<東京怪談ノベル(シングル)>


強さの証明

「放っておきなさい」
「‥‥‥‥そんなに冷たくしなくても」
 黒山羊亭のバーカウンターにて、白神 空は馴染みの店主、エスメラルダの前で酔い潰れていた。
「このところ顔を見せないと思ったら‥‥来るなり相談事なんてね。あなたらしいというか、何というか‥‥」
「だって、顔合わせ辛いんだもん」
 空はぷくっと頬を膨らませ、手にした空のジョッキを軽く上げる。
 エスメラルダはジョッキを受け取り、新しく酒をなみなみと注いだジョッキを渡してやった。
「あの子が居なくなるのを待っていたのね」
「今日はお使い?」
「ええ。市場まで、荷物を受け取りに行って貰っているわ。直に帰ってくるわね」
「それまでに、もうちょっと良心的な回答が欲しいなぁ」
 空は注がれたジョッキを煽り、エスメラルダに涙目で訴える。
 今日、空はエスメラルダに、相談をするためにやって来た。
 一ヶ月程前、この酒場で働いている人狼少女の故郷に出向いた空は、そこで少女の家族の死と村の状況を確認してきた。勿論、人狼の少女をこの店まで連れてきた空だ、少女の家族の生存がどれ程絶望的なのか、それはよく分かっていた。恐らくは家族が死んでいることも、帰る場所がないことも覚悟しているつもりだった。
 覚悟を決めていたはずなのに、人狼少女にどんな顔をして会えばいいか‥‥‥‥それが分からず、毎日のように通っていた黒山羊亭に、なかなか踏み込めずにいたのだ。
 そうして、ようやく人狼少女が店を離れた今日、空は人生の先輩であるエスメラルダに相談しようと、バーカウンターを占拠しているのである。
 ‥‥‥‥だが、相談に乗ってくれたエスメラルダの返答は、冷静にして冷たい言葉だけだった。
「放っておきなさい。あなた、他人の事情に顔を突っ込み過ぎよ」
「なによぉ。あの子の村に行かせたのは、エスメラルダじゃない」
「そうだけど、あなたが悩んでどうするのよ」
「どうするのって‥‥‥‥」
「あなたが何をしようと、あの子の家族は戻らない。故郷にも帰れない。現状は何も変わらない。なら、これまで通りに、あの子に会えばいいじゃない。あの子の故郷に行ったことも、何もかも忘れてね」
 黙っていれば、空が人狼少女の村に出向いたことなど分からない、と言うことか‥‥‥‥
 しかし、空はその“見て見ぬふり”というものが大の苦手だった。そもそも、それが出来るのならば、あの人狼少女を助けることもなかっただろう。世話焼きというかお節介焼きというか、相手の悩み事を放っておけない“お人好し”な面が、鎌首を擡げている。
 ‥‥‥‥それに、空には無視出来ない問題があった。
 人狼少女の村で、子供から受け取ったロケット付きペンダント。
 出来れば、これをあの子に渡してあげたかったのだ。
「そこまで器用じゃないわよ」
「でしょうね。器用なら、そもそも相談なんてしないでしょうし」
「ねー、どうすればいいのよー」
「デートにでも誘って、大暴れしてくれば? ストレスなんて吹っ飛ぶわよ」
「あたしのストレスじゃなくってぇ」
「この酔っ払い。飲み過ぎなのよ‥‥‥‥そんなに悩むぐらいなら、本人に直接聞いてみなさい」
「ほぇ?」
 エスメラルダが呆れながらグラスを磨き、顎で酒場の入り口を指し示す。
「エスメラルダさん。ただいまです」
「おかえりなさい」
「ぶはっ!?」
 空は振り返り、口内に溜め込んでいた酒を危うく吹き出しそうになった。
 カランカランと鈴の音を鳴らして入ってきたのは、空が話していた件の人狼少女だった。素朴なエプロンドレスを着込み、両手には大きな木箱を抱えている。酒場の騒音に反応したのか、少女の頭部に生えている狼の耳が、ぴょこぴょこと忙しなく動いていた。
「あれ? 空お姉さん?」
「ひ、ひさしぶり!」
 声が裏返りそうだった。空は片手を上げて人狼少女に声を掛ける。
「お久しぶりです。全然顔を見せてくれなくて‥‥寂しかったですよ?」
「あはは、ごめんごめん」
「それと、ツケが溜まっていますので、払っていってくださいね」
「‥‥‥‥あはは、ごめんごめん」
