<甘恋物語・スイートドリームノベル>
+ 一日遅れのバレンタインデー +
■店主より
開催日:2月15日 11時〜17時
場 所:当喫茶店
値 段:500円(チョコ持ち込み時)
〜10000円(店内購入の場合はチョコ次第で変動)
概 要:「一日遅れのバレンタインデー」
届けたい想いはありますか。受取りたい想いはありますか。
一日遅れても、伝えたい想いがあるならどうぞご参加下さい。
きっと貴方の想っている方が現れるはずです。
――――――――――――
「なにこれ」
本日はバレンタインデーを一日過ぎた15日。
普段とは違う道を通ってみれば洋風の喫茶店の前を通り掛った。すると上記のような看板が立っているではないか。
開催日は本日。つまり今。
開催時刻まであと少しというところというところに思わず心惹かれた。
『想っている方が現れる』ってなんだ。
例えばそれが今隣にいない人でも? 死人でも? パラレルワールドの自分でも?
そうやって心の中では笑いながらも、抗えない興味を持ち扉を開いた。
■■ ザド・ローエングリンの場合 ■■
喫茶店の一角。
一人でうんうん唸っているのは――短めの髪を持つ少女、いや、少年? だった。一見すればどちらの性なのか分からない面立ちはまさに『両性体』に相応しい。
「うー……わたせなかったよぅ〜……」
ザドの手の中には綺麗にラッピングされた袋が乗っている。
中はチョコレート味のカップケーキ。袋の端に鼻先を寄せればそれは仄かに甘いにおいを漂わせていた。
2月14日。
その日は大事な人に贈り物をする日なんだそう。チョコレートが一番いいよって教えてくれたのだ買い物先のお姉さん。お姉さんも旦那様に手作りのチョコレートをあげるんだそうだ。
心を込めて手作りするのは、大事な人に捧げる大事な想いを込めるためだそう。
でも結局その日は……。
「ほんとうに、ここにいれば、逢えるかな。ん、家に戻ったらあえる、けど」
へこんでいた時に見つけたこの店。
意外にも自分の様に「渡せなかった人」が多く居て、自分だけじゃなかった事にほっとする。女性だけじゃなくて男性もいるし、子供もいれば大人もいる。
ザドはプレゼント持ち込みだったため最低限の金銭で入場させてもらえた。サービスのジュースを口にしながら、何度目かの溜息をザドは吐き出す。
「ルドはお菓子をつくったことが無いって言うし、あまり興味なさそうだったから……こっそり、お留守番してるときに作ってみたけど」
ラッピングされたお菓子とは別に自分用に分けたカップケーキを取り出す。
それはもしルドに手渡せるなら一緒に食べようと思って取り分けていたものだ。ザドはここ数日の事を思い返す。
ルドが出かけた隙を狙って台所に立って材料を混ぜたり、切ったり、飾ったり……とっても楽しかった。
始まりは店のお姉さんの言葉からだったけど、周りのそわそわした雰囲気に背を押され、自分でも何か出来たらと思ったのが本当の「始まり」。
だけど本を買ったらすぐに何か作っていることはばれちゃう。
だから本屋さんで手作りお菓子の本を立ち読みして必死に作り方を覚えて、出来上がったのはこのカップケーキ。
「驚いた顔、みたかったのに――なんで、なんで当日になって渡せなかったの、ぼくのばか!」
恥ずかしかった。
カップケーキが手元にあることは嬉しくて、そして楽しかった。そわそわした、わくわくした、どきどきもした、顔がかぁって赤くなって――頭の中が真っ白になるくらい。
チャンスは何度だってあったのに、結局昨日は普段とあまり変わらない生活を送ってしまって……。
すん。
僅かに鼻を鳴らしつつ、ふにゃりとザドはテーブルにうつ伏せる。
ルドの前に立ってケーキを差し出すだけでよかったのに、それが出来ない程の「何か」が心の中からじわりを染み出して自分を覆う。
決してそれは不快なものではない。
むしろむずむずとして、気持ちよくさえあった。
ルドの事だけ考えて作るお菓子は何度か失敗したけど、これはきっと大丈夫。
「っ〜、な、なんで、こんなにはずかしいんだろう〜っ……」
胸の奥が締め付けられる。
それはまさに喫茶店の看板の文字にすら縋る切なく甘い思い。
食べ物に好き嫌いはないって言っていた。
だからルドは食べてくれる。それは安心できることなのに、手渡すという行為が出来ない。自分だけが浮かれきってしまってるような気もしたけれど、それでも渡せれば満足出来ると信じている。
「ううん、チョコを食べてくれるかよりも……ルドはぼくのこと、どう思っているんだろう」
『大事な人に大事な想いを込めて』。
ザドからルドへの想いは間違いなく大事な人へのそれ。
だけどもしルドは違っていたら?
