<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


『月の朔望』

●出発
 すべきことがなければ、死ぬべきなのだろうか。
 臓腑を腐らせることは、禁忌ではないのだろうか。
 千獣には解らないことだった。
 でも、誰にも聞こうとはしない。
 疑問が浮かんだだけで、それは今はどうでもいいことだから。
 どんな答えを聞いたとしても、何が変わるわけでもないから。

 頻繁にファムル・ディートの診療所を訪れていた千獣は逸早く薬の完成の連絡を受けていた。
「羽……を、他の人に、使うことで……ルニナや、村の人達の、治療に繋がる?」
 千獣はファムルにそう問いかけた。
「それは研究してみないと判らない。ただ、今回の薬には生きたフェニックスを形成している何かが必要なんだ。羽の場合は採ってから時間が経ったものじゃ今回の薬には役立たないと思う」
 ファムルはそう千獣に説明した。
「それなら、私は……ルニナに使いたい」
 切実な目で、千獣は言う。
 手を伸ばさずにはいられない。
 止めることは出来ない。
 これはもう……本能だから。
 ルニナが生きることの障害になる、こと。
 病気、もそうだけれど。
 他にも気になっていることがある。
 声を抑えて、奥の部屋にいるリミナには聞こえない声でファムルに尋ねる。
「王は、ルニナの処罰……どう考えてるか、知ってる?」
「2人の処罰は考えていないさ。島でも随分頑張ってくれたしね。ただ、エルザードの人々の心情的に、近づけたくはないとお思いだろう。カンザエラの人々も、互いの為に。今はやむなくここにいるけれど、ルニナやリミナもそれは分かっていると思うよ」
 こくり、とうなづいて。
 それから千獣は奥の部屋へと歩いていく。リミナのいる部屋へと……。

 千獣がファムルと話をしている間に、同じく頻繁に診療所に顔を出していたフィリオ・ラフスハウシェはリミナと面会をしていた。
 薬の話を聞いたフィリオに、迷いはなかった。
 自分は大切な友達を助けるために、一度聖獣の力を借りているから――。
「テルス島で協力していただいたお礼です。私の分は、リミナさんにお渡しします」
 ファムルから受け取った薬を、フィリオはリミナに手渡したのだった。
 そして、その薬について説明をする。
 カンザエラの人々が少しずつ長く生きられるようにも出来る。
 ルニナの体を再生させることが出来る可能性もある、ということも、ファムルの説明どおりに話した。
「あ、あの……」
 驚きの表情を浮かべるリミナに、フィリオを微笑みを見せる。
「これをどう使うかはリミナさんにお任せいたします」
「あ……ありがとうございます。ありがとう、ございます」
 リミナは手を震わせながら薬を受け取って、頭を深く下げた。
「フェニックスと交渉し、羽根を分けてもらう事ができればいいでしょうが……。私が交渉に向かっても、おそらく力を借りる事は出来ないでしょう」
 どうしますか? とフィリオはリミナに尋ねる。
 ルニナを癒そうとするか、カンザエラの人々や……あるいは別の人に使うのか。
 決定権はリミナに委ねたのだ。
「……みんな、に。カンザエラの……」
 リミナは少し考えたけれど、そう答えた。
 そうですか、とフィリオは微笑んだ。
 無理にルニナを選べとは、言わない。それを彼女が望むのなら、それが一番良い形なのだろうと。
「私は……ルニナ、に」
 少しだけ話を耳にした千獣は、そう言いながら部屋に入ってきた。
「うん……そう言ってくれるかな、って……思ってた」
 凄く控えめに、消え入りそうな声でリミナはそう言って、淡く淡く微笑んだ。
「治っても、ルニナだけ治ることで……村の人達との間に、軋轢、生まれるかもしれない。ルニナも、自分だけ……助かって、良しとするとは、思えない……」
 千獣はリミナをじっと見つめながら言葉を続けていく。
「そんなとき、ルニナを……支えてくれる?」
 リミナはただ、静に頷いた。
「村の人達も少しだけ救われるみたいだから、私達も千獣と一緒に足掻いてみるつもり。元気なルニナと一緒なら……それが、できるから。でも、聖殿は……」
 言いかけた言葉を、千獣は首を強く横に振ってさえぎる。
「危険なこと、しないで、って言うの? それは、難しい。……危険を避けていては、何も、得れらない」
 だから。
 と、じっと見つめて千獣はこう言う。
「こう言って? どれだけ危険なことしても、どれだけ傷ついても、帰ってこいって」
 戸惑いの目を見せるリミナに、フィリオが「大丈夫ですよ、私も一緒に行って護衛させていただきますから」と囁く。
「どれだけ危険なことしても、どれだけ傷ついても、帰ってきて」
 千獣に言われた言葉をそのまま言った後、リミナはこう続ける。
「お願い、千獣。ルニナを助けて……。待ってる、から」
 涙を浮かべるリミナに、頷いて。
 それから、千獣は診療所を飛び出した。
 フィリオもすぐに、その後を追う。

