<聖獣界ソーン・黒山羊亭冒険記>


『男湯を守れ!』



○オープニング

 聖都から南に位置するハルフ村は温泉で有名な観光地であったが、そこに今、特に男性に人気のある温泉があるという。その名も「萌え温泉」。その温泉は、メイドの格好をした若い女の子が、背中を流したり、食事を用意してくれたり、酒盛りをしてくれるなどのサービスを楽しむ事が出来、その人気ぶりは聖都にまで噂が届くほどで、休日になると、この萌え温泉直行のパッケージツアーまで開催されるほどだった。
 ところが、ここ最近、その温泉へやってくるイケメン男性を狙い、男湯をデバガメしている怪しい影の人物が出没するようになったのだという。女湯ならまだわかるが、何故に男湯なのか。
 どちらにしても、覗きがいるとなれば悪い噂が出て、経営に悪影響が出るのでよくないと感じた温泉の経営者のマークは、黒山羊亭に願い出て、この妙なデバガメ人物を捕まえてくれと、頼むのであった。



■萌え温泉へ行こう!〜ジェイドック・ハーヴェイ〜

 黒山羊亭でこの盗撮事件の事を耳にし、自分が依頼を引き受け解決しようと、早速この萌え温泉なる場所へやってきたジェイドック・ハーヴェイ(じぇいどっく・はーう゛ぇい)は、温泉の入り口で付近の様子や近くにある建物、店の作りを確認していたが、見れば見るほど、温泉の入り口に立てられたメイド姿の女の子の看板に目がいってしまうのであった。
「ここが、萌え温泉なのか。これは少々、入るのも恥ずかしいというか」
 ピンクのメイド服を着た女の子が、温泉饅頭と酒を給仕している姿の看板が描かれているが、一般的なメイドの服に比べるとやたらに派手な色合いで、しかも見えそうで見えないスカートの丈、やたらに胸の開いたブラウスなど、一瞬ジェイドックは、風俗の店に間違えて来てしまったのではないかと思ったぐらいであった。
「盗撮か‥一昔前なら盗撮は男の仕業というのが相場だったが‥‥最近はどうもよくわからんからな」
 店の女の子の盗撮をするなら、まだ犯人像が思い浮かぶが、店へきている男の裸を盗撮するなど、もの好きもいるものだと、ジェイドックは思った。
「最近は、色々なのが出没するというからな。流行りの腐女子とかいう奴なのか、はたまた男色の気がある野郎か。どちらにしても、盗撮は犯罪だからな。店にとっても、悪質な輩は迷惑だろう」
 ジェイドックは再度店の入り口の作りを見回したが、見れば見るほど、看板の女の子の方へ目がいってしまう。
「駄目だ。これ以上ここにいたら集中力が妨げられる」
 腕組みをして犯人像を思い描いていたジェイドックであったが、あの看板はあらゆる意味で強力な精神力を妨害してくれるのである。これ以上ここで考えても仕方がないと思い、まずは店の関係者に話を聞くことに決めた。
「まぁ、考えていても犯人が捕まるわけじゃなし。店へ行ってみるか。とりあえず」
 こんなメイドもいるのだなと思いつつ、ジェイドックは店の中へと足を踏み入れた。

