<Sweet!ときめきドリームノベル>


<IF〜LOVE STORY〜>キミヲユメミテ

 ある冬の朝。
 ヒースクリフ・ムーアは自室で目を覚ました。
 ごく普通に目を覚ました気がしたけれど、起き出したところで違和感を覚えた。違和感と共に、何か懐かしい感覚もあって、部屋を見回す。そこが自分の部屋であることは間違いない……そう思った後に、すぐさま違う、と思う。
 しばらく考えて、ようやく『そこが今の部屋ではない』ことにヒースクリフは思い至った。そこに至れば、自分の思考の鈍さにも首を傾げる。すぐ気がつきそうなものだ。
 今の部屋は、もっと広い。
 ここは以前に使っていた部屋だ。かつての自室。
 この部屋も狭いと思っていたわけではないが、昨日までの部屋と比べればやっぱり狭かった。
 どうしてここで寝ていたのかを思い出そうとして、頭を振ってみる。深酒でもして、うっかり元の部屋に来てしまったか……そう思ってみたが、昨夜の最後の記憶はきちんと現在の自室だった。
 着替えようとして衣装箱を開け、そこに少し懐かしい自分の制服を見つけ出す。思えば今の部屋じゃないのだから、今の普段着があるはずもない。けれど前にいたこの部屋から出ても久しいのに、制服を置き去りにしていただろうかと思いながら……他に適当な服も見いだせず、ヒースクリフはそれに袖を通した。
 昨日も着ていたかのように、それはよく馴染んだ。
 懐かしさに少し笑みを溢し、部屋を出る。
「ヒース! のんびりだな。ギルが呼んでたぞ」
「また朝っぱらから庭いじりしてたんだろう」
 部屋から出たところで声をかけられ、ヒースクリフは驚いて振り返った。
 自分に声をかけられたのは間違いないと思うが、それ自体にびっくりする。こんな風に親しげに、からかわれるような声のかけ方を聞いたのは久しぶりなような気がした。
「ギリアンが怒るぞ、早く行けよ」
「あ――ああ」
 ヒースクリフの背中を叩いて通り過ぎていくかつての同僚を見送って、昔に戻ったような気がした。
 そして、昔に戻ったというフレーズに、はっとする。
 この騎士団員の宿舎は、修繕して、一部は建てなおしたのではなかったか。色々あって壊れてしまったことを思い出し、昔のままのはずはないことに思い至る。
 けれど今見回せば、昔のままだ。
 夢か。
 そう、唐突にヒースクリフは察した。
 どうやら、まだ夢の中にいるらしい。
 夢の中で夢だと察することも、まあ、あることだ。
 そしてそう思ったら、少し楽しくなった。
 どうやら昔の夢を見ているらしい。
 おそらくは、数年の単位で昔の夢だ。どれだけ昔かはまだよくわからなかったが、ヒースクリフがこの浮島に辿りついて、まだそれほどは経っていない頃なのかもしれない。
 それはまだ、前領主も生存している時代だ。
 騎士団長と近衛隊長をギリアン・ヒースが兼任していた頃。
 まだ青年になりたてという頃の、いつも胃を痛めていたその顰め顔を思い出す。偉そうに怒ってばかりいたが、考えは生真面目で時々妙に幼かった。その頃に比べれば、今はなかなか自由奔放にやっていると言えなくもない。
 無性にその顔を見たくなって、呼ばれていると言われたのを思い出す。
 騎士団の詰所か、近衛の詰所かを考えて、この頃に自分を呼んで待っているなら騎士団の詰所かと当たりをつけて足を向けた。
「――ギリアン」
 詰所の扉をノックして、声をかける。
「すまない、遅れた」
「遅いぞ」
 扉を開けて、一歩踏み込んで。
 そこで、ヒースクリフは足を止めた。
 部屋の中で、不機嫌な顔で振り返ったのは、長い金髪の女性騎士だ。
 その顔は今はもうすっかり見慣れて違和感はないが、この時代にはないはずの顔だった。女性の、ギリアンだ。
 この時代は――違っていた、と思う。
「どうしたんだ、ヒース? 変な顔をして」
「ああ、いや」
 夢だというのに、臨場感はある。
 臨場感はあるが、急にやっぱり夢だと思うものが混ざって――ヒースクリフは戸惑った。
「座れよ。聞いてくれ、また長官が無理を言ってきて」
 ギリアンはヒースクリフにも椅子を勧めながら、自身も腰を降ろした。
「何を言ってきたんだ」
 目の前にある顔が、過去にはなかったものである以外には、ヒースクリフの知る過去と何も変わりはない。
「回す金がないから、どうにかするようにって」
 肩を竦めるその愚痴も、あの頃聞いたものと変わりない。
 その話は、ずっと変わりないとも言えるけれど。
「長官も苦労しているんだろう。居候も増えてるしな」
「わかってはいるんだが」
 だが、夢から覚めた後にある現実とはやはり違っていて、ヒースクリフは懐かしい思いに満たされた。
 堅物で融通が利かなくて、振り回されて困らされることも多かった。
 けれど。
「削るにも限界がある」
「そうだな……俺にできることなら何でも協力するが」
「……この後訓練で、午後は出掛けるから、それまでちょっと一緒に考えてくれ。あんまりたくさんに相談できることでもないしな」
 ギリアンは、他人に愚痴を漏らす時には、実際にはさほど深刻ではない。悩みが重く深くなるにつれ、どんどん話す範囲を狭めていって黙り込む質だ。こうして話をしてくれるのは信頼の証で、懐かしさと共に嬉しくなる。
 それは忙しさに紛れて、忘れかけてしまいそうな些細な喜びだった。
「さて、どうするかな」
 答えながら、うっかり弛みかける頬に気をつけた。



