<聖獣界ソーン・白山羊亭冒険記>


Mission6:未来の希望を導け!










 制服の支給はまだ行われていないが、普通の配達員として郵便屋の緑の帽子を被り、マーガレット・テイナー――メイジーは、エルザードの裏路地を、鞄を提 げて歩いていた。
 時間を必要としないものや、同じ国内であれば、“走る”ことは必要とされないため、メイジーでも楽に勤まる。
 だが、いつかは何らかの“走る”力を手に入れて、特急配達員としての制服を着たい。何せ、普通の配達員はバイトに近い。やはり、ちゃんとした職として、 郵便屋を名乗りたかった。
 そのため、メイジーは、最近は王立図書館に通うなどして手がかりはないかと調べたりしている。結果はお察しなのは、否めないが。
 そもそも、王立図書館に置いてあるような本は書かれている内容も難しく、読み解けないことも多い。
「はぁ……」
 メイジーはスポンとポストに手紙を入れて、ため息をついた。
「特急配達員になれれば、もっと食わしてやれるよな……」
 裏路地で共に育った孤児たち。彼らはまだ其処に暮らしている。スリや盗みを止めた彼らは今、メイジーの稼ぎで食べている。
「俺は、運が良かったんだ。あいつらも、学がなきゃ、この先また元通りだ」
 だが、どうする。正直メイジーに教えられるほどの知識はない。
「…やっぱ、依頼出してみるか」
 メイジーはポケットを探る。
 掌には数枚のコイン。
 払える報酬は殆どない。けれど、ダメで元々。
 メイジーは配達を終えると、白山羊亭へと向かった。













 それから数日後。
 メイジーがルディアに頭を下げて張り出してもらった、家庭教師募集のポスター。
 それを目の留め、アレスディア・ヴォルフリートは、メイジーの元へと歩み寄る。
「学が全てではないが、学ぶということは大切なことだ。引き受けさせていただこう」
「ほんとか!?」
「うむ」
 感謝に瞳を輝かせ、メイジーはアレスディアの手を握り、ぶんぶんとふる。
「家庭教師? やっだ、いい響き!」
 そしてももう1人、そのポスターを目に留め、声を弾ませたのは、レナ・スウォンプ。
「あ、それオ…わた、し、の依頼なんだ」
 レナに向けて手を上げたメイジー。ついつい口から出てしまう「俺」という一人称を改めようとしている姿に、アレスディアの顔がつい綻ぶ。
 レナはメイジーの元まで歩み寄ると、得意げにぽんと胸を叩いて見せた。
 だが、当のメイジーは少々ばつが悪そうに頭をかいて、レナを見上げる。
「悪ぃ。報酬とか、あんま出せないんだ」
「もう、そんなの気にしないから、任せてちょうだい!」
 たぶん、メイジーとしては、整っているレナの身なりを見てそう言ったのだろう。
 だがレナは“家庭教師”という言葉そのものに魅了されたようで、とても上機嫌だ。
「…で、何すればいいの? 本読めるようになればいい?」
 キラキラの瞳でメイジーに振り返り、ふと、自分よりも幾分か若いメイジーが家庭教師を募集していることに、頬に指を当てて首を傾げて問う。
「生徒の子たちって、あなたより若いのよね」
「あ、ああ…」
「だったら直ぐに読めるようになるわよー。さあやるわよー!」
 で、場所はどこ? 連れて行ってちょうだいとノリノリのレナに、メイジーとアレスディアは顔を見合わせ、レナの後について白山羊亭から出た。














 清廉なイメージがあるエルザードの中でも、少しだけ治安が悪い下町に、メイジーが暮らしている家がある。
 案内をしつつ、メイジーは家庭教師を頼みたい子供たちのことを2人に説明していた。

 一番下。マイト。男。遊びたい盛り。
 8歳。アッサム。男。読み書き×。やんちゃ。
 同じく。アスタ。女。読み書き×。病気がち。
 10歳。カナリア。女。読み書き△。おしゃま。背伸び。
 13歳。クライス。男。読み書き△。冷めている。