 空は言いながら、懐から財布を取り出し、逆さに振った。
 ‥‥‥‥財布からは、塵一つ落ちては来なかった。
「‥‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥」
「あはははは‥‥‥‥ほんとごめんなさい」
 二人の冷たい視線に、空は素直に頭を下げた。特にエスメラルダに向かって。エスメラルダの視線は絶対零度を通り越して、視線を逸らしてもズキリと身を刺す冷たさを湛えている。
「はぁ、いつもの通りね」
「相変わらずなんですね」
 クスクスと、人狼少女は笑い、エスメラルダは苦笑する。
「いやぁ、他のことで埋め合わせするからさ。ね?」
「あら、そう? それなら‥‥‥‥そうね。あなた、今日はこの子に付き合いなさい」
 エスメラルダはカウンターの裏側に回り込んできた人狼少女の肩を叩いていた。
「え? 私ですか?」
 人狼少女はそう言いながら、両腕に抱えていた荷物を床に置く。カチャンと小気味のいい音が足下から鳴っていた。恐らく、荷物の中は大量の酒瓶だったのだろう。中身が入っていれば、数十sもの重さがあったはずだ。
 そんなお使いから帰った忠実なる店員に、エスメラルダは恩賞を与えることにした。
「午後からは休んで良いわ。あなたも、偶には休まないとね。ここに来てから、三日ぐらいしか休んでないでしょ?」
 ハードワークにも程がある。空は、軽くエスメラルダを睨み付けてしまっていた。
「それは嬉しいんですけど‥‥‥‥お姉さんも一緒にとは?」
「不満?」
「嬉しいですけど、良いんですか?」
 人狼少女は、カウンターに突っ伏している空に視線を向けた。その目には、期待と不安が入り交じっている。
 期待は空が、自分との時間を持ってくれるのかという期待。
 不安は、もしかして自分が避けられているのではないかという不安だろう。
 元々、この少女は非情に勘が良い。空がこの店に来なくなったのは、自分の所為ではないかと薄々感じていたのである。
 ‥‥‥‥エスメラルダと視線が合う。
(いい加減にスッキリしてきなさい)
 エスメラルダの目は、そう静かに告げていた。
「‥‥‥‥勿論良いわよ。デートのお誘いなら大歓迎」
 空はついに観念し、笑顔で席を立つ。人狼少女は嬉々と飛び跳ね、「着替えてきますね!」と、店の奥へと引っ込んでいった。
「お節介」
「あなたに言われたくないわ」
 空の悪態に、エスメラルダはクスクスと笑いながら切り返した。
「こんなに急に‥‥しかもお金がないんだけど」
「お金なんて、必要ないでしょ? バレンタインデーのお返しだと思って、遊んできなさい」
 エスメラルダの言葉に、空は「あ」と呆気に取られて「しまった」と表情を作る。
 人狼少女のことで頭がいっぱいで、ホワイトデーのことを完全に失念してしまっていた。バレンタインデーにチョコのお菓子(手作りの肉球チョコを貰った)を受け取っていたのに、何もお返しをしていない。
「口実にはなるか‥‥‥‥今更だけど」
「お待たせしました!」
 バタバタと走ってくる人狼少女。格好は‥‥‥‥なんて事はない。地味な町娘の服装だ。
 しかしそんな地味な服装でも、空はドキリと胸を高鳴らせた。
 決して自分を飾ろうとしない素朴なデザインが、人狼少女の魅力を引き出していたのかもしれない。
「はい。待っていましたとも。それじゃぁ、行きましょうか!」
「はい! エスメラルダさん、行ってきます」
「行ってらっしゃい。気を付けてね」
「ご馳走様でした」
「次に来たら、仕事回すからね」
 人狼少女には優しく、空には辛辣に。カランカランと、出入り口の鐘が鳴る。
 エスメラルダは、カウンターに山積みとなった空の酒瓶を片付けながら、ツケ台帳にペンを走らせた。



 ‥‥‥‥空は、悩むべきではなかったと、街中を少女と歩きながら痛感した。
「やぁ、こんにちは」
「こんにちは! 何か、美味しい物は入ってますか?」
「メニューに代わり映えはないなぁ。そちらの人は恋人かい?」
「お姉さんですよぉ」
 笑いながら、人狼少女は街行く人々と話している。
 この街に来てから、既に数ヶ月。