■萌え温泉を堪能しよう!〜シグルマ〜

 シグルマ(しぐるま)は聖都からの定期便に揺られ、ようやくハルフ村へと到着した。多腕族である彼は腕が4本あり、がっしりとした体格からまるで、異国の戦いの神の様にも見える。
「ここが例の萌え温泉か。なるほど、その手の男達を引き込んで大当たりってわけか」
 シグルマの目の前には、メイド姿の女の子が微笑んでいる巨大な看板が立っている。その女の子を見つめ、シグルマは口元に笑みを浮かべた。
「盗撮事件だかで、経営者が困っているみてえだが、イマイチな事件内容だぜ。ま、どうせ、誰かが解決してくれるだろうさ。やるだけのことはやらねえといけないが」
 シグルマの他にも、この温泉の入り口をくぐる男達が数名いた。盗撮事件が問題になってはいるものの、営業を休んでいるわけではなく、客には事件の事は隠して通常通り経営しているのだろう。
「さてと、聖都でもツアーが組まれるほどなんだ、可愛いメイドが沢山いるんだろうな。いや、それよりも酒だ。うまい酒があれば、盗撮されようが関係ねえ」
 シグルマが入り口に入ると、赤い髪の毛をした柔らかそうな雰囲気のメイドの女の子が、小さく頭を下げた。
「おかえりなさいませ、ご主人様〜!」
「む、何だ。俺はここに住んでいるわけじゃねえぞ」
 シグルマが意味もわからなく答えたので、赤い髪の毛のメイドは真面目な顔をして答えた。
「いやですよぉ、ご主人様。この温泉は、いらっしゃったお客さんは皆、この温泉屋敷に住んでいるご主人様、って事になっているんですよ〜。ご主人様、この温泉初めてなんですね〜?」
「そういうことになっているのか?どうも、よくわからねぇな」
 まわりを見ると、他の男達は、出迎えてくれたメイドにデレデレと鼻の下を伸ばしながら、奥の部屋へと入っていく。おそらくは、この温泉では客は皆、メイドのいる屋敷の主人という演出をすることになっているのだろう。
 メイドに案内され、シグルマも奥の部屋へと向かうのであった。

■事件を追う者と、温泉を楽しむ者

 ジェイドックは店の経営者であるマークに、事件の詳細の聞き込みをしていた。どう考えても、物好きの反抗としか思えないのだが、問題は犯人がどこからやってくるかである。
「それで、昨日もいわゆるイケメンが温泉へやってきたのですが、温泉の湯気に混じって、視線を感じたらしいのです。その方は、温泉へは泊まらず、すぐにお帰りになられたので、その後は何もありませんでした」
 くたびれた顔をした経営者のマークは、ジェイドックにため息をついてみせた。疲れているようであったが、ふっくらした顔に、太い胴体など、疲れてしまうのは運動不足だからではないかと、ジェイドックは余計な事を思っていた。
「不審な影、撮影されていた時間帯の従業員のシフトはどうなっていた?」
「はい、事件が起きてから、怪しい視線を感じたと証言したお客様が入っていた時間帯のシフトを、ここに書き出してみました」
 そう言って、マークはシフトをジェイドックへと見せた。
「ふむ。受付の一人意外は、皆温泉へいるのだな」
「はい。最近はおかげさまでかなりのお客様が見えられておりますので、受付の子意外は、休憩時間を除いてフルに温泉で接客をしてもらっているのです」
「撮影がされたと思われる時間帯に全て温泉へいたのは、このネイルとナンシー、それからルーアだな」
 ジェイドックは腕を組んだ。外部から怪しい輩がやってきて、撮影をしていったことも考えられる。
 だが、内心ジェイドックは、施設の中での盗撮という事が引っかかっていた。外部の者が頻繁に出入りすれば顔を覚えられやすくなるし、入る客に狙うようなイケメンがいるかどうかわからない。自由に出入りでき客層もわかる内部の者が怪しくないか、と思っていた。
 けれども、それはマークには言わなかった。まさかスタッフに犯人がいると知れば、かなりショックを受けるだろうし、それがうっかり漏れて犯人が逃走してしまう可能性もある。証拠が出るまでは、あくまで予測に留めておいた方がいいだろう。
「とにかく、盗撮は現行犯が一番良い」
 タオルの下に海パン、桶の中に銃仕込み、ジェイドック自身が温泉へ入り、現行犯として盗撮犯人を捕まえる事に決めた。

