<聖獣界ソーン・PCゲームノベル>


【砂礫工房】 捻れの塔の大掃除 2

------<すばらしい隠れ家>--------------------------------------

 捻れの塔にある窓から見上げた空は何処までも高く青い。空を鳥が優雅に舞い、窓を開けた塔の中に入ってくる風も心地良かった。
 街の喧騒とは無縁な穏やかな日常がそこにはあった。
 くあぁ、と大欠伸をしてハンモックから起き上がったローは昼寝からの目覚めに気持ちよさそうに伸びをする。ハンモックの上でのバランス感覚も抜群で、落ちるような気配もない。
 絶賛雲隠れ中のローは見える部分の掃除は終わっていたため、快適空間となった捻れの塔を仮の住まいと決め暮らしていた。現在ハンモックを吊しているのは中階層で朝には日差しが程よく差し込み、昼間開けている窓からは爽やかな風も入り昼寝をしていても具合が良い。しばらく探索していて気付いたのだが、日々変化し続ける塔の内部であったが、吹き抜けになっている部分は変化する事がない。よって、そこにロープを渡し、洗濯した布をかければ、たとえ部屋の場所がいくら変化したとしてもその位置だけは動かない寝床の完成だ。寝る場所が変化しないということは心の安定要素の一つだ。
 ローは冥夜とジークフリートが帰った後、風呂場も台所もなんなく探し当てて今に至る。場所が毎日変わるが、その場所が一階ということは変わらないらしい。毎日場所が変わるのにどういう構造になっているかローには皆目見当も付かなかったが、蛇口を捻れば水も出るし、暖炉に火を入れればお湯も沸かせる。食料も近くの森から調達できるので、塔の仕掛けにさえ注意すれば快適な隠れ家だった。
 冥夜達が帰ってからすでに数週間が経つ。
 思った以上に快適な暮らしに顔には出ていないがローは上機嫌だった。小言を言ってくる弟や慕ってくる子分達の事が思い出され、その賑やかさが恋しくもなるが、ローはそれ以上に塔の暮らしを気に入っていた。自分の船も良いが、陸の上ではここの住み心地が良いと。
 しかしこのままだらだらと過ごしているのも勿体ないような気がした時、ローは先日別れ際に冥夜とした約束を思い出した。
 掃除の最後に見つけた地下室の扉。その先へはまだ進んではいない。日々変化する塔の内部ではあるが、まだまだ謎は解明されていないのだ。あの扉は地下へと続くものだろう。その先にあるのは宝かそれとも謎だけか。どちらにせよ、退屈はしのげるに違いない。
「扉の向こうか……」
 面白そうだ、とローは冥夜に貰った鏡を取り出した。裏にある突起の部分を押せば話が出来る。定期的に連絡を寄越すようにという言葉に従い、先日も冥夜と話していたため迷い無くその突起を押す。
 間髪を入れずに鏡の向こうに広がる風景。そこに黒髪ツインテールの冥夜の姿はない。しかしすぐに破壊音を轟かせながら慌てた様子の冥夜が顔を出した。
「わぁっととととっ、ごめんね、遅くなっちゃって」
 両手を合わせて謝罪する冥夜にローは小さく首を振り、気にするな、と告げた。冥夜はそれだけで笑顔になる。
「それより何かものすごい音が聞こえたが……」
「あぁ、大丈夫、大丈夫。ちょっと着地地点を間違えてちゃって、鍋とか薬缶とか落としちゃっただけ。怪我もしてないから平気だよ」
 ぺろり、と舌を出してお茶目なポーズを決める冥夜にローはほんの少し口元を緩めた。
「それならいいが」
「うん、心配してくれてありがと! それで今日は近況報告第二弾?」
 いいや、とローが告げると冥夜の目が期待に輝く。
「じゃあ、あの地下室の探索?」
 ローが頷くと冥夜はその場で何度か飛び上がりはしゃぎ出す。
「やった! じゃあ早速ジークと一緒にそっちに向かうね。ジーク捜してからそっちに向かうから少し遅くなっちゃうけど、夜までには行けると思う」
「分かった。それならば探索は翌朝からにすればいい」
「そうだね。あー、楽しみ!」
「私も楽しみだ」
「うん! あ、そうそう。ローが作ったハンモックとか見るのも楽しみにしてるから! それじゃ、またね」
 冥夜が現れた時同様、慌ただしく去って行くのを眺め、ローは鏡のスイッチを切った。辺りに広がる静寂。ローは鏡をそれを大切に仕舞うと腰をあげる。
 夜にはまだ時間がある。着く頃にはちょうど夕飯の時刻だろうと予想したローは、冥夜のマジカルボックスからはなんでも出てくるが、さすがに温かい料理までは無理だろうと食料調達に向かった。


