<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


『【フロッター】見世物小屋のカエル』



○オープニング

 聖都に数週間程前から、いつも満員で大人気の見世物小屋がある。
 その見世物小屋では動物達が多種多様な芸をしており、子供から大人まで人気であり、中でも一番人気のあるのが、美しい歌声で歌を歌うカエルのフリードである。 聖都の人々は、この珍しいエンターテイメントにすっかり虜になっているのであった。
 ところが、白山羊亭に飛び込んできた少女メグが言うには、見世物小屋の動物達が、実際には座長にこき使われているのであり、金を稼ぐための手段としか扱われていないというのである。
 メグはルディアにこの可哀想な動物達を手欲しいと頼む一方、彼女の家が見世物小屋のすぐ裏手になる為、一番人気のカエルのフリードの秘密を、知ってしまったのだという。その秘密とは?
「あのカエルさんは、満月の夜になると人間になるんだよ。あたし見たんだ、ガラスの檻に入られているカエルさんが、男の人になるの」



 白山羊亭に見世物小屋の動物を助け出して欲しい、という内容の依頼が張り出されて人が集まるまでに、それ程時間はかからなかった。
 最初にこの依頼を受ける事を申し出たのは、飛猿(ひえん)であった。白山羊亭に飛猿が訪れた時、まず最初に彼の目についたのが、悲しそうな目をしたメグであり、この幼子の依頼を断る理由など何もないと思ったのだ。
「よしよし、よく言ってくれたな。後はお兄さんがやってやるから、何も心配しないでいいんだぞ」
 優しい表情で、飛猿は不安の色をさらけ出しているメグの頭を撫でた。
「本当?動物さん達、助けてくれる?」
「もちろんだ。お兄さんだって、動物がいじめられているのを黙っているわけにはいかない」
「ふふ、はたから見るとロリコンかしらねえ」
 後ろから色艶のある声が聞こえ、飛猿はまるで図星を刺されたかの様な慌てた表情を一瞬見せる。
「別に俺はロリコンではないぞ」
「冗談よ、お兄さん。こんな可愛い子が困っているのは、誰だって放っておけないわね」
 花街からの朝帰り、ここで茶でもと思い店に入ってゆっくりとしていた白神・空(しらがみ・くう)は、メグが動物を助けて欲しいと必死で願い出ている一部始終を見ていたのであった。
 幼い女の子が一人でここへ来て、ルディアに依頼を願い出るぐらいだから、あの娘はどうしても動物を助けてほしかったのだろう。紅茶を飲みながらしばらく様子を見ていたが、このままにしてはおけないと、空もこの依頼を受ける事を申し出る事にしたのであった。
「お兄ちゃん、お姉ちゃん、有難う!」
 メグがようやく笑顔を取り戻し、飛猿と空を交互に見上げる。
「俺もその依頼を引き受けよう」
 メグと飛猿、空が話をしている傍らで、店内に張り出してあった依頼書に目を通していたジェイドック・ハーヴェイ(じぇいどっく・はーう゛ぇい)も、メグに名乗りを上げた。
「動物虐待というわけか。許しがたいことだ」
 自らも虎の獣人であり、その動物を粗末に扱う人間など、許してはおけない。しかも、その動物の中には虎もいるのだという。自分と同じ虎が酷い目に合っているのであれば、尚更見過ごすわけにはいかなかった。
「いくら自身が所有している動物と言えど、適切な世話をしないのは罪に値する」
「虎のお兄ちゃんも、助けてくれるの?」
 メグは物珍しそうな表情で、ジェイドックを見上げた。
「助けに行く。一人は俺のように姿は動物であっても人間なわけだからな。そいつが、どこで捕まったのかはわからんが」
「それじゃ決まりね」
 4人のやりとりを、他の客への接客をしながら伺っていたルディアは、メグのそばへ来てにこりと笑顔を見せた。
「このお兄さんやお姉さんは、とっても強いのよ。だからメグちゃん、安心してね。可哀想な動物さんたち、必ず助け出してくれるわ」
「そうだ、ルディア、ちょっとお願いがあるんだけど」
 空はルディアに、小さな声で囁いた。
「空さん、どうかしたんですか?」
「貴方にもサポートしてほしいの。実は…」
 空の頼み事を、ルディアは快く引き受けた。
「わかりました。では、先に現場へ向かって下さい」「ルディア、俺も頼みたい事がある」
 空の後に、今度はジェイドックがルディアへ申し出る。
「ジェイドックさんもですね。私に出来る事は何でもどうぞ」
「動物達の事なんだが、その後の処遇をな、どうにかしてやらないと」
「そうですね。私もそう思っていたところです。そのあたりは私に任せてください」
「そうか。ルディアに任せれば心配ないだろう。では、行って来る」
 ジェイドックがそう答えると、飛猿がメグに言った。
「皆の準備が出来たみたいだな。それじゃメグ、見世物小屋まで案内してもらおうか」
「うん!皆が一緒だから、もう安心だね!」
 不安だったメグは、すでに依頼が解決したかのような表情を見せていた。
 メグの案内のもと、飛猿、空、ジェイドックの3人は、見世物小屋のある広場へと向かって歩き出した。



