<Midnight!夏色ドリームノベル>


『ふつうのいちにち』

 夏の終わりの普通の日。
 大きな行事もない平日。
 空を見上げれば、青空が広がっていて。
 街に目を向ければ、穏やかな人々の顔がある。
 子供と動物たちは元気に走り回っていて。
 大人たちは仕事や立ち話に夢中だった。
 本当に、普通の日。
 いつもの、平日の姿。

 そんな一日を、千獣も普通に過ごしていた。
 ルニナの看病の為に、夜間は彼女と妹のリミナの傍で過ごしているけれど。
 2人が目を覚ました後には、近くの森へやってきて。
 太い枝のある木を選んで登って。枝の間に寝そべって空を見る。
 風に揺れる葉や、ゆっくり流れていく雲を見るともなく見ながら、時を過ごす――。
 数秒、数分、そして数時間。
 寝そべっている彼女は、傍から見たらただ寝ているだけの人だ。
 飽きなど感じることはなく、千獣は長い間そうしていた。

 お昼の時間は太陽の位置で分かるけれど、この森にいる時はそれだけではなくて。
「千獣、ご飯よー。準備手伝って」
 遠くから響いてきた女性の声に、千獣は目をぱちぱちと閉じたり開いたり。
 次の瞬間には、ふわっと枝から飛び降りて。ぽんと地上に降り立った。
「デザート、何かあったら採ってきて!」
 リミナのその声が聞こえるより早く、千獣は果実を採りに少し奥へと入っていた。
 そして、紫色の葡萄を手に入れた途端、急いで千獣は声の方――。
 ファムル・ディートという、錬金術師の男の家へと走っていく。
 
 葡萄を持って小屋のような家に戻ると、リミナは既に昼食の準備をほぼ終えていた。
 この家にはキッチンはないので、ファムルが研究に使っている機材や道具を使っての料理だ。
 研究室の中に、美味しい匂いが充満している。
 椅子とテーブルを用意して、すぐにでも食べたくなるけれど……奇妙な薬品や素材が置かれているこの場所では、リミナたちは食が進まないらしい。
「診療室の奥の部屋で食べようね。ルニナも一緒に」
 だから、いつものように食事を運んで、寝室として使わせてもらっている部屋で3人で食べることにする。
 戻るかもしれない、他の住人達の分は蓋をして残しておいて。
 リミナと千獣は鍋や食器を、診療室の奥の部屋へと運ぶのだった。

