<PCシチュエーションノベル(ツイン)>
〜壊された楽園の扉〜
風がそよそよとやさしく髪をなでて行く。
ハルフ村の木陰に設けられたベンチで、松浪静四郎(まつなみ・せいしろう)は、物思いに沈んでいた。
目の前には真剣な顔をした義弟が、膝を折ってこちらを見つめている。
何らかの答えを求めているその瞳が、まるでこちらを責めているかのように思えてしまうのは、気のせいではないだろう。
無論、義弟にはそんなつもりはないはずだ。
こちらが勝手に、責められているように感じているだけだった。
(どうしたら……)
静四郎は身動きひとつできずに、答えを探してその時のことを回想した。
何の疑いも持たなかった。
否、持ちようがなかった。
屈託なくあけっぴろげに笑う彼は、とても豪快で大雑把で、嘘も偽りもない真っ正直な人物だと思っていた。
義弟が幼い頃世話になり、大事にしてもらったと聞いてからは、余計にその思いが強くなった。
だから、彼――フガク(ふがく)が人探しをしている、情報がほしいと言って来た時、一も二もなく情報提供のみならず、同行を申し出たのだ。
自分には、以前義弟といっしょにルクエンドに降りた時、数々の危険を退けた経験もある。
それも同時に生かせるのだから、断る理由がなかった。
途中襲って来た吸血ヅタも、静四郎からの事前の注意があったために、フガクは簡単にすべてを撃退した。
静四郎を背後に守りながら、助言どおりに先へ先へと進む彼の背中はとても頼もしかったのだ。
そして、ふたりはあっさりと、「あの場所」へたどり着いた。
前回来た時と同じように蒼い光が降り注ぎ、燦然とそびえる柱の階段が目の前に現れる。
静四郎は、そこで起きたことを思い出し、自分の背後でじっと階段を見上げたままのフガクに、警告を発しようとした。
その時、だった。
「くっ……!」
ガツンと大きい音が耳の奥に響いた。
視界が揺れ、真っ黒に染まる。
痛みより先に意識が薄れ、静四郎は何が起きたのか理解出来ないうちに、地面に膝をついていた。
「フガ……ク……?」
霞む視界の向こうに、松明を握りしめたフガクが映る。
彼は倒れ臥した自分を見ていなかった。
異様なほど爛々と光るその目を、階段の踊り場にある扉に据えながら、憎々しげに吐き捨てる。
「ここまで来れば、もうお前に用はない」
その声には、怒りと憎悪と、たとえようもなく冷酷な響きがこもっていた。
フガクは静四郎をまたいで、階段に向かう。
「フ…ガク……どうし……て……」
わからなかった。
フガクに、あんな言葉を投げつけられるようなことをした覚えはない。
静四郎は必死に頭を上げようとしたが、殴られたところが激しい痛みを訴え、とても起き上がることは出来なかった。
その間に、フガクは階段をひとつひとつ昇った。
見ていることしか出来ない静四郎の前で、その長身が踊り場に近付いていく。
痛みで気が遠くなり、だんだんとそれも白くにじんで見えなくなる。
こんな状態になってもフガクの身を案じながら、静四郎は意識を手放した。
フガクは静四郎を顧みず、階段を踏みしめる。
そこに、例のあの声が響き渡った。
『おまえは鍵を持っているか?』
フガクは右手に持っていた松明を一瞥した。
燃え盛る赤い炎が、蒼に支配された空間の中にひどく映える。
炎と同じ色の怒りを胸に秘め、フガクはその目を声のする方に向けた。
「持ってねぇよ、そんなモン!!」
『では、合言葉は、知っているか?』
合言葉ね、とフガクは心の中でせせら笑った。
「何が合言葉だ。何が伝説の地だ。俺たちはいつまで経っても、餌食にされるってのか? いいぜ、そんなに聞きたいなら言ってやるよ、『清き水の棲むところ、我が愛し子たちを迎えんとせん』だろ?!」
『【愛し子】か…!』
その声が、とたんにうれしそうな色を帯びる。
『楽園を探してここにたどり着いたのだな…!』
「笑わせんな!」
フガクは松明を声の方に突き出した。
「てめぇらはいつもそうだ! さも歓迎してたかのような顔をして、俺たちを騙そうとしやがる! 俺はな…俺は絶対騙されないぜ!」
フガクの右手から松明が投げつけられる。
それが扉に触れた瞬間、扉はあっという間に猛火に包まれた。
『貴様、何をするのだ!』
怒号とともに、天から鋭い雷光が落ちて来る。
「当たるか!!」
フガクは【鋼気】をまとい、炎にまかれる前に素早く階段を駆け下りた。
その背に、幾度も雷光が降り注ぐ。
ごうごうと激しい音がし、火の粉が宙にばらまかれた。
半分ほど階段を降りたところで、不意に雷撃が止んだ。
一度、フガクが扉を振り返る。
そこには、もう何も存在していなかった。
焼け落ちた残骸が、くすぶった煙とともに灰になって置き去りにされている。
『愚かなことを……』
ため息に似た言葉が、天から落ちて来た。
だがフガクは唇をゆがめて、笑っただけだ。
それきり、声は聞こえなくなってしまった。
フガクが長い長い階段を降りきる頃、うめき声をあげながら静四郎が後頭部をおさえて顔を上げた。
「そんな……」
静四郎は声を詰まらせた。
扉が、なくなっている。
ふっと、自分の目の前が暗くなった。
フガクだ。
「何故…こんなことを…」
問いかけた静四郎を、フガクはまるで汚物でも見るかのような目で見下ろした。
その手に、スラリと剣が抜かれる。
「あれは俺たち戦飼族の楽園への扉なんかじゃない。アンタらの…魔瞳族の陰謀の道具だ。俺はそいつから一族を守るためにこの世界へ、ソーンへやって来たんだ。本物の『フガク』の遺言に従って、この世に残った最後の【還り路】を破壊するために、な」
「それでは…」
静四郎の青い瞳が、悲しげな光をたたえた。
「迷い人探しの依頼は…」
「嘘に決まってるだろ」
フガクは悪意に満ちた笑みを浮かべて言い切る。
思った以上の衝撃を受け、静四郎の顔から血の気が引いた。
だが、まだ訊きたいことはある。
フガクの抜いた剣に注意を払いながらも、静四郎はフガクにこう尋ねた。
「陰謀…わたくしたちの一族の陰謀というのはいったい…」
「知りたけりゃ…」
フガクは剣を振り上げた。
「あの世の先祖にでも訊くんだな」
ぐっとその手に力が入る。
静四郎は、まっすぐにフガクを見上げたままだった――ただただ、悲しみに満ちた視線を、フガクに注いで。
大きな舌打ちが聞こえ、フガクが身を翻す。
その背中がすべてを拒絶して去って行くところを、静四郎は見つめていたが、やがてまた、激痛が意識を混濁させ始める。
(心語……もしかしたら……わたくしはもう……)
薄れていく意識の中で、静四郎は義弟のことを思った。
だがそれすらも痛みが即座にかき消して、彼をゆるりと闇の彼方へ連れ去ったのだった。
〜END〜
〜ライターより〜
いつもご依頼ありがとうございます!
ライターの藤沢麗です。
とうとうルクエンドであったことが明かされましたね…。
先に進むためには必要なことかもしれませんが、
これをどう伝えるかというのは、
静四郎さんにはとてもつらいところだと思います…。
それではまた未来のお話をつづる機会がありましたら、
とても光栄です!
このたびはご依頼、本当にありがとうございました!
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