<ココ夏!サマードリームノベル>
『夏の光』
雑草が生い茂る広場の先に、古びた小屋がある。
その小屋で、診療所を開いている男性がいる。
男性を慕って、同居をしている少女。
それから、男性の治療を必要とし、ここに留まっている双子の姉妹の姿もあった。
姉の方は眠ったまま目を覚まさない状態で、ずっと長期間、ベッドの上にいた。
看病する必要も無い姉の側に、妹は付き添っていた。
希望を捨てずにいてくれた人が、いたから。
ぼろぼろの身体で、獣から少女へと姿を変えた千獣は、雑草を掻き分ける時間も惜しみ、診療所の人々のところに飛び込んだ。
診療所には彼女を待ってくれている人々の姿が変わらずあった。
持ってきたもの――フェニックスの羽根を、診療所の所長であるファムル・ディートに渡して、直ぐに治療薬を作って欲しいと頼み込む。
「分かった。しかし、ここじゃ出来ない。城の研究室を借りて慎重に行うから……それまで、キミ達はここで待っててくれ」
そう言って、ファムルは千獣とリミナ。
それから時が止まったままの女性、ルニナを置いて、エルザード城へと向っていったのだった。
* * * * *
「千獣、怪我早く治さないと……」
リミナの言葉に、千獣は首を左右に振った。
「どうして?」
「……必要、ない、から……」
「嫌なら……強要はしない、けど」
リミナは言葉、少なかった。
千獣は張り詰めた思いを。
リミナは複雑な思いを抱えつつ、診療所でファムルからの連絡を待っていた。
勿論、数分、数十分で知らせが届くことはなく。
数時間の時が経っていく。
2人とも殆ど言葉を交わさずに、ずっと待っていた。
「……お腹、空いたね。買い物行ってくるね。連絡来たら、呼びに来てくれると嬉しいな」
リミナはそう言い、千獣の頷きを確認すると、買い物用の手提げ鞄を持って診療所から出て行った。
千獣は1人になっても、怪我の治療もせずに、ただじっとその場に佇みながら、ファムルからの連絡を待っていた。
連絡が届いたのは、リミナが買い物から帰り、研究室で簡単な食事を作っている時だった。
ファムル自身ではなく、城から白衣を着た者と兵士が訪れたのだった。
「治療体制が整いました。患者を城に連れていきます」
「……私、も……」
「ご自身の治療をされてから、いらしてください」
兵士にそういわれてしまった千獣は、しぶしぶリミナの治療を受けることにした。
「傷薬は自由に使っていいって言われてるから」
リミナはファムルが作った薬を使って、千獣の手当てをしていく。
痛くても、沁みても、声一つ上げずに千獣は黙って治療を受けながら、運ばれていくルニナを見守る。
「私の服、着てね。粗末なのしかないけど……。ルニナが本当に元気になったら、きちんと働いて千獣にも可愛い服着せたいな」
そんなリミナの言葉に、千獣は何も答えなかった。うん、とは頷けなかった。
着替えを済ませた後、城の兵士達と共に、千獣とリミナは馬車でエルザード城へと向う。
ファムルが借りている研究室に着いて直ぐに、ルニナの治療が始まった。
彼女の手から、時計のような形の魔法具が取り去られる。
彼女の時間が、久しぶりに動き出す。
目を覚ます前に、医者がルニナに点滴を始める。
ファムルがルニナの頬を軽く叩いて、彼女の目を覚まさせる。
「薬の時間だ」
そう声をかけると、ルニナは虚ろな目を瞬かせて医者やファムルに目を向ける。
リミナと千獣は部屋の隅で、気を張りながらただ見守っている。
「そう、ね……1秒でも、1分でも長く、生きられるの、なら……」
言いながら、ルニナはファムルに支えられて身を起こす。
そして、ファムルが差し出した赤い液体の入ったグラスを手にとって、一気に飲み干した。
「ぐ……ごほっ、ごほっ」
苦しげに咳き込むルニナをさすり、彼女が落ち着いたところでファムルはまた横にならせる。
「薬は不味かったと思うが、吐き出さないでくれ。余分には無いんだ」
「うん……」
胃のあたりを押さえながら、ルニナは目を瞑った。
ファムルは医師と共に、彼女の診察をした後、軽く手を洗ってから千獣とリミナの元に近づいた。
