<東京怪談ノベル(シングル)>
我、目指すは頂点なり
連日の激闘に沸き返る闘技大会。
その中にあって人々の熱狂をもっとも集める格闘家が今、闘技盤で闘いを演じているガイ。
鍛え上げられた筋肉を生かし、卓越した格闘技と気の力で連戦連勝を続ける優勝候補の最有力。
紙一重で攻撃をかわし、ガイは己の間合い限界までひきつけると極限までに高めた蒼き気の塊―必殺の『煉獄気爆弾』が相手の腹目がけて打ち込まれる。
白目をむいて大きく吹っ飛ぶ相手を見送り、大歓声を一身に浴びながらもガイは怪訝そうな顔で両手を広げ、何度も開いたり握ったりの動作を繰り返し、ふむと小さくうなずいた。
「どりゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
「うぉぉおりゃぁぁぁぁぁぁぁぁっぁぁぁぁぁっ!!」
左右同時に殴り掛かってくる二人の闘士の動きを冷静に見極め、力強く地を蹴って彼らの上で膝を抱えて一回転し、背後へと回り込む。
勢い余ってたたらを踏みつつも態勢を整えようとする彼らの軸足を思い切りよくガイは利き足で蹴り飛ばす。
ひとりはとっさに体をひねって踏みとどまるも、もう一人はそのまま床と顔面を衝突させて気を失う。
それを横目で見ながらガイは一気に間合いを詰めると闘士に隙を与えず拳を繰り出す。
不安定な態勢ながらもその拳を受け止め、両足をきっちり踏みしめると闘士は力強くガイにむかって拳を打ち返す。
激しい組手の乱捕りに荒く息を吐きながら、ガイたちの攻防を一瞬も見逃すまいと発展途上の筋肉を持つ若き闘士たちは食い入るように見つめていた。
「ほう……なかなかやるな!」
「お褒め頂いて光栄です!ですが、まだまだぁぁぁぁぁぁっ」
荒っぽい見た目とは裏腹に的確な打撃を繰り出す相手にガイは素直に賞賛するが、その全てを拳で受け止め、自らの肉体に一切触れさせない。
相手の闘士もそれには気づいていたが、憧れの存在であるガイと手合せしている嬉しさに歓喜の表情を浮かべ、さらにスピードを上げて拳を打ち出す。
にやりと楽しげに口の端をあげ、ガイは闘士の右拳を掴んで抑え込む。
一瞬、苦痛に顔をゆがめながらも闘士は空いている左拳をガイの顔を狙って繰り出すも、こちらも同じく抑え込まれてしまう。
立会いのままにらみ合うも徐々に若い闘士のほうが膝を崩した瞬間、ふわりと体が浮き上がるのを感じた。
次の瞬間、ガイの笑顔がすぐ真下に見え、続いて高い石造りの天井が視界に飛び込み―苦痛の声をあげ、意識を手放した。
ざわめきに包まれる練習場を気にも留めず、ガイは掴んでいた闘士の手をようやく放すと大きくそりかえした背を起こし、大きく伸びをする。
ガイは闘士の両手をつかんで動きを抑え込んだまま、大きく上半身をそらしてブリッジをするようにその体を勢いよく投げ飛ばし床に投げ飛ばしたのだ。
鋼のような強固さだけでなく、柳のようなしなやかさを兼ね備えた筋肉でなければ出来ぬガイならではの技に見守っていた何人かの闘士たちは感嘆の声をあげ、また何人かの闘士たちはどうすればあれだけの技ができるのかと相談を始める。
が、当の本人はそんな様子は耳に入らず、不思議そうに両手を握ったり開いたりを繰り返し―何事かに気づいたようにうなずくと、ようやく激論を繰り返す闘士たちに声をかけた。
「悪いな、もう一度手合せしてくれるか?」
「はいっ??」
一瞬何を言われたのか分からず、間の抜けた声を出すも、ガイは人好きする笑顔を絶やさず返答を待つ。
闘ってくれと言われたのは分かる。それは理解したが、ガイとはすでに2時間以上は手合せしている上に一対多数でやっているのだ。
いくらなんでも無茶としか言えない。
「ガ……ガイ、あんたと手合せできるのは光栄だ。けどよ、さすがに無茶じゃないか?」
「ああ、いくら強者で知られるガイでもな……それに」
思い切って何人かの闘士たちが務めて穏便に済まそう口を開き―闘っている間に気づいたことを思い切って口にした。
「あんた、必殺技の『気の力』を全く使っていないだろ?俺たちじゃいい修行相手になって」
そこまで口にして闘士は押し黙り、うつむいてしまう。
ガイにそんなつもりがないのは十分にして理解しているが、実力不足を暗に見せつけられているようで落ち込んでしまう。
気まずそうにガイは後頭部を思いっきりかきむしると、すっと眼差しを鋭くして闘士たちを見据えた。
「最初に言っただろう?これは修行の為なんだ、協力してくれねえか?と。お前たちの実力は恥じ入ることなど全くない。これだけの実力を持つ闘士たちと戦えて俺はうれしく思っているぞ!だから頼む。俺がさらなる強さを身に着けるためにはどうしても必要なことなんだ!」
憧れのガイからこうも熱く訴えかけられ、若き闘士たちは感激に打ち震える。
己を鍛えるため、さらなる強さを得るために自分たちとの修行は欠かせないと言われて喜ばぬものなどここには誰一人として存在していなかった。