 「よし、お前とお前とお前もだ。酒を持って来い。あと、風呂の水も入れ替えるんだ、ケチケチしねーで、豪華にいこうぜ!」
 ジェイドックが温泉へ入ると、シグルマが早くもメイドを指名しほろ酔い気分になっていた。その傍らには、酒瓶が5,6本も転がっており、どう見てもかなりの酒を飲んでいるようであったが、シグルマは酔いつぶれることもなく、さらに酒を要求しているのであった。
「こんなに飲んだのか?」
 ジェイドックがそう尋ねると、シグルマは豪快に笑った。
「まだこんなの飲み始めだぜ」
 他にも客がいたが、シグルマの豪快な飲みっぷりにかなり驚いているようであった。
「別に、あんたに飲んでもらいたかったなんて、思ってないんだからね!」
緑色のツンとしたメイドが、シグルマにこれまたツンとした態度で酒を出してくる。「これがツンデレか」
 ジェイドックは名札を見て、そのメイドがナンシーという名前である事を知った。シグルマはナンシーから酒を受け取り、それを一気に飲み干した。
「そんな飲みっぷり、全然凄くなんてないんだから」
 そういいながらも、ナンシーはシグルマのジョッキに新たな酒を注いでいる。
「ご主人様、お湯が新しくなりましたわ」
 黒髪の、いかにも純情そうなメイド・ルーアが新しく取り替えた湯船に、シグルマを案内する。優しそうな笑顔を見せており、黙って主人についてくるタイプに見える。
「お、悪ぃな」
 4本腕のシグルマは、その全ての手にジョッキを持っており、入れ替わり酒を飲んでいるのだが、ほろ酔いになってはいるものの、気持ち悪くなったり、急に態度が変わったりということはないようであった。酒を飲んでも豪快な性格はそのままで、湯船にお湯を張って待っていたもう一人のメイド、青髪のセクシーメイドのネイルが、シグルマを妖しい笑みで出迎えた。
「うふふ、いらっしゃいませご主人様。なかなか男らしい方ね」
「ん、何だあのメイドは」
 ネイルが首から下げている奇妙な物体、アクセサリなのかもしれないが、それがジェイドックには異様に見えた。
 亀の様な形をした首飾りで、この温泉で働くメイドとしては似つかわしくない。他の者は気にしていないようであったが、そもそもメイドは勤務中に派手な飾りをつけたりはしないだろう。
 この温泉はそうではない、と言われてしまえばそれまでであるが。シグルマはこの温泉を楽しみに来ただけのようであったので、ジェイドックはネイルをマークすることにした。先ほどから、接客をしながらあたりを見回している様子も怪しさを感じる。
「さて、湯加減じゃなかった酒加減はどうだ?」
 シグルマは、さらに注文した酒を飲み干し、顔をしかめていた。
「おい主、これじゃー水じゃねーか!」
「は、申し訳ありません御主人様」
 リーダー格のルーアが、慌てて頭をシグルマに下げた。
「もっと高くしねーと体の芯まであったまらねーぞ!」
 シグルマは相当の酒飲みの様で、さらに強いアルコール度数の強い酒を要求している。
 そんなシグルマを横目で見つつ、ジェイドックはあたりの警戒に意識を集中させていた。
 この温泉は、湯船がいくつかあり、好きな温泉に自由に入れるようであった。すぐ隣が女湯になっているらしく、たまに女性の声が聞こえる事から、女性客もそこそこにいるだろう。
 温泉のまわりは石の壁があり、かなり高めに設置しているので、壁を越えて来るとすれば、一般人にはかなり難しいかもしれない。
 最も、この世界の住人には翼を生やしたものや、素晴らしい跳躍力を持っている者もいるので、壁を越えてくることも考えられなくはないが。
「へえ、ここが萌え温泉か。可愛い子いるなあ」
 新しい客が来たようであった。ジェイドックが振り向くと、そこにはかなりの美男子である細身の男性がおり、笑顔を浮かべて温泉の様子を伺っていた。
「む、まさかこれは」
 ジェイドックは、この美男子こそ盗撮犯の良い獲物になりえるのではないかと、あたりを警戒し始めた。もし予測通り内部の者が犯人であれば、ここで撮影会を始めるのも間もなくであるだろう。
 一般客のフリをしつつ、ジェイドックはさきほどからマークしている青い髪の毛の美女、ネイルの動きを伺っていた。
「おい、何だ、もくもくしてねえか?」
 シグルマの声が聞こえているが、湯気のおかげで姿がほとんど見えなくなっている。湯気がさっきよりも濃くなっており、ジェイドックはまわりの客の姿を目視で確認出来なくなりつつあった。
「まさか、やつが?」
 ジェイドックがそう思ったとたん、シャッターを切るような音が聞こえた。
「現れたか!待て!大人しくしないと撃つぞ!」
 サンダーブリットで威嚇射撃をし、ジェイドックはその音がした方角へと向かった。やがて湯気が次第に薄くなっていき、ジェイドックは先ほどの美男子が、腰に巻いていたタオルを剥ぎ取られて、床に倒れている姿を目撃した。
「どうした、何があったんだ」
「湯気で前が見えないと思ったら、誰かが僕のタオルを取って、押さえつけたんです。そして、何かで僕の撮影を」
 ジェイドックはあたりを見回した。湯気が一瞬濃くなったのは、その人物の仕業だろうか。
「あれは!」
 温泉の隅に、関係者用の出入り口があり、その扉がわずかに開いている。先程はしっかりと閉まっていたはずだ。ジェイドックはその扉を開き、奥へと走った。
 そして、その奥の関係者用の部屋の前で、あの青い髪のメイドが亀のアクセサリを持っている姿があることに気づいた。
「あら、ここは立ち入り禁止よ?」
「ネイル、お前なのか?温泉のデバガメは」
「違うわよ、私じゃないわ」
 妖しい笑顔を見せ、ネイルが答える。
「その亀みたいなアクセサリは何だ。それが撮影機なんじゃないのか。温泉にいた男が、撮影をされたと言ってたぞ。追いかけたらお前がいたのだ。妖しくないのなら、その亀をこっちに見せるがいい」
 ジェイドックがさらに問いつめると、ネイルは小さく息をついて答えた。
「ふうん、せっかくここで堂々と撮影してたのに、もうバレちゃったのね。つまらないわ」
「つまらない?やはり、お前が」
「私はブルーネイルっていうの。魔界から、格好いいイケメンを追いかけるためにここへ来たわ。この温泉なら、お金を稼ぎながら、イケメンを見られると思って」
「そんな盗撮などしなくても、美形が好きなら他に方法があるだろう。温泉に湯気を立てたのもお前か?」
「そうよ。私はスリリングなのが好きなのよ。虎のお兄さん、タオル一枚で追いかけてきてくれたのは嬉しいけど、私は捕まるわけにはいかないわ。せっかくのクレクション、台無しにされたくないもの」
 突然、ブルーネイルがメイド服を脱ぎ捨てた。
「おい、いきなり何を」
「ふふ、安心して」
 ブルーネイルの背中に、悪魔の翼が生えている。彼女は悪魔の種族の一人なのだろうか。翼で宙に浮かび、ジェイドックに投げキスを送る。
「今回は見逃してね」
「待て、そのまま逃がすわけには」
 ジェイドックはサンダーブリットで彼女を狙おうとしたが、ブルーネイルが魔法を使い、上から何十匹というカラスの群れが襲いかかってきた。
「またお会いしましょうね、にゃんこさん」
「にゃんこじゃない、俺は虎だ」
 ブルーネイルはジェイドックがカラスを追い払っている間に、どこかへと飛んでいってしまった。もちろん、あの亀の形をしたカメラをしっかりと持って。
「いやぁ、酒飲めて満足だぜ。で、何しに来てんだっけ?」
 ジェイドックが温泉へ戻る頃、シグルマは自分がここへ来た目的を、すっかり忘れてしまっていたのであった。



