<PCクエストノベル(1人)>


〜1000年の時を渡るしずく〜



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【冒険者一覧】

【3434/ 松浪・心語 (まつなみ・しんご) / 異界職】

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 松浪心語(まつなみ・しんご)は、さんざん迷った末にやはり行くことに決めた。
 単独で探索や冒険に行くことには慣れていたので、その点についての不安はまったくないが、迷い続けていたのは、空耳の可能性も大いにあったからだ。
 だが気のせいと断ずるには、場所が場所なだけに早計だと心語は考えた。
 何十日も家を空けなければいけないような場所ではないし、観光地で交通の便も良いので、行くことにしたのである。
 疑問なのは、「あの声」が、なぜ同行した義兄には聞こえず、自分には聞こえたのか、ということである。
 義兄も聞こえていたのであれば、その場で原因を探ろうとしただろうが、そんなそぶりも見せなかったため、きっと聞こえていなかったのだろうと心語は思っている。
 ほんの少しの金と、念のためにまほらを背負って、心語は早朝に出発した。
 ああいう崩れかけた神殿には、邪なモノが棲みついてしまっていることもある。
 なるべく夜にならないうちに引き上げるのが賢明だろう。
 エバクトには一日に2往復、アリアーネ村に行く乗合馬車がある。
 涼を求めて骨休めに行く一行に混じって、心語は馬車に揺られながらアリアーネ村に向かった。
 聖都からの整備された街道とはちがって、でこぼことした荒地を行く馬車だったため、乗客の多くは途中で不満を口にし、うんざりとした表情になっていく。
 安さを売り物にした馬車なのだから、堂々と文句を言うことはできない分、彼らの愚痴は馬車中に蔓延した。
 元々生きている時間のほとんどを戦場で費やしている心語は、これくらいの荒地を行くことなど何とも思っていないし、自分の足で歩かなくて済むのはひどくありがたいことだと思っていた。
 だからアリアーネ村に着いて、腰や尻をさすり、不機嫌そうな顔をしながら降りて行く集団とは裏腹に、たいへん落ち着いた――アリアーネ村の清涼感に最もふさわしい表情で、その地に再び降り立ったのだった。
 一行が村の中に入って行くのを横目に見ながら、心語はその輪を抜け出し、村の東の外れへと歩を進めた。
 まだ朝の空気が水のにおいと共に流れて来る中、誰も周囲にいないのを確かめてから、心語は神殿の中に入って行った。
 声が聞こえたのはもっと奥だ。
 だが、念のために、入り口付近で一度止まって呼びかけてみた。



心語:「誰か…誰か…いるのか…?」



 反応はない。
 心語はさらに奥へと進む。


心語:「もし…いるなら…答えてくれ…!」


 声が聞こえたと思ったあたりに立ち止まり、心語は周囲に呼びかけてみた。
 一度、二度と呼びかけては注意深く天井付近や壊れた柱の陰などを見てみるが、特に目の前をよぎるものはなかった。
 半分あきらめて、最奥のくずれた祭壇の台座にふと目をやった時だった。
 台座の上が、ぼうっと青白く光っている。
 心語は目をみはった。
 一瞬背中のまほらに手をやりかけて、その光の玉があやかしのものではないことに気付く。



心語:「この前…俺に…」
精霊:『ありがとう…来てくれたのね…』
心語:「では…」
精霊:『呼んだのは私…昔ここに祀られていた者のひとりよ』



 精霊はふわりと浮き上がると、細かい水のしぶきのようなものを振りまきながら、心語のところまでやって来た。
 よく見ると、彼女の身体は透けている。



精霊:『私はもう…この世の者ではないの…』
心語:「そう…なのか…」
精霊:『そう。でも…どうしても…伝えたいことがあって』
心語:「俺で…良ければ…聞くが…」
精霊:『ありがとう…私の声が聞こえた人間はたくさんいたのに…来てくれたのはあなただけだったわ…』
心語:「なぜ…俺だけが…」
精霊:『そもそも心に憎しみを持っている人には、精霊の声は聞こえないわ。それにここにはもう旅人しか来ないから…あなたみたいに、気付いたとしても戻っては来ないのよ…さあ、こっちよ…!』



 精霊は心語の周りを旋回して、先導するように台座の方へと飛んでいく。
 足早に彼女を追い、台座の前で足を止めた。
 ふんわりと羽らしきものをたたんで、精霊が台座の奥の方にある割れ目のところに立ち、中を指差した。