「一斉にかかってきて構わない。俺は治療のためにしか気は使わん。全力で来てくれ!!」
「ならば!」
「全力でいかせてもらう!!」
「行くぞぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!」
腕を鳴らし、構えるガイに闘士たちは雄叫びをあげて飛びかかっていく。
ガイは彼らの動きを一瞬も見逃すまいと睨みつけたまま、気合の込めた声を張り上げた。
熱気のこもる治療室でガイは全身に脂汗を浮かべながら、全身に刻みつけられた傷を練り上げた気を送り込み治療を施していた。
敢えて言う必要もないのだが、ガイの気による治療は(男限定で)ものすごく苦痛を伴う代物。
それでも癒える速さは並外れて良く、筋肉隆々とさせた闘士たちの間では大好評を博していたりしする。
ある闘士曰く、ガイの治療による苦痛も偉大なる修行の一環だ。これに絶えずして何が最強の格闘家と言えるか!ということである。
そんな訳で日々治療にやってくる者は耐えることはないのだが、今日ばかりはさすがに片手で数えるだけである。
何せ治療の担い手であるガイが数時間に渡る超絶修行によって傷を受けたことを聞き、その治療に専念してほしいからと重症者を除いてほとんどの闘士たちは遠慮していたのであった。
「話には聞いていたが……お前も無茶するな〜ガイ」
「よお、珍しいな。お前もどこか怪我したのか?なら」
呆れたと言いたげな表情で治療室に顔を出したなじみの好敵手である大男にガイはにっと笑いかけながら、治療の手を休めると空いている治療台を目で示す。
「悪いな、頼めるか?」
しばし沈黙の後、やや言いにくそうに頼むと大男は治療用のベットに横になる。
大きく腕を回すとガイは気合を込めて、傷ついた体に練り上げた気を送り込む。
淡い金色の光が全身を包み込むと同時に大男の顔が強烈な激痛に歪みながらも、暴れることはせず、ひたすらこの苦行とも言える治療にひたすら耐え忍ぶ。
「そーいや、ガイ。お前……無茶な修行したんだって?若い連中の間でかなりの噂になってるぞ?」
―鍛えた筋肉から繰り出される技は素晴らしかったが、惜しむらくはガイに必殺技ともいうべき代名詞の気の技をただの一度も使わなかった。
―やはり自分たちの力不足なのだろう。せめて一度でいいから全力の一撃を受けたかった。
そんな声が若い闘士たちの間で話題になり、試合もさることながら、さらなる修行に没頭する連中が続出していると痛みに耐えながら大男は楽しそうに告げた後、表情を引き締め、すいとガイをまっすぐに見据える。
「お前……どうして気の力を使わなかった?お前ほどの男が若い奴らに遠慮して手を抜いたってことは考えられねぇ。どうなんだ?言ってみろ」
大男の問いにガイは治療の手を止めずに、何気ない口調で言葉を紡ぐ。
「全員、いい腕前の闘士だ。いずれ戦うとなると楽しみでしょうがないな。まぁ、手を抜いたというよりも自分の闘い方を見直すためってところだ」
「あ?なんだそりゃ」
怪訝な声を出す大男にガイは少しばかり言葉を選びながら、治療の仕上げに取り掛かる。
「最近、試合で腕輪や気の力を連発してばっかりだったからな。対戦相手の決まっている試合でなら場外かKOすればそこで終わる。何より派手な気の技を使えば観客も盛り上がる。それはそれでいいんだ」
確かに大技で派手な気の力は誰の目からもその威力は一目瞭然で大いに受ける。
だが、これが試合ではなく修行を積み重ね、常日頃から気を抜くことが出来る毎日ならばどうか?
精神を大きく消耗する気の力ばかりに頼っていてはいずれ敗北に喫するのは目に見えている。
このあたりで自らを見つめなおし、己の極限にまで鍛え抜かれた筋肉をさらに醸成させ、技を磨きあげなくては意味はないとガイは感じ取っていたのだ。
「だからな、使わなかった。何より鍛えた筋肉は嘘はつかん。俺がさらに上を目指すには当然のことだ」
至極当然とばかりに胸を張るガイに大男はしばし黙りこむ。
どうしたのか?と疑問に思いつつも治療を終え、ガイがそのことを告げた途端、大男はがばりと身を起こして深々と手をついて頭を下げた。
「ガイ!頼むっ。これからすぐでも構わん。俺と手合せしてもらえるか?」
「な、なんだ?いきなり。どういうつもりで」
「鍛えた筋肉は嘘をつかん!まったくもってその通りだ。一方の力に頼ってばかりでは進歩はないと俺も分かった。頼む、ガイ!俺と全力の手合せをぜひお願いしたい!!」
唐突な申し出にガイは一瞬面食らうも、好敵手である大男の御願ってもない言葉にすぐに満面の笑みを浮かべ、力強くその腕を握りしめた。
「ならば、ぜひにお願いしよう!!」
「おう!!」
最強を目指す二人の格闘家の熱き思いが重なり合い、さらなる強さを求めた修行がここに幕を開けたのだった。
FIN
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