<Midnight!夏色ドリームノベル>
見上げた空の、その先の。〜星の名前
怪物退治が終わったのは、もう夕暮れの光がちらちらし始める頃合いだった。すっかり暮れてしまっていたら、野宿して翌朝になってから帰ろうと考えたかもしれないが、幸いにして今から急いで聖都に戻れば、それほど遅くなる前には何とかたどり着けそうな案配だ。
そう、思ったから松浪・心語は、聖都への道を急ぎ歩いていた。次第、次第に空が茜色に染まり、そこからラベンダー色へと変化するのをちらちらと見上げながら、街道をひたすら歩き続ける。
その間にも辺りはどんどん暗くなり、やがて、幾ら整備されたか移動といえども足下に注意を払わねばならなくなってきた。わずかな明かりを頼りに、危険な獣の類などが現れないかを注意しながら、歩いて、歩いて、また歩いて。
ようやく聖都が見えてきて、ほぅ、と心語は知らず、安堵のため息を吐いた。怪物退治の疲労と、ここまで殆ど休みなしに歩いてきた疲労に大きく伸びをして、何とはなしに夜空を見上げる。
そうしてその空に輝く、数え切れないほどの満天の星に気がついて、はっ、と心語は息を飲んだ。暗い夜の中で、まるで道しるべのようにさやかに、力強く輝く星の光をじっと、見上げる。
夏の空を、その夜を、見守るような、見下ろすような宝石のごとき煌めき。それが、夜闇の中で踊るように、ちらちらと瞬いているのを見上げるうちにふと、頭の中をよぎる面影があった。
大切な義兄の松浪・静四郎。お人好しで、人を疑うことを知らない、あの義兄。
このまま道を歩いてけば、彼が住み込みで勤めている城の近くを通るはずだった。種族は違えど、自分に知識や、それ以外のたくさんの大切でかけがえのない事を教えてくれた、得難い人――それはまるで、義兄と言うより母のような。
どうせならばこの見事な夜空を、静四郎と共に楽しみたいと考えて、心語は疲れた足を再び動かし、城への道を辿り始めた。けれども静四郎に会えるともなれば自然、足取りは軽やかになり、全身に絡み付いていた疲労感もどこかに吹き飛んでいく心地がする。
やがて、星空の中にくっきりと浮かび上がる大きな建物の傍までやってくると、心語はピタリと足を止め、塀の外から静四郎の部屋がある辺りを見つめた。しっかりと鎧戸はおろされているけれども、その隙間からはちらちらと灯りが漏れていて、住人がまだ眠っていない事を教えている。
ほっ、と安堵して心語は足元を探り、手頃な小石を見つけると、狙いを定めて兄の窓の鎧戸に投げつけた。カツン、と小さな音が一つ、二つ、星空に響く。
「――このような時間に、どなたですか」
少しして、鎧戸が上がる重たげな音が響いたかと思うと、闇の中に灯火の柔らかな光が浮かんだ。その中にくっきりと浮かぶシルエットは、間違いようもなく静四郎のもの。
呼び出しておいてなんだが、こんな夜分に呼び出されて、あっさり窓を開けるのは無警戒に過ぎはしないかと、少し呆れる。けれどもそれは実に静四郎らしい行動で、言いようもなく安堵したのも事実だ。
だから心語は静四郎のシルエットを見上げ、少し控えめに言葉をかけた。
「――夜遅くに悪い」
「おや、その声は心語ではありませんか‥‥いえ、良いのですよ、何かご用ですか?」
こくり、静四郎のシルエットが首を傾げたのに、これから星見はどうか、と告げる。この満点の、降るような星空。さやかで眩しく輝く、数え切れない小さな光。
「これから一緒に星見を?」と呟いた義兄が、確かめるようにひょい、と空を見上げたのが解った。それから少し笑みを含んだ声で、「ええ、喜んで」と返事がある。
「わたくしも寝付けずにいたところです。今参りますから、待っていて下さいね」
そう、返事と共に静四郎の影が一旦引っ込んだかと思うと、元通りに鎧戸が下ろされ、闇の中に浮かんでいた明かりが見えなくなった。のんびりと目が星明りに慣れるのを待つうちに、塀の通用口を潜って現れた静四郎その人が、星明りの下で微笑む。
そうして2人連れ立って、灯も点けぬまま、城を囲む森の中を歩んで行った。頭上を差し渡す枝が星明りも、月明かりすら遮って、おぼつかない足元を探るように夜闇に目を凝らしながら、慎重に。
やがてしばらく行った峠のてっぺんで、ぴたり、と静四郎が足を止めた。
「‥‥ここなら森の木々に邪魔されずに空が見えますね」
そういって、見上げた先には確かに、先ほどまで頭上に指し渡していた枝がまるで遠慮するようになりを潜めた、ぽっかりとした空間が広がっていて。まるでそのためにあるように2つ、腰をかけるのに手頃な石が木陰に並んでいる。
夜露に濡れてはいけないからと、石に腰掛ける静四郎に促されて、心語もまた彼と並んで石に腰をかけた。そうしてひょいと眼差しを空に向けると、変わらず見事な星空が視界いっぱいに広がっている。
彼らが後にしてきた城ですら、視界を遮るほどの高さはない。何者にも邪魔されず、輝く星を見上げながら、心語は見慣れた星を見つけてひょい、と指を指した。
「あれが天狼星。あっちに見えるのが大火の星、向こうが柄杓星‥‥だったな」
ひときわ強く輝く星には、名があるのだと知ったのは心語が、松浪家に養子として引き取られてからの事だ。それまでの心語は、思うことと言えば戦のことばかりだった。
そんな心語に、夜空の星に天候や方角を知る以上の意味など、あるはずもなく。
「‥‥覚えているか、兄上。昔もこんな風に、揃って星を眺めたな」
「‥‥ええ、もちろん覚えていますよ。最初に教えたのが、大火星と天狼星、柄杓星でしたね」