●相談
 その少し後。
 呼ばれた者達は狭い診療室に集まって、ソファーやベッドに腰掛け相談を始めた。
「重い決断だな、これも」
 クロック・ランベリーはそう言葉を漏らした後、入り口の方に顔を向ける。
「時間も経った。互いに助けられたこともある。過去のことは水に流そう」
 そう声をかけた相手は――ディラ・ビラジスだった。
 ドアの側に無言で立っている。
 座るようにと、クロックは椅子を指差した。
 ディラはただ、首を横に振る。
 だけれど、そのまま帰ったりはしない。
 自分の位置はここだと、自分なりに決めているようだった。
「俺の取り分はもとよりない……研究の際にたまに呼ばれてただけで」
 そしてぼそりと言葉を発する。
「酒場で見つけてな。まあ、元気でやっているようだ」
 ファムルは軽い笑みをディラに向けた。
 ディラは研究員としての知識はないが、ザリス・ディルダの側で働いていたことがある関係で、ファムルに研究を行う上での助言を求められていたらしい。
「そうか。無理には勧めんよ」
 クロックはそう言い、皆の方に顔を戻す。
「ふむ……ディラ殿の取り分はないとのことだが、その薬とやらは、島で戦っていた私にもいただけるのかな?」
 アレスディア・ヴォルフリートがそう尋ねた。
「勿論。キミにも資格はあるよ。……資格というか、大きな責任を与えてしまうようなものかもしれんが」
 ファムルは軽く苦笑した。
 自分ひとりで選んでいいことではない。
 ファムルにも助けたい人がいる。
 だけれど、命を賭して戦った者達が護りたい者を護る権利があると考えた。
 選ぶ権利――それは、責任でもある。
「なるほど……」
 アレスディアは顎に手を当てて、考え込む。
「少し、考えさせていただきたいですね」
 出された冷水を一口飲んで、山本建一がそう言った。
「正直、知り合い関係とか……今後の状況次第で決めれば良いかとも思います」
 今、即答するほどに、緊急的に助けたい人物は建一にはいなかった。
 助けたいと思える人物はいても、自分よりも親しい人が、きっと手を差し伸べるだろうから。
「皆さんの使い道をお聞きしたいです」
「う……」
 ケヴィン・フォレストはただ小さくうなり声を上げた。
 彼もやはり、特定の人物をどうしても助けたいといわけではなかった。
「少人数、か……多数、か」
 なので、少人数の数年か、大人数の数ヶ月かについて、考える。
 屋台などで、薬を混ぜた料理を提供して、不特定多数の人の健康をささやかに護るということも、きっと可能だろう。
 頭を動かすのは面倒なので、ケヴィンは軽く瞳だけ動かして皆の反応を見ていく。
「そうだな……」
 吐息をつきつつ、クロックはこう言う。
「俺は少人数の数年をとることにするよ。小さな子供の命を」
 カンザエラの人々の中に子供はいない。
 ザリス・ディルダの被害に遭った子供がいるのならその子に。
 いないのならば、同じ症状で苦しむ子供の命を少しでも延ばしてあげたいとクロックは思う。
「だが、他に良い案や、提供すべき場所があるのならそちらを優先する」
「少し提案というか……考えがあるのだが、良いだろうか?」
 クロックの言葉に頷いた後、アレスディアはファムルに目を向ける。
「どんな考えだ?」
「この薬の成分を分析し、類似したものを生産できるようにはならぬのだろうか?」
 アレスディアの発言にファムルが難しそうに眉を寄せた。
「不死鳥そのものというこの薬。同じものを作る事は難しくとも、例え効果が劣るとも、類似した薬が継続して作れるようになるのならその方が良いと思うのだ」
「製法が分かったとしても、私にはちょっと無理だな」
「何も不死鳥でなくともいい。同じような生物……刈ることが相応しくないのなら、今回のように羽根などからな」
「絶対無理、とはいわんが」
 難しい表情のファムルの言葉に、頷いてアレスディアはこう続けていく。
「そのためにはこの薬を研究せねばなるまい。ここで全て配りきってはそれができぬ。故に私の分は研究用にファムル殿にお渡ししようと思うのだが……どうだろうか、薬を研究してはくれぬか?」
「そうだな……」
 ファムルは何ともいえない表情で頭を掻く。
「私は外に出ることが多い故、素材の調達など協力しよう」
 強い目で、アレスディアはファムルを見る。
「……何事も、諦めてはそこで終わりだと思うのだ。今世に出回っている薬とて、最初から作り方がわかっていたわけではあるまい。膨大な試行錯誤と、諦めぬ心から生まれたものだと思う。この病とて同じ。諦めぬこと。それが肝要だと思う」
 ファムルは軽く苦笑した後、首を縦に振った。
「生活かかってるんで、報酬は払えないし、産物は私の利益にするぞ?」
 そんな意地悪気な言葉に、アレスディアは軽く笑みを浮かべて、強く頷く。
「そして勿論、そのカンザエラの人々へは無償提供だな?」
「まあ、そうだな」
 ファムルもようやく淡い笑みを見せる。
「カンザエラの皆を救ってくれる人が何人かいるのなら、ボクは……ディセット達、魔女の館のみんなに分けてあげたいんだ」
 そう言ったのは、ウィノナ・ライプニッツだ。
 ファムルが眉を揺らして反応を見せるが何も言わない。
「みんなを救える訳じゃないけど、魔女のみんなの事を救える手段を見つける時間稼ぎくらいは出来るよね……?」
「そう、だな……」
 ファムルは複雑そうな笑みを見せた。
 彼も本当は魔女達に生きていて欲しいのだろうに。
 諦めている彼と違い、ウィノナは彼女達と知った時から――そして1人失った時から必死だった。
「ありがとう」
 ファムルの小さなお礼の言葉が、ウィノナの耳に届いた。
 ファムルの為にというわけじゃないけど。ファムルも嬉しいことで。
 そうして、自分以外にも喜んでくれる人――何より、キャトルや魔女達自身が喜び合えることが嬉しいし、この世界での生も正しいことだと思うから。
「魔女とは何だ? 時々話題にあがるよな」
 クロックが興味を示す。
「可愛そうなクローン達だ。強力な魔力を持っているけれど、長くは生きられないんだ。彼女達と一緒に暮らしていたことがあってな」
 ファムルがそうとだけ答える。
 聞かれたくないことのように思えたため、クロックはそれ以上突っ込んで聞いたりはしなかった。
「そういう訳で」
 ファムルがクロックに言う。
「キミの分は、カンザエラの弱っている人に提供してもらえると、嬉しい。他の人も――特に救いたい唯一の存在がいないのなら……」
 ファムルの言葉に、ケヴィンが頷いて言う。
「クロックが少人数なら、俺は全体でも、いい」
「ありがとう」
 ファムルが微笑みを浮かべる。ほっとした表情だった。
 本当は魔女達に与えたいのだろうけれど、彼女達のことはウィノナが助けてくれると知ったから。
「良い配分だと思います。僕は様子を見て、決めさせていただきますね」
 建一がそう微笑み、皆、頷き合った。

