<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
ケヴィンさんとレナさんのある日の様子
その日は仕事の予定が全く無かった。
…予定が無かったので白山羊亭や黒山羊亭、他あちこちにばらまかれている手配書やら何やら見回ったり何だりとそれなりの営業努力はしてみたが、手頃な賞金首は見付からない。食い繋ぐのに良さそうな別の手頃な依頼も見付からない。自分が手を出せる方向性と本日見掛けたそれら依頼の旨味から鑑みて、全然まったく掠りさえしないような状況。何となく辺りを見渡せば同じ理由で嘆いている同業者らしき姿も多々。…ああ、そういう時もあるのかもなと結構簡単に諦めも付く。
それはどうしても、となれば…あまり自分には向きではない依頼でも金の為に受けなければ、となるが――現在、然程切羽詰まっている訳でもない。決して温かい懐具合とは言えないが、だからと言ってまだ――別に今日明日食うに困ると言う程でも無い。
…となると、今日くらいはひとまず休んで英気を養っておくか、と言う選択肢が出てくる。一日休んで明日になれば、白山羊亭黒山羊亭の方でも何か別の良い依頼が入っているかもしれないし休む事も取り敢えず重要だ。…何より面倒臭くない。
思ったところで、いつの間にやら俺の左腕を取り、腕を組む形でくっついていたレナが、うんうんそーしよーよー、と脳天気な声で同意した。
そちらを見る――と言うか実際にそちらを見る為に顔と首を動かす事すら面倒臭いので、見るようなつもりで意識を向けるだけ向けてみる。…光の加減によっては金色にも見える草のような緑の髪が元々視界の隅に入ってはいる。いつもの如く気合いの入った格好の元気溌剌気儘な魔女。
レナ――レナ・スウォンプ。気が付くと自分の側に居る…気がする、仕事上の相棒のような、それを抜きでも付き合いがある以上は友人と言う分類に一応入れても良いような、いや友人と言うより単なる知り合いのような…いやいやそれにしては成り行きで荷物持ちとか良いように使われたりする事も多い気がするのでただ知り合いとだけ言うのも何か釈然としないような…取り敢えず互いに遠慮の必要は全く無い腐れ縁、と言うのが相応しいような相手、とでも言うべきか。…それ以上いちいち考えてどんな関係かを固定するのが面倒臭い。いや今考えているこの時点でもう既に面倒臭い。…何でわざわざ今こんな事を考えたのか。
そんな事を漠然と思っていると、ぶー、とこちらを見上げてむくれるレナの顔。…何だよ。
「へー。ケヴィンはあたしの事そんな風に思ってるんだー」
まぁそうだが。
…と言うか何故むくれる?
「むくれてなんか無いよーだ。…単にさ、こーやっていっつも一緒に居るんだからさ、何か他に言いようは無いのかなー? って思うだけー。ほら、こんな可憐な乙女がすぐ側に居るんだよ?」
可憐な乙女。
…って誰。
「えー何それーひどーい。ここに居るじゃん。ほらここに。ケヴィンのすぐ側にっ!」
言いながら、レナは恐らく――自分自身を思いっきりアピールしている。
「…」
いや、俺としてはそもそも『可憐な乙女』と言う存在自体を否定したいだけなのだが。
乙女に――女に可憐と言う形容は付けられない。…経験上。どんな経験かは思い出すのも面倒臭い。…取り敢えず自分の姉妹――合わせて六人居る――絡みではある。
…そんな訳で俺のすぐ側に可憐な乙女は居ない。
居るのはいつも通りのレナだけ。
そこまで思ったところで、レナは俺の顔を正面下から覗き込んで来る。
「いつも通り? …あたしそんなに今日もキマってる? やった♪ ケヴィンに褒められちゃった♪」
嬉しそうに言いながら、組んだままの腕に更に引っ付いてくる。
わざわざ引き離すのも面倒なのでそのまま。
…と言うか、誰がいつ褒めたよ。
思わず心の中でツッコミを入れるが、レナの方ではそちらには反応無し。
まぁどうでも良いが。…いちいち話を引き摺る方が面倒臭い。
■
取り敢えず、休むと決めてしまうと…逆にこれからどうしようか、となる。
用事らしい用事は無い。
だから先程も、仕事でも無いかと思ってあちこち行ってみていた訳で。
「じゃーさ、あたしの買い物付き合ってよ!」
「…」
そんな金があるのか。
「う。…えーと、そこは…ケヴィンにさ?」
駄目。
…それは今日明日食うに困らない程度の金は持ち合わせているが、レナの買い物に付き合う程の金は無い。…不用意に付き合ったなら何だかんだでこちらも金を出させられ、無一文になり兼ねない。