 様々な人間が出入りする酒場で働き、お使いで外に出されることも多い少女の知り合いはあちらこちらにいるらしい。街を歩いているだけで、次々と声を掛けられる。
 大抵は取り留めもない世間話。偶に花束を持って突撃してくる者もいたが、人狼少女にやんわりと吹っ飛ばされて消えていく。そしてそれを見て、周りの見物人から上がる歓声。照れる少女。ピコピコと揺れる狼耳が可愛らしく、皆の注目を浴びている。
 ‥‥しかし、誰も彼女を非難しない。耳を澄ませても、ひそひそと悪口を言う声など聞こえては来なかった。
「いつも、こんな感じなの?」
「今日は特に、ですけど、あまり変わりませんね。エスメラルダさんのお陰ですよ」
 人狼少女はそう言って、屈託無く笑っていた。
 少女は、誰にでも明るく振る舞っていた。村を追われ、家族と離れ離れになった時の不安そうな面持ちは微塵もない。まだまだ幼さは残っているが、それも見かけだけの話である。少女は既に誰と対しても臆することはなく、馴れ馴れしくナンパしに来た傭兵を蹴倒す程だ。行く先々の店の店主とも親しげに話し、笑っている。
 ‥‥‥‥なるほど、エスメラルダが不機嫌そうに「放っておけ」と突き放した理由が、何となく分かる。
 この少女は、この街で自分の居場所を持っている。まるでこの街で生まれ育ち、出会う人々全てと幼馴染みでいるかのように、幸せそうに空の手を引っ張っている。
 例え裏切りでも、この少女が笑ったままでいられるのなら‥‥‥‥
 この笑顔に影を刺すようなことを、言うべきではないだろう。
「疲れましたか?」
「え? ぁ、ううん。大丈夫よ」
 思考に没頭していた空は、不安げに顔を覗き込んできた人狼少女に返答し、手を振った。
 二人は、表と裏を問わずに様々な店を見て回った。雑貨店から服飾店、料理にペットに何でもありと、見るだけだったり、食べてみたり着てみたりと充実した時間を過ごしていた。
 それだけあって、流石の空も疲労を感じていた。肉体ではなく、精神が。何軒も店を廻り歩き回っていれば、当然と言えば当然である。
「そこで休みましょうか」
「大丈夫だって」
「私が疲れましたから、ね?」
 人狼少女はそう言って、空の手を引っ張り、公園のベンチへと腰掛ける。
 人狼である少女の体力は、空に匹敵するか凌駕しているだろう。仕事上がりとは言え、疲労など無いはずだ。
 あからさまな気遣いだったが、これを無碍にしては良心がズキリと痛む。空は大人しく従い、ベンチへと腰掛けた。
「ふぅ、楽しかったですね。今日は」
「そうねぇ。でも、悪いわね。食事とか、色々と」
 今回のデート資金は、ほとんど人狼少女が出費した。
 何ヶ月も働き詰めだった事もあり、給金がだいぶ貯まっていたらしい。人狼少女は「ここは私が払いますから」と、空の飲食代まで払っていたのだ。
 ‥‥‥‥尤も、払いたくても払えない経済事情なのだが、それはともかくとして‥‥‥‥
「あなた、本当に元気になったのね」
「ほえ? 私は、いつもこうですよ」
「あの店で働き始めた時は、そうでもなかったわよ」
 人狼少女は、人狼であるがために村を追われたのである。人目の多い街での暮らしに、最初はビクビクと肩を震わせていた。
「昔のことですよ。みんな、いい人達ばかりですし」
「時々変なのもいるみたいだけどね」
 ロリコンとか犬耳フェチとか総じて変態とか。
「ああいう人達も、結構面白いんですよ?」
「‥‥‥‥まさか、付き合いとかあるんじゃ‥‥‥‥」
「街中では、よく会いますから。今日花束持ってきた人も、今月に入ってから二十回目ぐらいです」
 それは、俗に言うストーカー野郎である。通報しなさいよ。
「話していると、楽しい人達なんですけどねぇ‥‥‥‥お姉さんが来ない間は、皆さんとお話しする時間が沢山ありましたから」
 人狼少女はそう言って、空を見上げている。
 昼頃に外に出て、既に空は紅くなり夕刻になっている。この季節は日がすぐに落ちるから、一時間と待たずに暗闇に包まれ夜となるだろう。
 人狼少女がまだ子供と言える年齢であることを考えると、そろそろ黒山羊亭へと帰るべきだろう。
 空は少女に声を掛けようと、視線を動かす。