●検討
 皆と別れた後、健一はエルザード城に向かい、聖獣王との謁見を求めた。
 ファムルからも説明がいっており、薬の件に関して王に異論はなく、皆の判断に任せるとのことだった。
 そのことではなく、建一にはもう一つ相談しておきたいことがあったのだ。
「レザル・ガレアラが所持していたこの杖についてですが」
 建一は懐から赤い石の嵌められた杖を取り出す。
 皆の前で言うことはしなかったが、これもフェニックスの宝玉により作られた杖と思われる。
 ただ、その効果から、ザリスの体内にあった石と全く同じというわけではないはずだ。
「こちらは……将来的には聖殿にお返しできればと思っています」
「だが、聖殿においておいては、またよからぬ者に狙われる可能性があるからな」
 聖獣王は髭を撫でながら考え込んでいく。
「現状は君が預かっていてくれた方が良いと考える。だが、聖殿へ赴き、聖獣フェニックスとの交信を果たし、所持者として正式に認められたら尚良いのかもしれんな」
「そうですね。聖殿は聖都の管理下に入ったわけではないようですし……。もうしばらくお預かりしておくことにします」
 建一はそう礼をして、エルザード城を後にした。
 戦いは終わり、緩やかな日常の中で暮らしているけれど。
 火種となりうるものは、まだ自分の懐の中にあり続けている。

