<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>
【炎舞ノ抄 -抄ノ参-】白山羊亭
いきなりビラを渡された。
相変わらず懐具合に余裕があるとは言い難いので、良い賞金首のネタでもないかと白山羊亭に入ってみるなりの事。ケヴィンさんもお時間ありましたら宜しくお願いしますねー、と看板娘ルディア・カナーズのあっけらかんとした声と共にさらりと当然のように手の中に滑り込まされて来たのがそのそっけないビラ。
宜しくお願いしますね。
と、言われた時点で、金銭が発生するかどうかは別の話としてこのビラの内容は人に頼みたい「依頼」の話ではあると特に考えるまでもなく判断が付く。
…となると、そこに金銭が発生するか否かの判断は内容次第と言う訳で。
そこまで必然の理由を認めてから、漸くビラの文面を見る。
依頼内容:
エルザードとその近隣で起きているごく局地的な気象災害に関する調査。
被害と痕跡の状況からしてごく小規模な竜巻、もしくは限定された狭い範囲で超音波的な異常が起きた可能性が高いが、気象災害では無く魔法的・機械的な仕業による悪意ある攻撃である可能性も心配される。その為、関係各所に調査を依頼する。
具体的な被害場所、被害状況は別紙に記す。
もしこの気象災害の原因を解明し、今後の被害を止められる確信を得られたとしたら報酬は弾む――…。
…――「報酬は弾む」。
グラッと来た。
何と言う魅惑的な響きであろうか。
その一文が目に入るなり、頭の中をぐるぐる駆け巡る。
………………やる。
■
で、そのまま留まる事無く白山羊亭を出てはみたものの。
店から一歩出たその時点で何となく停止。
足を止める。
実際、調査と言われても、特に何をどうするべきか思い付かない。
再びビラに目を落とす。
依頼内容が書かれた方では無く二枚目――被害場所、被害状況が書かれた紙の方を見る。エルザード内東西南北、結構あちこちにそんな場所はあるらしい。
となると、取り敢えず、近場から見てみようか、と言う気になる。
近場。
…まず、アルマ通りの端にあるモニュメント、か。
■
その、モニュメント付近。
当のモニュメントは派手に倒されていた。台座の一部が抉られて倒壊、と言ったところか。そんな断面に見えた。抉られたらしいその断面を見る。…鋭い刃物か何かですっぱり抉り切られた、と言う感じはしない。足下、その周りの路面の感触がどうも変だと思ったら、そこも被害の一端であるらしいと気付いた。…煉瓦敷きの表面がどうやら削り取られているらしい。が、こちらは被害状況に加えられてはいない。
…確かに、路面の方は被害とも言えない程度の被害だが。
面倒に思いはしたがイイ金になるかもしれない仕事。その一念で直に台座の断面と足下の路面に、取り敢えず手で触れて確かめる。…ざらざらした感触は同じ。ただ、ざらざらと言っても均一の粒子になるよう繊細に挽かれた粉のような滑らかさまである気がする。…超音波的な異常の可能性がどうのと書かれている理由がわかった。聖獣装具の音叉剣――ソニックブレイカーで攻撃した時に、近い砕け方をした敵の得物や鎧を確かめた事がある。そんな場合、ただ力任せに砕くだけとは何か違う感じになる訳で、それがつまりは…空気の振動とか、そういう理屈になるのだろう。
詳しくは知らないし知ろうとも思わないが。…何故なら物凄く面倒臭い話になるような気がしてならない訳で自分の頭では付いて行ける気がしない――と言うか面倒臭い理屈など知りたくもないし付いていきたくもないと言うのが本当かもしれないが。
…今は、この被害の原因がわかれば――その上でこれ以上の被害が止められる確信が得られれば、つまり依頼が果たせればそれだけで良い。
それだけで良いのだが。
肝心のそこが何とかなりそうな糸口すら全然見付からない辺りどうしようもない。
■
