<Midnight!夏色ドリームノベル>
空に輝く大輪の華よ 〜ながれ流れて〜
夏も終わりが近づいてきている。 茹だるような暑さはなりを潜め、近頃では肌寒い日もあるほどだ。 終わりゆく季節を想い、キング=オセロットはそっと瞼を下ろした。
「――そういえば」
ふと、先日届いた招待状の存在を思い出す。
彼女は何となしに立ち上がり、引き出しの奥深く仕舞い込んだそれを取り出してみた。羊皮紙で作られた招待状の表面には、魅惑的な文字でこう銘打たれている。
「『夏祭り』、か」
肝心の差出人名は記されておらず、とどの詰まりそれが悩みどころなのだ。オセロットは持ち前の思慮深い頭をぐるりと巡らせた。どこの誰とは知らないが、このようなものを送ってくるような風流人が知り合いにいただろうか?
「誘い人は闇の中、か」
だが、ふむ。
考えてみれば悪くない話ではないか。たまにはこういった趣向もいいだろう、と彼女は思った。
これといって誘う身がある訳ではないが、乗りかかった船だ。ひとつ足を運んでみるか。
「さてと」
彼女は招待状を握り締めたまま、いそいそと席を立つ。目指すはクローゼットだ。心なしか浮き足立つようにして、オセロットはゆらゆらとそちらの方向へと流れていった。
この夏を、ささやかな思い出と共に締めくくるため――。
*
漆黒の生地に、艶やかなシャクヤクの花が幾つも開いている。それを引き締めているのは、赤と黄の平帯。大人の魅力を漂わせながら、オセロットは浴衣で豊満な身体を包んでいた。道行く者の誰もが彼女の美しさに振り返る。金糸のごとき髪は黒地の浴衣にいっそう映えた。
オセロットが足を進める度、下駄がカラ、コロ、と軽やかな音で鳴る。
(郷に入っては郷に従え、だ。夏祭りといったら浴衣だろう)
手には花模様の扇子を持っている。彼女はパチン、とそれを閉じて、帯と浴衣の隙間に差し込んだ。
(しかし、思っていたよりも人が多いな。彼らも皆、私と同じように招待を受けたのだろうか)
夏祭り会場は沢山の人でごった返している。祭り独特の熱っぽい空気。頭上を飛び交う威勢のいい呼び声。家族連れの姿も多く、足元ではひっきりなしに子供たちがちょろちょろと駆け回っている。
だが、そんな賑々しいこの光景を、オセロットはいたく気に入ったようだった。知らず知らずのうち、唇の端がふわりと綻ぶ。柔らかく目尻を下げた彼女の表情は、どれほど麗しかったことだろう。
(折角だ。友達に土産のひとつでも買っていってやるか)
彼女は陽炎のようにその身を揺らめかせながら、更に人混みの中へと紛れていった。
カラ、コロ。
「よう、そこのべっぴんさん。甘い物はお嫌いかい?」
不意にオセロットを呼び止めた声があった。彼女は流れていた足を止め、声の方へと振り返る。
歳は四、五十頃だろうか。一人の中年男性が屋台の中から、こちらへ向かって手招きをしている。彼女は誘われるがままに身を寄せてみた。随分と小ぢんまりとした、質素な屋台だ。
だが、陳列されていた商品といったら素晴らしかった。オセロットは思わず目を見張る。
「凄いな……こんなに美しい細工物は久し振りに見た」
「だろう? これだけのモンは他所様じゃちょっとお目に掛かれないぜ」
「これは一体何でできてるんだ?」
「飴細工だよ。熱いうちに伸ばして、形を作るんだ」
「そうか、飴か。あんまり綺麗なものだから、てっきりガラス細工かと思った」
彼女は長い脚を屈め、見惚れるような視線を飴細工へと注いだ。白鳥の形を模したそれは、光の加減によってキラキラと輝く。まるで本物の白鳥が水浴びをしているかのような優雅さがそこにはあった。大きく翼を広げた姿もチャーミングだ。
これを土産にしたら、友達はさぞかし喜ぶだろう。皆こういったものには目がない連中ばかりだ。見た目も美しく、しかも繊細で、口に含めば甘く溶ける。なるほど、完璧なものに思えた。
しかし、この飴細工を土産にするには、ある重大な問題を乗り越えねばならない。
「……持って帰る間に、割れるだろうなあ……」
これにはオセロットも頭を抱えるしかない。細やかな造りであるからこそ、飴細工は脆く割れやすい。その儚ささえも魅力なのだが、このときの彼女には欠点に思えてならなかった。
ええい。後ろ髪は引かれるが、致し方あるまい。誘惑を振り切るように立ち上がる。
「悪いが土産にするものを探しているところなんだ。この飴細工は素晴らしいし、是非買って行きたいところなんが……見たところ、これは家まで持って帰れなさそうだから、やめておくよ」
すると彼女の言葉に、屋台の店主が眉根を寄せた。心外だとでも言いたそうな表情だ。
「おいおい姉ちゃん、馬鹿言っちゃいけねえよ。持って帰れるか心配だって? 持って帰れるとも。羽根の一本、水かきのひとつさえ壊さずにな」
「だが、そんな魔法のようなことが」
「あるのさ、魔法が」
店主は不器用に片目を閉じた。とてつもなく不恰好なウインクだ。
「夏祭りの夜には魔法が掛かるんだよ、嬢ちゃん。騙されたと思って、ほら、持っていきな」
「っと!」
無造作に投げられた白鳥の飴細工を、オセロットの両手がなんとか受け止めた。しかし地面に落ちる前に止めたとはいえ、この衝撃では脆い飴細工など一溜まりもないだろう。店主の乱雑さに苦々しく顔を歪める。そして彼女は、おそるおそる手を開いた。
しかし白鳥はクチバシの先さえ欠けることなく、大人しく彼女の手の中に収まっていた。
「……驚いたな。本当に、魔法が掛かっているのか」
「帰り道は保証するよ。任せておけ」
店主は人が良さそうに笑っている。
