<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


Mission4:翔る風を捕まえろ!







 緑の制服に身を包んだ、年齢も性別もバラバラの郵便局員がルディアに詰め寄る。
「……す、すいません! 知りません!!」
 あまりの剣幕にルディアは精一杯叫ぶ。
 すると、
「お手数をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
 一言、びしっと同じ角度で腰を折って、白山羊亭から出て行く。
 暫く呆然と見つめていが、ルディアはおそるおそる白山羊亭の入り口から顔を出して外を窺う。
「追いかけようと思うな! 出てくる場所を予想して張り込め!!」
 全特急配達員たちの中でトップクラスの速さを誇る局長――紫苑を追いかけて捕まえようなど並の特急配達員たちでは到底無理。
「この書類に今日中に判を貰わねばっ!」
 紫苑ほどではないが、それぞれに高速度の移動方法を持った特急配達員たちが散り散りに去っていく姿はある意味壮観。
 ルディアは半分呆けたまま、その様に手を振って見送った。



 






 やけに今日は郵便屋が飛んでるなぁと思いながら、そんなに大量の郵便物でもあったのかな、と空を見上げた顔を地上に戻す。
(ん?)
 建物の影に隠れるようにして、そんな郵便屋を警戒しているように見える、少年郵便屋。
 遼介は地面を軽く蹴ってスケボーを走らせ、
「よっす。紫苑、どした?」
 と、その肩にポンっと手を置いた。
「はわっ!」
 少年郵便屋にしか見えなくとも、その実総合郵便局エルザード支店の配達局長である紫苑は、必要以上に驚きの声を上げて肩を震わせると、ゆっくりと振り返った。
「な…なんだ……遼介さんですか」
 紫苑は遼介の顔を見るやほっと息を吐き、上目遣いで両手を組み、これぞ天の導きを言わんばかりに感謝しつつ叫んだ。
「お願いします! 匿ってください!!」
「へ?」
 いきなりそんな事を言われ、遼介の眼は点になるが、まぁ困ってるみたいだし、と寮に連れて行くことにした。














 歩いて行ってはばれるから。と、紫苑は遼介を抱えると(どこにそんな腕力があるのかは分からないが)トンっと飛び上がり、風に乗る。
 流石に他の郵便屋にとって見れば、遼介が暮らしている寮など予想範囲外。ばれることも無いだろう。
 ただ、余りにも風が速すぎて、吐きたくなったことを除けば。
「大丈夫ですか?」
「へーきへーき…」
 寮の部屋へとたどり着いたものの、遼介は青白い顔でひらひらと手を振る。
 どっかりと椅子に腰掛け、湧き上がる胃液を天井を見つめて抑えると、目線だけを紫苑に向けて問いかけた。
「それにしても、匿ってくれって、何でだよ? 郵便屋がすっげぇ飛んでたのと関係あったりするのか?」
 紫苑はしばらく躊躇うように視線を泳がし、ため息一つ零すとゆっくりと瞬きをして口を開いた。
「その通りなのです。彼らは、ボクを探しています。何せボクはこれでも配達局長ですから」
 ある意味変な方向に自信満々に宣言した紫苑だが、
「あ、うん。それは分かってるから」
 と、遼介は受け流す。
 正直聞きたい事はそんなことじゃない。
「ご迷惑おかけしてすいませんです。今日夕方5時過ぎてしまえば、終わりますから」
 ずっとじゃありませんので。と紫苑はぺこりと頭を下げて、笑顔で付け足すが、だから聞きたい事はそんな事じゃない。
「今日の分の配達は済ませていますので、大丈夫なのですよ」
 遼介の口元がぴきっと引きつる。何度も言うが、聞きたい事は(略。
「集配も―――」
「だぁあああ! 素か? わざとか? どっちなんだ!!」
 遼介は何かを言いかけた紫苑の言葉を遮り、辛抱たまらんとばかりに咆哮と共に立ち上がって、ずいっと紫苑に詰め寄った。
「誰から匿って、どうして匿うことになって、何で今日だけなんだよ!」
「えっと…。それは……」
 詰め寄られ、しどろもどろに返しつつ、視線から逃れるように眼を背けていたが、すぅっと息を吸い込むと、その表情が今までのものから一変し、真剣なものへと変わる。
 遼介はどんな秘密がその口から聞かされるのかと思わず身構えた。
 が、
「業務上機密です」
「はぁあああ??」
 余りにも肩透かしな答えに、遼介の肩がずるっと落ちる。
 怪しさ満点なのだが、機密という言葉が出た以上、紫苑からはもう情報を引き出すことは出来ない。
「ああ、もういいよ。取りあえず今日一日匿えばいいんだろ?」
 観念したような遼介の言葉に、紫苑の顔があからさまに明るくなった。
 遼介はため息と共に、部屋の扉へと進む。
「何か食べ物でも買ってくるから、おとなしくしてろよ」
「すいません。ありがとうございます」
 半分扉を開けてびしっと紫苑に指差してそう告げると、パタンと小さな音を立てて閉じた。

