「おっ、葡萄だね! いいなー、私も果物狩り行きたいなー。行きたい、行きたい行きたいー」
 千獣が運んだ葡萄を見て、ルニナが騒ぎ出す。
 元々活発だった彼女には、この養生生活はかなり退屈らしく、たまにこうして騒ぐのだ。
 だけれど、飛び出していくようなことはしない。……今の彼女には時間があるから。
「来年の秋には3人で楽しめるわよ。ううん、短時間なら春にだって苺狩りが楽しめるんじゃないかしら」
 食器に料理を盛りながら、リミナが微笑む。
「そうかなー。そうだよねー。あー性能の良い車椅子が欲しいなぁ。食材も自分で用意できるようになりたい。いつまでも、人の世話になってばかりじゃいられない」
「車椅子なら、借りることくらいできるんだけれど……。でもダメ。ルニナはすぐ無理するから」
 くすくす、リミナは笑いながらテーブルに料理を並べて、椅子を用意する。
 ルニナはベッドの上に座ったままで。千獣はリミナが用意した長椅子に、リミナと並んで腰かけて、ルニナと向かい合い。
「いただきます」
「いただきまーす」
「いただき、ます」
 3人で一緒に食べ始める。
 テーブルに並んでいるのは、オートミールと、千獣が朝釣ってきた川魚。リミナが数日前から漬けていた野菜の漬物。朝市で購入した野菜と鶏肉を使った煮物。
 それから、トマトとレモンで彩られた野菜サラダだった。
 魚の骨は全て抜いてあり、煮物はとてもやわらくて、味が染み込んでいた。
「いつまでも病人食じゃなくていいって。そろそろ私も料理位できると思うんだけどなー」
「そう、だけど……ルニナ、張り切りすぎて、自分も釣りに行くとか、言いだすから」
 千獣が魚を食べながら言う。
「そうそう。釣りに行ったら行ったで、じっと待っていられないって川の中に入り込んじゃったり……」
「ついでに、泳いでいこうって、泳ぎ始め、たり……」
 くすくす、リミナと千獣は笑い合う。
「そんなことしない……とは言えないけどさ!」
 ルニナも一緒に、笑っていた。
「でもさ、洋服くらい一緒に見に行けないかな。見ているだけでも楽しいしね」
「そうね。千獣に似合う服、選んであげたいな」
 そう言って、リミナが千獣に目を向ける。
「似合う、服……?」
 千獣はきょとんとした表情だった。
 彼女はいつも同じ格好をしている。
 両手、両足はむき出して、背も大きく空いている。
 千獣が女の子としてこういう格好を好んでいるのではなくて。
 必要に応じて、身体の一部を獣化させることの多い千獣にとって、着やすい服なのだ。
 手や足が布で覆われていたら、獣化した時に破けてしまい、その都度買いなおさねばならないから。
「その恰好、暗いというかなんというか。せめて耳飾りに似合う服にすべきだよ! 私はさ、豹柄の服が似合うと思うんだけど」
「な、なるほど。でもそれじゃイヤリングと似合わないじゃない。そうね……私は千獣には東洋の服が似合うんじゃなかと思う」
 リミナは、チャイナ服や着物を千獣に着せてみたいと言う。
「んー、3人で浴衣を着たかったかも」
「そう! 普段は着ない服来て、お祭り行きたかったよね。千獣は浴衣で、リミナはハッピ。私は特攻服なんてどう!?」
「……特攻、ふく? ルニナに似合う、服?」
 千獣が首を傾げる。
「……似合うかもしれなけど、着させられないわよ」
 リミナは苦笑している。
「でさ、出店で玩具のアクセサリーを色々つけてみて、似合うのを選ぶとか、楽しそうだよね」
「お祭りではいつもより派手な格好が出来るし、試してみたいわよね」
 ルニナとリミナの楽しげな視線が、千獣に注がれている。
「……う、ん」
 良く判らないけれど、千獣はこくりと頷いた。
「ふむふむ、それじゃ、千獣ちょっとこっちに来て」
 突然、ルニナが千獣の腕を引っ張った。
「うん……?」
 不思議そうな顔で、千獣はルニナの隣へと移動する。
 ルニナのベッドには草が敷かれており、腰かけた途端にふわっと草の匂いが鼻をくすぐった。
「よしよし、大人しくしてるんだぞ〜」
 心地よい匂いだなぁと思っていた千獣の頭に、ルニナが手を伸ばして。
 小物入れから取り出した赤いリボンを彼女の黒い髪に巻いた。
 くるくると沢山巻いて、大きくリボンを結んだ後。
 にこにことルニナは千獣を見詰める。
「うん、可愛い。でもまだまだ足りないよね」
 そして今度は、薄紫のスカーフを取り出して千獣の首に巻き付けた。
「ああ、こんな防寒用のじゃなくて、お洒落なアクセで着飾らせてみたい!」
 そんなことを言うルニナを千獣はやっぱり不思議そうな目で見ている。
「同感」
 リミナも楽しそうな笑みを浮かべている。
「ね、後で私の服も、来てみない?」
 リミナの言葉に、戸惑いつつも千獣は「着てみるだけなら」と、こくりと頷く。
(……人間、は、いろんなところに、楽しみを見出すんだなぁ……)
 そんなことを思いながら、千獣はされるがままだった。
 自分をいじっている2人がとても楽しそうだったから。
 自分には今は良く分からなかったけれど。
 2人が楽しいのならいいか、と思って。
「もう少し元気になったら、ウィンドーショッピングしよう!」
「それまでの間に、内職でもして少しはお金貯めようかな」
 そんなルニナとリミナの言葉にも千獣はこくりと頷いた。

 食事の後に、千獣が採ってきた葡萄を食べて。また談笑して。
 あれこれ考えて、語り合って。
 女性3人で笑顔を浮かべながら、ゆっくり時を過ごす。
 そんな普通の1日。人の日常。
 交わされたささやかな約束も、また人間の日常の約束。

 美味しい食事を作ろうね。
 遊びに行こうね。
 買い物に行こうね!

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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【整理番号 / PC名 / 性別 / 年齢 / 職業】

【3087 / 千獣 / 女性 / 17歳 / 異界職】

NPC
リミナ(NPC0980)
ルニナ(NPC0965)

ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ライターの川岸満里亜です。
ギリギリの納品になってしまい、申し訳ありません。
千獣さんと、リミナ、ルニナの穏やかな日常を楽しく書かせていただきました。
ご依頼ありがとうございました!