●帰路へ
「子供……騎士団が実験に使っていた、子供が、いる。俺もそういった集落の出身だ」
 診療所に残っていた皆が帰り始めた頃、ディラがそう呟いた。
「何か完成したら、その子達にも……与えたらどうだ」
 与えてくれとは言わない。
 彼はそんな子供たちばかりの集落で、仲間達と戦って、生き残ってアセシナートの騎士団に招かれた者だから。
 彼らのことを助けてあげてほしいという気持ちは、今は宿っているのだろうけれど。
「……」
 冒険者として、こうして生きる楽しみも……少しは分かってきたのだろうか。
 そんなことを思いながら、ケヴィンは見るともなしにディラを見ていた。
「そうだな」
 と、アレスディアは淡く微笑んで、ファムルの肩をぽんと叩いた。
「頼んだぞ」
「報酬次第だな。金の他に嫁も求めてるんで、素材探しのついでにいい女探しも頼む」
 冗談交じりのファムルの言葉に、アレスディアは苦笑する。
「これから……白山羊亭行くか?」
 ケヴィンがそうディラに声をかけると、ディラは首を左右に振る。
「俺は黒の方。そんな気分、だ」
「そうか」
「なるほど、可愛いウエイトレスより、大人の踊り子が好きか」
 ファムルの言葉に、ディラは眉をぴくりと動かして。
「やっぱり白にする」
 そう呟いた後、診療所を出て行った。
「じゃ、俺も」
 ケヴィンはその後に続く。
 アレスディアはファムルとくすりと笑い合った後、外へと出た。
「草の匂いが凄いな」
 外では、無口な二人が剣を振るってばさばさと背の高い雑草を狩ながら、街へと足を進めていた。
 夏の間、この診療所は雑草に埋もれてしまう。
 それは毎年繰り返されること。日常の姿の一つ。
 むせ返る草の匂いの中、アレスディアも街へと歩き出す――。

●決意新たに
 薬を貰って診療所を飛び出したウィノナは、馬車を乗り継いで、魔女のディセットの家へと駆けつけていた。
「ファムル先生が作った薬だから、大丈夫だよ」
 そう言って、ウィノナは薬を少しだけディセットに渡したのだった。
「ありがとう……嬉しい」
 突然の来訪と、突然の贈り物にディセットは半ば放心しながら、ウィノナから薬を受け取ったのだった。
「それじゃ、ボクは魔女の館に戻って、皆にもこの薬飲んでもらうね」
「ありが、とう」
 少し大きくなった、ディセットの子供が不思議そうな目ながらもそう言った。
 何の薬だかは解っていないはずだけれど、母の様子から凄く良いものだと感じ取ったらしい。
「うん、またね。良かったらファムル先生のところに遊びにきてよ」
 ウィノナの言葉に、ディセットが首を縦に振る。
「ウィノナ、ありがとう……。同じ種族じゃないけど、あなたは本当に私達の愛すべき妹だわ」
 薬を手に、彼女はそう微笑んだ。
 強く首を縦に振って、ウィノナはディセットが愛する人と築いた、暖か空間を後にする。

 今は先生の力で、ディセット達みんなといられる時間を少しだけ延ばせた。
 でも、いつか――。
「みんなにもダランのお母さんみたいに暮らしても生きていられる可能性を作ってあげたい」
 眩しい光の中、走りながらウィノナは決意をしていく。
「みんなを見返せるくらいの魔術の使い手になった所を見てほしい」
 妹といわれても、まだまだ魔女達に劣るから。
「だから、これが終わりじゃない」
 強く拳を握り締めて、地平線に目を向ける。
「別の可能性を見つけるまで、絶対にボクは諦めない!」

