<東京怪談ノベル(シングル)>


+ ある暑い日の海水浴場にて +



「――と、言うわけでおぬしら二人にはこの海水浴場に出る魔物の討伐をお願いしたいんじゃ。宜しく頼んだぞ」


 と、「炎属性」という事で人手不足のところ、虎王丸とサクラ・アルオレが海水浴場の管理人の爺に魔物討伐依頼をされてから数時間。
 二人は己の纏っている戦闘服の中に篭る熱にそろそろ自分の限界を感じ始めていた。


「暑ぃ……くそ暑ぃ!!」
「ボクももう駄目〜。そろそろ何かモンスターが出てくれないと力が出ない〜。あーあ、折角の武者修行しながら素敵な恋を探そうと思っているのに今日の相手はこんなのなんて〜……」
「こんなのってなんだ! ん、ん、ん。しかし素敵な恋かぁ? 俺が色々相談に乗ってやるよ!」
「そのわきわきとした手が妖しい! 何そのにやにやした顔! 馬鹿っ!」
「ぐぉっ!!」
「……あー、叫んだらもっと暑くなった気がする〜」
「だ、だからって、股間を蹴る事は、な、ないんじゃ……」


 前かがみになった虎王丸は非常に情けない。
 その情けない相手を放置してサクラは自分の額に手を当て、小さな影を作る。二人を照り付けてくる日差しは容赦なく、もはや熱中症手前。
 意識はぐらぐらと揺れるも、いつ何時敵が現れるか分からない状況下では脱ぐことも出来ない。せめて、と持って来ていたタオルや手拭いを濡らし首などを拭ってみるがそれでも足りない。
 虎王丸もサクラもせめてもの抵抗と影場に移動して見張りを続けているが、一点だけを見張っていても仕方が無い。おかげで移動する際の汗はまるで滝のようだ。


「あと少ししても何も出てこなかったら今日のところは引き上げるってのはどうだ!」
「乗ったー!!」


 虎王丸の言葉に素早くサクラはぐっと拳を作って答える。虎王丸も虎王丸だが、彼女は彼女でもう暑さに限界を感じているのだ。乗らない手は無い。
 だが、そういう時ほど幸か不幸か、――現れてしまうのが不思議なもので。


「虎王丸、後! 海の方見て!」


 最初にその存在に気付いたのはサクラ。
 彼女の声に虎王丸は自身の刀の柄へと手を添える。海を見やれば其処にはあまりにも不自然な波が立っており、それが次第に盛り上がり大きく揺れた海水が砂場を濡らす。サクラも己の武器を構え、其れの出現に備えた。
 やがて現れたのは、一匹の巨大蛸。
 全長数十メートルはあるであろうその蛸にあんぐりと虎王丸は口を開く。だがすぐににぃっと口端を持ち上げ不敵な笑みを浮かべると、刀を構えた。


「こいつは、焼いて食ったら何人分になるかな!」
「食う気なの!?」
「ものの例えだ! 行くぞっ!!」


 くねくねとした蛸の足が向かってくる二人を敵と判断し、鞭のようにしなる。虎王丸は素早く飛び跳ね、サクラは逆に身を屈めてその攻撃をかわすが、傍に生えていた木々が一瞬にしてなぎ倒されてしまった。その攻撃力の高さに目を細めたのは虎王丸の方。サクラは僅かにげっと表情を歪めた。
 だが次の攻撃が来れば今度はこっちの番。
 二人は一気に飛び跳ねてその柔らかくぶよぶよした頭部に降り立つと、各々の武器を蛸の眼目掛けて突き刺す。
 その次の瞬間、痛みに耐え切れず暴れた蛸は二人へ足の二本を伸ばし、そして素早く彼らを捕まえた。


「ちょ、ちょっと離してー! うわ、ぬるぬるする〜っ!」
「蛸臭ぇ! ちょ、お、お、うおぉぉぉぉ!?」
「虎王丸!?」
「くねくねした動きに思わず踊りだす俺って素敵?」
「――ううん、馬鹿だと思う」


 虎王丸を捕まえている蛸の足がぶんぶんっと上下に振れば、彼は負けじと身体を左右に振り、足をばたつかせてみる。一見すれば蛸踊り。くねくねした動きで場を和ませてみようとするも状況は変わらず、むしろサクラににっこりと笑顔で突っ込みを入れられる始末。
 仕方が無いと、蛸の足に手をつき身体を左右に捻ってなんとか隙を見て抜け出すと、虎王丸はそのまま一気に足を伝い、再び頭部へ向かって駆け出す。途中吸盤に足を取られそうになり、こけそうになるがそれはそれ。吸い付かれる前にタンッと足を蹴ると彼はそのまま刀を縦に構え、勢い良く脳天に突き刺しそのまま体重をかけ上部から一気に裂いた。


