<東京怪談ノベル(シングル)>


ショーカジノ、オープン
「空さん、白神空さん。お客さんみたいですよ」
 肩を叩かれ、目が覚めた。そこは酒場で、周りには酔いつぶれた「兎」たちが各々好きな格好で酔いつぶれている。
「あ、そっか……」
 笛を吹いて他のバニーガールたちを助けたあと、景気付けと称してこの酒場に乗り込んだのだ。普段と男女比が逆になった酒場で、居心地悪そうにする男たちを知り目に酒宴を楽しみ、そのまま朝を迎えてしまった。店員のどこか諦めた表情を見るに、双頭の迷惑をかけていたらしい。
 店先へ出向くと、やせ形の神経質そうな男が感情の読めない仏頂面で立っており、その後ろに黒のタイトスカートが似合う艶やかな女性が控えていた。
「誰?」
「オーナーの代理で参りました。そう言えば、お分かりになりますか?」と男は無表情に切り出した。
「オーナー…まあ、心当たりはあるわね」
「こちらに大勢の少女が押し掛けているという噂を聞きまして…当カジノから逃げ出してきたのではないかと駆けつけた次第です」
「逃げ出した? 語弊があるんじゃないかしら?」
「いずれにしましても、彼女たちの身柄は我々が責任をもたなくてはいけない。もし、不当な扱いをしていたのなら、丁重に謝罪したのち故郷に送り返す、とかね」
「…さすが、あんなカジノを経営するだけあって悪趣味だわ」
 彼女たちは、おそらく養いきれないという理由で売られた人間ばかりだ。それが戻されたところで歓迎されるはずもない。
「あたしに何をしろって?」
「話が早くて助かります。我々としても、彼女たちを無責任に放り出すような真似はしたくない。そこで、就職先を用意いたしました。あなたには、一晩かけてこの新しい労働環境を検証していただこうかと」
「その、新しい職場って?」
「ショーカジノです」

     ●

 空の頭には長い耳が生えていた。体は、クラシカルな雰囲気のバニースーツに包まれている。背中は光の加減で七色に色を変えるリボンで編みあげており、足元のハイヒールも七色のリボンで結い上げられている。
「いかがですか? バカ師匠の汚名は弟子の私が晴らしますわ」
 自慢気に言うのは、眼鏡にタイトスカートの、一見秘書風の女性だ。『芸術家』気取りのあの男の弟子だという。
「あなたの美貌と性格、あなたが生きてきた歳月が醸しだすその魅力を、私の作ったバニースーツがアシストするのですわ。あぁ、パトロンを譲ってくれるなんて、うかつな師匠を持って私はなんて幸せなんでしょう!」
 どうも、似たもの師弟という言葉が似合いそうだ。
 他の少女たちも、同様に着替えを済ませていた。弟子の作品は個性を尊重すると言った通り、それぞれのスーツの色や柄、丈などに細かな違いがある。
 ハイヒールなど履いたこともないだろう少女たちは、しかしそれを見事に履きこなしていた。見たところ、操られている様子もないようだ。
「弟子はいずれ師匠を追い抜くものですわ」
 何故か自慢気に宣言された。
 新しいカジノは、つい今さっきできたばかりということで、空たちが来るのと、ペンキ職人が身支度をして帰っていくのがほぼ同時であった。一見華やかな雰囲気だが、何気なく柱に触った少女が驚いてその手を引っ込める。
「柱、みしって言ったんだけど…」
「開店まで日がなかったもので。内装はやや繊細な作りになってるのですよ」
 オーナー代理はしれっといってのけた。
「さっきからキラキラしたものが降ってくるのは、何かの演出じゃなく…?」
「天井の装飾が落ちてきているだけですね。もちろん、お客様には演出ということで通して頂くようお願いします。閉店後に残りの内装を済ませますよ。そうそう、今日はオーナーもいらしてあなたやバニーガールたちの働きを見ますから、そのおつもりで」
 オープンはもう2時間後に迫っている。