●揺るがぬ想い
 武器も防具も何も持たず、体一つで千獣は聖殿へ訪れた。
 以前訪れた時とはまるで違い、聖殿は雑草で覆われていた。
 周囲を回ってみるが、人の気配はない。
 千獣より遅れて、フィリオも到着を果たす。
「私はここで祈っています。……大丈夫です」
 こくりと頷いて、千獣は聖殿へ入っていく。
 聖獣フェニックスの結界は無くなってはいないはずだ。
 助けたい人がいる。どうしてもどうしても、自分のわがままだとしても。
 強い意思を持って。
 力を貸してくれと見えない存在――聖獣フェニックスに語りかけながら、千獣はフェニックスが捕らえられていた部屋へと進む。
 壊れている扉の先に、痛い空間がある。
 皮膚が焼けるように痛んで、裂けていく。
 だけどそんなことは、どうでもいいことで。
 今はフェニックスに会うことが大切で――。
 バサリ
 ……と、音が響く。
 鉄格子の中にいたフェニックス達は、自由になっていた。
 部屋にいたのは1羽。
 もう1羽は地下にいるのだろうか。
「おね、がい……」
 千獣は声を上げて、裂けていく、血に染まっていく手をフェニックスに向ける。
 バサリ
 翼を羽ばたかせて、フェニックスが飛んだ。
 そして、燃えているような赤い羽根がふわりと飛んで、千獣の元に振ってきた。
 両手で、羽根を受け止める。熱い、熱い羽根だった。

 フィリオは聖殿の前で待っていた。
 フィリオには、千獣の気持ちがよく分かる。
 彼女がここで望みの物を手に入れられる資格があるだろうことも。
 そして。
 しばらくして、傷だらけの姿で千獣が戻ってくる。
 手当てをしようとフィリオが手を伸ばすが、彼女は首を左右に振った。
「早く、戻らないと……」
 止まったままの時間を動かすために。
 千獣は獣の姿と化して、聖都に向って走り出す。
「この世界の元々の住人ではなくても、多くの人に必要とされている人物ではなかったとしても。消え行く命を救いたいという気持ちは間違いではありません。自分の大切な人を、どんな犠牲を払ってでも助けたいと思う気持ちは、誰でも持つ当たり前の感情です――人として」
 そして、フィリオも歩き出す。
 聖獣ユニコーンの加護を得たあの娘は今日も元気だろう。
 沢山の人に、笑顔を分けてあげているのだろう。
 そして、この結末を知って、更に笑顔を浮かべるのだろう。

    *    *    *    *

 聖殿に向う者がいるのなら、護衛を務めようかとも検討していたクロックだが、向った人物の名を聞き、必要はなさそうだとエルザードに残っていた。
 数日後に再びファムルの診療所を訪れて、現状の報告をし合う。
 ファムルは引き続き薬の開発を手がけているらしく、聖獣王からの支援も受けているとのことだ。
 クロックは、自腹も切って物資と薬を持ち、カンザエラの人々が暮らす村にまた伺うつもりだった。
「カンザエラからもアセシナート兵は撤退したのか?」
「もういないと聞いている。だが、あそこに街を築くのは厳しそうだ。またいつ狙われるかもわからんしな」
「地下道を完全に塞いでしまえば、守れるかもしれんが、こちらもフェニックスの聖殿に行きにくくなるしな」
 あの場所に人々が集い、また賑わうこともあるのだろうが。
 今は眠らせておくべきだろう。街も疲れ果てているのだから。
「あそこにはもう、生活をする手段がありませんから」
 ファムルの仕事を手伝いながら、リミナがそう言った。
 クロックは頷いて立ち上がる。
 雑談を終えて、薬をいくつか購入した後、診療所を後にしようとする――と、外から音が響いてきた。
 人が駆ける音だ。
 雑草を掻き分けながら。
 音は、こちらへと近づいてくる。
「お客さんだ。多分、ずっと待っていた、な」
 クロックはそう言って、皆を連れて外へと出た。

 希望の音が、ファムルの診療所に近づいてくる――。

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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【0929 / 山本建一 / 男性 / 19歳 / アトランティス帰り(天界、芸能)】
【2919 / アレスディア・ヴォルフリート / 女性 / 18歳 / ルーンアームナイト】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
【3368 / ウィノナ・ライプニッツ / 女性 / 14歳 / 郵便屋】
【3425 / ケヴィン・フォレスト / 男性 / 23歳 / 賞金稼ぎ】
【3510 / フィリオ・ラフスハウシェ / 両性 / 22歳 / 異界職】
【3601 / クロック・ランベリー / 男性 / 35歳 / 異界職】

【NPC】
リミナ
ディラ・ビラジス
ファムル・ディート
ディセット

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■         ライター通信          ■
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ライターの川岸満里亜です。
ゲームノベル『月の朔望』に、ご参加いただき、ありがとうございました。
皆様ひとりひとりのお考えに、らしさと優しさそして気遣いを凄く感じました。
最後の決断とは違った、こちらも一つの結末でした。
皆様と沢山物語を築くことができて、とても嬉しかったです。
また機会がありましたら、どうぞよろしくお願いいたします!