次に近い現場。
先客が複数居た。
…恐らくは俺と同様の目的で来たらしい冒険者か賞金稼ぎか…そんなところの人種に見えた。今度の被害は天使の広場。中心に天使の像が立っている、人々の憩いの場の象徴、として造られたような造成された池が半壊――天使の像の方には被害は無い。壊れているのは池垣の部分。取り敢えず水が干され、壊れている部分の周辺にはロープが張り巡らされ囲ってはある。
被害部分の材質としては、先程見て来たモニュメントと大して変わらないよう。先客はどうやら被害箇所の形や大きさや状態を、さっき俺が別の現場でしたのよりもずっと細かく調べているらしいが…それで話が済むならこんないかにも手当たり次第なビラが白山羊亭で撒かれたりはしないと思うんだが俺の気のせいだろうか。そもそも被害箇所がここまではっきり挙げて並べられているなら、そしてこんな風に触れるな入るな危険とばかりにロープが張り巡らせてあるのなら――ビラを作った者の手でその程度の事は既に調べられているのでは無かろうかとも思う。けれどそれでもお手上げで、結果この依頼に至った、とか。…いや、単に自分は面倒臭くて同じ行動を取りたくないからこそ、そこまでやる必要は無いと思いたいだけなのかもしれないが。
なので、訊いて――とは言えいつもの如く面倒なので声は出さずに、無言のままで調べた結果を訊いてみた。
…答えは返って来なかった。
何だこいつと言うような顔で見られ、舌打ちして去られた。
やっぱりな、と思う。
…やっぱりと思ったのはそんな態度を取られた事もだが、それだけじゃなく舌打ちしてあっさり去ってしまった事についても。つまりは今の連中も結局何もわからないままだった、のだろう。
まぁ俺も俺で、具体的にどうしたら良いのかはわからない訳なのだが。
場所が人出の多い天使の広場。…改めてその事実を思い返し、目撃者を探すと言う選択肢もあるかと思い付く。が…これもビラを作った者の手でその程度の事は以下同文。そもそも天使の広場は人の回転が早いしその時に居たような連中が今もまだこの辺に居るかはわからない。
取り敢えず、今まで居た連中同様、被害箇所を見るだけ見た上で、さっきの現場でしたように触れてみるだけ触れてはみた。
壊れ方の印象も触って見ての感触も、殆ど、さっき見て来た現場と同じだと思う。
となると、同じ原因で壊されたと見るのは自然だろう。…誰かの手で為された事であっても、自然現象であってもどちらでも。
と、あなたもこれの事を調べているのかい? と気さくな声を掛けられた。
声の主を見る。
そこに居たのは金髪碧眼の、竪琴を携えた煌びやかな風体の吟遊詩人。特に話した事は無いが見掛けた事は無いでも無い――天使の広場によく居る人物。
確かカレン・ヴイオルドとか言ったか。
そう思った時点で、相手は頷く。
「うん。私はカレン・ヴイオルド。見た通り吟遊詩人だよ。天使の広場の象徴がこんな状態じゃ、ちょっと寂しいからね。調べているのなら出来る限り協力はしたいんだ」
だったら、何か、どんな事でも良いから、何かいつもと違った事に心当たりは無いだろうか、と思う。…このカレン、この場所に居る事が多い以上は――他の誰より目撃者になる可能性は一番高そうだし。目撃まではしていないにしろ、何かしら「いつもと違う事」には気付ける可能性が高い。
と、カレンは済まなそうに頭を掻いていた。
「ごめん。残念ながらその辺の事についてはわからないんだ。…前に騎士団の人からも訊かれたんだけど、ある日来てみたらいきなりこうなってた。だから多分、その前日――人がまだ出歩かない夜の内に壊されたんだとは思う。ベルファ通りの店とかは全体的に夜遅いけど…そっちからの目撃証言も無いから、それより遅い…ううん、次の日のまだ夜が明けない朝早い内かもしれない。信用出来そうな近くでの証言は、一度だけ凄い音がしたって事くらいだから」
凄い音?