 どの子供も多感で一番成長する時期ともいえる子供たちだ。
 アレスディアは引き受けた以上、しっかりと教えようと決意新たにメイジーについていく。
 途中、ツンツンと、レナがアレスディアの肩を突いた。
「ところで、あなたは何を教える予定?」
「私は、読み書きや、計算の基礎などを教えようと思っている」
「ふむふむ。基本的な事ね」
「ああ。それらが出来ない子を中心に見たいと思っているのだが、レナ殿はどうされる?」
「そうね。あたしはカナリアちゃんとクライス君を重点的に引き受けるわ」
「了解した」
 上手い具合に役割分担も決まり、そうしている内にメイジーたちの家に着く。
「…………」
「……個性的な家、ね…」
 下町で、孤児で、殆どお金も無いことは知っていたが、家が半分倒壊しているとは流石に思わなかった。
 しかし、どうやら生活部分は壊れていない部屋を使っているらしく、あまり不便感じていなさそう。……慣れてしまっただけとも言えるが。
 メイジーは扉を開けて、家の中に入る。
 見た目はさておき、中は結構まともだった。
「おかえり、メイジー!」
「おかえりなさい」
「ただいま。アッサム、アスタ」
 名前は似ているが、二人は別に双子と言うわけではない。同時期に捨てられて拾われただけ。
「マイトは?」
「カナリアが見てる」
「そっか」
 答えたアッサムの頭をなで、呼んでくるように頼む。アッサムは「任せとけ!」と、胸をドンと叩いて家の奥へと走っていった。
「ん?」
 ピンピンとメイジーの服を引っ張るアスタ。
「このおねえちゃんたちは?」
 アスタの瞳が見ているのは、アレスディアとレナ。
 視線を受け、アレスディアは微笑み、レナは手を振った。
「今から説明するよ」
 ちょっと心配そうなアスタの頭をなで、メイジーは微笑む。
「呼んできたぞ!」
 そして、玄関から入った直ぐの部屋に、この家で暮らす子供たちが全員集まった。
 一通り名前と顔を一致させ、ヨロシクと軽い握手。
「あ、ごめん。オレまだ仕事なんだ」
 メイジーは申し訳なさそうに微笑み、鞄に手をかける。
 その瞬間、勉強と聞いて盛大に機嫌を悪くしていたアッサムの顔が輝いた。
 が、それを見逃すメイジーではない。
「帰ったらテストするからな。しっかりやれよ」
「ええ!!」
 がくっとあからさまに肩を落としたアッサムに、つい苦笑するアレスディア。机にじっとしていられないというアッサムに、なんとも懐かしいモノを感じてしまう。
「じゃあ、よろしくな」
 そうして、メイジーは配達へと向かっていった。















