<東京怪談ノベル(シングル)>
それは、哀しき選択
●延々と運ばれた末
(……どこまで……連れてゆくつもりなんだ……)
声も出さず身動きもせぬまま、押し込まれた麻袋の中でじっと耐えていた松浪心語は全ての神経を自らの両耳へと集中させていた。感じるのは周囲に居る人さらいの男たちの息遣いと、自らを運ぶ幌馬車の揺れる物音、そして時折外から聞こえると思しき鳥の鳴き声といった程度である。
間違いなく分かるのは、確実にこの幌馬車は心語が訪れていたハルフ村から離れているということだ。麻袋の中ゆえ時間の感覚が非常に分かり辛くなっているが、それでも幌馬車が長く走っているということは感じられた。
ハルフ村で幌馬車に押し込まれ拉致された直後に腹を括っていた心語は、ただひたすらおとなしくしていた。心語を拉致した男たちは何らかの目的があってこうして運んでいるのだから、そこへ着くまでに無駄に体力を消費しても何らいいことはないと理解していたからだ。行動を起こすのであらば、全ては目的地へと到着してからの話である。
そしてどのくらいの時間が経ったであろうか。馬を休ませるためか途中何度となく停車していた幌馬車であったが、その時の停車はそれまでと様子がまるで違っていた。心語の周囲に居る男たちの気配が一斉に動き出したのである。
(何だ……?)
心語が訝しむ間もなく、男たちの手が心語の押し込まれている麻袋へとかかり、瞬く間に持ち上げられる感覚が襲ってきた。どうやら幌馬車からどこかへと運ばれるようだ。
(……奴らの根城に着いたのか?)
と一瞬考えた心語だったが、すぐに何かの上に乗せられた気配を感じてその考えを撤回した。心語が乗せられた場所には、時折上下するような感覚があったのだ。
(まさか……馬の背に乗せられたのか?)
そうなると、目的地はここからまだ距離があることになる。わざわざ乗せ変えたということは、行く先は幌馬車が入れぬ場所であるのだろう。
(……このまま谷底だかへ放り込まれるなんてことは……ないだろうな……?)
などとも思いたくなってくる状況ではあったが、それはないだろうと心語自身すぐこの考えは打ち消していた。ただ生命を奪うだけならば、別にわざわざ運んでくる必要もない。仮にそんな目的があるのだとすれば、そこまで運ばなければならぬ理由が存在するはずで……。
(考えがまとまってきたな……。さらってきた子供たちは売られるか……労働力にするか……はたまた慰み者にするか……もしくは……)
何らかの生贄として使われるか――。
●待ち受けていたのは
馬の背にしばし揺られた後、心語はまた男たちの手によって担がれることとなった。と、急に周囲の空気が少しひんやりとしてきたように心語には感じられた。
(どこかに……入ったのか?)
そして下るような感覚と、足場がよくはない場所を歩いている様子が伝わってくる。ややあって、心語の押し込まれた麻袋はどさりと乱暴気味に降ろされた。麻袋の上からも、下が何やらごつごつとしている様子が分かった。
「……許せよ」
「こうするしかなかったんだ」
「恨まんでくれよ……」
男たちは口々にそんなことをつぶやいたかと思うと、足早にこの場から遠ざかってゆく気配が感じられた。少しして男たちの足音も聞こえなくなり、静寂だけがその場を支配するようになって、そこでようやく心語は動き出すことにしたのであった。
麻袋を閉じていた口の縛りが甘かったのだろうか、心語が何度も何度も動いているうちに緩まり開いてきた。そうなってくると時間をかければ何とかなってくるもので、悪戦苦闘しつつも最終的には心語は麻袋の中より抜け出ることが出来たのであった。
そんな心語を最初に襲ってきたのは冷やっとした空気である。そこはまるで見知らぬ場所――暗闇に包まれた何処かの大きな洞穴のようであった。だがしかし、心語に周囲を確認する余裕が与えられることはなかった。何故ならば眼前の洞穴の奥より、空気が動く気配があったからだ。
(何かが……居る……!)
身構え暗闇をしっかと見据え、様子を窺う心語。洞穴の奥に影が見え、それは次第に心語の方へと近付いてくる。距離があっても分かる……相手は心語よりも遥かに大きいのだと。何故ならば、その影の高さは天井につきそうなほどであり、横幅もそれに負けぬほどあったのだから。
(……あれは……!)