 見世物小屋のある広場までは、白山羊亭から歩いて15分程の距離にあった。
 休日には必ずショーを行っているらしく、開催時間の30分前であるこの時間、すでに広場には見世物小屋へ入る人々で長蛇の列が出来ているのであった。
「相当人気のようね」
 広場に溢れ返る人々を見て、空が呟いた。
「そりゃあ、歌を歌うカエルなんて珍しいだろうしな。何も知らないから、楽しめるんだあそこに並んでいる奴らは」
 飛猿が空に続けて言い放つ。
「人間の都合で働かせているのだからな。虎は元々は玉乗りをする動物ではないだろう。見物する者達はそれがわかっているのか、わかっていないのか。良く考えればわかる事だがな。まして、虐待するなど」
 ジェイドックはそう答えると、同行している空と飛猿に視線を戻した。
「さて、皆はどう動く?」
「こんな人気な見世物小屋なのだし、そのまま動物を逃がしたら、あたしたちが泥棒扱いされそうな状況だねえ」
 空の言う通りだろう。真実はどうあれ、うまくやらなければ、営業妨害をした人として、こちらの罪が問われてしまう。人気のショーなのだから当然とも言える。
「例え相手に非があっても力ずくで奪うわけにはいかないだろうな」
 まわりの様子を見ながら、ジェイドックが続ける。
 いくら相手が悪い事をしていたとしても、方法は考えなくてはならない。へたな行動を取って、空の言うようにこちらが罪を被ってしまえば、自分達はともかく、この幼い少女まで傷つけてしまう。
「まして取り戻した動物を、そこいらに放すわけにもいかない」
「そうだな、動物達を開放するにも、方法を考えなきゃな」
 飛猿はそう言うと、見世物小屋へ一歩近付いた。
「俺は見世物小屋に入って、公演をどうにか長引かせて、座長の気を引きつけておく。で、その間に誰かが動物達を助けるってのはどうだ?」
 飛猿の案に、ジェイドックは頷き答えた。
「それなら俺は、その合間に楽屋へ行って動物達をいじめているという証拠を掴む。裏側ではおかしな行動を取っているのはわかっているからな」
「証拠はあたしも押さえるわよ?」
 今度は空が答えた。
「さっきルディアに、お城の衛兵さん達を派遣してもらうように頼んでおいたの。フロッターが虐待されてるって言ってね。彼らが現場を目撃すれば、いくら人気のショーの座長さんだって、誤魔化すことは出来ないでしょう?」
 そう言って、空はメグへと視線を移した。
「メグ、悪いけど貴方のおうちをちょっと、お借りするわよ?貴方の家からでないと、あの小屋の裏側は見えないものねぇ」
「うん。いいよ!早く、動物さん達を助けてね!」
「任せておきな」
 メグの言葉に、飛猿が一番に力強く答えるのであった。