 レナは手にしていた恋愛短編小説に一度視線を落とし、カナリアとクライスの元へと歩み寄る。
「あなたたちは、下の子達と違ってそれなりに読み書きはできるのよね」
「ええ」
「……まぁ、それなりに」
 自信満々に頷いたカナリアとは裏腹に、クライスはどうやら乗り気ではないようで、レナからぷいっと視線を外してしまう。
 そういえば、メイジーがクライスのことを少々扱い兼ねていると言っていたような気がする。
「そうね。カナリアちゃんは一緒にこれ、読まない?」
 それは、先ほど確認するように視線を落とした恋愛小説。
「本くらい読めるわ」
「でもこれはちょっと難しいわよぉ?」
 レナはニコニコと微笑んで、カナリアに持っていた本を手渡し、クライスに視線を向ける。
 クライスは何やらそそくさと荷物をまとめ、家から出て行こうとしていた。
「どこ行くの?」
「……靴磨き。少しでも稼がないといけないから」
「どうして? メイジーちゃんの収入じゃ足りないの?」
「食べて行く分には足りてるけど。それだけじゃ……」
「??」
 クライスには何かしら事情があるらしいが、流石に今日出会ったばかりのレナにそれを打ち明けるほど素直でもないようだ。
「靴磨き。ね」
 レナはクライスが言った仕事を呟き、そのスペルとくいくいっと指先を動かして空中に書いてみせる。
「!!?」
 驚いたような表情を見せたクライスに、レナはにっこりと微笑んだ。
「こうやって書くのよ。知ってた?」
 どんな商売であれ看板が有ったほうが人目にだってつき易いし、分かり易い。だが、クライスは一度レナを見上げたのみで、ぷいっと視線をそらすと、荷物を抱えて飛び出すように出て行ってしまった。
「あらら…」
 何か悪いことでもしたかしら? と、レナは首を傾げるが、思い当たる節も無い。
 しかし、なんと言うか、あれならばメイジーが扱いかねるのも何となく分かってしまったレナでもあった。
「これ、ちょっとおかしいわ!」
 きょとんとしたような表情でクライスを見送ったレナの背後で、カナリアが不平不満の叫びを上げる。
 レナはどれどれとカナリアの元へと歩み寄った。
「お話がちぐはぐよ」
 全然面白くない! と、憤慨して本を投げ捨てそうになるのを押さえて、その隣に座り本を開く。
「どの辺り?」
「ここよ」
 それは主人公が恋人に愛を囁くシーン。
「“永遠の君は愛しい”っておかしいじゃない!」
 だって、その後は恋人が感動している場面に続いている。
「そこはね。“君を永遠に愛してる”って言ってるのよ」
 カナリアの眼が瞬かれる。
「どうして?」
「この動詞は、こっちじゃなくて、こっちにかかってるから」
「え?」
 もしかして、今まで読んだ小説も動詞のかけ方が間違っていて、本当の面白さを知れていなかったのかもしれない。
「一緒に読も。その方がきっと楽しいわよぉ」
 レナはカナリアに向けてウィンクする。
 恋愛小説を読んで空想を広げられるのは女の子の特権。それが上手く感じられないなんて切ない。
 カナリアも自分が間違っていたことに少々顔を赤らめながら、素直にレナの隣にストンと座りなおした。







 元々頭はそれなりに良かったのだろう。レナが持ってきた恋愛小説を一緒に読んだ成果は直ぐに現れ、カナリアは自分が集めた本を持ってくると、黙々と読み始めた。
 その姿を見て、レナはにっこりと微笑む。
「ねー」
「わっ!」
 べちょっと背中に何か圧し掛かる。
「あら、マイトくん。どうしたの?」
「マイトねー。これー」
 名前を呼ばれたマイトは嬉しそうにばんざいして、レナに手作りのような積み木を差し出す。
 ふと視線をこっそり移動させれば、なぜだかマイトの遊び相手として連れてきた使い魔の猫が、部屋の隅で疲れたと言わんばかりにぐったりとしていた。
 つい苦笑が浮かぶレナ。が、引き受けたのならば、遊びも勉強の内。
「積み木好き?」
「うん!」
 ちらりと振り返れば、超集中力でカナリアは本を読んでいる。
 逃げるように出て行ったクライスは気にかかったが、レナはマイトの頭を一度撫でると、ぐっと腕まくりして、
「よーし。お姉ちゃんいっぱい積むわよー」
 と、積み木遊びに付き合うことにした。
 ふと、今頃アッサムやアスタの方はどうなっているのかなと視線を向ければ、まるでカルタのようにカードを取り合っている。
 よくよく耳を澄ましてみると、アレスディアが計算式を出し、その答えを散らばったカードから見つける。というような遊びのような勉強のようなものをしているようだった。
(楽しそうなことやってるのね)
 子供は遊びが好きだ。ならば、その勉強さえも遊びに切り替えてしまえば、楽しくもあり身にもつく。
(ちょっと行ってみようかしら)
 ちらりとカナリアを振り返る。
 やはりこちらの動きなど気づいていないようで、熱心に読みふけっていた。
(正しい読み方を知って、楽しくて仕方ないんだわ)
 恋愛小説を一緒に読むというのも、教えると言うよりは、話に対して気持ちを共有したり、意見を言い合ったり。それがちゃんと身になっているから子供って凄いと思う。
「マイトくん。ちょっとあっち見に行ってみよう」
 レナはマイトをだっこして、アッサムとアスタの元へと移動した。
