「うん。恐らくはこの池垣が壊されたその時の音じゃないかって。証言はそのくらいしかないみたい」
証言…どんな音だったか、具体的にわかるだろうか。
「…うーん、そこまでは」
なら、その証言をした人とかは今何処に居るのか、と思う。
直接確かめてみる価値はあるかもしれない。
そう思ったら、カレンはすぐに教えてくれた。
曰く、すぐそこにある店のオーナーなウインダーであるらしい。
ウインダーと言う事で、ちょっと期待が増した。
――――――ウインダーは、基本的に耳が良い。
■
カレンに教えられた店に顔を出してみた。…さすがにここまで来ると口を開いて話す必要があるかと少々覚悟しつつ、店主らしい相手の前に立ってみる。
と、店主らしいそのウインダーは、すぐに気付いてこちらを見た。
「…あんたもそこの池垣の件でかい?」
その通り。
思った途端に溜息を吐かれた。
「…まぁ良いがね。店に来るのはなるたけ客であって欲しいが…せめて次来る時はちゃんと客になって欲しいね。…ったく。あたし以外にあの音を聞いてないってのが信じられないよ」
「…」
そんなに凄い音だったのだろうか。
「ああ。一度だけだったが…鼓膜破れるかと思ったよ。まぁあたしがウインダーだったからそこまでに感じたのかもしれないが…だからってあれ程の音なら幾ら何でも他にも誰か聞いてそうなものだと思ったんだけどねぇ…でもどうやらあたし以外誰も聞いてないって言われてね。…ったく。夜が明けてからのあの池垣の状態が無かったらあたしの耳がおかしくなったのかと思いそうなもんだったさ」
一度だけ。
凄い音。
…凄いと言っても、具体的にどんな音だったのだろうか。
「そうだねぇ…ほんの一瞬、虫の羽音を極大まで増幅させたような――唸るようなって言えば良いのかね。魔法で例えるならソニックブームのような音、と言うのが近い、かね」
…ソニックブーム。
ビラに書かれていた分には、ごく小規模な竜巻か、ごく狭い範囲の超音波的な異常、の可能性が高そうとの事だったが。
となると、あんたにしてみれば――音からしてみれば、風と言うより衝撃波…のような印象?
「そうだね。…でも、ソニックブームそのままとも違ったね。もっと凄かったよ」
…ソニックブームを凝縮したような音?
「うん、そうそう。ちょうどそんな感じだったかもしれないよ」
「…」
店主はちょうど良い例えが見付かったとでも言うようにうんうん頷いている。
その反応を見る限り、どんな感じの「凄い音」だったのかは漸く見当が付いた。
改めて感謝の意を籠めて店主を見る。
次は客として来てくれりゃ良いよ、と返された。
――――――取り敢えず、口を開かなくて用件が済んだのは上々。
■
それから。
音の情報を得た店を出て、次の現場に向かう途中。
…ちょっと気になる事に思い当たってしまった。
一度思い当たってしまうと、その思い当たった事がしみじみもっともらしく思えて来てしまい、深刻に考えざるを得なくなって来た。…考えるのが面倒臭いが、それでも考えざるを得ない。
――――――何となく被害状況が、知り合いがよくやる犯行に似ている気がしてならない。