 飛猿、空、ジェイドックの3人はそれぞれ別々に行動を取る事になった。
 空はメグを共に彼女の家を訪れた。メグの家は2階建ての一軒屋で、普段は彼女が一人で留守番をしており、両親は仕事で夜にならないと帰って来ないのだという。
「おねえちゃん、こっちだよ」
 メグは空をベランダへと案内した。
「確かにここからは、良く見えるわね」
 ベランダが広場のちょうど裏手に位置している為、大きなテントのある見世物小屋の裏が良く見えた。
 檻がいくつかあり、今現在確認できるのは、虎の夫婦とパンダ、クジャクがおり猿とフロッターはいないようであった。今、出番なのかもしれない。
「失礼する。白神・空殿はこちらにいるか?」
 見世物小屋の様子を伺っている時、メグの家のドアが叩かれた。
「はぁい、いるわよー。ご苦労様ね?」
 そう言って空は、玄関を空けた。彼女がルディアに頼んで派遣してもらったのは、エルザードの衛兵であった。
 ここでフロッターが酷い目に合っているので、現場を押さえてほしいと頼んだのである。空達が言うよりも、公の場で街の警備をしている衛兵の方がいいだろうと考えたのだ。
「まさか、噂に聞くフロッターが本当にいるとは」
「あら、貴方見世物小屋を知らないのね?今凄く人気なのよ。それはともかく、あれを見てちょうだい。あそこで、見世物小屋の動物を虐待しているって、この子が教えてくれたから」
 空は衛兵と一緒に、見世物小屋の様子をしばらく伺っていた。
 すると、ショーが終わったのか座長と思われる黒い衣装を着た男が現れた。その男は、鎖でつないだ猿を連れていたが、裏手に来たとたん、猿を何度も平手打ちにした。
「また客にバナナの皮をなげつけたな!金持ちそうな客だったのに、怒って帰っちまったじゃないか!」
 猿はぶたれて、さらに鞭で打たれて、キーキーと泣き叫んでいた。男は投げ入れるように猿を檻に放り込むと、今度はクジャクを連れて見世物小屋へと入っていった。次のショーを行うのかもしれない。
「あんなにぶったりして。可哀想に」
 衛兵は溜息をついた。
「ね、この子が目撃した通りでしょう?いくら人気のショーだからって、あんな人にショーをやらせるなんて許せないじゃない?」
 空はメグに視線を移した。今さっき、ぶたれていた猿を見て、何度も可哀想だ可哀想だと呟き、涙を浮かべている。
「大丈夫よ。もうすぐ助けてあげるから。衛兵さん、あたしの仲間があの見世物小屋に紛れこんで、動物を助ける機会を伺っているの。合図があったら、助けにいきましょう」
「わかった。私も動物が好きだ。彼らをそのままにしてはおけない」
「ふふ、ルディアったら、この依頼にぴったりの衛兵さんを呼んでくれたみたいね」
 空は満足した様に、にこりと妖しく笑みを浮かべた。



