<PCクエストノベル(2人)>


〜水の都へようこそ〜


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【冒険者一覧】

【3434/ 松浪・心語 (まつなみ・しんご) / 異界職】
【3573/フガク (ふがく) / 冒険者】

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 ルクエンドの程近く、エバクトに住んでいる義弟を訪ねたのは、夏まっさかりのある朝だった。
 ここのところ、まるでふさぎ込むかのように元気をなくしている義弟の松浪心語(まつなみ・しんご)に、何とか元気を出させようと、一念発起したからである。
 フガク(ふがく)は普段、聖都エルザードの海鴨亭を常宿にしているが、エバクトにはちょくちょく足を運んでいる。
 無論、事前にある人物とかち合わないように、調べてから出かけるようにしている。
 それは、三人が三人とも、不愉快な時を過ごさないための、一種の自衛手段だった。
 だが、どうやらその相手も、最近はエバクトにすら足を踏み入れていないようで、もっぱらフガクが義弟の家に入り浸っていた。
 悩みの種が何であるか、フガクも薄々気付いてはいるが、それに対する自分の意見は既に心語に表明しているし、翻すつもりもないので、せめてそんな「日常」から脱出させたいと思っていた。
 思いついたのは小旅行である。
 1泊2日ほどの短い期間で、それなりに心も体も休められそうな場所――普段冒険をする時と同じように、条件だけ決めてから、観光地の情報を集め始める。
 その中から、3ヶ所を候補にあげ、結局1つに絞り込んだ。
 場所は「アクアーネ村」である。
 アクアーネ村は、聖都エルザードと他の地域との小さな中継点である。
 旅馬車や巡回馬車が行き交い、なかなかににぎわっている村であった。
 別名「水の都」とも言われ、村中に張り巡らされた運河が特徴的である。
 運河にはゴンドラが浮かび、観光客はその上から、村中を見て回るのが通例でもあった。
 村の歴史自体は古く、遺跡が発掘されることもたびたびある。
 水底にゆらゆらと揺れる古代遺跡の姿はひどく幻想的で、一時の日常を忘れるには絶好の場所でもあった。
 フガクは旅馬車を予約し、心語をアクアーネ村へと連れ出した。
 あくまで旅行なので、荷物は最低限、しかも軽装で現地へと向かう。
 聖都からはそこそこ離れた場所ではあるが、早朝出発したことが功を奏して、昼前には村に到着した。
 荷物もあまりないし、宿もたくさん立ち並んでいたので、ひとまずゴンドラに乗って市内を観光してから、宿探しをしても十分間に合いそうだった。
 各地を旅して歩いたフガクは、乗り物酔いとは無縁だったが、心語はちがう。
 村に着いて最初にした行動は、村の雑貨屋に立ち寄り、酔い止めと浮き輪を買うことだった。
 ゴンドラに乗ると、他の観光客に混じって観光を始めた。
 フガクは比較的船の縁に近いところに陣取ったが、心語は船酔いを警戒して、真ん中あたりに座った。



フガク:「いーい眺めだねえー…」
心語:「…そう…だな…」
フガク:「水もきれいだしさ、建物も、ま、ちょっと古いけど、風情があっていいね。ほら、あそこに珍しい鳥がいるよ」
心語:「青い鳥…?」
フガク:「だねえ。いさな、お前、幸せになれちゃうかもよ?」
心語:「見ただけでは……幸せに……なれないのでは……?」
フガク:「どうかなあ…そのあたりはさ、気の持ちようってやつ? お、水の中、見てみな、遺跡が見えるかもしれないんだってさ」
心語:「遺跡…?」
フガク:「そっからじゃ見えないってば。もうちょっとこっち寄ってみろって」
心語:「(恐る恐る近づいて)……」
フガク:「そのままじっと見てな」



 船が揺れるたびに元の位置に戻る心語を、笑いながらフガクが支え、ちらちらと運河の奥に見え隠れする、古代の遺跡の影を探す。
 心語を支える時も、なるべく船が揺れないようにフガクは注意した。
 陽光の照り返しの合間に、何か石のようなものが見えたが、全体像はうかがえなかった。
 ただ、その石ですらも非常に大きな物だったため、遺跡全体も途方もなく大きなものなのだろうということは推察できた。
 同じゴンドラに乗る子供たちが、たまに水の中に手をいれ、きらきらとした水しぶきを跳ね上げる。
 それをまぶしそうに眺めながら、心語は空気に含まれる水のさらりとしたにおいを胸いっぱいに吸い込んだ。
 ゴンドラで市内を一周し、桟橋から地面に降り立ったふたりは、今夜の宿を探しに大通りに向かった。
 宿は宿で、どれも綺麗な色で壁を塗り、看板も凝っていて、目を楽しませてくれる。
 その中で、窓枠が薄い水色に染められた宿に決め、ひとまず荷物を置いて、ふたりはまた町の中に散策に出た。
 夕方になると急に気温が下がり、水のにおいが濃くなる。
 店先に椅子やテーブルを置いた、露店風の食事どころを見つけ、ふたりは腰を落ち着けた。



フガク:「ここは魚が美味いんだって」
心語:「水の都……だからか……?」
フガク:「そうそう、身の味が淡白だから香草と炒めたものとかさ、煮込んだものとかも美味いらしいね」
心語:「お勧めは……?」
フガク:「ちょっと待った。あ、そこのお姉さーーん!」