 いつか目覚めると思いながら、一日が終わり、ヒースクリフは不思議な気分になった。
 長い夢だ。
 いや、一日過ごしたと思ったのは夢特有の錯覚なのかもしれなかったが。
 一日たっぷり懐かしい堅物上司に振り回されて、日が暮れてから自室に戻り、一息つく。
 眠って起きたら本当に目が覚めるのだろうかと思い、懐かしい過去の名残を惜しむように棚を開けた。昔置いていた秘蔵の花酒の瓶がやっぱりそこにあって、ヒースクリフは瓶を取り出すと栓を開け、立ちのぼる香りに目を細めた。
 眠る前に一杯と、瓶と杯を出した。
 それは思い出の中の香りと、思い出の中の味。
 夢の終わりには相応しいと、それに浸っていたところにノックの音がした。
「誰だ?」
 声をかけ、戸を開けに行くと。
「ヒース」
 扉の外には、皿を持ったギリアンが立っていた。
 昔も夜にギリアンが急に訪ねて来ることはよくあったと、思い返す。あの頃と違うのは、当時の手土産は酒であったことと……ギリアンの性別だろうか。今手に持っているものは皿で、上に布がかけてあるので正体がわからないが、手土産が酒でないことは確実だ。
「ギリアン」
「ちょっといいか?」
「ああ」
 断る筋はないと、ヒースクリフはギリアンを部屋に入れた。
 それが当たり前だったはずだ。
「それは?」
「ケーキなんだ。地球の風習では、今日は……」
 普段通りにきびきびと話しているかと思ったら、急にギリアンは口ごもった。
「今日は?」
 その変化を単純に怪訝に思ってヒースクリフがギリアンの表情を覗き込むと、皿を両手で抱え込むようにして、どこか困ったようなギリアンが上目遣いにヒースクリフを見上げていた。視線が合って、気まずいというかなんとも言えない気分になる。
 男女は違えど、ヒースクリフはこの表情には見覚えがあった。
 この顔で甘えたり頼られたりすると、うっかり是と言ってしまう。
 そういえばしばらく見てなかったと思いながら、女のギリアンにこれをされたらちょっと破壊力があるなと他人事のように考えていた。
「……今日は、地球の風習では、その……女から好きな人に甘いお菓子を贈る日なんだそうだ」
 そう思っているうちにギリアンは頬を染め、皿にかかった布を外した。花の蜜漬けを飾った焼き菓子が差し出される。
 そこで一瞬、ヒースクリフは思考が止まった。
 もちろん気付いてなかったわけではないけれど、面と向かって「好きな人」と言われたことはないような気がする……そう思ってから、はっとこれが夢であったことを思い出した。
 これは夢だ。
 だが夢だということがわかっていても、すぐに言葉は出てこなかった。
「ヒースに食べてほしくて」
「あ、ああ」
 差し出された皿を受け取り、テーブルに置く。
「……気に入らなかったか?」
「いや、そんなことはないが……今、酒を飲んでたから」
「お茶も用意してきた方がよかったか? 持ってこようか」
「いや、いい。そこまでは」
「そうか……?」
 一瞬、言葉が切れて静かになる。
「……その……一応は恋人なんだし……」
 おずおずとギリアンに言われたその言葉に、またヒースクリフは思考が止まった。
 夢とは言え、一日過ぎたところで新事実というのはなかなかに衝撃的だった。
 恋人。
 それはいったいどういう経過で、と夢に思っても詮無いことだが。
「ヒース」
 ギリアンはヒースクリフの前まで来て、袖を掴んだ。
 袖を引かれて、その顔を見れば、やはり不安そうな表情で見上げてきている。
 やがて擦り寄るように身を寄せて、見上げて来る瞳は熱を帯びたように潤んで、微かに開いた唇は何かをねだるようにも見えた。
 背伸びをして、近づく唇。
 これは夢だ。
 応えなければどうなるというものではなく、応えたからどうなるというものではない。
 それは理屈でわかってはいても、ヒースクリフは混乱した。
 応えるのはどうなのか、拒むのはどうなのか、自分がどうしたいのか一瞬わからなくなるが、ここで拒んだらギリアンの悲しい顔を見ることになるのは間違いない。それは嫌だと思う気持ちが色々なものを上回って、ままよ……! とヒースクリフはギリアンの背に腕を回して――