 その頃、飛猿は一般客を装って見世物小屋へ入るところであった。黒い忍者の服装ではなく、そこいらの人が着ているような、地味過ぎず派手過ぎずの、何の特徴もない服装だ。
 空がメグの家で調査をし、ジェイドックがショーの合間に楽屋から裏手へまわり、その様子を撮影機で撮影し物的証拠を掴む。飛猿は、2人が十分に調査が出来るように、一般客として紛れ込んで時間を稼ぐ作戦に出ていた。
 ショーはちょうど猿が登場してくるところであった。
「皆の人気者、猿のキーモです!」
 座長であろうその男は、黒いマントの様な衣装を着て猿をつれて登場した。
「キーモが挨拶します」
 そう言うと、猿は人間の様にゆっくりと頭を下げて、キーキーと拍手をしている。挨拶といえるのか微妙なところではあるが、その動きと不器用に拍手をする仕草を見て、観客は大笑いしているようであった。
 しばらく猿のキーモのショーが続いた、風船を持って散歩をしたり、竹馬に乗ったり、ヨーヨーで遊んだりしているのは、確かに人間っぽいと言えるだろう。
 すると、舞台の最前列にいた男の子が、キーモにバナナを渡した。持ち込んだものだったのだろう。キーモはすかさずバナナを強奪し、勢い良くそれを食べると、バナナの皮をその横にいた、高価そうな服を着た婦人に投げつけた。
 皮は婦人の顔面に当たり、驚いた婦人は猿の様な金きり声を上げて、顔を真っ赤にし座長に散々に文句をつけて出て行ってしまった。
「キーモはいたずら好きなんですよー。でもやりすぎはよくないですねー。ちょっと怒ってくるので、お待ち下さい」
 座長は猿を連れて一度楽屋へと消えていった。その間、飛猿は見世物小屋を見回した。
 すでにジェイドックは見世物小屋の隙間から裏手へ侵入しているはずだし、空は今メグの家から衛兵と一緒にこの見世物小屋の裏手を見ているところだろう。
 ところで、フロッターはどこにいるだろうか。裏手にいるのかもしれないが、少なくとも今飛猿が確認できる範囲にはいないようであった。
 いや、しかし体が数センチの小さな生き物だ。この見世物小屋には箱みたいなものがいくつか飾られているので、その中にいるのかもしれない。
 しばらくして座長はクジャクを連れて戻って来た。クジャクの美しいその羽に、歓喜の声を上げる人は少なくない。
 ショーが始まって20分は経過している。他の2人は証拠をつかんだだろうか。まだ飛猿は動いてないが、必要に応じて時間稼ぎをするつもりでいた。
「では本日のラストステージ!大人気、カエルのフリードに歌ってもらいましょう!」
 座長のそばにあったピンクの箱が開き、中から体調10センチほどの、黄色い体のカエルが現れた。
「皆様、本日はお越しくださりありがとうございます」
「おお、本当にしゃべった」
 そこまで興味はないが、言葉を話すカエルとなればやはり珍しい。フロッターは、元々人間だというが、今は話をするカエルとなっている。
 フリードは自分でリズムを取ると、歌を歌いだした。その外見には似合わぬ、美しい声。観客はカエルの美声に酔いしれていた。
「さて、そろそろ俺の出番かな」
 飛猿はカエルの歌が終わるその時、跳躍して舞台の上に上がりこんだ。
「いやあ、凄い芸だね。魂揺さぶられたぞ」
「何ですか貴方は!」
 座長が慌てた表情で飛猿を止めようとする。
「実は俺、手品師目指しててさ。ついこうして出てきてしまったわけだ。はい、これでどうだ!」
 飛猿は、鞄やら傘やら時計やらを懐から取り出した。
「あ!あたしのバッグ!」
「僕の時計だ!何であの人が持ってるの!?」
 飛猿は手袋型の聖獣装具で客の持ち物を、乱入のどさくさに紛れて盗んだのだ。それを取り出して見せたが、観客はこの突然のエンターテイナーをむしろ歓迎していた。
「すごいー!」
「もっとやってー!」
 ここまでくると、座長も止められないと思ったのだろう。仕方なく飛猿の乱入を許してしまったようであった。
 飛猿はりんごを客に渡し、それを投げたナイフで狙うという業を見せ付けた。とにかく、派手な事をやって皆の意識を集中させなければならない。そろそろ、他の2人が物的証拠を掴むころだからだ。



 ジェイドックは一人、見世物小屋の裏手から、隙間を潜って裏手へと回っていた。
 見世物小屋の人間はあの座長だけのようで、裏手には動物以外に気配はまったくなかった。
「これではまるで牢獄だな」
 檻がいくつかあり、その中に動物が入れられている。猿とカエルがいないが、おそらくは今ショーに出ているのだろう。
 ジェイドックはまず最初に虎の檻へと近付いた。自分と同じ姿をしたその生き物に、ジェイドックは優しく言葉をかける。
「お前達も自由に外を走りまわりたいだろう。どこかで捕まって、人間が喜ぶことを一方的に教えられて、出来ないなら鞭で打たれる。そんな辛いことなどないな」
 虎の夫婦は、ジェイドックに何かを感じたのか、悲しそうな甘えたような声をか細く上げた。
 さらにジェイドックは、そのそばにあるパンダの檻にも近寄った。パンダはこちらに尻を向けて眠っているようであった。
 だが、その毛並みにはどこか艶がなく、あまり元気がなさそうであった。病気になっているのかもしれない。
「さて、撮影機を用意出来たのはいいが、これだけだと十分ではないな」
 ルディアに頼んで、ジェイドックは証拠を撮影するための小さな撮影機を用意していた。これで証拠をつかめるはずだが、動物が檻に入られているだけでは、十分な証拠にはならない。
「ん!?」
 ジェイドックがくじゃくの檻を見ようとした時、見世物小屋から中年女性と思われる叫び声が響き渡った。やがて間を置き、見世物小屋の方から誰かがやってくる。ジェイドックは急いで、ショーの道具と思われる大きな箱の影に隠れた。
「お前のせいで、客が怒っちまったじゃないか!」
 あの黒い衣装を着ているのは座長だろう。何かトラブルでもあったのだろうか。猿を鎖で繋ぎ、何度も何度も猿を平手打ちにしていた。
「何てことだ、可哀想に」
 哀れんでいるだけでは彼らを助けることは出来ない。ジェイドックは、哀れな猿がぶたれているところを、影からこっそりと撮影していた。猿は涙を流してキーキーと鳴き、しまいには鞭で打たれ投げつけられるように檻へと入れられた。
 座長は、今度は乱暴にくじゃくの檻を開けると、物でも掴み取るようにくじゃくの首を持ち、檻から出して舞台へと連れて行ってしまった。
「これではあんまりだ。メグが助けて欲しいと言うのは当然だ」
 十分な証拠は押さえた。後は、動物を逃がし座長を捕まえて自白させるだけであった。
 ジェイドックは、裏手にいる空に合図をした。