 紫苑から話が聞けないならば、他の郵便屋から話を聞けばいい。顔見知りの方が話しやすいため、取りあえず蘇芳を探すことにした。
 遼介は総合郵便局の入り口をくぐり、蘇芳の姿を探す。
 配達が主な業務のため、内勤の受付に居る確立は余り高くないが、職員でなければ建物の奥には入れない。
 遼介は見える範囲でキョロキョロと視線を動かし蘇芳の姿を探す。
「遼介じゃん。どした?」
 前方にばかり集中していため、背後からかかった声に遼介の肩が飛び上がる。この声は、探していた人物のものだ。
「…蘇芳! 良かった、探してたんだ」
 遼介はばっと振り返ると、蘇芳をがしっと捕まえ、流石に今のところ誰かに聞かれるわけにはいかないと、その腕を引っ張って総合郵便局から外へと出た。
「なぁ、何で紫苑追われてるんだ?」
 しかも、同僚に。
「追われてる!? ……あー…、マテよ。決算か? いや、本局に上げる稟議の時期…か……」
「リンギって?」
「実行するのに判子がいる、決め事まとめた書類みたいなもんだ」
 正直配達の蘇芳がその書類を作るような事はまずない。だいたいのうろ覚えだが、遼介は素直にへぇと頷く。なんたって、会社勤めした事が無いどころか、冒険者にそんなものは縁がないため、本当か嘘か分からないからだ。
「か……局長が居なくなったなら、その判子から逃げてんだろうな。提出締め切り今日だし。だとしたら、追いかけてんのは……副局長か」
 腕を組んで記憶を手繰るように考え始めた蘇芳を見つつ、遼介は首をかしげる。
「何で逃げることあるんだよ。判子嫌だって言うだけだろ」
 そのまま何もせずに突き返せばいいじゃないか、と。
「そうも言ってらんないんだよな。うーん…例年のアレの事だとすると……配達証明の撤廃――か……」
「配達証明って、配達物についてる伝票のことだよな。物が着いたらサインするやつ」
「そう、それ」
「あれ、いちいちサインするの面倒くさいとか時々思うよ。ポスト入れといてくれりゃいいのにって」
「おい、なんで配達証明取るか分かるか? あれは物がちゃんと送り先に届いたっていう証明だ。確かに証明を貰う作業をなくせば、配達の効率はあがる。けどな、信用はその分下がる」
 もし、配達物が本人の手に渡らず、第三者が盗ってしまったら、総合郵便局は配達証明が無いため、配達完了後の盗難なのか、不備なのかも分からず、対処ができない。
 例えそんなことは何度も起きるはずが無いといっても、1度でも起こってしまったら、そうした不備の噂は瞬く間に広まり、総合郵便局を利用してくれる人だって居なくなる。どんな理由であれ、一度落ちた信用を回復することは難しい。
 それに、総合郵便局は公務ではなく会社だ。利用者が居なくなれば倒産してしまう。配達業を行っているのは総合郵便局だけではないのだから。
「……何か、大変なんだな」
 自分も会社に勤めるような機会が訪れたら、そんな世間の波のようなものに流されることになるんだろうか。
「配達物は想いの塊だ。それが無くなるような状況、郵便屋が作ってどうするよって感じ」
「そうだな」
 つか、そんな理由なら別に機密とか言わず話してくれれば、大手振って協力だってしてやるのに。と、遼介は寮にいるであろう紫苑に向けて思う。
 だが、そんな遼介を、蘇芳は疑惑の眼差しで見つめる。
「そもそも、なんで遼介がそれを俺に聞く?」
「え? あ、いや、別に?」
 裏返りそうになった反応と、泳ぐ視線。
 蘇芳は怪訝そうな眼差しで眼を細める。
「な、何でもねぇって! じゃぁな! ありがと!!」
 遼介はピシッと片手を上げると、くるりと蘇芳に背を向けて、一目散に寮へと戻った。












