<東京怪談ノベル(シングル)>
極みの道は、一日にしてならず
高く険しい山の頂上付近にあるその古城の中庭では、ガイを含めた闘神教団の男達が集まっていた。
今日は、この中庭で組み手が行われるのだ。
日頃、仲が良い自分達だが、己の格闘技と筋肉はどの程度のものか知るには、これ程良い修行はない。皆、滾る思いで臨んでいるとガイは思う。
「次、ガイ!」
ガイは名前を呼ばれ、集団から躍り出た。
続けて対戦相手が呼ばれ、ガイと相対する位置へ躍り出てくる。
互いに顔を見合わせると、己の筋肉を誇示せんとポージングを取る。これは、闘神教団における試合前の礼である。相手へ敬意を払うと同時に自身の気合を最高潮に高めるのだ。
(滾ってくるぜ…!)
己の筋肉を誇りとすること、それが最高のエッセンス。
異世界から召喚されたガイだが、この教団と出会えたのは何よりものことだろう。
じりじりと空気が高まり、合図されるまでもなく、白熱の組み手が始まる。
間合いを測るようにガイはじりじりと距離を詰める。
対戦相手は、ガイのいた世界で言うならば、ボクシング、つまり拳での格闘を得意としている。拳の攻撃に気をつける必要があるだろう。
(流石に隙を簡単に見せちゃくれねぇよな)
だが、それが嬉しい。
己の格闘技と筋肉がどれ程のものか、この組み手は教えてくれるのだ。
「ハァッ!!」
両者、無言でしばし互いの間合いを計っていたが、対戦相手がガイの反応を軽く見るように右からジャブを放つ。ガイは、これを肘で防ぎつつ、逆に拳を繰り出す。しかし、身を屈めて避けられ、今度はガイの足元に潜り込み、アッパーカットを繰り出してくる。ガイは、掌で拳を受け止めると、がら空きになった脇腹へ鋭く蹴りを放つ。肘でガードされたものの、体勢の悪さから攻撃を回避し切れなかった対戦相手の顔が歪むが、強烈な拳を肩口狙って繰り出してきた。
(おっしゃあ!狙い目!)
ガイは腕を払いのけるように自身の腕を横に薙ぐと同時に地を蹴り、膝を鳩尾に叩き込んでいた。今度は防がれることもなく、まともに入り、対戦相手は気を失った。
「勝負あり。勝者、ガイ!」
ガイは気を失った対戦相手が運び出される中、相手へ敬意を払うように改めて己の筋肉を誇示するようにポージングを取った。
「次!ガイと対戦を希望する者!」
その言葉と同時に一人の信者が躍り出る。
(テコンドースタイルだったな)
蹴りを主体とする格闘技の持ち主で、先程の対戦相手が拳だったのを考えれば、ちょうど良い対戦相手と言えるだろう。
不敵に笑ったガイは、対戦相手への敬意、そして自身を高めるべくポージングを取り、相手もまたポージングを取る。
不要な言葉はない。格闘技と筋肉の言葉が互いを分かり合うのだ。
両者、ほぼ同時に地を蹴った。
先に仕掛けたのは、ガイだ。ガイは脇を締め、身を屈めて突撃すると、身体の遠心力も利用しつつ、拳を振り上げた。これに対し、両腕で受け止めた対戦相手は蹴りをガイの腿へと放つ。
(まずは機動力を殺ぐ、か)
それだけではない。足は体重の移動も行う部位であり、十分に踏み込めない攻撃は決定打に欠ける。足を狙うことで攻撃の決定打を奪うことを考えたようだ。
(だが、負けてらんねぇ!)
ガイは攻撃をバックステップで避けると、追撃してくる対戦相手の膝を目掛け、足を払う。この攻撃を嫌がり、前方宙返りの体勢から踵を落としてくる。まともに喰らえば、大ダメージになるだろう。
だが!
ガイは、この瞬間を待っていた。
宙からの攻撃は、着地の衝撃も合わせれば、確かに強力な一撃となる。しかし、宙での防御は難しく、隙も大きい。
ガイは落ち着いて冷静に横へ飛び、攻撃の軌道からずれる。
「オラァッ!!」
ガイは、着地した対戦相手の脇腹へ掌底を叩き込んだ。
吹っ飛んだ対戦相手は、気は失っていないものの、降参の意思を示す。
「勝負あり。勝者、ガイ!」
ガイと対戦相手は、互いの健闘を讃え合い、もう一度ポージングを取り合った。
「次!ガイと対戦を希望する者!」
その言葉と同時に前に信者が進み出る。この信者は、今までの対戦相手とは異なり、総合的な格闘技を使ってくる。強敵と言っていいだろう。
(だが、誰が相手でも負けねぇ!)
組み手前のポージングにも自然と熱が入る。
(隙がねぇ…今までとは違うな)
ガイは内心舌を巻きつつ、間合いをじりじりと詰めていく。
先に仕掛けたのは、ガイだ。
地を勢い良く蹴ると、上段、中段、下段と三段の蹴りを放つ。しかし、上段の攻撃はかわされ、中段の攻撃は肘に阻まれ、下段は腿で食い止められる。ガイは着地と同時に顎を目掛け、拳を振り上げる。
「…っ!」
直撃ではなく、掠っただけだが、渾身の一撃は相手をよろめかせるには十分だった。その隙を逃さず、ガイは膝蹴りを腹部狙いで放つ。だが、対戦相手も強敵であり、この膝蹴りを足を振り上げ、阻む。
「まだまだぁっ!」
ガイが拳を繰り出したその瞬間だった。
対戦相手がガイの両腕を掴むと、ガイの攻撃時の勢いを利用し、巴投げを仕掛けた。この攻撃に備えてなかったガイは避ける術なく、地に転がる。その無防備になったガイの上腕は相手の両脚に挟み込まれ、十字に固める。投げ技の衝撃を喰らっていたガイは抵抗らしい抵抗もなく、関節を伸ばされた。
(ほどけねぇっ)
一度極まってしまえば、解除が難しい技である。それこそ無理に解除しようとすれば、脱臼することになるだろう。
「まいった」
悔しいが、負けを認めるしかなかった。
ガイは、やっと自由になった身体で起き上がると、相手を讃えるようにポージングを取る。自分の格闘技も筋肉もまだまだ修行の余地がある。それに気づかされた。
(これからは、関節技や絞め技も修行しなきゃな。賞金首を捕まえるにも役立ちそうだしな)
何より、修行の余地がどこにあるか見つかったことが嬉しい。
ガイは、心からの笑みを浮かべていた。
「まだまだぁっ!」
ガイは息を整え、先日の対戦相手を見る。
あれから、ガイはあの信者に頼み込み、関節技と絞め技の修行に励んでいた。まだまだ改善の余地がある自分が彼の域に達するには、時間がかかるだろう。
だが、それでいいのだ。
(簡単じゃねぇから、楽しいんだ)
極みの道は、一朝一夕でどうにかなるようなものではない。
だからこそ、自分はこの教団にいるのだ。
「オラァッ!!」
ガイのどこか楽しそうな声は、古城の空、高く険しい山の頂上にも届かんばかりの大きさで響くのだった。
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