 レナがマイトを抱っこして近づいてくる姿を見止め、アレスディアは顔を上げて軽く挨拶する。
「カナリアちゃん凄い集中力」
「そのようだな」
 ページをめくる速度は余り速くは無いが、本をちゃんと租借して読む姿は真剣そのもの。
「ところで、クライス殿は?」
「荷物まとめて行っちゃった。靴磨きの仕事ですって」
「そうか…」
 少々顔を曇らせたアレスディアに、レナは同意するような言葉をかける。
「やっぱり気になるわよね」
「ああ」
 メイジーにもその心内を話さないクライス。
 首を突っ込むべきか、やはり迷う。
 ふと、視線を落としたアッサムとアスタが書き綴っている数字に、レナは顔を輝かせた。
「凄い! 計算、できるようになったのね!」
「文字も、まだ書けぬが、一番簡単なものならば読めるようにはなられた」
 それなら。とレナはにっこり笑ってマイトを床に降ろす。
「よーし! お姉ちゃんが2人の名前の書き方、教えてあげるわ」
 光る指先。
 空中に描かれる、アッサムとアスタのスペル。
 これにはちびっ子2人だけではない、アレスディアも感嘆の声を上げて見つめた。

















 夕方。配達が終わったメイジーが家に帰ってきた。
 ちゃっかりとその前にクライスも帰ってきていたのだが、関わりたくないのかそそくさと部屋に篭ってしまい、結局取り付く島もなく過ぎてしまった。
 家の前まで見送られ、
「ありがとな。なんか、凄い楽しかったみたいだ」
「なに、礼を言われるようなことはしておらぬよ」
「そうね。少し一緒に本を読んだら、凄い勢いで他の本読み始めちゃったから、私の出番は余り無かったかも」
「そんな事ないさ。本当にありがとう」
 メイジーは家の中の子供たちに見えないよう、入り口の扉を閉め、鞄をごそごそと探る。メイジーが目当ての物を探り当てる前に、アレスディアが言葉を切り出した。
「それと……メイジー殿、良ければ今日だけでなくまた来させてもらえれば嬉しいのだが……どうだろうか?」
「それは、助かるけど……毎回ってほど余裕ねぇからさ」
 メイジーの鞄を探る手が止まり、悔しそうに唇をかみ締める。
 このままでは、やはり報酬を払えないからと断られてしまいそうで、アレスディアは言葉を募らせる。
「報酬は皆が立派に巣立ってからの後払い。巣立つまでがこの依頼とさせていただきたいのだ」
「え?」
 それならばいいであろう? と、メイジーに問いかければ、メイジーは感極まったように俯き、かすれる声で「ありがとう」と言った。
「そっか、これ依頼だったのよね」
 家庭教師という言葉や、先生と呼ばれることにトキメキを覚えていたレナは、今思い出したようにポツリともらす。
「あたしも、暇な時は顔だしてあげるわ。クライス君もちょっと気になるし」
「クライスがどうかしたか?」
「え? あ、ごめん。なんでもないのよ!」
 レナはそれだけ告げて、じゃ〜ね〜と、手を振って下町から去っていく。
「では、私も失礼するよ」
 そして、その背を追うようにアレスディアも帰路に着いた。

































☆―――登場人物(この物語に登場した人物の一覧)―――☆


【2919】
アレスディア・ヴォルフリート(18歳・女性)
ルーンアームナイト

【3428】
レナ・スウォンプ(20歳・女性)
異界職【術士】


☆――――――――――ライター通信――――――――――☆


 Mission6:未来の希望を導け!にご参加ありがとうございました。ライターの紺藤 碧です。
 家庭教師ありがとうございました。子供たちも楽しく学べたようです。一人を除いて。クライスはまぁ仕方がないので、気に留めないで下さい。それと次に続くような終わり方をしましたが、参加を強要するものではありませのでご安心ください。
 初めまして!明るい感じのお姉さんという印象だったので、そんな感じで書かせていただきました。恋愛小説を使っての講座はカナリアにとってだいぶ役に立ったようです。クライスは絡められずすいませんでした。
 それではまた、レナ様に出会えることを祈って……