 フガクは店の人間をひとりつかまえ、根掘り葉掘り、まるで冒険の情報を聞き出すかのようにこの村の名物について聞いていった。
 その結果、見事な名物フルコースがテーブルの上を華やかに飾り、ふたりはそれらを心ゆくまで堪能したのだった。
 食事を終え、夜のかがり火に照らされた運河沿いを散歩しながら、昔語りに花を咲かせて帰路につく。
 心語を先に部屋に行かせて、フガクは宿の主人に、最近見つかった遺跡について尋ねた。



フガク:「いくつかあるらしいって訊いたんだけど」
主人:「そうだなぁ…比較的でかいのは村の北の方にあるぜ。半分水没しちまってるから、中に入るのは難しいけどな。何しろでかすぎて、引き上げもままならねぇんだ」
フガク:「うーん、それじゃ遺跡散策ってわけにはいかないよねぇ」
主人:「中を見たいのか? じゃ、あそこがいいな」
フガク:「お? どこどこ?」
主人:「東の外れに、引き上げたばかりの小さな神殿がある。水の精霊が祀られてたみたいだが、祭壇は崩れちまったんだ。だが、見事な彫刻がされた柱がいくつも残ってるぜ。あとは、その近くに、昔の巫女たちが使った沐浴場の跡もあったな」
フガク:「へぇ…面白そうだな」
主人:「あのあたりは比較的安全だから行ってみな。午前中の方がいいぜ、日をさえぎるものがない場所だからな」
フガク:「了解。ありがとな、オヤジ!」


 銀貨1枚と引き換えに遺跡の情報を手に入れたフガクは、心語にその話をしてやってから眠りについた。
 翌朝、軽めの朝食を宿の一階にある小さな食堂でとってから、ふたりは教えてもらった遺跡に向かった。
 


フガク:「でっかいなーーこりゃ!」
心語:「…!」
フガク:「小さな神殿って、宿のオヤジは言ってたけどさ、これ、全然小さくないよな?!」
心語:「…ああ」



 神殿は白い石で作られていた。
 ところどころに何か青い石がはめこまれていたが、おそらくそれは装飾のためで、見ようによっては水中に浮かぶ泡のようにも見受けられた。
 やや傾いたり、ひびが入ったりしている柱の間を奥へと進むと、完全に瓦礫の山と化した祭壇が目に入った。
 若干祀られていたという精霊の姿を模したレリーフが拝めるものの、それ以外は彫刻の痕跡すら残っていない。
 ふたりはきびすを返し、柱の彫刻にさわったり、天井付近を眺めたりしながら、神殿の入り口へと向かった。
 ここで、心語は小さな呼び声を聞いた気がしたが、フガクが何も言わなかったので空耳かと思い、共に神殿を後にした。
 続いて向かったのは、この神殿の巫女たちが、祈祷を行う前に使ったという沐浴場の跡だった。
 神殿と同じ石を使った箱型の沐浴場はとても広く、大きい浴槽の内側にも彫刻が施されていた形跡がある。
 ここには他に見るものはなく、ふたりは広い広い敷地内を、ただのんびりと散歩しただけだった。
 村に戻って来たふたりは、帰りの馬車をつかまえた後、宿から荷物を引き上げ、お土産屋に足を向けた。
 フガクが隣りの土産物屋に歩いて行ったのを見送ってから、心語は小さなガラスで出来た、水の精霊を浮き彫りにした小瓶を手に取った。
 瓶のふたに紙が下がっていて、「幸福をもたらす清水が入っています」と書かれている。
 もしかしたら、この小瓶が奇跡をもたらしてくれるかもしれない、と心語は魔瞳族の義兄のためにそれを買った。
 フガクに見つかるといけないので、急いでそれを懐にしまう。
 その時、ちょうどフガクがある物を手に戻って来た。



フガク:「こんなのは?」
心語:「…それは…?」
フガク:「『水花火』って名前だってさ。中には水を魔法で花の形にしたものが入ってて、割ると空に花火みたいに飛び散るらしい」
心語:「……きれいだな……」
フガク:「だね。いろんな色があるから、お前も見てみれば? 城のふたりの土産にも良さそうだ」



 フガクは、常宿の女将に天然の花で色をつけた香水の瓶を――いつも世話になっているのでちょっとばかり奮発した――、他の友人たちには清水で作った果実酒の小瓶を買った。
 心語は、いつも懇意にしてくれている城の姉弟に、フガクが勧めてくれた「水花火」をふたつ、それぞれの印象に合わせた色を選んで買った。
 


フガク:「忘れ物は?」
心語:「ない……な……」
フガク:「よしっ、じゃ、帰りますか!」



 ふたりは帰りの馬車に乗り込む。
 窓の外を見つめる心語の横顔が、ほんの少しだけやわらいでいるのを、フガクはほっとしたように眺めやった。
 どうやら、心語にとって、気分転換にはなったようだった。



 〜END〜
 
 
 〜ライターより〜
 
 いつもご依頼ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。

 今回はフガクさんと心語さんのおふたりの観光だということで、
 のんびりしていただきました。
 水の都の散策は、遺跡と運河がメインのようですが、
 古い歴史を持つだけに、
 何らかの伝説も眠っていそうですね。
 もしかしたら…貴重な宝も…?
 
 
 それではまた未来の冒険をつづる機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!