もしかしたら関わっているのかも…いや関わってはいなくとも知人がやった犯行までこの一件と同じと見なされているかもしれない。
…あれだけ大っぴらに手当たり次第にビラが撒かれ、賞金まで付けられているような依頼と。
そう思ったら、賞金が欲しいと言う以上に、この依頼――他人に任せる訳に行かなくなってくる。…知人当人がやっていたとしたら賞金より何よりまず何とか知人とこの事件との関わりは隠蔽しないと俺まで共犯と言うか余計な火の粉が掛かって来かねない気がするし、この被害の犯人は別に居たとしても知人と同一犯と見なされてたりしたら――その場合もまた確り疑いを晴らしてやらないとこれまた俺の方にまで以下同文…と言うような可能性まである。
しみじみ面倒臭いが放っておいたら余計に面倒臭くなる可能性がある。となれば面倒臭くとも今の内に何か手を打っておかなければならない。…どうしたら良い。どうすれば俺の手で上手く調べられる。壊した力は――衝撃系の魔法? それとも俺みたいな衝撃系の聖獣装具とか何らかの魔法道具の使い手? 地道に調べるとなるともっとあちこちに聞いて回るべきか? それともさっきの奴のように被害箇所をもっと細かく調べるべきか? つーか疑惑の知人当人に確かめるのが先か? …いや下手に会いに行ったら実は俺がビラの作り主関係者に尾行されていてその時点で知人がお縄と言う可能性もあったりはしないか。単なる疑心暗鬼かもしれないがそうでもないかもしれない…いやもう今の時点で考えるのが相当に面倒臭いんだが。知恵熱が出そうだ。限界だ。
溜息を吐く――吐こうかと思うような心持ちだが実際にはそれすら面倒臭くてそこまでの行動は取っていない。一旦、思考を止めて落ち着く事にした。慌ててもしょうがないし慌てた分却って物事が悪い方向に進んでしまうかもしれない訳で。だったら余計に頭なんぞ使わない方がずっと良い――改めて俺に出来る事をとだけ単純に考える。
結論はすぐに出る。
…結局、俺に出来るのは自分の感覚頼りでふらふらと現場を見て回る事なだけな訳で。本気でヤバい事を見付けたならきっと俺のアンテナには引っ掛かるだろう、と希望的観測をしていた方が俺の場合は前向きかもしれない。
頭の中を何とかそう纏めつつクールダウンさせると、俺は次に近い現場――何かに抉り取られたように削れているコロシアムの外壁、に向かう事にした。
で。
…目的としていたそこ近くにまで至る。
と。
…遠目ながらも何だか見た事のある人物が居た。
流したままの長い黒髪に軽装の上下、そんな身体のあちこちに呪符らしい包帯を巻き付けたり同じく呪符らしい札をぶら下げたりしていて、その背にはマントを靡かせている――何処かワイルドな印象を与える、背の高い十代後半程度の少女が一人。
それから。
…その少女の連れと思しき二人にも、何か、見覚えがある気がした。
身体に纏う色素がとても薄い、和装の――僧形らしい小柄な人物と、その人物とそっくりな顔立ちの――けれど纏う色素はその人物よりは幾らか濃くて、和装の上にこちらは洋物な深紅のロングコートを肩に掛け羽織っている少女らしき人物の二人。
…。
………………何処で見たっけ?