     ●

 客の入りは上々だった。オーナーがどれだけ敏腕なのか分からないが、オープン初日としては大成功と言える人数がフロアを賑わせている。
 その晴れ舞台を、影となり日向となり支えているのが、空たちバニーガールであった。
 大勢の客がいる中を、スマートな動きですり抜けて接客する姿は、まさか経験ほとんどゼロの辺境出身の少女たちとは夢にも思わないだろう。音楽隊が演奏する中、まるで踊るようにしなやかな動きで、客を楽しませる。
 それが日向の動きだとすれば、影の支えはどちらかと言えば本来のバニーガールの業務外であった。
 フロアの脇からそっと中をオペラグラスで監視し、
「あ、あっちの壁崩れかけてる! 花瓶の乗ったテーブルをずらして、なんとか耐えさせて」
「分かりました!」
「あのブロンドのお客さん、ずっと柱にもたれかかってて危険だから、離れさせてくれる」
「はい!」
 カジノの治安を守るため、大事になる前に事態の収集を図る。バニーガールたちの3分の1はそちらの仕事を優先的にこなしていた。
 少しでも乱闘が起これば一巻の終わりだ。今はまだ、明るい雰囲気とバニーガールたちの活躍で何とかなっているが、実は綱渡りである。何も起こらなければいいけれど、と願う気持ちと裏腹に、フロアから聞こえてきた怒声に思わず振り返ってしまった。
「どうして、どうして俺がかけた目はずっと出ないんだ!」
「そう申されましても……」
 カジノという場所で、どうしようもないクレームを口にしているのは、さんざんアルコールを口にしながらルーレットに興じていた中年男性だ。ディーラーに詰め寄ろうとする。そばにいた男性客がそれを抑えているようだ。
「……まずいわね」
 見たところ、彼らは徐々に熱くなっていっているようである。他の客やバニーガールたちも、どうすればいいのか分からないままチラチラと視線を向けるのみだ。
 空はすぐに立ち上がった。彼女たちのためだ。
「――お客様、なにか問題が?」
「うるせぇ、俺を勝たせろ!」
 血走った目が空を捉える。オープン初日を台無しにする奴は出て行け、と言おうとするが、
「お客様、少し外で頭を冷やしてはいかがでしょうか。運命の女神も、怒鳴り声を聞けば逃げていきますわ」
 ずいぶんとお上品な言葉に翻訳された。しかし、
「馬鹿なこと言うな。いかさましてるんだろ、ふざけるな! この台、確かめさせてもらう!」
「それは困ります」
 実力行使に出ようとする客に、空もまた動いた。同時に、そばに来ていた別のバニーガールも、男の腕をつかむ。
「な、なんだ。邪魔するのか」
「こちらにお客様おすすめの場所がございますので、ぜひお連れしたくて」
 左右にひとりずつ、まるでバニーガールにエスコートされる図だが、腕を掴む力は強く、男が少し動いた程度ではびくともしない。
「こちらです。どうぞ」
 有無を言わせぬ空の迫力ある微笑に気圧されたか、男はすっかりおとなしくなって裏口へと共に歩いて行く。一歩外へ出てもらえれば、こちらの勝ちである。
 薄暗いジメジメした路地に放り出され、男はようやく夢から覚めたようにあたりを見渡した。
「……ココはどこだ?」
「お客様が一番頭を冷やせる場所です」
「ふ……ふざけるな! 俺は客だぞ! ここにもどれだけ出資したと……」
「お言葉ですが、ご自分の限界も分からないほどお酒を召して他の方に迷惑を掛ける方は、当店では客とみなしてはおりません」
 苔にされた男はバニーガールたちに掴みかかろうとしたが、それを阻む手があった。空の倍はあろうかという体躯の黒服が、男の前に立ちはだかったのだ。男については黒服に任せればいい。
 オーナーが視察に来てしまう。空たちは急いでフロアへ戻った。バニーガールたちが甲斐甲斐しく働く中、オーナーとオーナー代理が何やら立ち話をしているのが目に入る。耳をそばだてると、なんとか声が聞こえてきた。
「賑わっているようだね」
「えぇ、これもオーナーのご尽力あってのことです」
「何か問題は起こっていないかね」
「えぇ、特に何も」
 ちょうど、冷や汗モノの会話をしているところだった。
「どうにか切り抜けたみたいね……」
 これで万事解決だ、と思ったのは気が早かった。
 目ざとく空の姿を見つけたオーナーが、意味ありげな微笑を浮かべながら手招きする。
 今の空は一バニーガールなので、それを無視することは出来なかった。
「君、ちょっと頼みがあるんだがいいかね」
「……なんでしょうか」
「シャンパンを皆に配ってくれ。これから乾杯をするからね。それから、軽食を皆に振舞ってくれ。今夜はスペシャルな一日だ。――あぁ、そういえば、ポーカーのだいのあたりの床が汚れていたようだが綺麗にしてくれたかな。それと、バニーガールのラインダンスの件だが……」
 結局、一晩みっちりこき使われることになったのだった。

End.