ちょっと面倒でもあったが、じろりとレナを見る事でより強くそう訴えてみる。
「う。…んじゃウチに来る?」
「…」
レナの家。
確か、まじないや魔法薬の店も兼ねているような場所だったか。
のんびりぼーっと休めそうな場所があった事を思い出す。
…悪くない。
こちらが思ったところで、レナは、よし、と頷く。
「決まりだ☆」
受けて俺の方でも頷く――と言うか面倒なので実際は頷いていないが、俺がそう思った時点でレナも俺がそう思った事を理解した筈。
実際、レナは上機嫌で組んだままの俺の腕を引き、足取りも軽く先導している。
■
レナの家。
その裏手。庭の木陰。
木に凭れて座り、ぼーっとしている俺に何か文句でもあるのか目の前でみゃーと話し掛けてきた緑猫と何となくにらめっこしていてどれ程経ったかわからない。…しみじみ逃げねーし目も逸らさねーなこいつ。
レナは俺がそうしている間も一人で何やら色々やっている。姿が見えなくなったなと思ったら、趣味である魔法薬の…ちょうど空いた時間があったらやっとこうと思っていたらしい仕込みのような事をしていたり、かと思ったらいつの間にか俺の側に戻って来て何やら話をしていたりとくるくる忙しい。…その行動を見て目で追い掛ける事すら面倒臭い。
休みと決めた本日、ぽかぽかと暖かく良い陽気である。
…何だか眠くなってきたかもしれない。いっそこのまま昼寝でもしてやろうかと思う。
が、レナの声がする。
それはさっきから変わらない。
…ホントに話すのが好きだなあんたは。
「ねぇねぇねぇ、ピザって十回言ってみてー?」
嫌だ。面倒。
「そんな事言わないでさー、ね?」
…俺は初めから何も言ってない事は頭に無いのかこの女。
けれどレナは気にしないで、ねぇねぇと俺に返答を求めてくる。…何も言わずとも他者に自分の考えを伝えられる特技も良し悪し。…普段の場合は口を開く面倒が無くて良いのだが、レナのような慣れている相手だと…何も言わずとも思うだけで会話が成立してしまう為、逆に逃げ場が無く却って面倒臭い事態になる事も多い。本日のこれもその典型。
ねぇねぇねぇとレナはしつこい。
ゆさゆさと腕を揺さぶられ、その勢いで頭までくわんくわんと揺らされる。
止めてくれと思うと、じゃあ言ってみてー、とレナの視線が言っている。
視線が言う、と言う状態。…自分の特技がレナに伝染ったか?と益体も無い事をぼーっと思いつつ、揺さぶるのを止めて欲しくてレナの言う事を聞く。…言わない事に拘るよりここは言った方が面倒臭くない。
で。…ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ…ってだからホントに面倒臭ぇっつの。
思いながらぐったりとレナを見ると、澄ました顔で投げられた質問一つ。
「じゃあ、ここは?」
膝。
思った途端に気付いた。
…今、「ここは?」と言いながらレナが指していたのは自分の『肘』。
「きゃはは! 膝だなんて! もうっ、アホなんだから! ケヴィンはー」
…。
……うぜえ!!
「じゃあ今度はさ――…」
もう嫌だ絶対嫌だ。
思いながら目を閉じて無視…それでも勝手に耳には入ってくるレナの声。
いやもう聞かない聞こえないととことん思い込もうとする。
…と、本当に声が聞こえなくなってきた気がした。
ちょっとほっとする。
それから、レナの気配が離れたのがわかった。
…何となく寂しくなったような気がしたのは気のせいだと思う事にする。
にしても、本当に良い陽気である。
ぽかぽかと暖かく、爽やかな風が吹いている。
…。
■
…。
目が覚めた。…いつの間にか眠りこけてしまっていたらしい。
と、目を開けたら目の前にレナが居た。
…顔を覗き込まれている。
目を瞬かせる。
と、いきなり、きゃははははは! と爆笑された。
かと思ったら。
はい、といきなり鏡を顔の前に差し出される。
と。
…俺の顔に何か描かれていた。
と言うか、ばっちり化粧されていた。
…おい、と思う。
思った時点で、レナは腹を抱えて笑っている。
「こんなところで無防備に寝ちゃうケヴィンが悪いんだよーだ」
だからって化粧するかよ!
寝起き早々心の中でそうツッコむが、レナは涙まで滲ませて笑いっぱなし。
…。
………………やっぱりうぜえ!!
【了】
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