも、子ども達が頑張って飾りつけたのであろう。
「あ、スラッシュ!」
子ども達がスラッシュの姿を見つけ、近寄ってきた。
「楽しんでいるか?」
「勿論! あ、シノン。スラッシュ、来たよ!」
楽しそうに笑っている子ども達の中から、シノンが「兄貴」と言いながら近寄ってきた。
「メリークリスマス、兄貴」
「メリークリスマス、シノン」
互いに挨拶を交わした後、シノンは子ども達に「よーし」と声をかける。
「じゃあ、そろそろ歌といきますか!」
シノンの声に、子ども達は「おー!」と拳を空へと突き立てる。ぱたぱたと走っていく子ども達に、スラッシュは「何事だ?」とシノンに尋ねる。
「クリスマスといえば、歌でしょ? だから、皆で練習したんだ」
「伴奏は?」
「歌う事に意味があるんだって」
シノンはにっこりと笑い、走っていった子ども達を追いかける。見れば、パーティ会場の奥に、ステージのようなものが設置されている。そこで、伴奏なしの歌が始まるのだろう。
未だばたばたしている所を見ると、もう少し始まりまでに時間がかかるのかもしれない。スラッシュは一先ず、パーティ会場をぐるりと回ってみた。
スラム街の人々が、笑顔で話している。もうすぐ始まりそうなステージに、集る人たち。ツリーに飾られたオーナメントに、微笑む人たち。キャンドルを一つ一つ眺め、指差しながら話す人たち。
その一角に、ちょっとした飲食コーナーがあった。即席の暖炉にはチャイがかかっており、甘い湯気を立たせている。その隣には、クラッカーの上にチーズやジャムが乗ったものや、一口サイズのチョコレート、小さなサンドイッチといったものが並んでいる。
「どうぞ」
コップにチャイをいれ、そこにいた女性がスラッシュに入れてくれた。スラム街で小さな商店を営んでいる主人だ。スラッシュは「ありがとう」といって受け取り、一口チャイを飲む。寒い体に、温かいチャイが染み渡る。
「これらは、全部シノンが?」
「私達が持ち寄ったりもしてるんですよ。毎年、孤児院のクリスマスパーティには、楽しませてもらっているから」
女性はそう言って笑う。スラッシュは「そうか」と頷き、気付く。
食べ物のコーナーの端に、随分個性的な……というか芸術的な……一言で言うと、不恰好なケーキがそっと置かれていたのだ。
やりたい事は分かる。スポンジの上にクリームを塗って、フルーツを並べたかったんだろう、という事は。だが、肝心のスポンジは斜めになっているし、ふんわり感も少ない。クリームも随分柔らかいらしく、寒い屋外だというのにとろりと流れそうだ。フルーツは均等に並ぶ事無く、ちょこちょこと不思議な間隔で置かれているのだ。
「あれは……」
「ああ、シノンちゃんがね、クリスマスだからって。凄く頑張って作ったみたいよ」
シノンは料理が苦手だ。唯一上手くできるのが、このチャイだといっても過言ではない。ついこの間、目玉焼きが完璧に焼けるようになったと自慢していたが。
スラッシュはケーキを一切れとってみる。クリームとフルーツが落ちそうになったため、慌てて口に放り込んだ。
「あ、始まるみたいよ」
口に入れたケーキを飲み込みながら、スラッシュはステージの方を見る。きちんと子ども達が整列し終えている。シノンは子ども達の前で、指揮棒を持って立っていた。
「せーの」
指揮棒を持っているのに、掛け声があるらしい。スラッシュは噴出しそうに鳴るのを堪え、楽しそうに歌い始める子ども達を見つめるのだった。
クリスマスパーティが終わり、孤児院はようやく静かになった。パーティの片付けは、急がなくてはならないものだけをシノンとスラッシュがやり、他は明日改めて子ども達と一緒にする事になった。
「皆、寝たのか?」
「うん。疲れちゃったみたい」
シノンはそう言って笑う。スラッシュは「そうか」と頷き、紙袋をシノンに手渡す。
「これ、シノンと皆に。今日、渡しそびれちゃったからな」
「わあ、有難う。明日、片付けが終わったら皆で食べるよ」
シノンは紙袋を台所へと持って行き、今度は両手にマグカップを持って帰ってきた。
「はい、これ。残り物のチャイだけど」
スラッシュはそれを受け取りつつ「そういえば」と切り出す。
「今年は、随分冒険をしたんだな」
「え?」
「ケーキだ。あれ、お前が作ったそうだな」
スラッシュの言葉に、シノンは「あはは」と笑う。照れたように。
「やっぱりクリスマスだし、ケーキは必要かなって。ちょっとだけ、その、不恰好になっちゃったけど」
「確かに、スポンジはちょっと硬かったし、クリームは柔らかかったし、フルーツは微妙な配置だったな」
「あ、もう、兄貴ってば!」
シノンは顔を真赤にする。自分でも、スラッシュの指摘は痛いほど分かっているのだ。だが、どうしてもあれ以上のものが完成することが無かった。
「だが、美味かった」
スラッシュの言葉に、シノンは「え」と顔を上げる。
「本当?」
「ああ。その証拠に、あのケーキはなくなっていただろう?」
シノンは「うん」と頷く。確かに、見た目は良くなかった。スポンジも、クリームも、フルーツも、微妙だった。
だが、シノンの作ったケーキは美味しかった。頑張って作ったのであろう事を差し引いたとしても、スラッシュには美味しく感じられたのだ。
「後は、見た目を頑張ればいいだけだ」
スラッシュはそう言いながら、チャイを啜る。シノンは「そうだね」といい、嬉しそうに自らのチャイも啜った。
「今年も、いいクリスマスだったな」
シノンはそう言い、窓の外を見る。そして何かを見つけ「あ」と声を出した。
「兄貴、雪! 雪が降ってる!」
シノンに言われ、スラッシュも窓の外を見る。
そこには、確かに白い雪が、ふわりふわりと宙を舞っているのであった。
<白い雪を見つめつつ・了>
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