<東京怪談ノベル(シングル)>
●闇、音は無く
既に、世界は漆黒の闇に包まれていた。
――月の無い空には、星が地上へ光を投げかけているが、それはあまりにか細い。
それは、聖都エルザードでも変わる事は無く、影すら出来ない闇夜の中ジュリス・エアライス(0056)は歩いていた。
腰には細身の長剣、それは綺麗に磨かれてはいるが、数多の修羅場をくぐりぬけてきたのだろう。
鏡のような新しい輝きでは無く、屠る為の鋭い輝きを帯びていた。
依頼を終え、向かう先は宿屋――懐は温かいが、身体は疲れて糖分を欲していた。
旅の女剣士、である彼女とて、疲れはする。
「(こんな時は、やはり甘いものが一番ですね)」
無類の甘党であるジュリス、酒よりも甘いスイーツに思い馳せ、憂いを帯びた表情に少しの笑みを乗せた――ところで。
闇がざわつくような、気配、首筋の毛が逆立つのが分かる。
「(何でしょう、嫌な予感が……)」
思考へと入る瞬間『それ』は穿つような素早さで、ジュリスに接近すると葬る為の刃を奮う。
キィ―――ンッ
金属と金属の触れあう高い音、咄嗟に細身の剣を前に構え、受け流したジュリスは複数の殺気を感じて飛びずさった。
いつの間にか、囲まれている――闇夜の中で、視覚は頼りになるとは言い難い。
痺れるような殺気だけを頼りに、その剣を打ち払っていく。
「(――速い!)」
キン、キン――!
受け流せば、その隙を狙って背面から抉るような剣が振るわれる。
それを軸足を変える事で何とか受け流すものの、相手の動きは速く切り裂かれた脇腹が熱い痛みを伴った。
命の水で傷を癒すものの、四方の攻撃から身を守る術は無い。
体勢を低くし、剣を斜めに構え、横に薙ぎ払って相手の剣を落とす――やらなければ殺される、迷う必要はない。
隙を見つけて、スラッシングで剣撃を叩きこむも、攻撃の隙に貫かれた腕からは赤い血がとめどなく流れ、石畳に複雑な模様を描いていく。
「(でも、一人、一人は倒した――)助けて、誰か!」
最早、自分一人で手に負える数ではない、だが、誰もが門扉を閉ざして沈黙を守っている。
誰かが、助けを呼びに走ったのかもしれない……だが、助けが来るかどうかも分からない状況で、ジュリスの心は疲弊していく。
「助けて、誰か、助けてっ!」
「お嬢さん、貴女に恨みは無い……が、アセシナートの繁栄には必要なのだ」
アセシナート! アセシナート! アセシナート!
叫ぶ声は無情にも掻き消える――。
ゴスッ!
「くっ、はぁ――ガッ!」
腹部に入り込んだ重すぎる拳の一撃に、ジュリスはその場に膝をついた。
咳込めば赤い血が、手を汚す。
身体を『く』の字に折りたたみ、ジュリスはせき込み続けた。
「直ぐに、アセシナートに忠誠を誓うようになる……」
ダンッ!
彼女を抱きあげ、攫おうとする兵士――だが、その頭が弾けるのが、意識が消え去る前、見えた。
黒い髪と、闇を切り裂く、稲妻。
●
守護聖獣、サンダービーストの力で一人を屠った女、斑咲(NPCS012)は表情一つ変えず、一瞬で距離を詰める。
その手に在るのは、銃器に酷似した銀色の剣。
女は軽やかなステップで群がる敵を流し斬りにし、重力から解放されたかのように跳躍すると敵の脳天に剣を突き刺した。
後背から忍びよる敵を、その足で蹴り倒すとその遠心力を使い、喉を掻き切る。
前から切りかかる正直者には、刺突での制裁を喰らわせ、一瞬で葬り去った。
――それは全て、無音。
その速度では、返り血すら浴びる事は無く、まるで舞を踊るかのよう。
それは命がけの舞、どちらかが滅びるまで、ステップを刻まずにはいられない舞。
「アセシナートの兵士が、エルザードに入ったと思ったら、こう言う事だったのね」
呆れたように、斑咲は小さくため息を落とした。
既に、陽動として入り込んだアセシナートの兵達は騎士団が対応しているだろう。
それにしても、エルザードの者を攫うとは。
「た、退却――!」
退却の号令をかける兵士、だがその喉を掻き切り、斑咲は表情一つ無く骸になった敵を無感情に見降ろした。
その青い瞳は、やがて、ジュリスへと移る。
アセシナートの兵士達を、一人で抑えこもうとした女……助けもなく、叫び声も届かなかった女。
憂いを帯びた、アンニュイな雰囲気を纏う女だ――。
客観的に斑咲が抱いたのは、そのような感情だった……このまま、放置していく理由もあるまい。
元はと言えば、騎士団の行動が遅れた為、生じた被害なのだ。
斑咲はジュリスの手当てをすべく、膝をつくとその傷の具合を確かめる。
赤く腫れ、未だに流れる血を拭い、その身体に薬草を擦り込んで包帯を巻く。
痕は残るかもしれないが、戦いに身を投じた以上、無傷ではいられない。
生き残るか、それとも血を失って死ぬか……出来る限りの処置は施した。
――自分のこなすべき任務はこなした、後は騎士団の裁量に任せるべきだろう。
そう判断した斑咲は、ジュリスの頬を軽く叩いて彼女の意識を覚醒させる。
「う――ぅん」
目を開ければ、黒い髪の女性――過去についたものか、傷だらけの身体が目を引く。
そして、此方を見る青い瞳は何処までも落ち着いていた。
「大丈夫そうね。じゃあ、私は行くわ」
ジュリアが礼を述べようと口を開いた時、斑咲は既に背を向けていた。
音も無く、跳躍するとジュリスの視界には、始めから誰もいなかったかのような闇だけが残る。
周囲に散らばったままの、アセシナート兵達の死体が、戦いの痕を残していた。
「ありがとう……ございます」
届かないとわかっていて、それでも、ジュリスは呟いた。
名前も聞く事の出来なかった、助けてくれた女性へ、と――。
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登┃場┃人┃物┃一┃覧┃
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【0056 / ジュリス・エアライス / 女性 / 20 / 旅の女剣士】
ラ┃イ┃タ┃ー┃通┃信┃
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ジュリス・エアライス様。
この度は、発注ありがとうございました、白銀 紅夜です。
文章を頂き、ジュリス様のアンニュイな魅力を漂わせるべく頑張らせて頂きました。
二人の女性の、凛々しさが描けていれば幸いです。
聖獣界ソーンの依頼は、初めてだったのですが、満足頂ける出来でありますように。
では、太陽と月、巡る縁に感謝して、良い夢を。
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