------<食料調達と……>--------------------------------------

 さて、いざ食料調達に出ようとハンモックの上から降りた瞬間、塔の内部が動き出した。まるでローを外に出さない意図でもあるかように、それは動き続ける。
 重い音を響かせながら階下へと続く階段が途中で捻れ上へと続くものに代わり、下へと続く道が消えた。しかしそのことにローは慌てる事はなかった。伊達に数日この塔で暮らしていない。
 ローは慣れたもので、近くにあったロープを頑丈そうに見える手すりへと結びつけ、吹き抜け部分へそのまま身を躍らせた。
 道が消えたなら作り出せばいい。ローはいつもそうやって生き抜いてきたのだから。
 長いロープはローの重さでしなるが切れる事はなかった。
 ローは途中で壁を蹴り障害物を躱しながら下へと降りていく。軽やかに床へと降り立ったローは何事もなかったように塔を後にした。

 ここ数日で森の内部はあらかた把握していたローは、迷い無くその道を進む。食べられる果実や葉物を採りながら奥にある湖へと向かった。今日のメインディッシュは魚と決めていた。すでに罠を仕掛けてあるからだ。それに引っかかっているかどうかは天のみぞ知るといったところか。
 すでに果実などで重みのある麻袋を置き、罠を仕掛けた場所へと急ぐ。湿った湖の畔は海の浜辺と似ているようで違う。同じく足下に水が押し寄せてくるが、海の心までもさらっていくような感覚がない。
 脳裏をよぎる懐かしい海の事を思いながら、ローは仕掛けた罠を引き上げた。筒状の罠の中には丸々と太った魚が数匹ひしめくように入っていた。それをそのまま回収し、ローは麻袋を担ぐと塔へと足を向ける。
 食料調達をしている間に日はだいぶ傾いてきており、鮮やかな夕焼けが空に広がっていた。ローはまるで森全体が橙の空に包まれているように見える光景に思わず目を細める。その橙の空へと向かう捻れの塔は森の中からそびえ立つ。捻れたまま空へと向かう塔は歪で崩れそうにも見えるのに、実際はきちんと建っていてそれは神秘的で不思議な光景だった。捻れの塔は地上部分も地下部分も未だ多くの謎に包まれている。それを解き明かすのが自分たちだということに、ローはそれをほんの少し誇らしく思った。

 塔へと帰還したローは手慣れた手つきで魚を捌くと下ごしらえをしてしまう。活きの良い内に捌いて泥臭さを抜いてしまうに限る。一度焼いた魚を今度は鍋に入れ、香辛料と共に煮ていく。臭みを取り除いたスープを気に入ってくれると良いのだが、と思いつつ味を直している時、賑やかな音が響いてきた。
「冥夜っ! ちょっとどこ走ってるんですか!」
「道だけど−?」
「嘘ですっ! ちょっ、うわっ……!」
 ハンドルを握るとスピード狂へと変貌する冥夜の運転に悲鳴をあげているのはジークフリートだ。夕方の森に響き渡る悲鳴に苦笑したローは二人を迎えるべく、塔の入口へと向かった。
 ローが扉を開けると同時に目の前に車が止まる。
「やっほー! 冥夜ちゃん参上! 元気そうでなにより」
「あぁ、良く来てくれた。……ほら、掴まれ」
 ローはぐったりと車にすがるように座り込んだジークフリートに手を差し出した。真っ青な顔をしながらジークフリートはローの手を取りやっとの思いで立ち上がる。
「暗いと周りが見えないから余計に怖いんですよ。そこら辺考えてください」
「ごめんごめん。でも安全運転してたんだけどなあ」
 おっかしいなあ、と首を傾げる冥夜の頭にポンっと片手を乗せてローは言う。
「安全運転でスピード出すのも良いが、乗ってる奴との会話を楽しんだりするのもいいんじゃないか」
「うーん、そうだね。その方が楽しいかも。次はそうするね」
 ローの言葉に一瞬考えるそぶりを見せた冥夜だったが、すぐに頷くと笑顔を見せた。
「そうそう、早速だけどローのハンモック見せて!」
「あぁ。だがその前に腹ごしらえでもどうだ?」
「うんっ! あ、じゃあ食料だそうか」
「パンがあればいい。それ以外はさっき採ってきた」
 冥夜はいそいそと自分の鞄の中を探り出すが、ローの言葉に冥夜は動きを止めた。
「え? ローってばすでにこの環境に適応しちゃってる感じ?」
「まあな。なかなか快適だ。二人とも温かいスープはどうだ?」
「さすがですね。なんかそれを聞いたら急にお腹がすいてきてしまいました」
 ジークフリートが笑うとそれが冥夜にも伝染する。
「スープはもちろんいただく! それじゃあローの隠れ家に突撃ー!」
 冥夜はスキップしながら塔の中へと入っていく。その後に二人も続き、賑やかな夕食が始まったのだった。