「…………」
 朝だ。
 目覚めた時のなんとも言えぬ疲労感に、ヒースクリフは顔を撫でた。
 寝た気があまりしなかった。すぐにぼんやりと色褪せていく夢と違って、長い夢のほとんどは明瞭に記憶に残っている。うっかりすると、それが現実だったのではと思うくらいに。
 だが見回せば、今いる部屋がヒースクリフの本当の部屋だ。あの頃とは違っている。
 今日の日常が始まることを悟って、ヒースクリフは起き出した。

「ヒース」
 昼下がり、ノックの音がした。
 夢の中と変わらぬ金髪の女性騎士が、片手に皿を持って執務室に入ってきて、どきりとする。
「……ギリアン」
「休憩にしないか?」
 その姿に刺激されたように、まだ鮮明な夢の記憶が頭の中で再生されて、ヒースクリフは一瞬固まった。
 得も言われぬ沈黙が流れて、ギリアンの表情が曇っていく。
 その変化に更にぎょっとする。
「……迷惑だったか?」
「え、いや、そんなことは」
「でも……ヒース……今、嫌そうな顔……」
「いや! そんなつもりは……!」
「ごめん……無理しなくてもいいから」
「いや、本当に……!」


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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【3345/ヒースクリフ・ムーア/男性/28歳/ ルーンアームナイト兼庭師】

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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発注ありがとうございました!
お久しぶりです。ちょっと遅くなってすみませんでした。
そして時間がかかった割には、捻りもなくてすみません……夢なんだし、もっとつっこんだところまで書いてもいいのかな、とも思ったのですが。
でもまたヒースクリフ氏が書けて嬉しかったです。本当にありがとうございました。