その後もオセロットは暫くの間、祭りの雰囲気を楽しみながら会場の中をあてどなく歩いていた。
時には金魚すくいの屋台前で足を止め、泣きべそをかいていた少女のために腕を奮ってやったこともあった。しかし彼女の腕前に惚れ込んだ子ども達が次から次へと群がってくるようになり、その結果、哀れオセロットは彼らのために金魚を掬い続ける羽目になってしまった。
また、時には射的コーナーへと足を運んだこともあった。だが、彼女にとってすればちゃちな射的など朝飯前だ。あっという間に彼女は『射的荒らし』として恐れられるようになったが、取った景品達は決して受け取らなかった。オセロットにとっては、これは単なるお遊びなのだ。景品目当てで本職が腕をふるうなど、そもそも間違った話ではないか。彼女は自らの誇りにかけてそう思っていた。
「ふう」
一通りの散策を終えたオセロットは、樹の幹にもたれながら煙草を一服していた。彼女の赤い唇から紫煙がゆったりと吐き出される。
幼い子を連れた家族連れ。仲睦まじく手を繋いでいるカップル。賑やかに盛り上がる若者達。そのうちの誰もが瞳の奥を煌めかせている。その光景を眺めているのが、オセロットにとっては何よりの至福の時間だった。ここはなんて平和で、穏やかで、幸せに満ちた場所なのだろう。
そして自分もそんな場の一員でいられることが、今は誇らしくて堪らなかった。
そっと、柔らかな手つきで巾着の口を開く。中では数羽の白鳥が、その身を光に満たしていた。
「皆、喜んでくれるだろうか」
彼女は白い指を伸ばすと、飴細工のうちのひとつを優しく撫でた。
――そこに突然、ドォン、と激しい音が鳴り響いた。
思わず空を仰いだオセロットの瞳に映ったのは、光輝く大輪の花。
花火の打ち上げが始まったのだ。
先ほどのものを皮切りに、次々と後発の花火が打ち上げられていく。空の中央までを一気に駆け上がり、真ん中を位置取った途端、それらは大きな音と共に花開いていく。赤や緑、黄色に青。そのどれもが趣に富んでいるので、オセロットは否応なくそれらへ魅入ってしまうのだった。
幾分暑さの和らいだ風が、するりと首元を撫でていく。彼女は帯に差していた扇子を引き出すと、自らのうなじをぱたぱたと扇いだ。青臭い草の香りが鼻腔をくすぐる。
吸いかけの煙草に、また一口唇を寄せる。花火を見ながらの一服は格別だった。嗅ぎ慣れたこの香りも、この場ではどこか新鮮に思える。
(この花火を見られただけでも、足を運んだ価値はあったな)
浴衣のシルエットを地面に落としながら、オセロットは夜空に開く花火を尚も見つめている。パラパラと落ちていく火の粉がなんとも儚く思えた。
ふと思い立ち、周囲を見渡してみる。誰もが一様に空を見上げ、同じ花を瞳に宿していた。
きゅう、と胸の奥が締め付けられるような思いが訪れる。それはまるで郷愁のような、淡い痛み。
……夏が終わる。その事実を、彼女は改めて身に染みて理解したようだった。
*
「……と、いう訳でな。夏祭りに行ってきたんだ」
「いいなぁ。私も一緒に連れて行って欲しかったー」
目の前の友人は駄々をこねるがごとき素振りで、唇をむうっと尖らせている。オセロットは喉の奥でくつくつと笑うと、愉快そうに彼女を宥めた。
「まあ、土産を買ってきたから」
「あっ。それってさっき言ってた『魔法の飴細工』ですね! やった!」
「ああ。確かに魔法は掛かっていたよ。祭りからの帰り道、どれだけ乱暴に扱っても翼ひとつ取れなかった」
「凄ーい。やっぱりお祭りの魔法が掛かってたんですね」
だが、と彼女は言葉を濁す。口ごもっている反面、その表情は酷く愉しげなものに見えた。
オセロットは自らの鞄の中から、そうっと土産の飴細工を取り出した。
「ただ、店主の言う通りだったよ。魔法が掛かっていたのは『夏祭りの夜』の間だけだった。夜が明ければ、この通りさ」
白鳥の飴細工はもはや見る影もなく、被せられた袋の中でバラバラに砕けてしまっている。キラキラと輝く欠片のみが、そこには収められていた。
驚きの余り言葉を失う友人へ向けて、オセロットは穏やかな声を投げた。
「祭りの夜は、それはもう夢のようだった。だが、夢は醒めなければ夢ではないからな」
彼女は切なさそうに睫毛を伏せ、指先で白鳥だった飴細工を撫ぜる。
「今は醒めてよかったと思ってるよ。何せ、また新しい夢が見られそうだからね」
――木枯らしが吹き抜ける。夏は終わりを告げ、秋が訪れようとしているのだった。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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2872/キング=オセロット/女性/23歳(実年齢23歳)/コマンドー
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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この度はご発注いただき、誠にありがとうございました。ライターのタマミヤと申します。
オセロット様は見目麗しく、更に趣深い方かと拝見しましたので、
少し儚げな、切ない夏の夜をお届け致しました。
今回の、少し不思議な夏祭り。いかがでしたでしょうか?
またオセロット様にお会いできる日を心待ちにしております。
ありがとうございました!
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