<Sweet!ときめきドリームノベル>


譲れない戦い

 長い冬も終りに近づき、太陽の陽射しにも早春の温もりが感じられる、そんな季節。
 聖都に店を開くとある菓子屋に、身の丈ほどもある大剣を背負った戦飼族の、しかし外見は子どもの様に小柄な客が訪れた。
「チョコレート……売ってくれ」
(おや?)
 菓子屋の店主は首を傾げた。
 見かけは少女のように小柄で顔立ちも可愛らしいその客の口から発せられたのが、男の、しかも既に変声期を過ぎた大人のものだったからだ。
(珍しいな。バレンタインの時期に男がチョコを買いにくるなんて)
 とはいえ、お客はお客だ。
「いらっしゃいませ〜。どんなのをお求めで?」
 すぐさま愛想のいい挨拶と共に駆け寄り、綺麗にラッピングされたバレンタイン・ギフト用の商品コーナーへと案内する。
「違う……そういうのじゃ、ない」
 その客――松浪・心語(3434)は、少しムッとしたような表情でいった。
「……自分で作る……だから材料と……作り方を……知りたい」
「ええっ?」
 店主はさすがに戸惑った。
「申し訳ございませんが……それは、ちょっと……」
 近頃は大きな街なら庶民でも比較的気軽に買えるようになったといえ、チョコレートの材料は普通の食料に比べればまだまだ高級品だし、そのレシピは菓子職人の秘伝だ。
 だからこそ、菓子屋の経営も成り立つ。
「他の店でも……そういわれた。聖都では……この店が最後」
(何か事情がありそうだな……)
 店内で残念そうに肩を落す心語の様子を見て、店主も思案する。
「どなたかへ贈物ですかい?」
「2人の兄と……仲間たち……普段世話になってるから……バレンタインは、そういう日だと聞いた」
「そりゃまあ、間違っちゃいませんが……」
 基本は女性が想い人に贈る日ではあるが、最近は友人同士でチョコを贈り合う「友チョコ」という習慣もある。
 つまり、男が兄弟や友だちに贈っても悪いという法はない。
 そして何より、「明日には戦場に赴く」とでもいうかのごとく思い詰めた心語の表情が店主の気になった。
「こっちも商売ですし、普通は簡単に人様に教えることじゃないですが……お客さんは何か子細がありそうですし、今日は特別サービスとしておきやしょう」
 そういってごく初心者向けの簡単なレシピを書いてやると、売物のチョコレートを作る時に余った屑(チョコの欠片)を一袋、心語が革袋から出した銀貨数枚と引き替えに手渡した。


「……さてと」
 エバクトの村にある自宅へ戻るや台所に入り、テーブルの上に買ってきた屑チョコの袋をドサっと置くと、心語は肩の剣を降ろし、白いエプロンを身につけた。
 ただしその表情は、これからモンスターと闘いに行くかのように険しい。
 そもそも戦飼族の心語は生まれながらの傭兵である。
 戦場にあっては野草から獣の肉まで、食料を調達するためのあらゆる手段を心得ている彼にとってチョコレートなど縁のない存在だったし、今まで口にしたこともない。
 そんな心語がチョコの手作りを思い立ったのは、聖都のような大きな街で習慣となっている「バレンタイン・デー」に関する噂を小耳に挟んだのが切っ掛けだ。
 だからバレンタインに関する情報も聞きかじり程度。せいぜい「親しい相手に普段の感謝を込めてチョコを贈る」というくらいの認識しかない。
 現在、心語には自らと同じ戦飼族、そして魔瞳族に、それぞれ1人ずつ義理の兄がいる。
 彼からすれば2人ともかけがえのない兄弟だが、あいにくその兄同士はあまり仲良しとは言い難い、なかなか複雑な関係だ。
 兄たちや友人たちに普段なかなか口に出せない感謝の思いを伝えるため。
 と同時に、これを切っ掛けに2人の兄の仲が少しでも歩み寄れば――という願いもある。
 しかしながら、今まで食べたこともない「チョコレート」なる未知の食べ物を手作りするというのは、心語にとってかなりの冒険だ。
 しかも肝心のバレンタイン・デーまでそう日にちはない。
 彼自身にとっては戦場へ向かうにも等しい心境である。
 テーブルの上には材料となる屑チョコの他、チョコレート作り用に聖都で購入した見知らぬ調理器具や調味料の数々が並ぶ。
 まさに「未知なる戦い」が始まったといっても過言でなかった。