------<地下探索>--------------------------------------

 翌朝、ローはいつものようにハンモックから降り階下を目指す。今日は珍しく塔の動きは感じられない。そのまま久しぶりに階段を使い一階まで降りたローは、朝早くから台所で忙しく動き回っている冥夜と鉢合わせした。
「わぁお、おっはよー! びっくりした。起きるの早いんだね」
「なんとなくな。ところでそれは……」
「えっと、朝ごはん。美味しい夜ご飯作って貰ったから、朝は冥夜ちゃん特製朝ごはんをと思って。もう出来るから待ってねー。あぁ、そうそう。お弁当も作った方がいいよね。大量に作っても鞄に入れておけば良いし。地下はあたしも行った事無いからどのくらいの深さか分からないし」
 備えあれば憂いなしっていうしね、と冥夜は作った料理を綺麗に盛りつけながら忙しくテーブルへと運んでいた。それを少し手伝っているとジークフリートも起きてきてそれに加わる。
 三人で朝食を食べ終えると早速地下の調査へと取りかかった。
 発見した時のままになっていた扉の前に立つ三人。扉を開けた瞬間、何かが飛んでくる可能性もある。そこでジークフリートと冥夜は扉から離れ、扉はローが開ける事になった。ローは慎重に扉を開ける。しかし拍子抜けな事に、扉を開けても何も起こらなかった。中には暗闇が広がるばかりで、特に不思議な事は起こらない。
「まさか何も起こらないなんて」
「……地下には仕掛けがないのか?」
「ううん、それはないと思う」
「ボクもそう思います。地上があれだけ凝っていたのに、地下は何もないなんてことはないんじゃないかと」
 これで終わるはずがない、と全員の意見が一致したところで、扉の向こう側へ向かう事になった。仕掛けは今の所未発見のまま。扉をくぐってからのお楽しみだ。
 そんな中、先頭を切って中へと入ったのはローだ。冥夜から貰った明かりを手に暗闇の中に進んでいくが、特に変化は感じられなかった。扉からまっすぐに道は続いており、天井も通路の幅も狭まる様子は見られなかった。
「何もない」
 しばらく進んだローは声を上げて二人に無事だという事を伝える。しかし二人にその声は届かなかったようだ。焦ったような声が聞こえる。
「ねぇ、ロー? 返事して!」
「無事だが、どうした?」
 ローは何度も声を張り上げ無事を叫ぶが二人には届かないようだ。さすがにおかしいと思ったローは扉まで戻り二人に手を差し出しこちら側へ来るよう促した。しかしそこへジークの素っ頓狂な声が響いた。
「あ、あの……その手……まさか縮んでる?」
 ローは自分の手を戻し眺めてみるが縮むどころかいつもと同じ手にしか見えない。何処がおかしいんだという思いを込めてもう一度手を伸ばすが、触れた感触に驚いた。今ローの手に触れているのは巨大な肌色の物体だった。よく見れば人の手だと分かるが、大きさがまるで違う。縮んだ、というジークフリートの表現は正しかった。ローの体はこびとサイズに縮み、ジークフリートの掌の上に乗れる大きさへとなってしまっていた。扉をくぐるとそうなってしまうのか。戻る事が可能なのか調べるため、ローはもう一度扉をくぐり抜けた。最後の片足が扉をくぐり抜けるのと同時に、ローの体は元の大きさに戻る。瞬間、冥夜が抱きついた。
「良かった−! ローが消えちゃったかと思った」
「返事はしていたんだが、小さくなっていたからか声が届かなかったんだな」
「その扉、全身が通り抜けると大きさが変わるようになってるんですね」
「そのようだ。身につけているすべてのものが一緒に縮むから、縮んだ事に気付かなかった」
 ローが無事である事に安堵した二人は中へ進もうとする。それをローが止めた。
「副作用があるかもしれない」
「えー、その時はその時。それにローが進んでいった時、天井が高くなったように感じなかったって事は、小さくなる事前提で設計されてるって事だし。その扉から戻れば元通りになるって分かってるし大丈夫」
 行こう、と冥夜がローに向かって手を差し出す。これではまるで自分の方が意気地無しのようだ、と苦笑いを浮かべローはその手を取る。
「では探索再開だ」
 掴んだ冥夜の手を引きローは再び扉の向こう側へと足を運ぶ。今度も自分が小さくなった感覚はない。しかし振り返ると見上げるほどに大きく見えるジークフリートが入ってくるところだった。視覚認識が間違っている事に気付く。視覚がなんらかの操作を受けているに違いなかった。