「いっけぇー!!」


 次第に摩擦のよって速度は落ちるが、蛸へのダメージは凄まじくサクラを捕らえていた足が緩んだかと思えば蛸はそのまま海の中へと沈んだ。浅瀬だった為完全には沈む事は無く、既にひくひくと足の先を動かす程度の力しか残っていないようだ。
 虎王丸は刀を抜き取ると柄に戻し、ふぅと息を吐く。サクラの元へとゆっくり寄り、蛸の足から抜いてやろうと手を差し伸べる。
 サクラも素直にその手に手を重ねようとした――が。


「虎王丸、後ッ!!」
「え」


 サクラの切迫した声、――ヒュンッ、と何かが空気を裂く音がほぼ同時に聞こえたかと思えば。


「うぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーー!!」


 現れた半透明の何かの細い管のようなものが虎王丸に触れた。
 そしてその瞬間、虎王丸は全身が痺れる様な……いや、実際感電していた。骨が透けて見えるような錯覚をサクラは覚えながら、彼女は再び炎精剣を構えた。
 もはや迷っている暇は無い。


「てぇい、炎精剣っ!!」
「ちょ、ちょっと待てー!!」


 サクラの必殺技でもある炎精剣。
 炎の精霊サラマンダーとの契約により燃え盛るその剣は虎王丸に触れている「何か」に向かって振り下ろされる。虎王丸は剣が持つ威力を知っている為、根性でぎりぎり「何か」から抜け出し、逃げた。剣によって切られたそれはビチャンッと音を立てて崩れ落ちる。
 虎王丸が自分を感電させた其れが何なのか確認しようと、まだ痺れた身体のまま近づく。だがその間にサクラは敵本体目掛けて再び炎精剣を喰らわせていた。
 やがて二体のモンスターが海に浮かぶ。
 虎王丸は自身を痺れさせたものは巨大電気くらげだという事に気付くと、彼は切られた身体の一部を海に投げ、それからサクラに向かってによっと笑みを浮かべた。


「いよっ! 必殺の炎精剣!!」
「馬鹿っ! 痺れておいて何ふざけてんのさ!」
「いつもながら服ボロボロだな〜」
「っ……! だからあんまり男の前で炎精剣使いたくないのに! 見るな、馬鹿ー!」


 炎精剣は使用者の肉体には作用しないが、服が燃えてしまうというマイナス面がある。
 それが分かっているからこそ、サクラは男の前では使いたがらない。今もそう。焦げてはいるがぎりぎり服としての形は残ってはいるものの、肌は普段より露出し見る人は見れば魅力的な姿である。ギリギリと歯軋りをするサクラの姿を見て、虎王丸はぷっと笑う。
 彼女は魅力的ではあるが、どちらかというと年上の方が好きな彼にとっては可愛い妹分もしくは友人のような存在でしかないのだ。


「サクラ、これやるよ」
「何よ」
「ほら、これ着てたらマシじゃん? なんせ此処は海水浴場なんだからよ」
「虎王丸、これって……」


 木の茂みに隠しておいた包みを虎王丸は取り出す。
 サクラは其れを素直に受けとり中身を出せばそれが中々お洒落な女性用水着である事に眼を丸めた。オレンジ色を基調とした可愛らしい水着はサクラによく似合いそうだ。


「虎王丸、あ、あり、ありが」
「よっしゃ、俺も泳ぐぜー!」
「っ、なんでそこでそっちは褌なのよー! 水着くらい買いなさいよー!」
「んな洒落たもん買う金がねえんだよ! ほーれほれ、男ならやっぱ褌だろ!」
「いやぁああああ! 馬鹿虎王丸ー!」


 礼を言おうとした唇は一変し、今度は褌一丁になった虎王丸を本気で嫌がるサクラ。
 じりじりと近づいてくる虎王丸は傍から見ればまさに変態。変質者。


 その後、管理人の爺にモンスター討伐については感謝されたものの、虎王丸の両頬が真っ赤に腫れ上がっていたのは――もはやお約束である。


 完。






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■   登場人物(この物語に登場した人物の一覧)  ■
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【1070 / 虎王丸 (こおうまる) / 男性 / 16歳(実年齢16歳 / 火炎剣士】

【NPCS014 / サクラ・アルオレ / 女性 / 14歳  / 精霊戦士】


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■         ライター通信          ■
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 こんにちは、発注有難う御座います!
 まだまだ暑い日々の中、それに関係するプレイングを有難う御座いましたv
 楽しく書かせて頂きましたので、虎王丸様も楽しんで頂けましたら幸いです!