 公演が終わり、座長のユースがフロッターとクジャクを連れて戻って来た時、ジェイドックは待ち構えていたようにユースを睨み付けた。
「何だお前は!何で虎みたいなのがいるんだ、ここに!」
「動物に酷い仕打ちをしているようだな。裏手で一部始終を見せてもらった。然るべき機関へすでに通報済みだ。証拠も押さえてある」
 落ち着いた態度で、ジェイドックがユースに言う。
「何を言ってるんだ。俺が何をしたと?ここの動物達は、皆俺のことを信用している」
 座長はすでに動揺しているようで、額に汗をかいている。意外に臆病者なのかもしれない。
「この撮影機に、さっきあの猿をいじめていたところ、クジャクを酷い扱いにしていたところが撮影されている」
「それに、この衛兵さんも見ているわよ」
 今度は空が衛兵を連れて入って来た。
「衛兵だと!?」
 空の横には、ユースをにらみつける衛兵がいる。
「動物を虐待しながらショーを行うなんて許しがたいことだ。それで私腹を肥やすとは!」
「ちゃんと調べてあるのよ。大人しくしなさい」
「そうはいくか!俺はもっと金を手に入れるんだっ!」
 この人数に囲まれて叶うはずもないのだが、ユースは懐から小さな銃を取り出し、それを一番近くにいたジェイドックへ向けすかさず引き金を引こうとする。
「おっと!そうはさせない!」
 しかし、それは飛猿によって封じられた。飛猿は琵琶の音で団長を操って変な踊りをさせ、完全に自由を奪っていた。
「さて、鍵はどこに隠しているのかな。服を脱がせば、鍵は出てくるかな」
 意地の悪い笑みで、飛猿は琵琶をかき鳴らしユースの服を脱がせようとする。
「わかったからもうやめてくれ!俺が悪かったから!服は勘弁してくれ!」
 すでに勝負はついていた。ユースは涙ながらに訴えていた。さすがに、これ以上強気になっても勝てないと判断したのだろう。
 衛兵がさらなる事情調査の為ユースを拘束所へ連れて行こうとした時、空が耳元でこっそりと囁いた。
「あくどく儲けて私腹を肥やしているのなら、裏への上納金なんかも納めていないだろうけど。今度こんなことしたら、わたしがチクっておくから、その気でいてね」
 それは、すでに臆病になったユースには十分過ぎるほどの脅しであった。



