<PCシチュエーションノベル(ツイン)>


〜魂に刻まれた憎悪の糧〜


「うぁあああ〜〜〜、つっかれたぁあああーーー」
 ドアに近い場所から、盛大にベッドに飛び込んで、フガク(ふがく)はここ数日の疲れを言葉にして吐き出した。
 今回の依頼は苦労に苦労を何重にも上塗りしたような、それはそれは大変なものだった。
 そもそもの発端は、聖都エルザードのギルドで見かけた、法外な金額の依頼だ。
 ちょうど蓄えが底をついていたこともあり――そもそも懐が温かかったことなど、ここ最近なかったが――、思わず内容も確認せずに飛びついてしまったのだ。
 まあ、受けてから確認はしたが、それでも特に断る理由は見つからなかった。
 ただ、数日前から掲示されていたようなのに、この破格の条件に乗る者がひとりもいなかったことは気になったが。
 その理由は、身をもって証明された。
 内容的には、エルザードからルナザーム村まで、子供をひとり連れて行くだけの護衛の仕事である。
 聖都の学校に通っているその子供は、ちょうど長期休暇に入り、ルナザーム村に住んでいる親戚の家へ遊びに行く算段になっていたらしかった。
 子供とはいえ、聖都の金持ちの家の一人息子である。
 途中で誘拐やら追いはぎやらに遭う可能性も、十二分にある身分だった。
 思えば、使用人がその少年を連れて来た時から、不穏な空気は漂っていたのだ。
 口をへの字に曲げ、生意気そうな鼻っ柱と目つきが印象的だった。
 そしてその見立ては、行動にも現れたのである。
 専用の馬車の中で、子供はわがまま放題、やりたい放題を貫き通した。
 止めようとすれば引っかかれ、「雇われ者のくせに!」といっぱしの口まできかれ、高級そうな繻子のクッションが顔面に飛んで来た後は、さすがのフガクも無視を決め込むしかなかったのだった。
 幸い道中は何事もなく順調で、当初予想していた時間どおりにルナザーム村に到着した。
 そこで残りの礼金をもらったのだが、どう贔屓目に見ても、割に合わなすぎる仕事だった。
 いっそ、治療費や精神的苦痛に対する慰謝料もほしいくらいだ。
 ルナザーム村で一休みするという手もあったのだが、あの子供の顔を見るのも嫌で、とにかくフガクはその村を出た。
 帰りはみすぼらしい乗り合いの馬車だったが、今後の経済事情を考えると、あまり無茶な使い方は出来ない。
(俺もそろそろ、家、探そうかなあ……)
 ガラガラと馬車に揺られながら、フガクはぼんやり、そんなことを思った。
 聖都の海鴨亭は常宿となっていて、一階にあるこぢんまりした食堂も、恰幅も面倒見もいい女将も気に入っている。
 しかし如何せん、宿代が毎日かかるのは正直つらかった。
 窓の外に広がる草地を眺めやり、次に見えて来た小さな村で宿を求めることにした。
 とにかく今すぐにでも、ベッドに入り込みたい気分だったのだ。
 足をずるずる引きずって、村に一軒だけあった宿に行き、部屋に入ったとたん、フガクはベッドに飛び込んだ。
 ふかふか、とまではいかないが、地面の数十倍は気持ちの良いベッドに倒れると、疲れがどっと押し寄せて来る。
 耐え切れずにあくびが出て、まぶたが急に重くなった。
「も……ム、リ……」
 目をこじ開けようとするも失敗して、フガクはそのまま、眠りに落ちた。
 
 
 