結構、近い記憶であるような気はするんだが。
思いながら三人をじーっと見る。
頭の何処かに引っ掛かりはするが、どうも出て来ない。
…さっきちょっと頭を使い過ぎたので、改めて記憶を探るのがどうも面倒臭くなっているらしい。
多分、探ればすぐ出て来そうな相手の気はするのだが。
■
背の高い包帯ぐるぐるな少女に、ケヴィンと名前を呼ばれた。
声にも覚えがある。
千獣。
考える前にその名が出て来た。…確か、顔を合わせた事が――依頼で一緒になった事がある。
…となると後の二人は誰だ。
こちらの二人は別に依頼で一緒になった覚えは無い…と思う。
と。
色素の薄い小柄な方が、何だか訳知りな態度で、ああ、と感嘆符を吐いて来た。
「先程白山羊亭にいらっしゃいましたよね?」
居た。
…と言う事は、その時にこの二人も居た…と言う事だろうか。
「ええ。拙僧が千獣殿に声をお掛けして、朱夏と拙僧と千獣殿とで千獣殿がお持ちのビラを見ていた時です。その時にこちらの…ケヴィン殿ですか、確か白山羊亭に入って来られた。そしてルディア殿にビラを渡されて、一度も店内に腰を落ち着けぬまますぐに出て行かれましたが…察するにこのビラに書かれた依頼に感じるところがあり、その足で調査に行かれた賞金稼ぎの方…とお見受けしますが」
その通り。
…どうやらこの相手は俺の考えている事がよくわかるクチの人種であるらしい。
ちょっとほっとする。
ただ同時に、余計な事まで気付かれはしないかとの懸念もあるが。
「でしたら。ここで遇ったのも何かの御縁。御覧の通り拙僧らもこの件を調べておりますので…宜しければ情報交換をしませんか?」
情報交換。
…と言っても、俺の方は…大した情報は無い。
被害箇所を調べた時にはソニックブレイカーで攻撃した結果と近いように感じたくらいだし、音の証言から聞き込んだ結果はソニックブーム系の強力な魔法かもと言う、聞こえた音から導き出した推理くらいなもの。
もう一件の心当たりについては特に言わない。
が、そうしたらこの相手は何か気になったみたいに片眉を跳ね上げた。
「何か他に気懸かりな事でも?」
…ホントに俺の考えている事がよくわかるクチの人間らしい。が、その『気懸かりな事』について言う気は無い――と言うか極力考えから除いておく。一度考えてしまった以上は難しいがそうしようと試みる。何故なら考えた時点で相手に伝わってしまう可能性も否定出来ないから。…幾ら俺の考えている事がよくわかるクチの人間とは言え今遇ったばかりの初対面な相手である以上はまず大丈夫だとは思うが、念には念を入れておく――相手によっては実際にこちらで意図しない部分の考えまで伝わってしまった事もあるので。
と、そういえばこいつの名前は何だろう。
「ああ、申し遅れました。拙僧は風間蓮聖と申します。…ソニックブーム系…風と言うより衝撃波の系統ですか。ケヴィン殿はそう見た、と…――朱夏」
?
話している途中で、急にこいつの――蓮聖の語調が変わる。
何故か、咎めるように名を呼んでいた。察するに蓮聖とそっくりな少女の名。ちょうど今、俺と蓮聖が話している間に何か千獣と話しているようではあった。俺の耳にも少しは聞こえている。
「それは徒に広める必要の無い名だ」
名。
…と言う事は、朱夏が今言ったそれらしい単語――秋白、と言っていたのが引っ掛かった訳か。
そう思ったら、じろりと蓮聖に一瞥された。ついでに、黙れとばかりに一気にプレッシャーが掛けられた気がする。
…何だか何処かで感じた事のある気迫の使い方の気がした。さっきこいつを見た時感じた引っ掛かりは――これもあったのかと思う。…となれば、俺はこいつともっと前にも遇っている?
と、そんな風に疑問に思っている間に、今度は朱夏がすぐさま蓮聖に切り返している。
「徒に広めている訳ではないでしょう。今、この件に関わっているかもしれない存在で、父上様が承知している名。何者であるのかも、父上様は察してらっしゃると。ならばこの依頼を果たす糸口になるかもしれない。その名を存在を伝える事が、その者を辿ろうとする事が何故いけないのですか」
「お前では辿れない」
「私でなくとも今ここには千獣さんもケヴィンさんもいらっしゃいます。…無論、父上様も」
「確証が無ければ追う訳には行かない」
「何故ですか」
打ち込み合うような二人のやり取り。
…聞いていて、土色の炎が目の前にちらついた気がした。
途端、思わず蓮聖の肩を掴んでしまう。
自分が蓮聖の、何に引っ掛かっていたのか気が付いて。
――――――どうしてあんたが、あの土色の炎を纏った血刀の男に似ている、と。
問うように思いながら、以前、街道沿いの田舎町で血刀の男に相対した時の事を一気に伝え確認しようとする。…この男なら通じる筈。そう信じて。
伝えた直後、蓮聖はわかったと言うように頷いた。
それで、俺は肩を掴んでいた手を離す。
「――…貴殿もあの莫迦を御存知でしたか」
? あの莫迦?
