<東京怪談ノベル(シングル)>


浄化演舞

 深い闇の中、男は歪んだ笑みを浮かべた。
「この杖さえあれば、兄貴の仇が取れる」
 男の兄は、盗賊団の頭領だった。
 自分がいつか越えるべき兄をいとも簡単に倒した男がいる。
 絶対に許さない。
 殺して、その臓物を引きずり出してやる。

「へっくしょん!なんだ、誰かが噂してんのか」
 ガイは盛大なくしゃみの後、鼻を擦ってぼやいた。生憎風邪を引かぬこの頑丈さ、思いつくのは噂程度しかない。
「強ぇ奴が噂してるのなら大歓迎だけどよ」
 日々精進するガイとしては、より自分を高みに導いてくれる相手なら大歓迎だ。
 今夜も闘神教団の信者達が住む古城の中庭で新技の開発に勤しんでいる所である。
「いい感じになってきたぜ。…ハァッ!!」
 ここ数日の試行錯誤の末、ガイの気の力は古城全体を包むことが出来るようになった。もっとも、消耗が激しく、街を覆うような広範囲ともなれば一日一回が限度になるだろう。
「名は浄化の波動、で決まりだな!」
 ガイは心地良い疲労を覚えながら、中庭を後にした。

 その翌日。
「イッチニ!イッチニ!」
 ガイは、何人かの信者と共に道なき道を走り込んでいた。今日の目的は、新しい走り込みのコースを探すことでもあったが、中々歯応えのあるコースを見つけることが出来ずにいた。
「ふぃ〜、こう、俺達を阻むようなコースは……ん?」
 周囲を見ながら呟いたガイの目に飛び込んだのは、古城から緊急事態を告げる狼煙だ。
 今日は、ガイ達と同じように修行で外出したり、鉱山等へ労働に赴く信者が多く、古城には数名しか信者が残っていない筈だ。
 その彼らが、緊急事態を告げるということは。
「古城が、攻め込まれてるッ」
 いかに信者一人一人が強くとも数に物を言わせてくれば劣勢になる場合もある。
 自分達が戻らなければ、残っている信者達が危ない。
 ガイ達は、古城へ急ぎ引き返した。
「持ち堪えろよッ」
 大地を駆けるガイ達を阻むものはなく、彼らは一つの塊となって大地を駆け抜けた。

 古城は、驚くべきことにアンデットの大群に囲まれていた。
「どきやがれ!!」
 ガイ達はアンデットを倒しながら、奥へ奥へと進み、中庭へ到達する。
 そこにいたのは、大量のアンデットと組する信者達と一人の男。
 信者達はガイ達の姿を見つけると、不敵に笑った。
「悪ぃ!遅れた!!」
「遅いから、先に始めてたぞ!!」
 彼らは、それだけで全て分かり合える。
 ガイは精神を集中させ、気を集めると、心の底から嬉しそうに笑った。
「俺の新技の披露がこんなに早く来るとは感激だぜ」
 その瞬間、ガイの気が膨らみ、古城を覆った。
 ガイの気を受けて、アンデット達は悲鳴と共に消えていく。
「そうか…お前か。兄貴を倒した奴は」
 黙っていた男が歪んだ笑みを口の端に乗せる。
 だが、ガイは覚えがない。
「兄貴?」
「そう、お前が倒した魔法使いの男が、俺の双子の兄だ!!」
「ああ」
 ガイは、「いたっけ、そんな奴」と口の中で呟く。
 先日、魔獣や魔物を操る盗賊団を修行の一環で壊滅させたのだが、その頭領の男がこの男の双子の兄らしい。
「で、兄貴の敵討ちか?」
「まさか。俺が倒す筈だった兄貴を先に倒しやがって!ぶっ殺してやる!!」
 ガイにはまるで興味のないことだが、これは私怨だろう。
 だが、自分に向かってくるならば、大歓迎である。
「いっくぜぇッ!!」
 ガイは、残る全ての気の力で特大の気弾を放つと、男に向けて放った。
 信者達が素早く、煉獄気爆弾の衝撃に備えた直後、男の足元に炸裂し、爆風を呼び起こす。
 だが、双子とは、つくづく考えが似ているらしい。
 男も結界を張り、爆風に耐えた。
 そして、辿る運命も同じだった。
 ガイは爆風が収まるのを待って、地を蹴っていた。爆風で舞い上がった砂塵で自分を捕捉出来ない男の肩口、脇腹、腿へと三段蹴りを浴びせると、男は悲鳴もなく倒れ、動かなくなった。
「ったく、人の留守を狙いやがって。…ん?」
 ガイは、男が手にしている杖の異変に気づいた。
 杖は、禍々しいばかりの魔力を滾らせていた。
 男が手にしていた杖は、どうやらアンデットを封じているらしく、主がいなくなった今、その魔力は暴走寸前だった。
「見た所、数時間が限度だな」
 信者達とガイは顔を見合わせあう。
「広い場所じゃないと危なくて仕方ねぇな」
「麓まで降りて、一斉に倒すか」
 封じ直すなんて勿体無いことは考えない。
 自分達のいい修行相手ではないか。
 もしかしたら、強大なアンデットも封じられているのかもしれないが、それなら、大歓迎だ。
「でも、周囲に被害が及んでもな。何かこいつ、持ってないか?」
 信者の一人がごそごそと男の懐を調べると、拳大の淡く輝く水晶が見つかった。この水晶は、マジックアイテムで数時間、周囲と完全に切り離す結界を張ることが出来るのだ。恐らく、アンデットを呼ぶ邪魔をされないようにと所持していたのだろう。
「決まりだな」
 ガイは頬を緩めて、信者達と笑った。
 もう取る道は一つしかない。

 ガイ達は麓まで急行すると、街からだいぶ離れた平原で結界を張った。金色の壁が生じ、壁の向こうと完全に世界が断たれる。
「さって、本日一番のお楽しみだな」
 浄化の波動、煉獄気爆弾と大技を使い、今日はもう気の力を練ることは出来ないが、強敵と闘えるかもしれない喜びがガイを支配していた。
 この杖の中に封じられているアンデットは、良い修行相手になるだろうか。
 そんな楽しみを抱き、ガイは禍々しい魔力を放つ杖を叩き割り、その力を解放した。
 黒い光が渦を巻くと、アンデットが姿を現す。
 ゾンビ…レイス…スケルトン…リッチにデュラハンもいる。
 これは、願ってもないプレゼントだ。
「おっしゃあ!いっくぜぇっ!」
「おう!」
 ガイ達は嬉々として、アンデット達に突撃していった。

 最後にどちらが立っていたかは、言うまでもない。