「あの菓子屋……『バレンタイン・ギフトならハート型が最適』……そういってたな」
 竈に火をおこし、大鍋にお湯を沸かす一方、村の木樵から貰ってきた板切れに、小刀でハート型の穴をくりぬく。
 これには戦場で即席の武器を作る経験が役立ち、すぐに出来た。
 大鍋のお湯が沸いてきたところで、もう1つの小鍋に細かく刻んだチョコを入れる。
 直接火にかけると焦げてしまうため、小鍋をお湯につけ、湯煎して溶かすのだという。
 溶けたチョコを型に流し込み、あとはなるべく涼しい場所に置いて再び固まるのを待ち、型から抜けば出来上がり――店主が書いたレシピをざっと流し読みすると、自分でも容易に手作りチョコができそうな気がする。
 ――だが、世の中そう甘くない。
 実際には湯煎の湯、溶かしたチョコレート、それぞれの温度が低くすぎても高すぎてもダメ。この加減がまず難しい。
 菓子屋の店主は必要なお湯の熱さをレシピに書いてくれたものの、心語には肝心の「お湯の温度を測る方法」が分からない。
「あの菓子屋……お湯の熱さが分かる魔法……使えるのか?」
 実際はガラス管に水銀を封入した「温度計」を使っているのだが、これは聖都でも滅多に手に入らない貴重なアイテムであり、心語もそんなことまでは知らない。
 とりあえず湯加減を測ろうと大鍋に指を突っ込み――。
「……熱い!」
 慌てて引っ込める。湯温が高すぎたらしい。
「……なかなか……手強い」
 火傷した指先を冷水で冷やしつつ、湯気を立てる大鍋をキッと睨みつける心語。
 しかしこの程度でへこたれては先に進めない。
 戦いは、まだ始まったばかりなのだ。

 お湯がぬるくてなかなかチョコが溶けず、火を強めて温度を上げれば焦げてしまい、使い物にならなくなる。
 その度に心語は湯加減を知るため己の手を大鍋に突っ込み、火の強さを調節した。
 普通の人間なら大火傷を負っているところだが、身体強健な戦飼族だからこそ何とか耐えられる。
 そのうえ使用する調理器具の使用法やら調味料の分量など、全てが心語にとって初体験であり、せっかくうまく溶かしたチョコに誤って塩を入れて台無しに。
 そんな失敗を幾度繰り返したろうか?
 ふと気づくと、材料の屑チョコが半分以下に減っていた。
「まずい……みんなに配る数が……作れない」
 やむを得ず、新たな板切れに一回り小さいハート型を彫って型を作り直す。
 ふと窓の外を見やれば、すっかり夜が更けていた。
 心語に焦りが生まれる。
 溶かしたチョコを固めるには冷やす必要があるのだが、あいにく氷が入手できなかったため、早朝の冷気を利用するつもりだったからだ。
 すなわち、タイムリミットは夜明け前まで。
「……急がないと」
 だが焦れば焦るほどミスを繰り返し、材料の屑チョコもみるみる減っていく。
「やっぱり……無理なのか……俺には」
 椅子に座り込み、憔悴しきった心語はがっくりと頭を垂れる。
 そんな彼の脳裏に、戦場で傷ついた自分を助け、松浪家の養子に迎えてくれた義兄――魔瞳族の青年の優しい笑顔が過ぎった。
 そうだ。あの人にも、そしてもう1人の「兄」にも、その他の友人たちにも伝えたい――自分の思いを。
 日頃は口に出せない感謝の気持ちを。
「……たとえ負け戦でも……諦めたら……そこで終わりだ……」
 これまで参戦した中でも一番苦しかった戦を思い出し、己を叱咤して再び立ち上がる。
 チョコの残量に合わせてまた一回り小さな木型を彫ると、慎重に湯加減を確かめ、小鍋に入れた屑チョコを木べらでかき回し溶かす。
 ほどよく溶けたところで、チョコの小鍋を冷水を張った別の大鍋に移し、チョコの温度が適度に下がったところで、ココアの粉を加えて丁寧にかき混ぜる。
『こうすることでより表面の滑らかな、口当たりのよいチョコレートが出来上がります』
 菓子屋のレシピにはそう書いてあった。
 小鍋の中のチョコが冷める前に素早く板切れの型へと流し込む。
 そして心語は薄い羊皮紙で包んだ板切れを持ち上げ、夜明け近い屋外へと駆けだして行った。

「……終わった……」
 徹夜の作業、いや「戦い」が幕を下ろした朝まだきの台所。
 疲れ切って座り込んだ心語の目の前には、(予定よりかなり小さくなってしまったが)一口サイズのハート型チョコがちょうど人数分、皿の上に並んでいた。
 戦とは別の意味での疲労が、睡魔となって心語の細い肩にのしかかる。
(来年こそは負けない……きっと、チョコレートに勝ってみせる……!)
 胸の裡で決意を固めつつ、用意した色鮮やかな布に、1つ1つのチョコをラッピングしていく。
 最後の1個を包み終えたとき、戦飼族の若者は力尽きたように食卓へ突っ伏した。
 2人の兄、そして親しい友人たち――愛する人々の笑顔を思い浮かべつつ、心語はそのまま深い眠りに落ちて行くのだった。

<了>

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】
 3434   /松浪・心語/男性性/12歳(実年齢21歳)/異界職

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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 いつもお世話になっております。今回のご発注、どうもありがとうございました。
 今回はバレンタインらしくチョコレート作りのエピソードですが、慣れないチョコ作りに体当たりで挑む心語君の姿が健気です。
 ちなみにチョコのレシピについては料理関係のサイトを幾つか参照しましたが、昨今は電子レンジを使った簡単レシピが多く、昔ながらの「湯煎によるチョコ作り」のレシピがなかなか見つからないので、筆者も別の意味で苦労しました(笑)
 では、ノベルの方もお楽しみ頂ければ幸いです。