「それから、貴殿の御懸念は無用とだけお返ししておきますよ」
――っ。
今の間で、言う気が無かった事まで伝わってしまっていたらしい。
が、無用?
と言う事は、こいつにはこの依頼の――この無差別小規模器物損壊犯の見当が付いている?
と、思ったところで。
「…御懸念?」
ぽつりと千獣の声がする。
思わずそちらにも目が向いてしまった。…蓮聖が俺に言った科白の一部を鸚鵡返しにしていたらしい。確かに、よく考えると俺と蓮聖の今の遣り取りは傍から見て意味不明な可能性は高いかもしれない。
すぐに、蓮聖が続けてくる。
「拙僧以外にも既に二人、被害箇所に同じ存在の気配を、風の痕跡を見ています。…龍樹以外の、もう一人を。そしてその存在は拙僧と同郷ですから、恐らく貴殿の知人とは…無関係と思われます。貴殿の仰る知人と言うのが拙僧と同郷の者ならばわかりませんが」
…いや、それは無いと思う。
蓮聖曰く、この蓮聖以外にも二人、被害箇所に同じ存在の気配を見ている。この訳知り風の男一人では無く、他にも。…なら、この言い分を信じても良いのだろうか。…知人の仕業かもしれないと言う懸念。当然、取り越し苦労で済めばそれに越した事は無い。
と言うか、もう一つ今出たこれまた名前らしい単語――龍樹って?
「貴殿の仰る、土色の炎を纏った血刀の男、の事です。佐々木龍樹と言う名なのですよ、元々は」
…。
あれに名前なんかあったのか。
「はい。龍樹は拙僧の弟子になります。恥ずかしながら。…今は、人間である事を捨てているも同然ですがね」
…弟子と言うなら一応は納得。この蓮聖がその師だと言うのなら、重なるところが――似ていると思うところがあってもおかしくない。
ただ、それにしてもあの男は…それは扱う技は基本的に剣術ではあったけれど、本人が既に魔法の産物っぽい異様さだったのだが…。
「その認識はある意味正しいと思いますよ。今のあいつは、人間では括れない。…ケヴィン殿にも申し訳無い事をしてしまったようで。大事無く済んだのなら良かったのですが――どうでしたか」
…俺が、大怪我させられた事も察している。
まぁ、大怪我させられたからと言ってわざわざ執念深く恨みを持ち続けるのも面倒臭いので今はもうその事についてはどうでも良いのだが。ただ、今後あの時のような面倒な状況に巻き込まれるのはごめんだが、それだけで。
「でしたら、お話はしないでおいた方が良いかもしれませんね」
?