精霊:『この中に…私の身体が入ってるの…』
心語:「身体…?」
精霊:『聖なる水の結晶体よ…私たちこの神殿の精霊は、死を迎えると結晶体になって、流れる水に1000年さらされ、その後また蘇るの』
心語:「1000年も…か…」
精霊:『私たちから見れば一瞬だわ』
心語:「そうか…」
精霊:『私はこの神殿に最後まで残った者だったの。ここが壊れて崩れてしまっても…この村も人間たちも大好きだったから…』
心語:「そうだったのか…」
精霊:『ええ。でも…私の命が尽きかけた時、この神殿を守る結界もなくなってしまって…知らない者たちがここを荒らして行ったわ…私は弱っていて、自分の身を守るのがせいいっぱいだったから、この神殿の脇を通っていた水路に入る前にここで力尽きてしまった…私の身体は台座の割れ目の中に落ちて…ここに来た人間たちに呼びかけても…戻って来てくれた者はいなかったの…あなた以外は』
心語:「…では…俺に…やってほしいこと…というのは…」
精霊:『この台座の中から私の身体を見つけて、水に還してほしいの…このままでは…永遠に蘇ることができなくなってしまうから…』



 うなずいた心語は、背中のまほらを抜いた。
 いくら割れた台座とはいえ、大きいものは手でどかすのは容易ではない。
 てこの要領でひとつずつ排除するしかなさそうだ。
 中にあるという結晶体が壊れないよう、慎重に力を入れ、石を浮かしてどかしていく。
 その間、精霊は水を含んだ涼しい風を心語に送ってくれた。
 黙々と作業は続き、したたり落ちる汗が全身をぬらし、空も茜色に染まる頃、やっと上部にあった大きな石をすべてどけることができた。
 細かい石は手で取り除き、慎重に結晶体を探す。



精霊:『あったわ! あそこよ!』



 精霊がうれしそうに、心語のすぐ上をくるくると飛んで回った。
 心語は精霊が指差すところをのぞき込み、そっと手を差し入れる。
 その指先に、ひんやりとした何かがさわった。
 ゆっくりと引き出すと、いろいろな「青」が混じった石が、夕焼けを反射してきらきらと光っていた。
 思ったより小さなそれに、不安げな顔で心語は精霊に向き直る。



心語:「これで…まちがいは…ないのか…?」
精霊:『ないわ! ありがとう!』



 こっちよ、と精霊は心語を水のある方へ呼んだ。
 両手で包むように持ち、心語は精霊の後に続く。
 神殿を出て、もっと東へ歩いたところに、細い川が流れていた。
 


精霊:『この中に入れてちょうだい』
心語:「わかった…」



 心語はかがみ、そろそろと手を水の中に入れた。
 一瞬、川の流れにそよぐように揺れ、その小さな結晶体はするりと心語の手の上から川の中へと転がっていく。
 見えなくなるまで、精霊と心語はその石を見守っていた。
 やがて心語が立ち上がると、精霊はにっこり笑って言った。



精霊:『あなたにお礼をしなきゃ』
心語:「気に…しなくていい…」
精霊:『そういうわけにはいかないわ! とっておきの魔法をかけてあげる』



 魔法と聞いて、心語の顔が少し曇ったが、精霊は意に介さなかった。
 歌うように心語にはわからない言葉をつぶやきながら、精霊は何度も何度も心語の周りを回り続ける。



精霊:『これでいいわ』
心語:「?」



 不思議そうな顔をした心語に、精霊は得意げに言った。



精霊:『これから1年の間、あなたはどんな水にも困らされないわ。飲み水にも、水害にも、身体の中の水にもね』
心語:「…?」
精霊:『あなたが喉が渇いたと思えば、水はその在り処をあなたに教えてくれるし、洪水や津波があなたのそばで起こりそうなら、あなたが逃げ切るまで待ってくれるし、炎の精霊に体内の水を干されそうになっても、近くにいる水の精霊が必ず守ってくれるわ! 他にも、水に関することなら、今後1年間、あなたは何も困らない』
心語:「それは…すごい…な…」
精霊:『ひとりの精霊の命を助けたんだもの、当然の報酬だわ』



 言葉をつむぐ間に、精霊の姿はだんだんと薄く薄くなり、空気に溶けていく。
 表情は変わらなかったが、心語はそれを、少し寂しく感じていた。
 そんな心語の心情を読み取ったのだろう、精霊は満面の笑みを浮かべて、小さな両手のひらを心語の頬にあてた。



精霊:『本当にありがとう…あなたとあなたの愛する人たちに、水の恵みがありますように…』



 それは彼女の最後の台詞だった。
 言い終わった瞬間、彼女はふうわりと風の中に消えた――心語の頬に、ひんやりとした冷たさをほんの少し残したまま。



〜END〜




〜ライターより〜
 
 いつもご依頼ありがとうございます!
 ライターの藤沢麗です。

 今回は心語さんにだけ聞こえた「声」を探す旅でしたね。
 水の護りが、心語さんの冒険の一助になるといいですね!
 精霊の最後の願いも、
 近いうちにかないますように…。
 
 それではまた未来の冒険をつづる機会がありましたら、
 とても光栄です!

 このたびはご依頼、本当にありがとうございました!