暗闇に目が慣れてきた心語が相手の姿を捉えた。そこに居たのは爬虫類を思わせるような外見を持つ巨大な怪物であった。宝石喰いと呼ばれる怪物にも似ていたがそれよりは小さく、また外見も異なっているように感じられた。
はっとした心語は急ぎ周囲の足元を確認してみた。近くには半分に割れた頭蓋骨やら、足の太ももの部分の骨であるだろうか、ともかく白い物が散乱していたのである。
「生贄……だったか……!!」
ここでようやく男たちの意図がはっきりとした。心語の予想の範囲内ではあったから衝撃はさほどないが、それでも一番厄介な状況に放り込まれたことは間違いない。何しろ愛剣は、ハルフ村の温泉の成分で錆びては適わないと家に置いてきてしまっていたのだから……。
「くっ、こうなったら……!」
ともあれ今は戦うしかない。心語は自らの守護聖獣に祈ると、急ぎ聖獣装具を呼び出した。たちまち手元に散弾銃が出現した。艶消しが施された黒き地金の狂狗銃――マッドドッグチェイサーである。
接近してきた怪物は心語の存在に気付き、鋭い爪の生えた前脚を交互に繰り出してきた。だがしかし心語はそれらを巧みにかわしながら、攻撃のためのチャンスを待っていた。
何度となく前脚を繰り出してきた怪物は、やがて鋭き牙が無数に生えた巨大な口を開いて心語を飲み込んでしまおうと襲いかかってきた。けれども、それこそが心語が待ちに待っていたチャンスだったのである。
「……もらった!!」
間髪入れず心語の持つ狂狗銃が火を吹いた。立て続けに何発も。狂狗銃からは真っ赤に燃えた火の玉ように散弾が飛び出し、怪物の口の中……すなわち体内へと向かっていった。
体内を直接狙われたのではたまったものではない。怪物は表現出来ぬ咆哮を上げながら激しくのたうちまわる。散弾のせいであろうか、怪物からは激しい熱が発せられ、また肉が焦げる嫌な匂いが辺りに漂い始めていた。
その様子をしばし見ていた心語はそのうちに怪物が地面へと崩れ落ちたのを確認すると、口と鼻の辺りを手で押さえながら足早にその場から離れていった……。
●その罪は裁かれよ
空気の流れを感じ洞穴の外へと出た心語は、洞穴から戻ってゆく男たちの足跡らしき物を見付けてそれを辿っていった。やがて心語が見付けたのは寂れた小さな村。広場らしき所には、心語を拉致した男たちの姿があった。
「…………」
「ひっ!?」
「ひぇぇぇっ!?」
心語が広場へ無言で出て行くと、男たちは一斉に驚きの声を上げ、その場に膝をついた。
「い、生きてたのか……?」
「いやっ、化けて出たのかも……」
「すまんかったっ、許してくれっ!!」
まさかの心語の出現にパニック状態となってしまった男たち。その様子を聞きつけて、他の村人たちも広場へと集まってくる。が、そのほとんどが男で、女は数が少なく、子供たちとなると本当に数えるほどしか見当たらなかった。
「……まずは理由を……聞かせてくれ……」
色々と言うべきことはあるのかもしれないが、心語の口から最初に出た言葉はそれであった。すると集まってきた村人の中で、一番高齢らしき男が口を開いた。恐らくは村長か、それに準ずる者なのであろう。
その男が説明するには、ここは貴石の谷近くにある、山中の小さな名もなき村とのこと。昔は貴石の谷のおかげで栄えていたが、廃棄された後は見ての通り寂れ切ったのだそうだ。
そんな村の外れには、貴石の谷に通じる洞穴があるという。心語が放り込まれたのがそれである。そこに宝石喰いに似た怪物が現れたのが1年ほど前のこと。暴れるため退治も考えたが、村にそれが出来るような者はなく、また依頼を出そうにも報酬も用意出来ない。しょうがなく定期的に村人を生贄として差し出していたが、そのためにますます村が寂れるという悪循環に陥ったのだそうだ。
「それで……子供をさらって生贄にしたのか……」
そう言う心語の目には怒りではなく、哀れさが浮かんでいるように感じられた。
「……限界だったんじゃ……何もかも……」
ハルフ村などを選んだのは、適度に離れていてかつ人が多くて足もつきにくいからだという。そして、身寄りのなさそうな子供であれば、なおのことばれにくくあり……。
「すまんかった……許してくれ……」
高齢の男が頭を下げると、他の村人たちもひざまずくなどして各々の方法で謝罪をしてくる。心語はそんな村人たちに何か言おうとしたが……。
(村の事情……村人の心情は分からなくもない……。だが……!)
それを飲み込んで、代わりにこの言葉だけを口にした。
「……今後……その怪物の被害は……出ないだろう……」
そして心語はこぶしをぐっと握り締めると、村人たちにくるりと背を向けて歩き出した。苦い想いを心に秘めたまま……。
(……だが……罪は罪だ……)
それから数ヶ月後、心語は風の噂で件の村のことらしき話を聞いた。何でも貴石の谷近くの小さな村がなくなったという。そこに住んでいたはずの村人たちがどうなったのか、風の噂はそこまでは伝えていなかった――。
【了】
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