「全て絡まって来ますから。あの龍樹の事も、この被害の原因も」
…。
少し困った。
知人が関係無くて済みそうであるなら聞きたい気持ちもある。…いや、だから懐具合が…依頼の報酬が。
だが、聞いてしまったら面倒臭くなりそうな可能性も凄く高い話の気もする。
「どうします?」
…。
聞く。
…結局、そっちを選んでしまった。
曰く、龍樹が今の魔法の産物のような状態――獄炎の魔性と呼ばれているらしいその状態になったのは、この朱夏とソーンで顔を合わせた時からなのだとか。それまでは――ある程度あの力の兆候はあったにしろ、そこまでヤバい事にはならず、一応普通に過ごせてはいたらしい。で、なんでこの朱夏に遇った事でそうなったんだろうとなると、朱夏は本当はとっくに故郷世界になる異界で喪われている筈の存在だったから、なのだとか。ただ死んだだけではなく魂も無いとか何とかややっこしい言い方をしていた。で、何だかよくわからないがその朱夏とソーンで初めて顔を合わせた時に龍樹がああなって、以後、俺が遭った時のようなあの問答無用な状態になっていた、と言う事らしい。
ちなみにその朱夏の方は――本来この蓮聖の娘で、龍樹の許婚だった相手なのだとか。
但し、今ここに居る朱夏がその朱夏と同じ存在なのかどうかは、はっきりしないのだとか。…知識の上記憶の上では間違いないけれど、色々考えるとどうしても今ここに存在する筈が無いのだとか。
けれど、ただ喪った筈の許嫁に遇ったショックで龍樹がああなった、だけとは考え難く、朱夏の存在自体を見て龍樹が何かに気付いて動き始めた可能性もあるのでは、とか。
で、その「気付いた事」が、今回の依頼に絡まって来ているのかもしれない、らしい。
実際、千獣が今の状態の龍樹から、自分の中の獄炎の魔性が荒れ狂う理由を探している、のだと直接聞いてもいるらしい。…千獣も以前に龍樹と遇って――それも話までしていたらしい。
…何と言うか、やっぱり面倒臭い話だった。
あんまり理解出来た気がしない。
が、要は…龍樹なら今回の被害の犯人を知っているかもしれないとかもしくはその犯人が龍樹が「探している」と言う当の対象だったりとか、そういう方向に繋がるのか? とは思う。…取り敢えずこの依頼の被害箇所には焼かれたような痕跡は無いし、実際相対して剣を交えた印象からして――あの男がしたのなら周辺が壊れてなさ過ぎる気がするから――龍樹が犯人、と言う方向では無いとは思うのだが。
俺がそう思ったところで、肯定するみたいに蓮聖は目を閉じている。
目を閉じたそのままで、口だけを開いていた。
「――…被害箇所から感じられた気配、匂い。その痕跡の持ち主が秋白と言う名であるのなら、その名を持つ者がこれらの所業を為したのでしょう。…あくまで仮定の話ですがね。秋白が私が思う通りの存在ならば、こんな派手な痕跡は本来残したがらない筈――直接手を下す事など望まない筈です。それでもこうしてしまったのは、千獣殿の仰る通り、こうせざるを得ない理由があったから」
「理、由……」
「その理由が、恐らくは龍樹――あいつの理由もまた、秋白」
…そう来るのか。
「え」
「あいつが追っているのが元々秋白であったなら、秋白とて反撃の一つや二つしてもおかしくない――秋白が反撃の必要を感じる程の相手は『今の』龍樹くらいしか思い至らない――例え薄くとも千獣殿の嗅覚であって匂いがあると言うのならその時に龍樹が居た事を否定は出来ない。その結果が、この被害。そう見る事も出来なくはありません。…但しあくまで全て仮定の話。検証しなければ言い切れない。…そして龍樹も秋白も、現段階で検証出来るような相手でもない。よって止められるかどうかなど判断も出来ない。
現場から見出せる情報もそろそろ限界でしょうし。…依頼を果たすのは無理そうですね」
言いつつ、蓮聖は袂から依頼のビラを取り出し、こちらに見せるようにして顔の横でひらひらと数度振っている。
振って見せたそこから、指を離した。
ひらひらと蓮聖の手からビラが地面に舞い落ちる。
「戻りましょうか」
あっさりと言うなり、蓮聖は当然のように被害箇所を囲っているロープを越えて、こちらを振り返りもせず何処ぞへ向かって歩き出す。
思わず、取り残された千獣と朱夏と顔を見合わせてしまった。
…何か、唐突に話が切り上げられてしまったような感じがある。
そもそも秋白が何なのか俺にはよくわからない。残されているこの痕跡からその名が出て来た以上は、多分風系の――衝撃系の力も使う奴なんだとは思うんだが、そっちの説明は全然聞いていない気がする。いや…さっきからの様子を見てると、蓮聖の方でその名になるべく触れたくない感じがあるのか?