呟き、向けた眼差しに返ってくる笑みは柔らかい。それに、良かった、と小さく安堵する――静四郎が忘れているだろうかと、本気で思っていたわけではないけれど。
依頼からの帰り道。静四郎を誘って星見をしようと思い立ったのは、見上げた先にあったのがあの日を思い起こさせるような、見事な星空だったからだ。
この世界には自分の知らない、たくさんの事があるのだと知ったあの日。自分がどれほど狭い世界の中で、ただ生きていたのかを思い知った夜。
「‥‥思えば、あの時初めて戦を忘れ‥‥ゆっくりと星を見た‥‥。星の名や、星にまつわる伝説を教えてくれたのも‥‥兄上だったな‥‥」
初めは何を言われているのか全く解らず、ただ首を傾げるばかりだった心語に静四郎は、穏やかに丁寧に一つ一つの星を指さし、星の呼び名を教えてくれた。星にまつわる話を教えてくれた。それからも、機会がある度に彼は繰り返し、心語にたくさんの事を教えてくれた。
やがて、それを理解するにつれて心語が覚えたのは、悔しさ。彼の戦飼族は星の名も知らず、文字も文化らしい文化もない。その事実にどうしようもない悔しさを覚え、ぎりり、と唇を噛みしめた。
その頃のことを思い出したのだろうか、静四郎が懐かしむように目を細め、そっと心語の顔をのぞき込む。
「わたくしはあの時、あなたにわたくしの持てる全てを与えようと決めました。いつか、あなた達の種族に独自の文化が生まれる、その礎にと――」
思いやりの深い義兄の言葉。心語だけではない、心語の種族すべてをまるで己の義弟のように思う、その言葉。
――いつか。自分は自分の、自分達の子孫に、同じように星空を見上げて、あれが天狼星だと指を指して教えてやれるのだろうか。あっちに見えるのが大火星だと、柄杓星はあちらなのだと、指を指しながら星の話を語って聞かせてやれるだろうか。
静四郎の言葉はもちろん、残らず心語の中にある。それが失われることはきっと、ないだろうけれども――
ふる、と軽く、首を振った。そうして取り留めのない思考を追いやって、今度は無心にただ、星の輝きがゆっくりと空を動いていく様を、見つめる。見つめて時々、ぽつり、他愛のない言葉を、交わす。
――どれほどそうしていたのだろうか。やがて、空がゆっくりと白み始めて、少しずつ空から輝きが消えていく頃になって、ようやく心語は石から立ち上がり、静四郎を振り返った。
「‥‥そろそろ戻ろう、兄上」
ここで別れればまたしばらく会えぬと思えば、名残惜しい気持ちはある。けれども永遠にこうしているわけにもいかないし、何より静四郎には城での勤めがあるのだ。
だから義兄を促すと、静四郎は始めて気づいたように目を瞬かせて空を見上げ、小さな微笑みを浮かべた。
「‥‥そうですね、そろそろ帰りましょう」
そうしてゆっくりと立ち上がり、来た時よりもほんのり明るくなった森の中を通り抜けて、2人は城へと歩き出す。行き道は長く感じられたのに、帰る道はあっという間に感じられて、それがまた心語にはほんの少し、寂しい。
だがそれを押し隠し、静四郎を守るようにして、城の通用口まで無言で歩いた。けれども後少し、というところで静四郎が、ぴたりと足を止めて心語を振り返る。
「――ここまでで大丈夫ですよ。ほら、もう通用口が見えています」
「だが、兄上‥‥」
「私にも、あなたを見送らせてください。――ありがとう心語、楽しかったですよ。気をつけてお帰りなさい」
にこ、と微笑んでそう告げた義兄の言葉に、心語はもう一度だけ、城の通用口へと眼差しを向けた。あそこまでならいかに無防備な静四郎であろうとも、なるほど、危険はあるまい。
それでもぬぐい去れぬ心配を抱えながら、それじゃあ、と心語は静四郎に手を振って、聖都までの道を歩き始めた。途中、名残惜しくて振り返ると、まだそこに立っていた義兄が小さく微笑んで手を振る。
もう一度、そんな兄に手を振って、心語は再び前を向いて歩き始めた。背中にずっと、いつも夜空の星のように彼を見守り、導いてくれる、暖かな静四郎の眼差しを感じながら。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業 】
2377 / 松浪・静四郎 / 男 / 28歳 / 放浪の癒し手
3434 / 松浪・心語 / 男 / 12歳 / 異界職
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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いつもお世話になっております、蓮華・水無月でございます。
この度はご発注頂きましてありがとうございました。
その節はすっかり遅れてしまいまして、本当に申し訳ございませんでした‥‥ペース配分の下手なWRですみません;(土下座
大切なお義兄様と星空を楽しむひととき、如何でしたでしょうか。
使い古された言葉のようですが、家族であるというのはきっと、血の繋がり以上に、気持ちの繋がりであるのだろうと思います。
そんな大切なお義兄様と、大切な思い出を振り返りながら星空の下で過ごすひとときは、得難く貴いものであったのだろうなぁ、と‥‥
お義弟様のイメージ通りの、優しく穏やかな、かけがえのないひとときのノベルであれば良いのですけれども。
それでは、これにて失礼致します(深々と
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