「大丈夫だ。体になんらかの拒絶反応が出ると不味いと思ってな、即効性ではなく、効果は緩やかになるように作成した。時間はかかると思うが、彼女は普通の人と同じような肉体を取り戻すことが出来るはずだ」
ファムルはそう、優しい眼で2人に言った。
その瞬間、リミナはその場にぺたんと座り込んだ。
千獣もまた、壁にトンと背をついて、そのままずるずると座り込んでいく。
* * * * *
一晩、二晩と時が過ぎて。
ルニナは直ぐには回復しなかったけれど、悪化する様子もなく、診療所や村に連れ帰ることは出来なくとも、千獣やリミナと会話をすることは出来るようになっていた。
ルニナと、リミナが会話する様子。まだルニナは苦しげだったけれど、笑い合う様子を目にして、千獣は1人思いを巡らせていた。
まだ、問題はあるけれど、死の影からは解放されて、2人でこれからも心から笑いあうことが出来るようになったの、なら。
聖殿に向った事件で、2人と出会ってから、随分月日が流れた今。
ようやく、リミナの願いを叶えられたのかな、と。
(……私の、役目は……終わった)
リミナがルニナを看病する様子を見ながら、そっと1人で考えていく。
(だから……私は、もう、ここに……いるべきじゃない)
なぜなら……。
(人でも、獣、でも……破っちゃいけない、ルールがある。それを、破った……のだから)
「千獣、何で離れてるの? お礼もっと言いたいんだけど」
ルニナの声が響く。
少しだけ、千獣は2人の側に近づいた。
「お礼……」
千獣は首を左右に振る。
それから、自分に穏やかな目を向ける2人に、分からないことを聞いてみることに、した。
「……大切に、するって……どういう、こと?」
その問いに、リミナとルニナが顔を合わせた。
「守りたい人、守りたいから、傷ついても守る。でも、傷つかないで、と言われる。……それは、リミナ達の心を、傷つけてることに、なるの?」
千獣の問いに、リミナは困ったような目を見せる。
それでも千獣は尋ね続ける。答えを得るために。
「……守ろうとして、傷つけて、しまってるいるの?」
「うん」
リミナは頷いた。
「体が守られる代わりに、心に傷がついちゃうのね。私が千獣を守って傷ついたり、死んだりしたら、千獣は嫌でしょ? それと同じ気持ちに私もなるってこと」
リミナの答えに、千獣は眉を寄せた。
「だとしたら……私は、どうしたら、いいんだろう……?」
「それは私もわからない……だって、千獣が傷つくのは嫌なんだもの。私だって、守りたい。同じ気持ちだから」
リミナもそう言った後、考え込む。
大好きな千獣の疑問を解消してあげたい。笑顔を見たいと思うのに。
リミナに千獣を喜ばせる答えを出してあげることが出来なかった。
また3人で笑い合いたいのに、その夢が叶いそうになくて。
でも、千獣が役目を終えたという気持ちを2人に語らないように、リミナも思いは秘めたまま、ルニナが介抱に向っていて幸せだという姿だけを、千獣に見せていた。
「そんなに強い思いなら、いいと思うよ傷ついたって」
そう言葉を発したのは、ルニナだった。
「互いに互いを大切にしたくて守りたいんなら、怪我も負担も片方だけに偏らないほうがいい。千獣が無茶をしてリミナが傷つくなら、それはそれで互いに怪我したってことだしね。千獣が痛いの我慢する代わりに、リミナも辛いの我慢すればいいじゃん」
そして、にやりとルニナは笑みを浮かべるのだった。
「2人共、考えすぎ!」
カーテンがふわりとゆれて、窓から太陽の光が射し込んできた。
ルニナの笑顔と良く合う強い夏の光だった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】
NPC
ファムル・ディート(NPC0463)
リミナ(NPC0980)
ルニナ(NPC0965)
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております。
ノベルのご発注ありがとうございました。
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