「ありがとうございます。何とお礼を言っていいのか」
 黄色いカエルのフリードは、何度も何度も頭を下げた。カエルのおじきというのも奇妙なものである。
 見世物小屋の動物達は、ルディアの連絡を受けた他の衛兵が連れて行き、新しい飼い主を募集、そうでなければ、野生に返すことになっていた。この不思議なフリードだけは、この場に残っていた。
「ねえ、貴方どうして捕まったの?」
 空が尋ねると、フリードは照れくさそうに頭をかいていた。
「実は旅の途中で、あまりにもお腹が空いたところ、あの座長がハンターの最中に食事をしているのを見て、パンにかじりついたのですよ。そしたら座長に見つかって、歌を歌って許してもらおうと願い出たら、そのまま自分のところで働けと言われてしまいまして」「やれやれ、うっかりなやつだな」
 飛猿が呆れた顔をした。
「ところで、フロッターという種族は、もともとは人間の一族で、あの娘があんたが人間姿をしているところを見たというのだが」
 ジェイドックは、そう言ってメグに視線をやった。
「はい。私達はある魔女の呪いで、この様なカエルの姿にされてしまいました。元に戻るには、私達を思ってくれる美女のキスが必要なのです」
「美女のキス?」
 飛猿とジェイドックは、同時に空を見つめた。だが、空はふうと息をついて首を振った。
「満月の夜の美男子姿、眼福してみたいけど。あたしじゃねえ。もっと清純な女の子の方が良いでしょ」
「だな。俺もそう思ったところだ」
 飛猿がメグに顔を向けた。
「メグ、動物を助け出してって言ったのはお前さんだ。その思いはこの中の誰よりも強い。あのカエルを元の姿に戻すのは、お前さんしかいない」
「メグが?カエルさん、人間に戻るの?」
 皆がメグを見つめた。カエルへ少女がキスをして元の姿を取り返す。まるでおとぎ話の様だ。
「お願いします。私は元の姿に戻りたいのです。今は満月の夜にしか元に戻れない。そういう魔法なのです」
「何で呪いをかけられたんだ?」
 今度はジェイドックが尋ねた。
「私達もまた、魔法使いの一族なのです。私達は、魔法の歌を歌う一族で、魔女の一族とたびたび争いを起こしていました。昔からいがみあっていて、とにかくいざこざが耐えない間柄なんです。その私達を邪魔だと思ったのでしょう。ついに私達はカエルに姿を変えられてしまいました。しかし、魔女の魔法も完璧ではなく、満月の夜だけは魔法の効力が薄れるようです。とはいえ、あのガラスの中では元に戻ったところで、どうしようもなかったですが」
「何だかややこしい話だな」
 ジェイドックがそう答えて、メグに再度呟いた。
「まあとにかく、どういう魔法かはわからんが試してみたらどうだ、メグ」
「わかった」
 メグはおそるおそる、フリードに軽くキスをした。すると、フリードの体が急に膨らみだし、やがて人の形へと変化をした。フリードは、20代前半の若い男の姿になったのだ。
「本当に戻ったわ。でも」
 空はそっとフリードを見つめていた。
「美男子じゃないわね、普通だわね」
 フリードは人間の姿になったが、特に美形というわけでもない普通の平凡な男だった。
「誰よ、美男子なんて言ったのは」
「まあいいじゃないか。メグの思いが通じて、元に戻ったんだ。やっぱり俺の勘は正しかったんだな。めでたいことじゃないか、羨ましいぐらいだ」
 飛猿がそう答えたので、空とジェイドックは目を細めて飛猿を見つめる。
「何だその目は。俺はロリじゃないぞ、ロリなんかじゃ!」



 人間に戻ってもフリードの美声はそのままで、空の提案もあり、彼はしばらく白山羊亭でその歌を披露しながらアルバイトをすることとなった。
 フリードの話によれば、カエルにされた彼の一族は他にもおり、皆魔女に呪いをかけられてバラバラになってしまったのだという。一族を探すためにも白山羊亭で働けば、情報を冒険者達から情報を得られるかもしれない。
 小さなカエルと動物達を、幼い少女が助け出すきっかけをつくった。飛猿、空、ジェイドック、そしてメグの冒険の物語は、このフリードが美しい歌にして語り続けるに違いない。(終)



◆登場人物◇

【3689/飛猿/男性/27/異界職】
【3708/白神・空/女性/24/ルーンアームナイト】
【2948/ジェイドック・ハーヴェイ/男性/25/賞金稼ぎ】

◆ライター通信◇

 ジェイドック・ハーヴェイ様

 いつもご参加有難うございます!WRの朝霧です。

 今回はおとぎ話みたいなテイストとして、フロッターを主役にしてみました。当初は美女を追い求めて騒ぐナンパカエルの話でしたが、色々考えているうちに、比較的シリアスな見世物小屋の話となりました。

 ジェイドックさんは、やっぱり虎と絡めた方がいいと思い、虎の夫婦へ語りかける、哀れむ、という行動を取ってみました。
 いつもながら、格好いいジェイドックを目指して書いておりますが、今回は戦闘がほとんどなく、侵入や調査ばかりでしたので、少し物足りなかったかな、という感じもします。前回がコメディに参加頂いていましたので、今回はどっしりとシリアスに描かせて頂きました。やはり同じキャラクター様でも、シリアスとコメディでは雰囲気が全然違うな、と実感しております。

 それでは、今回はありがとうございました!