 遼介は、買って帰ったサンドイッチを1つ紫苑に渡して、おやつの時間としゃれ込みつつ、ため息混じりに口を開いた。
「蘇芳から聞いたんだけどさ、あんな理由なら別に話してくれても良かったじゃん」
「あんな? …いえ、あんなもこんなもありません。業務内容を職員ではない方に話すのは信用性に関わります」
 ぐっと拳を作って宣言した紫苑に、遼介はついつい苦笑を零す。
「んーまぁ仕事に真面目なのはいいけどさ、も少し柔軟になった方がいいんじゃないか? ちょっと紫苑固すぎ」
「そ、そうですか?」
 真剣に悩み始めた紫苑に、遼介はやれやれと肩と鼻で息を吐く。
 もたれ掛かった窓からふと見た外に、不適に笑う影あり。
(げっ…!)
 やっぱりアレは怪しすぎただろうか。
 蘇芳は郵便キャスケット帽のつばを軽く持って、寮を見上げている。ここでカーテンでも閉めようものなら、ここに居ますと言っているようなものだ。
 だが、遼介の予想に反して蘇芳はそのまま寮に背を向けると、飛んでいってしまった。
 ほっと胸をなでおろしたものの、やはり見逃された感があって、あまりいい気分ではない。
 しかし、蘇芳が去ってから、他の郵便屋も一切寮の近くには現れなかった。
 世間話をしたり、それぞれが依頼などで赴いた場所や、内容を物語的に語り合ったり、そうしている内に時間はどんどんと過ぎていき、後残り10分というところまで消費できた。
「今日はありがとうございました」
「困ってるときはお互い様だろ。気にすんなって」
 遼介のその言葉に、紫苑はにっこりと微笑んで、窓に近づいていく。
「遼介さん。蘇芳さんから何を聞いたか分かりませんが、ボクは局長として総合郵便局に勤める全配達員を護る義務があります。けれど、もしボクだけではどうにも出来なくなってしまったら、助けてくださいね?」
 にっこりと、まるでさっきまで話していたそれぞれの経験を語っていた時と同じテンポで語られた言葉に、遼介の動きが止まる。
「紫苑…?」
 何故そんな事を言うのかという意味をこめて名を呼ぶが、紫苑はその呼びかけに応えず、ポケットから出した時計で時刻を確かめると、窓を開け放った。
「時間ですね。ありがとうございました」
 そして、ペコリと頭を下げると、窓から外へと風に乗って行ってしまう。
「え? ちょっと、待てって紫苑!!」
 はっと我を取り戻し、窓に駆け寄り外に向かって叫ぶけれど、其処にはもう誰も居なくて。
「くそっ。どういう意味だよ…」
 遼介は置き土産となってしまった紫苑の言葉に、何だか無性に不安感を刺激され、くしゃりと前髪を握り締めた。





























☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【1856】
湖泉・遼介――コイズミ・リョウスケ(15歳・男性)
ヴィジョン使い・武道家


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 Mission4:翔る風を捕まえろ! にご参加ありがとうございます。ライターの紺藤 碧です。
 気軽な気持ちで始めたはずの郵便屋シリーズですが、気が着けば結構きな臭い感じになってきました。お…おかしいなぁ。
 それではまた、遼介様に出会えることを祈って……