 足下は暗くどこに突起があるのか分からない。用心して進むが気付かないうちに足が触れてしまい、壁際からボールが飛んでくる。それをうまく躱しながら三人は進む。たまにローの布で覆われた右の死角になる部分からボールが飛んでくるが、ローは気配でそれを察知し手にしたカットラスで真っ二つに斬る。避けると隣にいた冥夜に当たりそうだったからだ。
 何度もボールで狙われるが同じ事を繰り返しているだけなので難易度は低い。拍子抜けしながらもそのまま道なりに進んでいくと、広いフロアに出た。小さくなった以外におかしな出来事はなく、所々に仕掛けがあるのは地上の部分と変わらない。三人がフロアに辿り着くとそのフロアに明かりが灯った。眩しいほどではないが、暗闇に慣れつつあった目には少々きつい。
 目を細め辺りを観察していたローだったが異変を感じ咄嗟に冥夜とジークを庇うように抱き込むと床に転がった。その瞬間、先ほどロー達が立っていた場所の床が開く。すぐにローは一人立ち上がり中を覗き込む。そこにはどこまでも闇が広がっており、底がまったく見えない。それは最下部まで一直線の最短コースだったかもしれないが、得体の知れない道を行くのは遠慮したい。
「最短コースを逃したかもな」
 ぶっきらぼうに告げると冥夜とジークフリートの楽しそうな笑い声が聞こえてきた。
「そんなつまらないコースはいらないもん」
「途中過程が面白いんですよ、こういうのって」
 冒険ってそういうものでしょ、とジークフリートが言えば冥夜も頷く。ローも同じ事を思っていたため小さく笑う。
「よーし、まずは休憩しよっ」
 冥夜は先ほど自分たちが立っていた床が抜けた事にも動じず、その場所で休憩しようと言い出した。ローはその言葉に一瞬呆けるが、先を急ぐわけではない事を思い出し同意した。命の危険にさらされるようなしかけはないと聞いてはいるが、それなりに緊張する道中だったから喉は渇いていたのだ。
 冥夜の鞄から出てくる質量法則を無視したたくさんのお菓子と飲み物。挙げ句の果てには折りたたみのテーブルまで現れた。
「じゃじゃーん、地底のお茶会開始だよ」
「これもどうだ?」
 ローは持っていた果実を冥夜に差し出す。昨夜食べた際、二人とも気に入ったようだったからローは先ほど探検前に取りに行ってきたのだ。
 その果実を見た二人の目が輝く。
「わーい、いただく!」
「いただきます」
 二人が美味しそうにそれを食べている時だった。ローは微かな気配を感じ辺りを見渡す。しかし視線と気配は感じられるが姿は見えなかった。二人はどうやら気配にはまだ気付いていないらしい。なおも気配を探るローだったが、殺気も動く気配も感じられないため捜す事を諦めた。もし動いたらその時はその時だ、と。

 地底での優雅なお茶会を終えた三人は再び探索へと戻る。
「よし、そんじゃ先に進もっか」
 冥夜が、ぴょん、と立ち上がり先へと続く階段へ向かう。
 まとわりつくような視線を感じたまま、ローはそのフロアを後にしたのだった。




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■登場人物(この物語に登場した人物の一覧)■
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【整理番号/PC名/性別/年齢/職業】


●2190/ロー・ヴェイン/男性/32歳/海賊

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■□■ライター通信■□■
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こんにちは。 藤姫サクヤです。
この度は大変お待たせしてしまい申し訳ありませんでした。
私の方が長らくお休みをいただいていたため、再びこのような依頼をいただけてとても嬉しく思っております。
またローさんにお会いする事が出来てとても嬉しかったです。

今回はローさんの捻れの塔ライフをメインにし、アクションがあまり入らない展開となってしまいました。
次回はアクションメインの展開になると思いますので、ローさんの活躍をお待ちくださいませ。

それではありがとうございました。
またお会いできますことを祈って。