知りたい。
聞きたい。
「ルドはぼくのことどう思ってる?」――その一言だけ問い掛ければきっと彼は返してくれるだろうに。
「ぃ、っつ……!」
また。
ちりっと針が刺さるかのような胸の痛み。それからきゅんと締め付けられて、せつない。落ち着かないのはぼくだけ? 一緒に暮らしていて、そわそわしてしまうのはぼくだけなんだろうか。
「かわいい、って言ってくれるの、好き、だから」
精一杯可愛い格好をしてルドの前に立つ。
あの柔らかい笑顔が見たくて、あの声が「似合ってるよ」って囁いてくれる度にこっちは嬉しくて、心が飛び跳ねて仕方がないのに。
「る、ど……」
はやく。
ここ に、きて。
独り言のような願うごと。
それは決して家族愛では無いのだと――だが、今のザドにはその事には気付く余裕はない。
■■ ルド・ヴァーシュの場合 ■■
ここ数日、ザドの様子がおかしい。
落ち着きがないといえば終わってしまうが、ルドが声を掛ければ過剰に肩を跳ねさせ何かを隠したりする。問えば「なんでもない」とやや引き攣った笑顔を浮かべる。
だが本当はルドは気付いていた。
ザドがなにやら「甘いもの」を作っているということに。
いや、「気付くな」と言う方が難しいだろう。
部屋に戻る度に漂う甘い香り、それからザドを抱きしめる度に髪の毛から香ってくる匂い。それは美味しそうなお菓子を連想させ、時に食欲も増加させてくれていたのだ。夕食を作る手付きについつい力が入ってしまったことすらある。
「――よし。これで買い物は終わり、だな」
買い物メモを見ながらルドは紙を指先で弾く。
今、彼の腕には本日の夕食に使う食材と調味料が抱えられていた。後は家に戻って調理に取り掛かるだけだ。
寒空の下、顔を上げれば空は白い。
雲が薄らと空を覆い影を作る。まだ春はもう少しだけ先なのだと今更思い知る。だが白い息が出なくなった事が幸いかもしれない。
ルドは昨日の事を思い出す。
あれは本当に「不審者」だった。落ち着きが無いのは良いだろう。性格を考えればそれもよくある事だったからだ。だが昨日は変だと言い切れるほどに可笑しかった。
妙にぎくしゃくとしていて、ルドが声を掛ければ固まったり、かと思えば過度に声をあげて勢い良く世間話を始めてみたり――と。
可愛い。
そう思っていた事をなんともなしに思い出してしまった。
最近女の子っぽさが増しているような気がする。
初めて出逢った頃は少年のようだった。いや、言葉も発せない唯の子供だったと冷静に思い出せる。あれからどれくらいの日々が経っただろう。硬かった表情が開いて笑顔を見せるようになるまでに、自分の心の痛みや苦しみを口に出せるようになるまでに、そして今の様に仮初めでも「自由」を手に入れるまでにどれくらい経ったんだろう。
まるで今のザドは兄を慕う妹のよう。
ルドは自身の位置が「兄」である事を誇りに思う。
ザドはこれからもルドの予想を遥かに超えて成長し続けるだろう。きっと先日の行動もそれに過程の一つなのだ……彼はそう考えていた。
保護者としてザドの事を大切に思う。
傍にいれば忘れていた物を少しずつ取り戻すんだ。
誰かと触れ合う喜び、誰かが喜んでくれた時の嬉しさ、一緒に時を過ごす大切さ。
それら全てを自分よりも何周りも小さな子供が教えてくれる、思い出させてくれるんだ。何度感謝したのか、もう思い出せなくなっったほどに。
ザドの姿を追っていると自然と笑みを浮かべてしまう。
まるで暗闇を照らし出すひとつの星。
ザドの為ならばルドはなんだって厭わないとすら思っている。
「……俺も変化しているんだろうか」
子供が緩やかに成長していくように。
それと共に自分にも何か訪れているのだろうか。
形の見えない心の成長期――とでも言うものが二人同時に訪れているのだとしたらそれはそれで面白いかもしれない。
そんな事を考えていた折、ふ……と、目に入ったのはある喫茶店の看板。
そこでやっと昨日はバレンタインデーだった事に気付いた。そういえばここ数日ケーキ屋などは甘い雰囲気を漂わせていたけれど、自分には関係ないと記憶から捨ててしまっていた。
「一日遅れのバレンタインデー……か。なるほど」
開催時間からやや過ぎてはいるが心惹かれるものがある。
しかし参加していると夕食の準備に遅れてしまう。なのでもし店内で何か美味しい菓子が売っているなら、それを土産にしてしまおうと考えながら戸を押した。
ルドが訪問した瞬間、入り口近くで給仕していたウェイトレスが優しく微笑む。
「ようこそいらっしゃいました、ルド様」
躊躇なく名を口にするウェイトレスに一瞬「賞金稼ぎ」として反応してしまう。無意識に懐に銃器を持ち合わせていたか確認してしまった。
だが続いた言葉に彼は目を見開く事になる。
「奥でザド様がお待ちで御座います。さあ、こちらへどうぞ」
■■ 二人で ■■
ぱっと顔をあげてザドは入り口へと顔を向ける。
「お待ちの方がいらっしゃいました」とウェイターが声を掛けたのはついさっき。そして同時にばくばくと音を立てて高鳴る心臓。
ルドが好きだ。
大好きだ。
「渡す機会があったら今度こそはちゃんとわたすもん!」とこの喫茶店に飛び込むくらい。
そのチャンスが今目の前に訪れる。
見覚えのあるルドの姿。朝出て行った時の服装と見慣れたあの髪の色、近付いてくる表情は穏やかで――ああ、どうしよう!