「お姉さん」
 空の動きを察したのか、人狼少女は、ベンチから立ち上がる。
「私の村は、どうなっていましたか?」
 瞬間、空はビクリと硬直した。
「な、なにを?」
「隠さなくても、良いんです。お姉さんが、私の村に行ったこと、知っていますから」
 エスメラルダが伝えていたのか、それとも、気配で察したのか‥‥‥‥分からないが、人狼少女は確信を持って言っている。空が少女の村に出向き、そして家族の死を確認したことに気付いている‥‥‥‥
「誰から聞いたの?」
「当てずっぽうです。お姉さんが私に会いに来ない理由を考えていたら、そんな可能性もあるかなって思いまして‥‥‥‥」
 当たりなんですね、と少女は俯いた。
 それは、人狼少女にとっては、決して嬉しいニュースではない。
 もしも少女の家族が生きていたのなら、空も臆することなく少女に会いに行っていたはずなのだ。家族の生存を、報告して一緒に笑い合っていたはずなのだ。
 しかし、それをしなかった。空は、少女にどう説明すればいいのかと悩み、悩み抜いて時間を掛けた。
 悩む理由。少女の村に行って、それを報告出来ない理由。
 そこに考えが及べば、少女が答えに行き着くのも、そう難しいことではなかったのだ。
「私のことを、気にしていたんですか?」
「その、ごめん。なんて言えばいいのか、分からなくて」
 空は、ようやく本音で話し始めた。
 村の発展、そして少女の母親のこと。
 少年から受け取ったペンダントのこと。
 何もかも、包み隠すことなく話した。一息に、自分でもここまで饒舌だったのかと驚いてしまう程、空は話してしまった。
 人狼少女は、背を向け、沈黙したままで空の話に耳を傾けていた。
 空からは、その表情は窺えない。だが、少なくとも、全てを話し終えて振り返った人狼少女は、どこか振り切ったような笑顔を作っていた。
 その顔は、何処か自分の人生を達観したような雰囲気を纏わせている。
 しかし同時に、過去を礎として前に進む、大人びた印象を空に与えていた。
「‥‥‥‥そうでしたか。教えてくれて、ありがとう御座います」
 ペコリと、人狼少女が頭を下げる。
 想像していたよりも、淡々とした冷静な反応。自分の家族の死を告げられたというのに、この少女は何も感じないのだろうか。
 長い時間を悩んでいた空は、その反応に、軽い反発を覚えてしまう。
「落ち着いてるのね」
「そうですか?」
「うん。泣いちゃうんじゃないかって思ってたから」
 それが怖くて、どう慰めればいいのかが分からなくて、ずっと悩んでいた。
 しかし人狼少女は、軽く首を振り、ニッコリと笑顔を作る。
「もう、泣きましたから」
「え?」
「この街に来て、何度も何度も泣きましたから。三日三晩、街に来た日から泣いてましたら」
 何度も何度も何度も何度も、空が知らないところで、この少女は泣いていた。
 自分の家族を、故郷を想って泣いていた。
 だからか、もう涙など流れない。家族の死、戻れない故郷を想って泣き続けて枯れ果てたのか。いや、違う。この少女は、空が知らぬ間に乗り越えていたのだ。悲しみに押し潰されず、前を見据えて現実を生き抜くことを選択した。
 思えば、人一倍に仕事に打ち込み、忙しい毎日を送っていたのは、少女が悲しみを紛らわすためだったのかも知れない。そんな時に傍にいることもなく、一人でウジウジと悩んでいたのだ。
 どちらが大人なのかと、空は自分を恥じた。
 もしかしたら、エスメラルダは自分の代わりに少女を励ましていたのかも知れない。ああ、だからかと、空は辛辣だったエスメラルダを思い出す。「自分の役目を最後まで果たしなさい」と、そう言いたかったのか。確かに、自分で連れてきて自分で過去を詮索して都合が悪くなったから逃げに走るのは、あまりに情けない。
「そうだったんだ‥‥‥‥」
「そうだったんですよ」
「あなた、強くなったわね」
「成長期ですから」
 腕捲りをする人狼少女に、それは関係あるのかと空は笑いかけた。
互いに、声を出して笑った。通り掛かった者達が何事かと目を向けるが、気にも掛けずに笑い合った。