「……ク……」
 遠くで、聞いたことのある声がした。
「うぅ……誰……だよ……」
 眠ったばかりなのに、とフガクはかすかに抵抗を試みる。
 だが、その声は抗いきれない何かを持っていて、仕方なくフガクはその目を開けた。
「おはようございます、フガク」
 目をこすりつつ起き上がったフガクに、やわらかな声がかけられた。
「へ?!」
 すっとんきょうな声を出しつつ、顔を上げたフガクの目に、見知った姿が映った。
 青の目と髪を持つ、線の細い、だが芯の強い青年だ。
「静……四郎……」
 部屋に備え付けの、ありきたりの木のテーブルの上に、お茶の支度が出来ている。
 何故彼がここにいるのか、フガクは不思議に思った。
 その感情が顔に出たのか、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)はにっこりと笑って手招きする。
「仕事続きでお疲れなのではありませんか?またわたくし達の大事なあの子に心配されてしまいますよ」
 台詞の後半は、少し冗談めかした調子で締められる。
 ベッドを降り、誘われるように向かいに座ったフガクに、静四郎は琥珀色の茶と、甘い焼き菓子を勧めた。
 いつの間にか疑問は消し飛んで、カップを取り上げ、フガクは肩をすくめた。
「あいつもお前も心配性だからなぁ……」
 茶は鼻先で芳しい香りを振りまく。
 白い湯気をたてた琥珀色のそれを、ゆっくりと喉にすべらせ、ほっと息をつく。
 何だかこの味を、久しぶりに味わったような気がした。
(ずいぶん長いこと、この味から遠ざかってたよな、俺……)
 両手のひらの中にカップを握りしめ、フガクは、つと視線を茶に落とした。
 薄暗い気持ちが、胸の奥底に澱んでいる。
 それは時に、火箸のように赤く燃え上がって、己の心を焼き焦がした。
 激しい痛みと後悔に、フガクはさらにこうべを垂れる。
「今さらだけどさ……」
「はい」
 自らも茶を口に運びながら、笑みは消さずに静四郎は短く答えた。
 一瞬、ためらうような素振りを見せ、フガクは口をつぐむ。
 だが、次の瞬間、大きく横に首を振ると、バッと顔を上げた。
「あの時は悪かった……許してくれ……」
 静四郎の目がやや細められた。
 自分が何に対して謝っているのか、あえて言わずとも静四郎は理解したようだ。
 フガクの唇が、震えながら、言葉をつむぐ。
「いつも……いつもさ……俺とあいつを……いさなを、さ……誰よりも心配してくれて……気遣ってくれて……ありがとな……ホント……心から……感謝してる……」
 テーブルの上に置いた両手をこぶしの形に握って、フガクはつらそうな顔で静四郎を見た。
「わかってる……許してくれ、なんて……俺には言う権利、ないんだよな……でも、でもさ……」
 うつむいて、きゅっと唇を噛む。
 何を言えばいいのかわからなかった。
 ルクエンドで静四郎を置き去りにした時、死んでしまえばいいと思った気持ちは嘘ではない。
 このまま、戻って来なければ――けれど、そんな醜い感情に支配されて、苦しくなかったわけがない。
 ずっとずっと苦しくて、だが許してもらえることではないこともわかっていて、フガクはひとり、揺れ惑う自分の感情に板ばさみにされていた。
 ぐっと言葉につまり、黙りこくっていたフガクの耳に、ルクエンドの清水のような、慈愛に満ちた声が届いた。
「フガク…」
 フガクはおずおずと顔を上げた。
 静四郎は、そっと笑った。
 それはいつもと変わらない、彼の自然な微笑だった。
「静四郎…」
 その微笑みに気付き、フガクの頬を涙が伝った。
 引き結ばれていた唇が、苦い笑いを形作る。
 ああ、そうか、そういうことなのか――フガクは、心の中がすうっと晴れて行くのに気がつき、――そして。
「…!!」
 突然、大きく目を見開き、フガクは目を覚ました。
 両手は毛布の上に投げ出され、頭も枕から落ち、足は靴を履いたままだ。
 どうやら、部屋に入ったと同時に眠ってしまったようだ。
 のろのろと、フガクはベッドの上に起き上がった。
 頭に手をやり、乱れた髪をかき回して、ふう、と吐息する。
「夢、か…」
 何と自分に都合のいい夢なのだろう。
 静四郎が、自分の罪を何ひとつ責めずに、ただ笑って許してくれるなど。
「あんなことして…そんな簡単に許してもらえるかよ…」
 苦々しげにつぶやいて、フガクはまたバタンとベッドの上に横になった。
 だが、ふと今自分がつぶやいた言葉を頭の中で反芻して、大きな衝撃を受けた。
「許してもらう、だって……?」
 その瞬間、フガクの心の中に多くの感情が渦を巻いて、吹き出した。
 同じ少数種族ながら、自分達を踏み台にして故郷の世界で栄華を極めた魔瞳族への怒り、そしてそんな魔瞳族に大昔に造られ、今も利用され続けている戦飼族としての己を、そう生まれたというだけで肯定して生きて行かなければならない理不尽さ、さらに、自分が消えていた間に培われた静四郎と義弟の仲の良さと、憎悪すべき魔瞳族である静四郎に素直に好意を示せる義弟への嫉妬――あらゆる負の感情が、フガクを取り巻き、縛り、押しつぶそうとする。
 だが、それも。
「身代わり、だったんだよな……」
 フガクは、ようやく自分の本心にたどり着いた。
 苦しさや憎しみの果てに、苦く痛い事実をつかみ取って、己の血を流す心にゆっくりと答えを差し出す。
「ああ、そうだ…俺は…あいつを…単に魔瞳族だっていうことだけで…憎しみの対象にしたんだ…」
 それは生き人形さながらの戦飼族の魂に、刻み込まれた怨念なのかも知れない。
 もしかしたらそれを完全に拭い去ることは、難しいのかも知れない。
 けれども、いつか。
「…俺は…お前に…いつか…いつか…」
 フガクは、天井を見つめ、つらそうに微笑んだ。
(ちゃんと謝れる日が…来るんだろうか…)


〜END〜



〜ライターより〜


いつもご依頼、誠にありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。

ようやくフガクさんの憎しみの根源が見られました…。
つらいつらい事実を、認めることになってしまいましたが、
今後、静四郎さんとの関係がどうなっていくのか、
そっと見守らせていただければと思います…。

それではまた未来のお話を綴る機会がありましたら、
とても光栄です。
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!