 その後、ジェイドックはマークに事件の事情を話した。
 イケメンを撮影する為に、ブルーネイルという小悪魔がこの温泉へ入り込んでいたということを話したところ、内部に犯人がいた事にショックを受けたようであったが、彼女がいなくなった分、新しいスタッフを募集して、さらにイケメンもやってくる温泉、と女性にもアピールをしようと、マークはさらに商売に励む心気を見せてくれた。
 ジェイドックは再度温泉へ入り、体を休めてから聖都へ戻り、シグルマはさらに食事の席で酒を飲み干しているのであった。
 イケメンを狙う子悪魔のブルーネイルは、またどこかに現れるかもしれない。ジェイドックは帰りの馬車の中で、そう思うのであった。(終)



◆登場人物◇

【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25/賞金稼ぎ】
【0812/シグルマ/男性/29/戦士】

◆ライター通信◇

 シグルマ様

 初めまして、ライターの朝霧です。今回はギャグシナリオに参加頂きありがとうございます。

 お酒を飲む、とありましたので、最初から最後まで依頼の流れに関与せず、ずっとお酒を飲んでいるシグルマさんを描きました。かなり豪快な方だな、と感じましたので、セリフや行動にも豪快さが出せるように、かなり口調や態度の描写を気をつけてみました。

 ブルーネイルは私のギャグシナリオで何度か出てきていますが、今後もこういったオバカなシナリオに登場する予定で、ひとまず今回はそのままカメラを持って去っていく、というところで物語を終わりました。折を見て、また彼女に関連する依頼を出したいと考えています。

 それでは、今回はありがとうござました!