…て言うか、今聞いたこの話をビラの作り主と言うか配っていた元と言うか、依頼主に伝えてしまっても良いのだろうか。もし良いならそれで――完全解決までは行かないにしろ、ある程度の報酬にはならないかと思うんだが、どうだろう。
思ったら、いつの間にか立ち止まっていた蓮聖の声が聞こえて来た。
「止めておいた方が良いと思いますよ。全て仮定からの推測ですから…全く見当違いな方向に行ってしまっている可能性も否定しません。その場合、拙僧に責任は持てませんし持ちません。ケヴィン殿御自身の責任で行って頂けるのならば、お伝えして下さっても構いませんが」
…それにしては確信があるような言い方をしていた気がするのだが。
言われた途端にそう思ったら、蓮聖からは、また例のプレッシャーが掛けられた。
…この風間蓮聖と言う男、しみじみ俺の考えている事がよくわかるクチの人間らしい。
つまりは、科白とは裏腹に、依頼主に伝えるような真似はするな、と言う事なのだろう。何か不都合でもあるのか――まぁ、俺がつき止めた事でも無いし、その「仮定からの推測」を言うなと言うのなら…それで良い。例えば俺が依頼主に言いに行ったとして、自分でもよくわかってないのに詳しく説明しろと言われたらはっきり言って困る訳で。もしそうなったなら、はっきり「面倒臭い」が先に立ちそうな気がする。
それよりは、口止め料代わりに…ってそんなあこぎな真似をするつもりは無いが、一杯奢ってもらうくらいの方が、マシか。
わざと、そう考えてみる――蓮聖に伝えようとしてみる。
と、蓮聖が振り返って来た。
その表情の時点で理解する。
振り返って来た蓮聖の口が開かれる。
「戻る先は白山羊亭のつもりですが、宜しければケヴィン殿も御一緒に?」
…よし。
決まりだ。
【了】
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登場人物(この物語に登場した人物の一覧)
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■整理番号/PC名
性別/年齢/職業
■視点PC
■3425/ケヴィン・フォレスト
男/23歳(実年齢21歳)/賞金稼ぎ
■同時描写PC
■3087/千獣(せんじゅ)
女/17歳(実年齢999歳)/獣使い
■NPC
■風間・蓮聖
■朱夏
□ルディア・カナーズ
□カレン・ヴイオルド
■佐々木・龍樹(名前のみ)
■秋白(〃)
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ライター通信
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いつもお世話になっております。
今回は【炎舞ノ抄】三本目の発注、有難う御座いました。
そして日数上乗せの上に納期当日のお渡しになっております。大変お待たせ致しました。
で、ノベル内容ですが…今回も他PC様と同時描写になっております。と言う訳で同時描写の方――千獣様版のノベルも見て頂けると、ケヴィン・フォレスト様が千獣様からどう見られていたかが描写されていたりもしますので、合わせてどうぞ。
結局、初めの内はケヴィン様には御一人で行動して頂く事にしました。明後日の方向の事…まで考えられている、となると、蓮聖辺りと一緒に居ると…何だか結構悩むまでもなく答えが出されると言うか煙に巻かれると言うか宥められると言うかそんな気がしたので、取り敢えずはそうさせて頂いてます。
けれど報酬の方も勿論忘れていない方向で。
そして今回、一本目「彼方の嵐」での戦闘相手も判明したような形になってます。それに伴い今までの【炎舞ノ抄】ノベルの中でも情報量がやけに多い方のノベルになっていると思うのですが…とは言え結局謎だらけで、色々追究し切れてないような感じではありますけれど。
…如何だったでしょうか。
少なくとも対価分は満足して頂ければ幸いなのですが。
では、また機会を頂ける時がありましたら、その時は。
深海残月 拝
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