 そして夕刻から夜へ。空はベンチから腰を上げる。
「そうだ、このペンダント」
 懐から、少女の故郷で、少年から預かったペンダントを取り出した。お守りにと空が受け取った物だが、ロケットの中にある写真は少女が持つべき物だ。自分にはあまりに釣り合わず、ペンダントも持ち主の元へと帰りたがっている。
「これは‥‥」
 話してはいたが、それでも少女は、一瞬の躊躇を見せた。
 このペンダントは、少女が残した家族の形見だ。ロケットの中には、少女の家族の写真が入っている。
「受け取ってね。私には、少し重いから」
「‥‥ありがとう御座います。これで、形見が二つになりました」
 二つ? と、空は首を傾げる。
 少女は着の身着のままで村を飛び出してきたのだ。形見になるような物など‥‥‥‥
 首を傾げた空に、人狼の少女はトントンと、自分自身を指差した。
「私ですよ。絶対に失われない、家族の形見です」
 そう思うからこそ、自分自身を大切に出来たのだ。
 空は苦笑しながら、ペンダントを手渡した。
「あなた、私よりもずっと大人だわ」
「まさか。そんなことは‥‥」
「ううん。大人なのよ。あなたは本当に‥‥‥‥強いんだわ」
 真実を言えば、年齢的にも少女の方が年上だろうが、それを言うのはまだまだ、もう少し先の話。
 もう少しだけ、空に踏み込む勇気が生まれるまでは、このままの距離で‥‥‥‥
「それじゃ、テストです。先に黒山羊亭に辿り着くのはどっちでしょう?」
「あ! ずるい!」
 少女は一歩先に、空よりも早く駆けだしていた。障害物となる人混みを擦り抜け、飛び越えて、迷うことなく進んでいく。
 ‥‥‥‥空は、それに一歩遅れて走り出した。
 人の合間を走り、時には止まりながら、走り続ける。
大丈夫。追い付ける。
 いつか、彼女を追い越して‥‥‥‥
「お姉さん!」
「ん?」
 先を走っていた少女が、人混みに紛れてクルリと振り向いた。
「また、デーとしてくださいね! 今度はお姉さんの奢りで!」
「‥‥‥‥‥‥」
 精神面だけでなく、他の様々な面で負けている。危うく転びそうになった空は、苦笑いを浮かべながらぐっと親指を立てて返答した。


Fin



●犬耳猫耳ウサ耳狐耳虎耳‥‥‥‥個人的にはウサ耳派●
 どうでもいい後書きコーナー。今回の司会も担当するメビオス零です。こんにちは。
 他の誰が担当するのかと突っ込みが返ってきそうですね。気にすることなく、後書きに入りたいと思います。
 今回のシナリオですが、いかがでしたでしょうか? 人の過去、それも凄惨な過去を詮索してしまった空は、少女にどんな顔をして会えばいいのか、どう報告すればいいのか、ペンダントを渡しても大丈夫か、などと色々なことを考えてしまいます。結果的には、少女は空が知らない間に立ち直っていて、覚悟も何もかも決めていました。空の独り相撲で終わったのですが、これは最も恵まれた結果だと思います。他人の過去を詮索するというのは、嫌われるのを覚悟するべきです。触れられたくないこと、忘れたいことを思い出させるのですから、嫌われるのは当然と言えば当然で、非は詮索した側にあります。
 打ち明けるかどうかは覚悟を問われますね。空は、少し覚悟不足だったようで‥‥‥‥でも、仕方ないですよ。親しい子供に、面と向かって「あなたの母親は、あなたを逃がすために死にました」なんて言えませんって。空の反応、対応はある意味人間らしく、決してダメダメな面を見せているわけではないと思います。
 お人好しで、優しいからこそ言えないんですよ。嫌われるのが怖くて臆病になるのも当然です。そんな人間らしい空が、割と好きだったり羨ましかったりする今日この頃。


 ‥‥‥‥あまり長々と書いてもアレなので、今回はここまでとさせて頂きます。
 今回のご発注、誠にありがとう御座いました。
 作品に対するご指摘、ご叱責、ご感想などが御座いましたら、またファンレターに混じって送ってくださいませ。今後の作品に出来る限り反映させ、よりご満足頂ける作品を書いていけるように尽力いたしたいと思います。
 では、今回のご発注、誠にありがとう御座いました(・_・)(._.)