顔が赤くなるのをザドは感じていた。
だけど決意も新たにしていた。
「る、ルド、あのねっ!」
「ザド、まさか此処にいるなんて思わなかった。……だけど不思議かな、あの看板を見た時からお前が此処にいる事は決まっていた気がする」
「っ、……あのね、ルド! ぼく、ルドに伝えたいこと、あるんだ!」
今までルドに椅子への着席を奨めていたウェイトレスは二人に気を使い、すぐに場を離れる。
対してザドはがたんっと音を立てて椅子から勢い良く立ち上がった。その音に店内の何人かが振り返るけれど、それよりも大事な事がある。
昨日渡せなかったカップケーキを両手で持ち、それを前に差し出す。
ルドがきょとんと不思議そうな目で見る。その視線がむず痒くて、すぐに引っ込めてしまいそうな手を懸命に伸ばし続けた。
「ぼ、ぼくがつくったの! 昨日渡したかったけど、なんだか、すごく、すごぉーくは、はずかしくって、で、でね、……っ〜で、でも! 絶対にルドに渡したくて、これ、」
「ザド、大丈夫だから落ち着け」
「あの、あのね、だから――ルド、ぼくいつもルドと一緒にいられて幸せなんだ。いつも心、ぽかぽかであたたかくて、すごくおちついて、――い、今あたまのなか、むちゃくちゃだけど、でもつたえたいこと、あって!」
「俺もお前に伝えたい事がある。昨日がバレンタインだとはすっかり忘れていたんだが……」
「ルド?」
「どうやらお互いに同じ事を考えているみたいだから」
ルドはラッピングされた贈り物を空いた手で受取る。
その瞬間、ザドの膝からは力が抜けへにゃりと椅子に座り込んだ。大量の気を使った気がして、今更ながら顔の赤さを引かせるためにぱたぱた手で風を扇ぐ。
それすらも可笑しくて、――可愛くて、ルドは笑いながら対面席に腰を下ろす。
買い物袋を隣の椅子に置いてからザドの方を改めて見る。今日もまた女の子のような可愛らしい格好で、今は少し顔が赤かった。
「俺もお前と居ると幸せだと思う。だから、これからも傍にいてくれると嬉しい」
「ほ、んと?」
「俺が嘘を言った事が有るか?」
「ない!」
「だろう。だから――」
同じ。
二人で同じ気持ち。
「俺にとっての大事な相手はお前」
「ぼ、ぼくはルドが大事だからね!」
「だから此処に居るのは必然なんだろう」
同じ事を口にして、これからもきっと同じ事を願い続ける。
カップケーキを取り出して二人で笑って食べ始める頃にはザドの顔の赤みは収まった。
だけど胸のドキドキ感はまだ止まらない。
「ん、美味しい。初めて作ったにしては上手だよ」
そう言って朗らかに微笑むルドを見た瞬間、今までで一番高くなった心臓があまりにも胸を締め付ける。
まだまだ未熟で未発達なこの想いだからこそ、この感情の正体はまだ知らなくてもいいとザド思った。
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■ 登場人物(この物語に登場した人物の一覧) ■
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【3364 / ルド・ヴァーシュ / 男性 / 26歳(実年齢82歳) / 賞金稼ぎ / 異界人】
【3742 / ザド・ローエングリン / 中性 / 16歳(実年齢6歳) / 焔法師 / レプリス】
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■ ライター通信 ■
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こんにちは、いつも発注有難う御座います!
途中空白が一つ入っておりますがそれは仕様ですので、心の目で埋めてあげてください。
■ザド様
初めてのお菓子作りへの挑戦、それから渡すまでのお話を書かせて頂きましたv
どんどん成長していくザド様になんだかこちらまで心和ませて頂いております。今回は若干恋愛?要素強めの甘めストーリーとなりましたがどうでしょう。
今後のお二人の発展を心から楽しみにさせて頂きます!
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